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シリルと聖都


あれから一年が経った。


ロザリーの火の不始末で屋敷が全焼したり地下からドラゴンが這い出してきたりしたが一人の奮闘により誰も怪我も後遺症もなく生き延びた。

住む家はなくなったから、父が住んでいる聖都近くの屋敷でひっそりと生きている。


ひっそりと生きている理由は聖都に来た私を見て使用人が「悪魔!」と指差し叫んだことで父が隠せれないと知り事情を話した。

そして驚くべきことに私が赤ん坊の時から生まれ変わり、転生者ということはすでに知られていたらしい。

今まで子供のふりを(思い出した時だけだが)していたというのに無駄になったと思うのともう気遣う必要がないと安堵するのはまた別の機会に語ろうと思う。


この国では生まれた子供の人生に祝福があるように教会に行く習わしがある。

その時に生まれ変わりだ悪魔憑きだと神父が騒いだそうだ。

結果、教会の手の出せない辺境地に母と私は移されたという。

母の葬式にも出られなかったのもそういう理由かと納得した。


シリルは相変わらず懐いてくれているのが救いか 。


こっちの屋敷では私の世話を嫌がる人が多い。

さすがに声をかけただけで悲鳴をあげられたのには驚いたが、聖都と名乗るほど信仰深いこの地で悪魔の子だと名指しで騒がれた人間と関わりたくはないだろう。その気持ちはわかる。だが仕事はしろ。


屋敷の外に設けられている木陰のベンチに座って考える。


これはまずい、まずいぞ

この人生は楽しむために生きると決めた

けれどそれには円滑なコミュニケーションが取れる環境でなければならない

そもそも生きて行くのに声を掛けただけで悲鳴をあげられる状態なんてただでさえ世間の風にさらされやすい女に産まれてうまく行くわけがない

問題の根が宗教観が関わり深いのが煩わしい!


「ロロがいなかったら危なかった」


ふーっとあまりの孤独感に精神的強度がガリガリ削れていくのをロロに抱きつきそのやや硬めの毛皮を撫で回すことで回復させる。

屋敷が燃えて世話をする人がいないから連れてきたが連れてきて正解だ。かわいいし。かわいいし!


「シリルくんはいい子だけど、ずっと一緒にはいられない」


彼はこれから自分の人生を歩いて行く。

辛くても苦しきても一度きりの人生を送るのだ。羨ましい。


私もそうして生きていたはずだったが、二度目の人生を与えられて戸惑いもしたけれどまあこの人生もいいかと思いなおしたらこれだ。未知で湧く心も新たな体験で煌めく情動も消えたのになぜ生きているのだろう。


「アーガタちゃん、いっしょにお茶しましょ」


うふふっと召使いを侍らせ満面の笑みでやってきた継母の登場に顔がひきつる。


家が燃えた後、どういうわけか懐かれた。それはもうひきつる顔の従者を連れるほどには。


「もうっアガタちゃんはいつもどこかに行っちゃうから探すのに一苦労だわ」

「探さなくても呼んでくだされば参りますよ」

「だめよ、アガタちゃんがいるところは居心地がいいところなんだからアガタちゃんが私のいるところに来たら居心地がいい場所がわからないじゃない」


死んだ目で茶の用意をする使用人のメンタルを気遣ってやってくれ、昼休憩もちゃんととらせないといつかボイコットするぞ。


「あとは私がしておくのであなた達は休憩に入ってください」

「ですが奥様が」

「大丈夫です、それよりもそんな顔をしている人が周りにいる方が不愉快です」

「……失礼します」


嫌な顔をしている自覚はあったらしい

そそくさと屋敷の方に戻って行く使用人達を見て息を吐く。


「ロザリーさんあまり使用人達に意地悪してあげないでください」

「嫌なら辞めたらいいのよ、アガタちゃんに優しくできない人はこの屋敷にいりません」

「……」


この人だって使用人は使用人のコミュニティがあることぐらい知っているだろうに

あまり人を自主的に雇おうとしないクラウドが使用人を置くのは仕事の関係で推薦された人を雇っているからだ。

一部では嫁修行としてメイドとなり別の家で奉仕することで社会勉強する一族もいるらしいが、私は御免だ。そもそもこんな状態だし、機会はないだろう。


「やっぱりアガタちゃんがいるところは温度も日差しも快適ね」

「今日は日差しが柔らかいですからお昼寝や洗濯物にいい日です」

「洗濯物といえばアガタちゃん、自分のものは自分で洗っているんですって?駄目よ使用人たちのお仕事をとったら」

「自分でした方が手っ取り早くて」


この屋敷にもランドリーメイドはいるにはいるが、洗濯が数週間に一度の頻度だと知って、愕然とした

潔癖ではないが週を置くのはさすがに生理的に受け付けない

幸い洗濯板と石鹸は手頃な値段で売っていたから自分で洗濯している

おかげで手がカサカサだ

水分が抜けないように洗濯をした次の日は手にクリームを塗って手袋をしている。


「しかし、アガタちゃんいつもこの兎馬と一緒にいるわね」

「ペットの世話は飼い主の義務ですから」


噛んじゃだめだぞ

歯を見せたロロをたしなめる、すると話を理解したかのように顔を歪ませつつもロザリーにおとなしく撫でられるロロをみて「今日はもう抱きつけられないな」少し残念に思う。


「兎馬の世話は使用人にさせて貴女はすきなことをしてもいいのよ?」

「勉学はハロルド先生に教えられている範疇で間に合っているので大丈夫です」

「そうじゃなくて、好きなこととかやりたいことはないの?」


ロザリーの質問に一瞬体が強張った。

それを気づかないふりをして「そうですね」とたとえ話をするように答える。



「何もしないでいることが好きです」



疲れたから何もしたくない

最後はどう足掻いても死ぬしかないのなら何もしない方が未練がなくていい

二度目の人生も産まれてきてしまった義務感で生きることにしがみついてはいるが、前の人生の記憶を持っているためにこの世界の人間として人生を謳歌することができない


アガタになりきれていない


それは致命的で欠陥のある状態だ。理解している。

前世の記憶がなければアガタになれただろう


魂というものがあると仮定して、この肉体と魂との経験の違いがあまりにも大きすぎて前世の記憶を情報として読みだすのに四年がかかった。

真っ白な紙に書き写すかのごとく前世の記憶を取り戻したのだが、一番最初に思い出した記憶が私がアガタとして生きることを拒絶させた。


最初に思い出した記憶は自分が死んだ記憶だ。

芋ずる式に思い出されるパーソナリティに関する記憶に他人になることを封じられてしまったのだ。

そして最悪なことにこのアガタという名前も、その要因となっていた。



阿形 鈴

それが前世での私の名前だ。




※※※




ナースメイドのソフィと一緒に屋敷から街に買い物に行くことになった。

シリルの入学準備だ。

大きい買い物はそのまま学園に発送し今はペンやノートなど細々としたものを一通り買い揃え、馬車に荷物を積みこれから余った時間で各々自由時間を過ごそうという話になった。


