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アガタと家族



「今日から弟になりますシリルです」



強盗に遭った日から三日ほど経った。


あのあとどういうわけか兎馬の小屋で寝ているのを家庭教師に発見された。強盗はあの後逃げ出したのか、亡くなった二人以外の痕跡は見つからず、暴れまわった痕跡と数枚の羽が残っていた。

その羽を見てハロルドが血相を変えて「無事でよかったわ」と絞り出すように吐き出し抱きしめた。

ロロはいつものように服の袖を噛んで遊んでいてこの子が特別何かをしたようには見えない。


「女の子の顔に怪我を負わせて!」


見つけたらタダでは置かないと息巻く家庭教師のハロルドはその巨体に似合わぬ精錬された動きで頬の痣に湿布を貼り、香り高い紅茶を淹れる。


「クラウドが帰ってくるまでここにいるわ」

「お手を煩わせ申し訳ありません」

「どこが!貴女はもう少し人に甘えなさい

ただでさえ教えることがないんだから給料分ぐらい世話を焼かせてよ」

「善処します」


少しこのやり取りを面倒だと思いながら作ってきたと出された焼き菓子を頬張る。

いい嫁になりそうだ。……男だが。


そんな女性よりもまめなハロルドと過ごすこと三日。

父が知らない女性と子供と一緒に帰ってきた。


「今日から母になるロザリーと兄、ああ弟になるかシリルだ仲良くするんだぞ」

「……クラウド」

「ハロルド来てたのか!家庭教師の件で話をしにいこうと思っていたからいてくれて助かった!

というわけでシリルの勉学も見てくれ」

「クラウド」

「妻にもここでの生活で分からないことがあるだろうから色々と教えてあげてくれ」

「クラウドちょっと来てくれ、きみもだ」

「なんだよハロルド話ならここですればいいだろう」


父を引きずるようにして奥の部屋に消えていった。ロザリーとかいう女性も。


物事の順序や子供の情操にとても気を使っている人だからとても怒っていると思う。

なにせ仕事で家を空けると言っていた父が女性、しかも子供まで連れてくるなんて思わなかっただろう。私も思わなかった。


やや驚いたがまだ父となる男性も若いしそこそこの家柄だから女の子だけというわけにはいかないだろう。跡継ぎ問題があるわけだし。


前世でも家が会社を運営していたから跡継ぎの問題があった。

だからこちらでも起きる可能性は考えていた。

杞憂ではなかったことがすこし残念におもう。


熱で頭がくらくらするが倒れはしない。

頭が少しボーとするだけで、意識はある。少し頑張ればいいだけだ。


「あなたも大変ね、アガタ・ベルフェゴールです」

「今日から弟になりますシリルです

よろしくお願いします姉様」

「色々と聞きたいことはあるけど、シリルくんは今いくつかな?見たところ私と年が近いようだけど」

「シリルでいいです姉様、七つになりました」

「ということは同い年ね、私もアガタと呼び捨てでいいよ」

「姉様は春に産まれてシリルは冬に産まれたので、それにシリルは姉というものに憧れてまして姉ができると聞いてとても嬉しくて」


顔を赤くしながら「姉様と呼ばせてください」とこちらの様子を伺うシリルは母親譲りなのだろうか整った容姿で尋ねる。


「いいよ」


私の呼び方なんてどうでもいい。

また弟ができたこともどうでもいい。

成人するまでの辛抱だ。


この国では仕事をすることができるのは十四歳からだ。

成人は十八歳からだが十四歳からは準成人として扱われる。


男子は騎士学校や学院へ

女子は奉公や嫁修行へ

女学院もあるがあそこは金持ちが多く在籍するそうだ。


きっとシリルはこの家の利益になる人間として育てられるだろう。

ハロルドは優しいが厳しい。シリルはこれから地獄を見るかもしれない。


奥の部屋から「ハロルド話せばわかる!わかるから魔術はやめてくれ!!」「うるさいこの色惚けが!アガタがどんなに怖い目にあったかお前にも味あわせてやろうか!!」という二人の口論のようなものが聞こえる。


