ドラゴンと兎馬
ドラゴンとは、お宝を管理し守護する守護者であり最後には勇者や冒険者に倒される化け物である。
そんな、生前に読んだ辞書の一文を思い出す
「は、はは…」
口から滴る血に何かを咀嚼している大きな口
目は綺麗な琥珀色で、気圧される
――生まれ変わって早七年
この世界ではとても恵まれた家で生まれた。
蛇口をひねれば水が出るのはごく一部の家のみで、お風呂は毎日入れないから香水で体臭をごまかす、そんな文明が遅れた世界だが
アガタは七歳である。
今日はとても心地のいい日差しの日だった。
日本とは違いカラッとしたこの地域の気候は過ごしやすく第二の人生を満喫するのにうってつけな、お昼寝日和だった
怠惰最高
七つの大罪で『怠惰を司る悪魔の名前』が家名なだけあってか怠けることにとても魅力を感じる。
父が聖都に戻る前に兎馬の小屋には近づくなと言っていたのを思い出す。
だからいつも昼寝をしていた兎馬の小屋ではなく門の近くにあるベンチで寝ようとお気に入りの熊の人形を持って向かったのだ。
いつも閉まっている門が開いていることに気づいたのはベンチに座ってからだった。
子供にナイフを突きつける大人の必死そうな顔を見てこうはなりたくないと思ったのは少し前。
「この家に財宝があるのはわかっている。死にたくなければ在り処を言え」
財産の隠してある場所を子供に教える親がいるものか
引きずられるようにして家に入ると男たち強盗は聞き出す役と物色する役と二手に分かれて家を荒らし始める。
「しらない」
この家はたしかに金銭面や生活面は恵まれているだろう、しかし愛情やぬくもりといった人間らしいあたたかさが欠落している家だ。
子供であっても自分たちの財産の在り処を教えることなどしない。絶対にだ。
頬が痛い。
親に近づいてはいけない場所や入るなと言われている部屋があるはずだ
質問を変えて問いかける。
それにわずかながら痛みに恐怖した私は答えた。父親に近づくなと言われた場所を。答えた結果が、これだ。
ドラゴンを前に息を飲む。
兎馬の小屋の中に見慣れない地下へと続く扉があった。
扉を見つけてすぐに強盗は扉を開けると二人が偵察に入っていった。
しかしこうちゃがぬるくなるぐらいの時間が経っても帰って来ない二人にしびれを切らした強盗の中でも偉そうな男はアガタに見てくるように下っ端の男と一緒に扉の中に押し込んだ。
そしてしばらく歩いてドラゴンとエンカウントした
目の前にいるドラゴンはもうすでに男を二人食べてしまった。
甘くて重い血の臭いに頭がクラクラする。
下っ端の男は火を持って一目散に来た道を戻っていってしまった。
ドラゴンはとくに気にする様子はなく頭蓋骨を奥歯で噛み砕き、脳髄が口から滴り落ちている。
逃げなければ
野生動物は一度でも人間を食べると人間の味を覚え好んで人間を襲うようになるという
ドラゴンもそうではないという確証がない今はその知識に頼って逃げるしかない。
目線をそらさずにゆっくりと後ろに下がる。
野生の熊と遭遇した時と同じ方法だが仕方ない
ほかにいい方法知らないし
ゴクリ
飲み込む音が耳に届く。
爬虫類は生き餌を好むものが多いそうだ。
それに餌にありつきにくい動物は食べられる時にたくさん食べて脂肪としてエネルギーを蓄えておく、らしい
爬虫類のペットを飼った記憶はないしこんなことなら詳しく調べればよかったと後悔しても遅い。
ドラゴンはその重たそうな頭を持ち上げ首を伸ばす
あ、死にましたわこれ
「アガタ・ベルフェゴール 完」ですわこれ
目をぎゅっと瞑り体を硬くする。
終わるとしても痛みは長く続かないで欲しい。
「……お、おお?」
しばらくして服を引っ張るような心当たりのある刺激に恐る恐る目を開ける。
「ロロ?」
五年前に生まれた弟のような兎馬が鼻を鳴らす。
なんでこんなところにと思ったが、勝手にあっちこっち動き回るやつだったことを思い出してヘタリ込む。
――ドラゴンは重たい足音を立てながら奥へと消える。
ただ残った肉片や血の臭いが現実だと主張していていつもの調子に戻るにはしばらくかかった。
「ろろ~~!」
兎馬に抱きつこうとしたが避けられた
なんてやつだ、飼い主が抱きつくことも拒否するのかこのロバは
厳密にいうとロバに似ているだけの兎馬という名の通り耳がウサギのように長い馬なのだがそういうのは今はどうでもいい。
ドラゴンが何処かに行ったならこのままあの男たちから逃げなければならない。
進むとドラゴンがいる、戻れば強盗たちがいる。
戻っても捕まって殺されるかドラゴンの生き餌にされるぐらいなら進んだ方がいい気がする。
落ちている松明を手に持って進む。