「ソフィがシリル坊っちゃまが楽しめるところにお連れします!」

「私はロロの餌の買い付けに行くから二人で行っておいで」

「僕は姉様と一緒がいいからソフィは一人で行ってきて」

「そんなシリル坊っちゃま、アガタお嬢様は子供の皮を被った大人です。

シリル坊っちゃまが付いて行ってしまうとお嬢様の邪魔になりますよ?

シリル坊っちゃまはこのソフィといっしょにお菓子屋さんやおもちゃ屋さんをめぐりましょう!

そして奥様の好きなケーキも選びましょう?」

「姉様が焼いたのがいい」


服の端をぎゅーっと握って離さないシリルを見てため息を吐く。

きゃんきゃんと高い声でなんとかシリルといっしょにショッピングがしたいソフィの熱意に折れる形で「急ぎではないから、買い物に行こう」とシリルの手を取る。


「シリルはどこに行きたい?」


手を放して尋ねると「姉様とならどこへでも」となんとも微妙な答えが。聖都に詳しいわけではないのでソフィのオススメするお店に行くことにした


「シリル坊っちゃまは甘いものがお好きなので菓子屋、ケーキ屋をまとめてきました

特にこちらのケーキ屋はかの有名なラファエルの人も買い付けに来るそうです!」

「有名なお店なんだね」

「ラファエル家ってなに」


人の多いケーキ屋は後にして気になった近くの菓子屋に入る。

あまりこの時間は客が来ないのか空いていた。

自分たち以外いない店内はキャンディやらジュースやらが並んでいる。

色とりどりなそれらを見渡しつつシリルはラファエル家についてソフィに尋ねる。

珍しく素直に「神子を守るため天より遣わされた七体の天使が興した家」だという。


「(まるでウチみたいだ)」


悪魔が興した家と天使が興した家

どちらも空想の中で語られている者達が興した家だと語られる。


「一度ラファエル様を

お見かけしたのですがシリル坊っちゃまとはまた違ったオーラのような気迫のようなものがありました」

「へえソフィはどれ食べたい?二つまでなら買ってあげれるよ」

「本当ですか!ではこの砂糖菓子を~ってハッ!!だめですソフィはシリル様のナースメイドなのでアガタ様に買収されるわけにはいかないのでいただけないです!」

「べつに買収目的じゃなかったんだけど」

「姉様、このお菓子はなんですか?」


いつもシリルと仲良くしてくれているお礼にシリルの姉として買ってあげたかったが

まだ純真で無垢なのだろう

買収する相手に買収されると言ってしまうのを見るとそのおっちょこちょいさに女の子らしい可愛さを感じた

年は今の自分より四つ上だが、しっかりしているのかしていないのかよくわからないところがまた可愛らしい


餌付けできない事に嘆息しつつ自分を呼ぶシリルのもとにゆっくり近く。


「飴?」


ガラスのように透明で果物のように色鮮やかなそれを見て首を傾げる。

ただの飴にしか見えないそれをなぜシリルはなにかときくのか


「ああ、それはマナを閉じ込めた飴です」

「マナ、ってあの魔術の源のあのマナ?」


店の奥から出てきたのか初老の女性が説明した。

不思議な力の源としてのマナなのだろう

アガタには見えないがシリルには何か見えるらしい。

飴玉を見て「オレンジの光がキラキラしてる」と目を輝かせて見つめている。


「三つください」


やや値段が高かったがシリルが笑顔になるならいいだろう。

「食べ過ぎたらマナ酔いを起こすから食後1時間以上あけてから食べてくださいね」優しそうな表情を浮かべ女性が補足する。


ありがとうと補足に感謝を伝えクッキーとドライフルーツの入った砂糖菓子をついでに買い店を出る。


後ろからついて来るシリルに「これは帰ってから食べようね」と声をかけ前を向く。


「あれはなに」


シリルが立ち止まって指を指す。

その先を見ると教会の巡礼服を着た男とみすぼらしい姿をした人々が腕を縛られて一列に歩いている。


「あれは地方から連れてきた教会の供物ですよ」

「……まさかだけど教会は供物に人間を使っているなんてことないよね?」

「アレは人間じゃないから供物にしても大丈夫なんですよお嬢様」


おかしなことを言いますねと首を傾げるソフィにぞっとする。いいやこの世界にぞっとする。


供物とは神や霊を鎮めるために捧げる――いわば生贄だ。


そんなものが実在する世界だなんて

頭がぐらっとする。


「子供もいる」


半ば引きずられるようにして縛られているシリルと同い年ぐらいの少年を見て眉をひそめる。


供養とは名ばかりの奴隷じゃないか

その扱いの酷さに嫌悪感が膨らむ


「姉様?」

「気分が悪い、ここから離れよう」


手は出せない。

力も後ろ盾もない子供で正義感で悪戯に周りの人間に黙認されていることに手を出したら周りが傷つく。

今日はシリルがいる。

だから余計に厄介ごとは回避しなければいけない。


もう一度列を見る

この嫌悪を忘れないために


あの光景を目に焼き付け、馬車のある道に通じる路地に入る。



「姉様なにか聞こえる」

「……走ろう」


嫌な予感がする。

シリルとソフィを前に行かせて走らせる。

スカートが足に絡みついて邪魔だ。

今度からスカートではなくズボンで来ることにしよう


後ろを振り返りわずかな景色で状況を確認する。

慌てふためく人の影と黒い煙が見える。

何か爆発し、燃えているようだ。


急ぐように二人を促し、路地を抜けひらけた場所に出た。


「馬車へ」


あたりを警戒しながら馬車にシリルとソフィを乗り込ませる。


「何かあったのですか」

「分からないが向こうの道でパニックが起きたみたいだ