物は壊さないで欲しいなと思いつつその場を去ろうとした。


「どこに行くんですか姉様」

「台所、お茶を淹れにいくの」

「僕も行ってもいいですか?」

「むしろ来て欲しいな、シリルの好きなお茶があったら教えてよ」


壁に掛けてある灯りを手にとって二人で台所に向かう。


シリルは、第一印象はいい子だ。むしろいい子すぎる。

人を喜ばせる言葉をよく使うのをみればとても恵まれた環境にいたことがわかる。

なのになぜ父と一緒にこんな使用人もいないところに来たのか不思議だ。


台所にある木の椅子にシリルを座らせ湯を沸かす。

木炭に火をつけることはもう手馴れたものだ。木屑に火をつけて燃えやすい木につけ大きな火種にし棒で木炭の中にそれを押し込む

ハロルドは魔術が使えるからすぐに火をつけることができるが魔術の概念を理解できないアガタはできない。


窓を開けて外を眺め木の陰の大きさをみて大体の時刻を予想し、軽食も作るかとシリルに声をかける。


「きみときみの母君は甘いものは好き?」

「は、はい 大好きです」

「ならパンケーキにしよう」


簡単にできて美味しいもの。

材料を手分量で混ぜ合わせ底の深いフライパンに流し込み蓋をする

そしてそれを沸騰したお湯と入れ替える。

素早くお湯をティーポットに注ぎティーポットに布を被せ、邪魔にならないテーブルの上に置く。


「手馴れているんですね」

「この家は使用人がいないからね」

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「なに?答えられることは答えるよ」

「姉様の母君はどちらへ?」

「死んだよ?」


聞いてなかったの?

不思議に思いシリルを見るととても驚いた顔をしている。

妻がいるのに新しい妻を迎えるわけがないじゃない。

普通に考えればわかるようなものなのに、と思ったところで相手は七歳だったということを思い出す。

そこまで物事のつなぎ合わせができる歳でもないか。


ケーキにかけるソースを作りながら言葉を選ぶ。


「二年前かな、病気で亡くなったんだよ」


ハロルドはもともと母の医者だ。

救えたはずなのに救えなかったと贖罪するようにこの家に来ている。

ハロルドと母の関係がどのようなものだったのかは分からないし知りようもない。

だが、母がいなくなったあとで母のように世話を焼いてくれていることには感謝している。

父は私が嫌いだから。気にかけてくれる大人がいることはいいことだ。


焼けたケーキとお茶を持って談話室に向かう。


「お茶の用意ができました」

「アガタ、ごめんなさいあとにしてちょうだい今からクラウドの捻じ曲がった根性を叩きなさないといけないから」

「先生落ち着いてください子供の前ですよ」

「アンタも子供でしょうが!!」

「なら大人の対応をお願いします」


ハロルドの服を引っ張り別室に連れて行く。父と一緒にいると暴れ出しそうだ。

シリルには談話室に向かうようにお願いした。


「私だって怒りたいわけじゃない、でも親の務めを果たしていないクラウドを見ていたら抑えが効かなくなって」

「うん」

「強盗が来たって言っても“でもなんとかなったんだろう?”ってヘラヘラしてさ」

「うん」

「死んでたかもしれないのに」

「うん」


背中をさするとトーンダウンするハロルドをみて心の中で「激情型の人は大変だ」とその傷つきやすさを心配する。


「アンタの親と同じ歳なのに」

「年を取ったからといって傷つかないわけないじゃないですか」

「……ほんとそのなりで成熟しすぎじゃない?」

「あはは」


前と今を合わせると結構な年だからねしかたない。

大人が子供のふりをするのは罪悪感がある。

まだ二十代の青年が義憤しているのだ。何もしないわけにはいけない。


「シリルくんは初対面で受けた印象はいい子だったので少し楽しみです」

「も~、一人で暴れてたのがバカみたいじゃないのよ

~!!」

「苦しいです」


ぎゅうと抱きしめられ息苦しさを感じる。


「ん?あれアガタなんだか貴女あったかいわね?」

「うつらないから大丈夫ですよ」

「ちょっと話が噛み合っていないわよ、やっぱり色々あったから熱が出たのね」

「大丈夫です」

「大丈夫っていう人が一番大丈夫じゃないのよ!今日はもう部屋に戻って休みなさい。クラウドとは喧嘩しないから」

「いいえまだ父とお話していないのでお話しするまでは戻りません」


ほっとしている今なら色々と緩んでるから色々とうっかり口を滑らせてくれそうだ。

なんだって父は一般的な家庭の温もりに飢えている。

だから穏やかな時間の時に尋ねたほうが色々と吐きやすい。


いったいどんな言い訳をするのか楽しみだ。



「だって仕方ないじゃないか、当主として家督を継ぐ子を作ることはこの家に生まれた義務だし、アガタは確かにしっかりしているけど男の子じゃないから、もしもという時は嫁に行ってもらう

シリル?僕の子だから家督を継いでもらうよ?

