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よろしくお願いいたします!
ミレティアはもう目覚めない母の前で一人泣いていた。見渡せるほどの広さしかない家にはただ、ミレティアの泣き声だけが響いていた。声が枯れ果てるほどの時間が経った頃、彼女の傍らにはいつの間にか一人の少年が立っていた。
ミレティアの肩をそっと抱く彼の頬には一筋の後がついていた。
呆然とベッドに横たわる人を見つめている二人の間に言葉が交わされることはなかった。
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「フルーツ、いかがですか~?
とりたてです!」
ミレティアは人通りが多い朝市の通りで人一倍声を張り上げる。時折、ミレティアの前で人が止まると真っ赤に熟したリンゴやみずみずしい梨に目を奪われていた。
しかし、それ以上に人々が目を奪われていたのはミレティアの可愛らしい容姿。
陽を受けて金に見える銀の髪、サファイアのような蒼い瞳はこのあたりでは決して見かけないものだった。一目で訳ありとわかる少女のことを、それでも下町の人々は優しく見守っていた。
「やあ、ミーア。
リンゴをひとつくれるかな?
うん、いつ見てもどの店よりもおいしそうだ」
顔見知りとなった常連客を筆頭に今日も途絶えない客足に籠のなかのフルーツはあっという間に売り切れてしまった。
「ただいま戻りました、母様」
ミレティアは家に帰ると写真の中でほほえむ母親に声をかけると、さっそく売れ上げを数える。この生活の長さがうかがえるような手際で、ミレティアは手早くそれを終わらせた。朝市がやっている時間に今日の食材を買いに行くためには早々にこの作業を終えなくてはいけないのだ。町にはパン屋など様々なお店があるが、そのどれもが朝市に比べると高く、お金を貯めているミレティアにとってその差は大きい。
帳簿をつけ終わると今日使う予定のお金をとりわけ、残ったお金を大切にしまい込む。
そこまで終わらせるとミレティアは勢いよく家を飛び出した。
「おじさま、パンを二つ頂けるかしら」
にこやかに話しかけると、おじさんはパンを手早く二つ包みミレティアに渡す。
「今日も元気そうだな、ミーア。
ほれ、とびきりおいしそうなものを残しておいたぞ」
「ありがとう」
まだ温かいパンを受け取るとミレティアは精肉売りが集まっている場所へと急ぐ。朝市が終わるまでもうあまり時間はない。
「おばさま、ハムとソーセージを一切れずつ頂けるかしら」
少し息を切らしながらミレティアがお店の前に駆け込むと、注文を受けたおばさんは手早くハムを切り落とし、ソーセージと共に包むと笑いながらミレティアに手渡した。
「そんなに息を切らせて、今日も走ってきたのかい?
時間になったって、少しくらいなら待ってやるのに」
「だって、おばさまを待たせるわけにはいかないわ」
「嬉しいことを言ってくれるね。
そうそう、ミーア。
今日は多めに分けてもらえたんだが、卵を少し持っていくかい」
「いただきたいわ!
ありがとう」
ミレティアは買ったものを大事に持ち、急いで家にむかった。閉めたはずの扉が開いていることに気づいたのは家についてすぐのとき。
その理由が思い当たり、ミレティアは表情をぱっと明るくすると足早に家の中へと入っていった。
「兄様、いらっしゃっていたのね。
いついらっしゃるのか言ってくださればお待ちしていたのに!」
帰ってきた途端自分に抱き着いてきたミレティアを兄様と呼ばれたリレイアンはしっかりと受け止めた。
「ティア、元気そうで何よりだ。
でも、年頃の女性がこのようなことをしては少しはしたないよ」
笑顔のまま説教をしてくるリレイアンからミレティアは静かに離れていく。ミレティアと同じ特徴の容姿をもつリレイアンは本来は従兄妹の間柄だ。しかし、ミレティアはリレイアンのことを本当の兄のようにも父のようにも感じ、心から慕っていた。
リレイアンは昔からこの家に出入りしている唯一の親族。祖父母はおろか父親のことも母であるフランシアはミレティアに何も話してくれなかった。
そんななか、ミレティアの従兄妹であるリレイアンはよくこの家に遊びに来ていた。親族を避けている母もレイアンには心を許しているようで楽しそうに話していた。
そして、ミレティアにこの言葉使いを教えたのはリレイアンだった。下町で暮らすには目立つ丁寧な言葉使いだったが、フランシアもリレイアンも覚えるべきだと譲らなかったのだ。また、立ち居振る舞いも同様の理由でミレティアはフランシアとリレイアンから教わっていた。そんなリレイアンからはしたないといわれてミレティアは反省するしかなかった。