ここもじきにパニックになるだろうからその前に屋敷に戻る出して」


馭者に簡単な説明をして馬車を出させる。


よし、ひとまず安心―― するのはまだ早いらしい


「そこの馬車止まれ」

「なんだこんな時に」

「隣の道で供物の人間が逃げた、馬車の中を確認させてもらう」

「(混乱の収束よりも検問を引く方が優先度が高いの?)」


有能なのか無能なのか

リアルタイムに起こっているパニックの収集ではなく検問を優先するとはなんたる勤勉さ。もっと別のところに向けろ。


「子供三人に馭者一人、積荷はこれだけか」

「そうだ」

「念のためどこの家の者か聞こう」

「ベルフェゴール家だ」

「なに…?」


家名を出した途端声色が変わったのがわかった。


「アガタ・ベルフェゴールには教会から『悪魔憑き』として触れ書きがでている拘束しろ」

「はぁ!?」


なんだそれは


思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

教会の騎士団でなければ捕まらないと聞いていたが国の騎士団にも拘束されるのか!子供でも!!


「この方がアガタ様です!」と叫び背を押すソフィの裏切りに固まるすぐに馬車から引きずり出されシリルが泣きそうな声を上げる。


「姉様!?」

「馭者、行ってくださいシリル様をお守りすることが最優先事項です」

「ソフィ!?」

「これも御家のためです。お嬢様は見捨てましょう」

「嫌だ姉様が残るなら僕も残るソフィ放してねえさ」


馬車の扉が閉められる時にそんなやりとりが聞こえた。

馭者もソフィの命令が優先度が高いと判断したのかそのまま馬を走らせて行ってしまった。

私を残して


ソフィに嫌われてるなぁとは思っていたがここまでとは

検問をしていた兵士も哀れむように「運がなかったな」と笑う。


「騒ぎの収束はどうなってるんですか」

「担当が違う我々はここで怪しい者を捕まえるだけだ」

「なるほど、ここでは疑わしきは罰するなんだな」


教会から『悪魔憑き』と名指しで触れ書きが出ている人間=トラブルの元と考えるのはいい。しかし私はなにもしていない。濡れ衣だ。その怖さをこの人達はわかっているのか。


「わかっているなら早い、大人しく尋問にかかってもらおうか」会話の途中で腕が動かせないまでにがちがちに巻かれた鎖がいたい。

「ほら行くぞ」兵士が両手首に巻かれた鎖につながっているロープを引っ張ると容易に引きずられる。


おいおい政教分離してんじゃないのかよ

屋敷を出る前にロザリーに「教会にさえ近づかなければ大丈夫!」と言っていたが、聖都と言われるだけあって街全体が教会の影響が強いらしい

つまりは安全な場所などここにはないと


引きずられて怪我をしないようになんとかタイミングを見計らって自分の足で立ちついていく。

普通は転生者とかって優遇されるものじゃないのか。日頃の使用人達の態度を思い出してまた落ち込む


「(供物だった人たちがかわいそうだなんて思える立場じゃなかったんだ)」


わかっていたはずだった。

でも前世の平和ボケした環境で育ったから身の危険というものがやはりどこか遠いところで起きているものだと現実逃避していた。


ドラゴンの時はたまたま助かっただけだ今度はそうはいかない。

言葉が通じるはずの人間が一番厄介だ

思っているだけでは偶然は起こらない

どうにかして無実を証明しなければ、でもどうすればいいんだろう

少し泣きたくなった。


「なにかあったのですか」

「ラファエル様!」


いかにも文官という装いの男が紙袋をぶら下げてふらふらと寄って来た。

強い風が吹けば吹き飛ばされそうな儚さをもっている。

ラファエル様と言われていたからソフィが言っていた天使の興した家の人間か。とてもソフィが語るようには見えないが。


兵士と会話をしているのをまじまじと見ていると視線があった。


「なぜこんな幼い少女を鎖で縛っているのですか」

「ラファエル様あまり近づかないようにこの少女は悪魔憑きです」

「この子が悪魔憑き?本当に?」


物珍しいものを見るように好奇の目に変わったのがわかった。

ラファエル様と言われた男は膝を曲げて視線を合わせると「お名前はなんですか」と小さな子供に尋ねるように尋ねる。


「アガタ・ベルフェゴールです」

「ベルフェゴール?ああクラウドの娘か」


父の知り合いらしい。

「クラウドの娘をなぜ拘束している」厳しい声を近くにいる兵士に放つ。兵士は「隣の道から逃げるようにして走って来たのです、無関係とは思えません」と反論する。


「こんなに小さな子供が騒ぎから逃げるのはいけないことか?

そもそも、騒ぎの原因はなんだその調査をして確証を得てから捕縛すればいいものをなぜこんな騎士と国とまた問題となるようなことを

この子の親はこの国の財政を担っているクラウド・ベルフェゴールだぞ、確証のない罪で傷つけるな!」

「申し訳ありません!」

「アガタ嬢申し訳ない、部下が勘違いしたようだ」


パキンと軽い音を立てて鎖が砕ける。

なんだこれは


「説教は後だ、アガタ嬢はこちらで預かるからお前達は処罰を待て

アガタ嬢、すまないが少々私に付き合ってくださいますか?」

「どうせ馬車も行ってしまいましたし構いませんよ、ちなみにどちらへ?」

「隣の道です」


・・・・・・。


「すみません、もう一度言っていただけますか」

「隣の騒ぎの起こっている道に行きましょう」


こいつは何を言っているんだ

幼女を連れて騒ぎの起こっている隣の街道を行くだと?