どういうことかって?アガタを妊娠しててできなかったんだ俺もいろいろ溜まっていたから、仕方ないだろう

アガタの母親がこのことを知っていたか?知っているわけないだろう頑張って隠し通したんだから!

それよりアガタ、晩御飯はなんだ?え、熱がある?ご飯どうするの?」


「クラウド様と出会ったのは八年ほど前で奥様には悪いとは思いましたが、そのときはお互い若かったので…

独り身で身篭ったとき両親に家から追い出されましたがクラウド様に匿っていただきクラウド様の別荘にて今まで生活していました

シリルには幼少の時よりクラウド様の子として育ててまいりましたのでご安心ください

アガタ様シリルと姉弟として仲良くしてくださいね」


「姉様、このケーキ美味しいです今度僕にも作り方を教えてください」


……。


シリル以外はクソだな。

生存競争が激しいこの世界でどうしたらこんな楽観的な考えができるのか。

理解はできるんだろうけど理解をすることを頭が拒否する。

所詮血の繋がっただけの他人だ。

私にとって大きな障害にならなければどこで子供を作ろうが恋をしようがどうでもいい。


身を乗り出すハロルドの服を引っ張り落ち着かせ、如何にしてハロルドが家庭教師をやめない方向に持っていけるか考える。


嫌悪している人間に対して信頼関係を形成するのは難しい

ハロルドが家庭教師をしてくれている理由は給料もあるが母との約束が大きい。


ハロルドを思うなら家庭教師をやめてもらった方が彼の精神衛生上とてもいい。

とくに 義理や恩といったものを大切にするから父と会話をするたびに精神の耐久力がガンガン減っているだろう。

別にクラウドをしばき上げてくれても構わないのだがそうするとハロルドが解雇される。

それは困るからハロルドとクラウドを引き離すことが必要だ。


「夕食は漬け肉があるのでそちらを焼いてパンと一緒にたべてください

スープが欲しかったら戸棚にある瓶の中身をお湯に溶かせばスープになるのでそれを

空いてる部屋は毎日掃除しているのでどの部屋でもお好きにどうぞ

ハロルド先生、お見送りします」


ハロルドの外装を手に取り玄関に続く扉をあけて待つ。

「そんな使用人のようなことしなくていいんだよアガタ~」と間延びした父の言葉を無視してハロルドを連れ談話室を出る。


「先生、提案があるのですが私とシリルが先生のご自宅に習いにいくというのはどうでしょうか」

「別に構わないけど、いいのよ?今まで通り私がここに来ても」

「シリルにこの周辺の案内をしなければいけないので」

「急に家族が増えるアガタも大変ね、わかった熱が下がったらいらっしゃいクラウドにはどっちにしろ明日会いにこなきゃいけないし今日はもうこのまま部屋に行って寝なさい」


頭を優しく撫でられる。

子供だから仕方ないとはいえ頭を撫でられるのはあまり好きではない。

仕草に嫌悪が出ないように表情を固める。

扉をあけて先に外に出る。


「また強盗が来るかもしれないので門はしっかり施錠しないと」

「来るときは門を越えるなりしてくるわよ」

「ケモノも入って来ないようにです」

「ドラゴンがいて普通のケモノが寄って来ると思うの?」

「兎馬が食べられていないので来ちゃうかと」

「アンタの家の兎馬がおかしいだけよ」


結局、門のところまで見送る。

小さくなっていくハロルドの背中を見送り門に鎖を巻いて施錠する。


「あれロロどうしたの」


見送ってさあ帰ろうとした時に背中が引っ張られる。

見ると兎馬の小屋にいるはずのロロが服を引っ張っていた。

よだれで濡れる前に服を引っ張り剥がし「ちょっと食べてたんですけど」と言いたげなロロの頭を撫でる。


「家族が増えたのよ、これから騒がしくなる」


はあと深いため息を吐く。

面倒だ、という気持ちは確かにある。

成人してしまえばこの家から離れたらいいやとも思っていたが


「シリルくんが心配だな」


あの子は私と違って正真正銘、子供だ。


