第1話、『プロローグ〜主人公視点〜』
名前は……思い出せない。
記憶にある家族や友達との思い出。その記憶を掘り返しても、自分の名前は浮かんでこなかった。
何故こんな事になったのか。
恐らく理由はあの時の担当医が言っていた事だろう。
「〇〇君。君を現代の医学で治療するのは難しい」
「はい」
「だが、一つだけ可能性があるんだ」
「可能性…ですか。それは一体」
「現代が無理でも未来は別だ。遠い未来で開発された医療であれば、君の難病は必ず治療できるだろう」
「未来……でもどうやって未来の治療を?」
「冷凍休眠保存。この言葉を聞いた事はあるかい?」
「いえ、知りません」
「簡単に説明すれば、人間を生きた状態で冷凍保存する行為の事だ。だが死ぬわけではない。数十年先の未来で、適した解凍蘇生を施せば、君の人体は再び活動を再開する」
「しかし、それをすれば家族や友達とは」
「ああ、もしかすれば、もう会えないだろう。だが、君の両親はこの治療に賛成してくれている。〇〇君が生きて成長してくれる未来を望んでね」
「父さんと、母さんが…」
「決めるのは君だ。君が決めた道には、私が最大限のサポートをしよう」
「……」
「迷うのも当然だ。だから返事は後でも─」
「いえ、決めました」
「っ、そうか。では聞かせてくれ」
「冷凍休眠保存をお願いします」
────
白く大きいポッドの前で、担当医から最後の説明を聞く。
「では最後の確認だが、解凍蘇生が施された後には、身体に何か不具合が生じている可能性がある。記憶の混乱や、五感の乱れ、内臓器官の異常、だがそれも未来の医療機関に診てもらえる様に頼んでおく」
「ありがとうございます」
「私の年齢だと君にはもう会えないだろう。君の治療を最後まで兼任できなくて悔しい思いだ」
「いえ、最後まで先生に診てもらえて良かったです。貴方から励まされた思い出は、この先ずっと忘れません」
「ああ、ありがとう。遠い未来で蘇る君に覚えていてもらえると、とてもロマンがあるね──では始めよう」
補助員の手を借りて、汚れのないポッドに身体を沈める。
そしてガラス扉が閉められ、ポッド内に液体が入り始める。
「これから君は未来に旅立つ。どうか、幸せな人生を歩んでくれ」
「はい!」
「ではな…」
液体が全身に浸かり、肺の中が液体で満たされる。
そして意識が遠くなり、担当医の顔が見えなくなった。
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