しかし構わないと言った手前イヤだとは言い出しにくい。腹をくくるか。


「騒ぎの起こる前の状況はわかりますね?歩きながらで結構なので説明をお願いします」

「騒ぎが起こる前に供物行列がありました」

「供物行列?おかしいですねそんな予定は聞いていませんが」

「なら供物行列を見張っていた教会の方は何を見張っていたんでしょう」


先ほど通った路地を通り先ほどいたところへ。

そこは一言で言うと爆発が起きたかのように所々に火が上がり混乱からか市民の乱闘があちこちで起きている。


治安、わっる

まるでここだけ世紀末。辺りを見渡して前世とあわせてこんな混沌とした場所に立ち会ったことがない。どこからかヒャッハー!とか聞こえてきそうな荒れ具合だ。


「(こんなにも人間は短時間で荒れるものなのか)」

「想像以上に、ひどい」


隣にいるラファエルも清美な顔を歪めている。


「ラファエル様!」

「状況報告を」

「はっ供物行列を率いていた神官らしき男が供物の男性を対価とし魔術を行使したものと思われます」

「生贄か、だがそれではこの騒動の説明はつかん」

「ラファエルさんちょっといいですか?」

「アガタ嬢今は少し静かに」

「供物行列の生存者がいます」

「なに」


あの子供だ


あの紐で縛られていた少年がいた。

爆発の衝撃で吹き飛ばされたのだろう店の壁を背に倒れこんでいる。

ラファエルを置いて少年の元に駆け寄る。


「大丈夫?」と声をかけながら少年の体を見る。

大きな怪我はないようだ。


「アガタ嬢、勝手に動かれては困ります!」

「この子は列の中央あたりにいたので何か知っているかと」

「だからと言って私から離れたら貴女もこの周辺に漂う魔術の影響を受けますよ」

「一過性以外の魔術もあるのですか」

「ええ、ハロルドは魔術に対する防衛は教えなかったようですね」


ふうとため息を吐き「その少年は兵士に任せて貴女は私の目になってください」と起き上がる。


「目?」

「貴女は魔力の源であるマナを感じることはできませんね?

そういう者はマナの幻を受けずに真実を見ることができます」

「真実?現実ではなく?」

「真実です

あいにく部下にも貴女と同じ体質の人はいますが、彼は長期出張中なので申し訳ありませんがご協力を」


ほぼ強制だというのに同意しているものとしているラファエルに彼の人柄が見えた気がする。


彼がいうにはこうだ


この街道で供物行列があったがその供物行列は偽物。

そして犯人は供物行列の人間を使って自爆魔術を施し混乱を起こした。

その混乱に乗じて犯人は攻撃性を増す魔術(呪いに近いそうだ)を周りの人にかけてこの有り様を作ったそうだ。


相手が魔術師なら探し出すのに隠匿魔術が効かない魔術適正のない人間が必要なんだそうだ。


「騒ぎが起きてからまだそんなに経ってはいない、犯人は近くにいる」


確信したような言動に頭がいたい。

場数を踏んでいるんだろうが、計画してあったのならもう実行犯は逃げているか、自爆して死んでいる。口をその場や攻撃をしたい相手に知らせないため口封じもするだろう。


「そういえばなんであの検問の兵士は供物行列があることを知っていたんだろう」

「彼らの直接の上司は別の人間ですが、確かに戻って話を聞いた方がいいようですね」

「ところで恥を承知で尋ねますが」

「なんでしょう」

「いつから聖都の兵士は教会の命令を聞くように?」

「……詳しく話を聞きましょう」


ラファエルに兵士に馬車から引き摺り下ろされたことを話す。

するとみるみるうちにラファエルの表情が険しくなる。


「やはり貴女は真実を見極めることができるようだ」


言葉の意味はわからないしかしラファエルは納得したようでどこか涼しい表情だ。


「彼らが原因ならこの魔術は振り払えますね」


そういうと兵士から剣を受け取る。

受け取った剣を引き抜くとボッと刀身に薄い緑色の炎が灯る。

魔術の類は視れないはずがこの炎は視れる、ということは魔術ではないのか。

驚くとともにどこかその炎を見ていると癒されるような渇きを覚えるような不思議な感覚に襲われた。


ラファエルは剣を横に薙ぐ。

すると炎がアルコールの上を燃え広がるように薄く広がり人に当たると燃料を得たかのようにボッと激しく燃え上がる。


「あれ、俺は一体何を」

「何が起きたんだ」


炎に燃やされたはずの人々が次々に正気を取り戻していく。

広がる炎に好奇心から手を伸ばすと暖かい、ドライヤーのような風を伴った熱に包まれる。だが街の人のようには燃えないようだ。

その光景を見て小さく「やはり」と漏らすラファエルと目があった。


「よその宗派の魔術なら逆に悪化させるところでした」

「先ほどの炎は魔術ではない?」

「ええ、私の一族のみが使える浄化の炎です」


ラファエルは剣を鞘に戻しにこやかに微笑む。

穏和な笑みを浮かべたまま「もうすこしお付き合いください」とアガタの手を引き歩き出す。



「少し貴女の知らないお話をしましょうかアガタ嬢

この国は聖都と言われていますがご存知の通り政教分離で国を回しています

なぜ政教分離に至ったのかはまたハロルドに聞いてくださいね彼の方が詳しいですから


この国が聖都である理由としてこの国は神子がつくったことにあります

それが初代国王ヘイスです

彼は神子として生まれこの国を栄えさせましたが、半神半人だったため国を起こして数百年後、寿命で亡くなりました


ヘイス誕生後も神子は産まれ、二人目の神子デュオはその力を誇示するために神殿を作りました。


それが今の教会ですね

なぜ神殿から教会になってしまったのかそれはもう神子がこの地にいらっしゃらないから

二人目の神子も亡くなったのです、人の手で

今の国王は一人目の神子の子孫が務めていますが、教会はその統治が問題があるとして一般人を悪魔憑きだと糾弾し罪のないモノを捕まえては見せしめに粛清してきました


ですがそれも今では教会の力を誇示するだけの流布方法にしかなっていません

なぜなら教会は大儀である神子を失っているのですから」

「それと今回のことと何か関係が?」

「貴女は悪魔憑きではない」

「……はい?」

「悪魔憑きならば先ほどの炎を恐れる、けれど貴女はそうではなかった

ただ悪魔によって前世の記憶を現世に持ち越されただけの人間だ」

「私は悪魔憑きではない?」

「ええ、悪魔憑きは自身が浄化されないために天使の力を持っている私からなにがなんでも離れようとします。 こうして共にいる時点で貴女は悪魔に魂を売っていない。燃えなかったことでただの人間と証明された」