機能不全家族というものがある。

家族が風車なら歯車が個人でよく例えられ、なんでも歯車同士が噛み合っていれば風車として回る。

しかし機能不全の場合、互いに噛み合わず風車として歯車として一部のパーツだけが空回る。

父と私だけならなんとか父の足りない部分を辛うじて補うことはできていたが、駄目そうな大人がもう一人増えたことが頭がいたい。


「肌が綺麗だった」


ということはあの人は少なくとも貴族階級の出だろう。基本的な仕草に育ちの良さを感じた。

そして浮世離れした様子から彼女は温室育ちだ。誰かが手伝うのが当たり前な人ではないだろうか。


「めんどくさい」


私は生前から割りを食ってきた。

その結果、死んだようなものだけど同じことを繰り返すのは避けなければならない。

二度も同じ失敗をするなんて愚鈍にもほどがある。


ベンチに座って考える。

みんなが幸せに円満に解決する方法はないのかと。


「ちょっと、ロロやめて」


何が楽しいのか頬を舐めてくるロロの顔を押しのける。

それでもまた舐めて来ようとするから仕方なく屋敷に戻るため歩き出す。


屋敷まであと数十歩というところで待ち構えていたようにパイプを吹かすクラウドが声をかけてきた。


「アガタ、ハロルドは帰ったかい?」

「ええ」

「そうか、少しパパとお話ししよう」


玄関の隣にある長椅子に座りおいでと呼ばれたら素直に従うしかない。

長椅子の端に座る。


「怒っているだろうけど、」

「怒っていません」

「……そうか、怒っていないのか」

「ただ呆れているだけです」

「まだ呆れられていなかっただと」

「それでなんの用でしょう」


どうせろくでもないことなんだろうと思い込みながら膝の上に頭を乗せるロロから視線を動かさずに尋ねる。


「シリルを頼む」

「異母姉弟ですもの、できる限りのことはします」

「本当は…いや、やめておこう誰が聞いているかわからないし」

「ところで使用人は置くんですか?流石にこの体で大人二人と子供一人なんて見れませんよ」

「シリルはハロルドと相談して学園に入れようと思う、知り合いが共学の学び舎を運営しているからアガタもどうだい?」

「ハロルド先生で間に合っています」

「そうか学園には前世の記憶があるという教師がいるんだがアガタは興味ないか」

「人に気を向ける余裕があると?」

「はは、はっきり言いなさいはっきりと『一人じゃ家のことを回せないから使用人を雇ってください』ってほら可愛くお願いしてみ」


ほれとにたにたといやな笑みを浮かべて言葉を引き出そうとするクラウドの幼稚さに呆れる。


「ロロ、小屋にお戻り」

「冗談だってば」

「受け手側が不快になる冗談は冗談ではなく嫌がらせです」


軽率で軽薄で、イライラする。

こういう人間が人受けがよくてたいした努力もせずにのし上がり最後には力不足で潰れるのだ。


熱のせいかいつもなら流してしまえることも意固地になっている自覚はあるが改めようとは思わない。


勢いよく扉を閉めてその足で台所に向かう。

寝る前に水を一杯飲みたい。

蛇口をひねり勢いよく湧き水が流れ出す。

マグカップに水を入れ蛇口を閉める。

ぷはぁと一気にマグカップの水を飲み干し息を吐く。よし寝よう。



「アガタさん」

「……何かご用ですか」



悲鳴をあげかけた。


「白湯が飲みたいのだけど、火の付け方がわからなくて」

「ああ、そのぐらいならやりますよ」


先ほどパンケーキを焼くのに使ったから火種は残っているはず。

火かき棒で炭をつつけばぼうっと火が酸素を受け燃えあがる。

燃えやすい木屑を入れてある程度、火を大きくしてから薪を入れ火を強くする。

鍋に水を入れ、火がちらつく穴の上に乗せる。


「あと数分待てばお湯がわきますよ」

「ここは火を使うのね、私にもできるかしら」

「また元気な時に火の起こし方をお教えします」


舞ぎり式の火起こし器ならこの人とシリルも使えるだろう。