「じゃあ神父はなぜ私を悪魔憑きだと言ったんでしょう」

「わかりません、ですがいずれ判明するでしょう」


そう言ってラファエルはどこか遠いものを睨んだ。



あの兵士達は、国が管理して運営しているものだ。教会の指示には従わない。


「(しかし検問をしていた兵士は確かに私の配下の兵士だった)」


他の天使の家とは違いラファエルは実力主義で現実主義な家だ。

自分も家名に恥じぬ実力で国で軍に入りそれなりの役職についた。

戦力のラファエルと財政のベルフェゴールとはよく言ったものだ。この国は天使と悪魔両方に支えられて成り立っている。


それだというのにその娘をこの国の兵が拘束した事実に内部犯の可能性が湧いた。

ベルフェゴールは他の一族が禁忌に触れ人の姿を捨てたというのに未だに人の姿を保っている比較的人間に対し有益な一族だ。失うことは惜しい。事実ベルフェゴールの一族は総じて善良で有益的な一族だ。その性質を見越して国王もそれまで汚職に染まっていた財政をクラウド任せるようになり、事実この数年で国は潤い出した。

その人間の子どもを悪魔憑きだと糾弾することに最初違和感があった。

そしてマナが見えないというアガタをみてますます違和感が強くなり、炎で燃えないアガタを見て確信した。


「(アガタ嬢は悪魔憑きではない)」


天使の一族はそれぞれ先祖である天使由来の炎を使う。ラファエルは癒しと守護の浄化の炎。

害意があるもののみを焼き払い、また傷ついたものを癒す


悪魔憑きは人間に対する害意と悪意を持っているためこの炎に触れるだけでも焼かれるような苦しみが炭になるまで続く。


先ほどアガタ嬢と出会った街道に出ると検問をしている兵がまだいた。

事情を聞こうと向かうもぐいっとアガタ嬢に外装を引っ張られる。


「逃げない彼らに貴方が聞くよりも先に近くの教会に話を聞きにいくのがいいのではないでしょうか」

「何故そう思うんだい?」

「すでに所属と階級がわかっている身内よりもこういうトラブル時にしか捜査協力をさせられないところの方を先に抑えた方が証拠の確保によいかと」


繋がりがわかる人よりも今証拠を持っているかもしれない外部である教会へ調査することを推奨する少女に「しかし、きみはいいのかい?」と尋ねる



「悪魔憑きか否かは貴方が証明できるでしょう」


不敵に笑う

なるほど、マモンのところとはまた違った転生者らしい。

言い知れないなにかに寒慄する。

ああ、確かにこれは悪魔憑きと間違えられても仕方がないのかもしれない


この人は人を追い詰めることができてしまう人間だ。恨みも買ってしまっていただろう。彼女はそういうことができてしまう人だ。

この人生も彼女に安息はない、そんな確信めいた予感がした。



この区画で一番大きな屋敷の前を通りかかる。


「なんでうちの馬車がここにあるんだ」


先ほど乗っていた馬車が入り口で鎮座していることにアガタは止まる。馬車の中を覗くも馭者もシリルたちもいない。


嫌な予感がする。


「ここは貴女の継母、ロザリーの生家ですね」

「パニックに乗じて孫奪取か……」


狡いな

見た目はいいとこのお嬢様なのに言動は大人のちぐはぐさのあるアガタ嬢

中身は一生を終えた人間だとわかっているがどこかマモンやアスモデウスの人間として破綻している精神性と比べればかなり、いや比べるのも烏滸がましいほど話が通じる。


通じるだけでなく状況を見て裏を読み取る能力もあるところを見ると、さすがベルフェゴールの一族だと感心する。


「これは後でも大丈夫でしょう」


ただ後で証人として付き合ってくださいね。


冷静に物事の順位をすぐに決めるアガタ。

相手に恩を売りつつも自分の都合を通す、身内に対して冷静になれる意志の強さ


――ゾクっとする。


寒気を伴うような初めての感覚に動揺する。

見た目とちぐはぐだからそう思うのかと思っていたがつい先ほど出会った方法ですらロジックに組み込む柔軟さと強かさをみてくらりとする。



※※※



「きみがシリルか!」


逢いたかった!そういう人の良さそうな初老の男は何が起きたのか茫然としているシリルの手を握った。


アガタと分かれたあとシリルは姉を見捨てたソフィに怒りをぶつけ詰った。


「なんで姉様を置いてきた!今からでも戻って姉様を助けなきゃ」

「シリル様、貴方は御家を守るため貴方はあんな人間と関わってはいけません」

「御家御家って、あの家は姉様しか継げないんだぞ、ソフィは何を言っているの?」

「悪魔が興した一族なんて滅びたら良いんです!シリル様にはそんなことよりも重要な使命があります」


馬車はベルフェゴールの屋敷ではなく聖都にあるとある屋敷の前につくとすぐに扉が開き複数の大人に捕まった。


抵抗ができない状態で連れてこられたそこは普段住んでいる屋敷よりも豪奢な調度品がこれでもかと並んでいる屋敷の廊下を抜けると談話室のようなところに連れてこられた。


そこでこの初老の男と会った。


「ロザリーの奴めネフィリムを孕んだなら孕んだと言えばいいものを、そうすれば悪魔の家に輿入れすることも教会から追われることもなかったというに!」

「母を知っているのですか」

「知っているも何もロザリーはわしの娘だ」


どうやら僕は祖父の家に連れてこられたらしい。

姉を置き去りにしたのは僕を祖父の家に連れて来るためだったのか。

「ソフィさん、シリルを連れ戻してくれてありがとう」「よかったですね、フロス様」という会話をどこか遠くのところで聞く。用はすんだとばかりに手を離し部屋から出て行く大人たちを睨んだ。


「貴方は僕のお祖父様?」

「そうだよシリル、今まで辛い思いをさせたね。

ロザリーも時間がかかるだろうが必ず連れ戻す、安心しなさい」


よく頑張ったねと肩を撫でるフロスと呼ばれた男はまるで今までの日常が苦痛を伴っていたもののように言う。


「フロス卿、感動の対面はそのあたりにしていただこう」


眼鏡をかけた男性は祖父を押しのけるとシリルの正面に来るとまじまじと観察するように視線をゆっくり這わせる。品定めされているような視線に身をよじる。


「赤い目に整った容姿、確かにここまでならネフィリムと一致しますね」

「では!」

「ロザリー嬢の配置されていたところから考えてほぼ間違いないでしょう。

ですが私の一存では決められません。教会も組織ですから協議にかけないと」

「……。まあネフィリムであってもなくても孫を取りもどせた、それだけでもありがたい」


先ほどより明らかにがっかりした様子で視線をまたシリルに向けると「もうあんな家に帰ることはないんだよ」と安心させるためか笑顔を貼り付ける。


母は父のことが好きだ。

父は父で家族を大事にしてくれている。

姉様は姉様で突然現れた異母姉弟である僕と継母である母を受け入れてくれた。

そんな優しい人たちとの生活が苦痛のあるもののわけがない。握った拳が震える。


ソフィは見ていたのに

へそを曲げた僕に手を焼いた時、姉様がソフィに助け舟をだしたのもソフィの失敗を姉様がなかったことにして助けてもらったことも彼女にはそれすらも姉様を敵視する理由にしかならなかったのか


ナースメイドとして近くにいたはずなのにこの少女は何も見ていなかったのかと怒りが沸く。


「僕、家に帰ります」


なんとか声を絞り出す。

この人たちが返す気になるようなことを言わないと


「あの家の人たちは僕たちに優しくしてくれた」

「それはきみを堕落させるための手段だ、惑わされてはいけない」

「堕落させるために生きるのに必要な知識や経験を与えようとしますか?」

「可哀想に、その純真さを利用されたんだね。もうこれからは自由にしていいんだよあんな咎人の家に戻らなくていい」

「僕の恩人を罪人にするな!!」



母の火の不始末でアガタが住んでいた家は無くなった。

火事に気づいた時にはもう周りは火の海で逃げ道がわからず部屋の隅で縮こまっていた。


こわいこわい

感情も何もなくただ燃えるその炎に怯えるしかできない。


「ああまた死ぬのか」漠然と死を覚悟した時だ。


「シリル!!」


姉様が来てくれた。


「ロザリーさんは外に避難させた、あとはきみだけだ」


歩けるかと問いつつも煙で喉が焼かれないよう口と鼻に布を押し当てる姉様に無理だという意思を伝えるため力の入らない足に視線を向ける。

すぐに察したアガタはすぐに視線をこの部屋にある窓に目を向け僕を引きずるように抱き上げるとすぐに窓を開けた。


「ここは三階、だから落ちても運が悪くなければ死なない」


煙が窓に吸い込まれるのを眺め自分に言い聞かせるようにアガタは足が震え動けないシリルを連れ窓に近づく。



「――ったぁ…!」


姉様にされるがまま窓から供に身を投げる。

その時の衝撃は今まで受けたものよりも強く、反射的に痛いと姉の上から起き上がり泣く。


泣き声に気づいた母が駆け寄ってきて抱きしめてくれる。


「土を耕しておいてよかった」


半分ほど土に埋まりながら起き上がるアガタになんでこんなに痛い思いをさせるのかと思ったが「ありがとうなんとお礼を言ったらいいのか」と涙ながらに感謝する母を見て救けられたのだと気づいた。


「一階は気づいた時にはもう燃えていて階段も落ちていたの

でも火事になっていることに気づかなかった私を起こして格子を下ろして避難させてくれただけでなく

シリル、貴方を助けに行ってくれたのよ燃え盛る炎の中を」

「火事の原因は追々としてシリル怪我はない?

最短で逃げられる方法がこれしかなかったんだごめんね」

「落ちた時はすごく痛かったけど、今はそんなに痛くない…です」


視線を姉様から逸らし、飛び降りる以外にも他に方法があったんじゃないかと燃える屋敷を見上げる。


バキバキバキ


複数もの木々が折れる音がしてより一層火花が舞い上がった。


さっきまでいた部屋の壁が崩れる。

つまり僅差だったと背筋が凍った。


「倒壊するから離れよう」とふらつく姉についていく。


「兎馬の小屋は地下にドラゴンがいるからできるだけ離れていよう」という指示に従い門の近くにある姉様が昼寝をするために建てたという小屋に身を隠す。


「水と食料はストックしているからあとはロロたちをどうにかしないと」


ロロたちの小屋は風下、風が吹いて煙がいく前に小屋から出さないと

そう言って重たそうに体をフラつかせながら小屋から出るアガタに「子供が一人で動き回るのは危ないわ」母が制止するも「三人で行動しても二人で行動しても危ないことに変わりがないのなら一人の方がいい」制止を振り切って飛び出していった。


後から来たハロルド先生曰くこの時姉様は骨の何本かにヒビが入っていて僅かに血も出ていたそうだ。

柔らかいとはいえ地面と自分と同じぐらいの人間のクッションになったのだからその負荷を子供の体が耐えられるわけがなかった。


普通の人なら蹲って身動きを取るのも痛いと泣く怪我をしているのに「やることがある」と痛みに足を止めず行動する原動力が義務感であることに絶句する。

どうして、まだ僕らは子供だよ大人に任せようよと言って姉を引き留めたこともあったが「出来るならしないと」と苦笑いを浮かべながらまたするのだ。

後日、火事の原因は母の不始末だということが判明した後も「まあ、みんな生きていたんだしよかったよ」と数少ない実母の思い出を奪ってしまったというのに「次は気をつけましょ」と許してくれた。