まあ薪を切って繋げて穴開ければいけるだろ。暇な時に紐を編もう。


「怒らないのね」

「怒って何か変わりますか?」

「……クラウド様が頼るのもわかる気がします」


お湯が沸騰して噴き出し慌てて鍋に向き直るのを見てそれじゃお先にと台所から出ようとしたら待ってと声を掛けられた。

早く部屋に戻って休みたいのに足止めするな顔に貼られている湿布が目に入らないのかと苛々しながら振り返る。


「私たちはここにいてもいい?」

「いたければいればいいんじゃないですか、お好きにどうぞ」


そんなことで呼び止めないでほしい。

三日前の強盗に襲われる経験も命のやり取りも異母姉弟がいたこともまたその付き合いが産まれる前からという片親の不義もすべて

この人生では『初めての経験』だ。

脳に負荷がかからないわけがない。これでまた頭痛持ちになったらどうしてくれる。


足早に部屋に向かう。

もともと人と話すのは、好きではない。

一人の空間に行って落ち着きたい。


部屋に戻ってすぐにしたことは施錠だ。


朝起こされたくないし、誰かが部屋に入るのがいやだ。


部屋に備え付けられた洗面台で手を兎馬のミルクで作った石鹸で洗い、口を洗う。


明日はハロルドの家からの帰りに道中にある天然の温泉に行こう。

この熱も疲れから来ているものだろうから温泉に入ったらよくなるだろう。


暗い空を見上げる



「まったくお前たち人間は足りない頭で無意味なことをする」


最初にこの化け物の声を聞いたのはいつだったか

クラウドはゆっくりと視線を娘にとても懐いているロロと名付けられた兎馬、いいやその皮を被った悪魔を見つめる。


「あいつはネフィリムだろう、よくもあれのそばに神子を置いたな」

「……」

「半魔の家庭教師だけでは飽き足らず神にまで手を出すか」

「……貴方に言われたくはない」


そうだ、子供を産めない妻に子供を産ませたこの悪魔にあれこれ言われる筋合いなどない。


死んだ妻を愛している。今も昔も。


だがあの子は愛されることを拒絶している。


神によって浄化されなかった魂だ。

生前の記憶を持つということは生前の傷も背負っている。


「貴方がいなければ妻は生きていられた」

「お前が肉欲に溺れた結果でもある」

「黙れ、人間嫌いの悪魔!お前に何がわかる!!」


拳をベンチに振り下ろす。


「人間が嫌いならもう放ってくれ、構わないでくれ」

「強盗が入ったのは知っているな?」

「……」

「お前が飼ったドラゴンか強盗かどちらかに殺されていてもいいのなら、時間を戻して助けたことをなかったことにしてもいいんだぞ」

「卑怯だ」

「お前の言っていることはそういうことだ」


まず観察対象を不注意で死なせるなんてそんなミスを犯したくない

こういう潔癖なところがアガタと共通すると自分でも思う。


――だから、友と上司を敵に回しても欲しかった。


そんな渇望などこの人間は知るはずもないだろう

手に入れることができる者が手に入れられない者の気持ちなんてわかるものか。


人間が嫌いだと自他共に認めるがクラウドはその中でも上位に位置づけできる。


兎馬の姿で寝床に戻る。

戸が開く音に振り返るとネフィリムがいた。

まだネフィリムとしての自覚がないのかそれは人懐っこい顔でクラウドに近づく。


ネフィリムは嫌いだ。

私を、我々を悪魔たらしめた存在だ。

八つ裂きにしても文句はないだろうが、奴もまた十四になっていない。


十四になっていない子供に手を出すことはこの世界の法に触れる。

それは悪魔であっても守らなければならないルールだ。


破るには力が足りず法の内で活動をせねばならない。

もしもその法を破れば次こそ知性も理性もない下等な本能だけで生きるケモノに成り果てるだろう。


怠惰ではあるが低脳にはなりたくない。



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