もはや強迫的な病気や疾患の類だ。彼女につける薬はない。




興奮し荒く息をする。

帰りたい。姉様に抱きついて頭をよしよししてもらって二人で姉様が作ったお菓子を食べたい。


そこでふと、教会が原因で姉様が兵士に捕まったことを思い出す。


「あなた方は、教会に関係する方々なんですよね」

「いかにも代々教会の枢機卿を任されて来たラグエルの家系の者です、シエル様」

「なら姉様、アガタ・ベルフェゴールが悪魔憑きであるという主張を撤回していただけませんか」

「シリル!ラグエル様になにを言っているのかわかっているのか!!」

「分かっています、天使の七家系の一つで教会の上層部にいる人だ

なら一度教会が出した決定を覆す方法を知っている」

「はは、組織は一枚岩ではないのでそれこそ目に見える形で悪魔憑きでない証明をしていただかないと撤回できません。

特に彼女の場合はすでにこちらにもベルフェゴール側にも死者が出ている、そう簡単に“間違いでした”と言える案件ではありません

それこそ“ラファエルの炎に焼かれでもしなければ”ムリでしょう」

「お言葉ですがラグエル様それはあまりにも酷というもの

“ラファエル様の炎”は浄化の炎、その炎に悪魔憑きが触れれば灰しか残りません」

「姉様は燃えません、絶対」


「そうですよアガタ嬢は燃えません」


この場にいないはずの第三者の声に振り返る。


「これはこれは軍属に下ったラファエル殿何しに教会の加護のあるフロス卿の屋敷へ足を踏み入れたのですかな?」

「つい先ほど供物行列で騒ぎがあったのでその調査に」

「ならこちらじゃなく教会へ行けばよいでしょうここはあくまで関係者であって教会に従事する人の屋敷ではない」

「こちらに教会の本部から出てこないことで有名なラグエルが来ていると聞いて顔を出しに来たのです

本日の供物行列についての意見と先ほどの会話からついでに彼女の不名誉な二つ名を返上させていただこうかと」


「この度は突然の訪問謝罪しますフロス卿」


そういってスカートの端を掴み礼をするのは紛れもなくいつも見るアガタだった。


目の前に無事な姉様がいることでこの数時間の慣れない空気の中で見知った人物を視認して緊張が緩む。

「姉様」といつものように近づこうとすれば「いけませんシリル様」ソフィが立ちはだかる。


「あなたはあの女とは本来縁もゆかりもない赤の他人なんですよ、それに悪魔憑きじゃないかなんてまだわからないじゃないですか!」

「ソフィ落ち着いて」

「ッ名前を呼ばないでください!」


勢いよく振り返りまるで追い詰められた猫のように顔にしわを寄せて睨む。


「貴女は御自分の立場が分かっておられるんですかアガタ様!」


まるで悲鳴のように声を上げるソフィの言葉にどよめきが起きる。

なぜならこの場で問題視されている中心人物だからだ。


「分かっているよ、迎えに来た」

「傭兵どもは何をしている!悪魔憑きが出たぞひっ捕らえよ」

「彼女は現在私の保護下に入っていただいています

その彼女に手を出すということは私の行いに不服があるということですか?」

「……相変わらず気にくわない男だ。

で?悪魔憑きという二つ名を返上するためにお前がすることはこの娘を焼くことか」

「先ほどちょっとしたことで彼女は私の炎に触れているんですよ」


「ね、アガタ嬢」とラファエルが話を自分に振ったことに気づき視線をソフィからキャソックスを着た男性に向ける。


「百聞は一見にしかずといいますし教会関係者という固い証人もいるならこの場で焼いていただいても構いませんよ」

「アガタ様!!」

「ソフィ静かに」

「でも、でもだって…!」

「私の身を案じてくれているのは嬉しいけど、大事な話の最中だから静かにしようねソフィ」

「死ぬかもしれないのになんでそんな落ち着いているんですか!」

「そう言われても一回死んでるし、今死ぬ記憶が増えるだけだよ」


「転生者か」


ポツリと独り言のようなつぶやきはやけに大きく部屋の中に響いた。

言葉を発した当人は「でもマモンのところとは違うな」とラファエルに話を振る。


「転生者は生前を思い出す拍子に悪魔と契約してしまうものだが、もうすでに思い出しているのなら悪魔憑きではないな」

「ええ、後天的に悪魔憑きになったとしても彼女はまだ十四にはなっていない

ラグエル、貴方はこの意味がわかりますね」

「……。フロス卿、申し訳ないがネフィリムの件は時が来るまでベルフェゴールの家に預けるといい」

「そ、そんな」

「ネフィリムのことはまだ公表しない、今デュオ派に見つかれば事だ。

今まで通りベルフェゴールを隠れ蓑にしたほうがネフィリムとそのご母堂の身を守るためには得策です」

「デュオ派?」

「教会でも神子はデュオ以降存在しないとする派閥のことですよ」


ラファエルが答えた。

なるほどと相槌で答えるとラファエルはすぐに視線を戻す。

「しかしクラウドがネフィリムまで隠していたとは、一度話し合いの場を設けた方がいいですね」「その時は俺にも結果を知らせろ」天使の二人は納得したように周りを置き去りに話を進める。


「クラウドの娘が悪魔憑きという触れは今は下手に触ると奴らに逃げられる可能性がある」

「しかし彼女の腕をみてください。

今日はこの程度で済みましたが次はどうなるかわからない、それでも」

「それはお前たちがなんとかすればいいことだ。もっとも死んでくれても構わないが」

「ラグエル」

「とりあえずだ、供物行列の人員のリストを後日渡す。

今日のクラウドの娘やネフィリムのことは一先ずなにもなかった」

「ラグエル様、わたしは私はどうしたらいいんでしょうか」

「知らん。雇い主であるベルフェゴールの家を裏切ったこともネフィリムをフロス卿の家に連れてきたこともクラウドの娘を罵ったことも全部お前がしたことだ、その行為が教会という盾でなくなるわけがないだろう」

「そんな!悪魔の家に奉公に出たのもシリル様のナースメイドになったのも全部教会とあなた方天使のためなのに!」

「頼んでいない、我々を言い訳に使うな」


ラグエルは「ではフロス卿、今日のことはご内密に」とバッサリと切り捨てたソフィに目をかけることもなくその場を去る。


「姉様っ」

「シリル、重い」


緊張感を与えていた存在が消えたことでシリルはソフィを避けて抱きつく。

抱きついた状態で大きく息をすると「姉様が無事でシリルは嬉しいです」破顔する。

それを見て良かったシリルは大きく傷つけられていないと安堵して「人前だから」引き剥がす。


「さて、フロス卿。

私が悪魔憑きでないことは先ほどのお二方の会話から分かるとお思いですが、どうなさいますか?」

「どうするもこうするも、ラグエル様には逆らえない…」

「ではシリルとロザリー様はベルフェゴール家がお守りすることに異論はありませんね?」

「……正直にいうとロザリーにどのような顔をして会いに行けばいいのかわからない。酷いことをしたロザリーにもシリル、きみにも

だからネフィリムだったら正当な理由で連れ戻せると思った」

「……」

「どうか許して欲しい、なんでもする」

「……姉様」

「私に聞いても答えは出せないよ。これはシリルが答えを出しなさい」

「……帰って母と相談します」

「シリル」

「こんな方法じゃなくもっと他に方法があったのにそれを取らなかった貴方達が僕は嫌いだ。姉様を危険に晒した。

それにまだ貴方達は姉様に謝罪も何もしていないじゃないかそれでどうして許せと言えるの?」

「…シリル」

「僕の言うことを聞いてくれなかったのに今更聞こうとするなんて虫が良すぎる」


「でも、僕の祖父だから帰って母と相談する」シリルはもうすでに腹が決まっていたのか真っ直ぐフロス卿を見つめる。

「わかった答えが出るまで待とう」フロス卿は目を伏せた。


「ソフィも帰ろう」


ラグエルが去った扉を見続けているソフィに声をかける。

シリルは「なんでソフィに話しかけるんですか!」驚いたようにアガタの顔を見るがアガタはソフィから視線をそらさずもう一度「帰ろう」と手を差し出す。


「きみは嫌で仕方がないかもしれないけど、きみをうちが雇用している限りはそれに従って欲しい」

「どうして」

「心まではコントロールできないのは当たり前だから仕方ない。でも辞めるのも続けるのも一度戻らないと次に区切りがつけられない」


ソフィはシリルが学校に行くまでのお世話係だから辞めるのは簡単だろう。でも再就職先が問題だ。

雇い主の不利益になるような行動を取ったメイドをそれも子供の遊び相手であるナースメイドで雇う人間はいないだろう。

若いからと言って許される問題ではない。ソフィはシリルの祖父が絡んでいるとはいえシリル誘拐を実行したばかりかアガタを兵に引き渡している。


「(日本でも悪質と取られる行為だ)」


庇いようがない事実に嘆息する。また家から可愛い子がいなくなるのか。

ラファエルが「とりあえず本日のところはベルフェゴールの屋敷までお送りしましょう」と移動を促す。ソフィはおとなしく従いあとに続く。



鈴だった頃から可愛いものや可憐なものが好きだ。だから子供や女性に優しくする。

その最たる少女に対してやはり非情になりきることはできない。叱りはするが罵りや嘲りではなく窘める意味合いが強くでてしまう。


「絶縁した実家にシリルを勝手に連れて行ったばかりか守るべきアガタを見捨てただけでなく理由がシリルのため?ふざけるのも大概になさい」

「申し訳ありません奥様!」

「すまないで許せたらこうして叱責しません!」


扉を挟んだ向こうにいる二人にどうしようかと内心かなり動揺しながら聞き耳をたてる。


「姉様部屋に戻ろうよ」


シリルが「退屈だよ、一緒に遊ぼうよ」手を引っ張って誘うが遊ぶよりも屋敷から消えるだろう少女が気になる。


「ごめんねシリル。今二人の様子が気になるから」

「うー、姉様はシリルよりソフィがいいの?」

「そんなことないよ、ただ間違いを起こした若者の末路が気になるだけだよ」

「ソフィは姉様より年上でしょ?」

「……あはは」


先日のラグエルやラファエルの転生者という単語を聞いてもシリルはその転生者と私が結びつかなかったらしい。


――シリルはネフィリムだということはわかった。

ネフィリムとは神子という人種の名称だ。

滅多に生まれない希少種で教会が奉っている象徴。


理解はできないが色素が薄いのに太陽の下を駆け回っても不調らしい不調は出ず、元気なことが不思議だった。

頭一つ分ほど低いシリルが抱きついて来たりするのを気にも留めず盗み聞きに精を出す。


「貴女が知人の紹介でなければ誘拐幇助として兵に引き渡しています!

たまたまラファエル様が来てアガタが悪魔憑きではないと証明してくださいましたが、いらっしゃらなかったら教会に尋問され嬲り殺されています。

わかりますか?貴女は従事している家の後継を謀殺しようとしたのですよ?罪もない子供を!」

「そんなつもりは、少し待ていてもらうつもりで…!」

「この件はクラウド様と相談しますが貴女の家にも報告させていただきます。

場合によっては貴女の一族もろとも路頭に迷うことを覚悟してください」

「っ……わかりました、申し訳ありません」


ロザリーさんかなり怒っているなこれは

扉から耳を離し考える。

説得もしばらく無理そうだ。そっとしておこう。


ロザリーがここまで思っていてくれていたのならこの問題は口を出すべきではないのだろう。あの人もあの人で騒動に自分の父親が関わっていたことに混乱している。もう少し時間をかけて激情をほぐす方が有用に思える。などと考え込んでいたらロザリーの部屋から出てきたソフィと目が合った。


「…っ!」


一瞬体を大きく跳ねとても怯えた顔をしてソフィは何も言わずに走って行く。

これはもう元に戻ることはできないな。事件前ほどとはいかないが互いの認識を改善できると思っていただけに残念だ。


「部屋に戻ろうかシリル」

「うん!」


抱きついている手を解いて手を繋ぐと嬉しそうに破顔する。


――かわいい。

口には出さないが人懐っこい子供はとても好き。


「(でもシリルが学校に通いだしたらしばらく会えないんだよね)」


寂しいと思う。ロロ以外の癒しがいなくなってしまうことが。

ソフィーはこの屋敷を去るし同年代、もとい子

供がいないとなるとこの屋敷が静かになる。


ああ、寂しい。

この寂しさを感じるのは生前、異母弟が一人暮らしを始めた時以来か。

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