夜目は効く方だが星の明かりがないここでは何も見えない
「ロロも一緒に行こう」
戯れに殺されるかもしれない
理性のタガが外れ強盗なんていう真似をしている外道の行動は理解できない
片手には松明、もう片手でロロの首の皮を引っ張って進む。
ドラゴンこわい。
しかし二度目の人生をこんなところで失うこともこわい。
生前の私は尽くす人間だった。
家族に尽くし社会に尽くし自分の出せる力以上を出して会社に尽くす、そんな人間だった。
仕事の上司や同僚の期待にも家族の期待にも、寝る時でも体が動かなくなっても応え続けた。
好きなことをする時間もなく、もらえる報酬以上の労力と気力を必要とした。
寝る時間も、休む時間もなかった。
動かそうとしても動かない体になったとき、お前が周りにそうなる前に不調を伝えなかったからだと責められた。
しかし、私は何度も伝えたんだ。
このままいけば過労で倒れてしまうから休ませてくれと伝え続けていたはずだったが伝えていないことにされた。
だから生まれ変わって必要以上に干渉されないこの人生が好きだ。
文明が遅れているから夜中でも呼び出される心配もない。
これから楽しくなっていく人生だ。
好きなことをして、好きなことで生計を立てて好きなことを好きなだけ思う存分に楽しむために使いたい。
そのための試練だ、これは。
「目があっても石にはならなかったから、バジリスクではない」
かといって羽がなかったからワイバーンでもない。
地竜やサラマンダーでも、ないのだろうあの大きさから見ると。
「足が二本の、ドラゴン」
興味本位で調べたことがある。
ドラゴンは足の本数と羽でランクづけされる。
4本の足があり一対の翼があるドラゴンが最強だと仮定した場合羽や足の本数が下がればランクも下がる。
つまり、足が二本しかないあのドラゴンは成長過程にあるドラゴンなのだろう
二本の足で翼がないドラゴンはドラゴンとしての定義している地域では別の地域ではナーガかティアマトといった神だ。
そんな神性、あのドラゴンからは感じられなかった。
あるのは自分より大きな捕食者という情報的恐怖だ。
現実逃避に残った意識は走る。
なぜ殺されなかったのか考える。
男たちとアガタの違いは、財宝を狙っているかいないかだ。
残念なことに金品や宝石よりもそこらへんに転がっている綺麗な石やふかふかな布団の方に魅力を感じる。
あわよくば、強盗がいなくなるまでかくれていたい。
あの血痕と目撃者の証言があれば容易に私はドラゴンに食べられたことになるだろう、彼らの中では
「地下寒い」
ひんやりした冷気が足元からする。
松明でわずかに手元はあたたかいがそれでも寒い。
見つかる確率を下げるためとはいえこの松明を今から消さなければならないのが残念だ。
隠れられそうなところに当たりをつけ松明を床に置き火を踏み消す。
火が消えわずかに燻っている松明を逆方向に放り投げ当たりをつけた壁のくぼみに入る。
「さっきは抱きつかせてくれなかったくせにひっつくのね」
座ると膝の上に何かが乗ってきた。
すぐにその鼻息でロロだとわかった。
にくみ口を叩きながらゆっくり撫でる。
やはり動物は温かい。自分ではない生物の体温というのはこういう時落ち着く。
そこで昼寝ができなかったことを思い出す。ついでに叩かれた頬も痛いことを。
……
死ぬときは死ぬ。ならばそれまでの間好きなことをするのもまたいいことではないのか。
風邪は引くだろうがどっちにしろストレスで明日には熱が出るだろうから今更どうしようもないだろう。
ぺたりと頭をロロの背中に乗せて楽な姿勢に入る。
ふうやれやれ、敷布団が欲しい冷たさだ
低体温にはなりたくないとは思いつつも温かい動物の体温に思考が微睡む。
実はさっきまでのは夢で、起きた時にはベンチの上だったりしたら最高にイイ。
生命的危機から脱していない状況で寝るなんてありえないんだろうけど、体が子供だから現状を打開できる方法も道具もない状態で突っ込んでも大人にもドラゴンにも勝てない。
できないことやどうしようもないことに必死になるのは嫌だ。どうにもできないのならいっそ運任せにしてしまったほうがまだ精神的ななにかがくるしくない。
目を閉じる。
寝ていれば死んでも苦しくない。
だから何が起こっても仕方ないで諦めよう。
「子供になった時ぐらい希望を持て馬鹿め」
悪魔の家系は、それぞれ冠する悪魔の性質が出る。
枕にしたはずが枕にされた
そんなミイラ取りがミイラになったような状況で起こさないようにゆっくり体を起こす
ここは、冷える。
人間の基礎的な生命管理すらこの子供は今捨てた。
黄泉に近いこの世界は時折生前の記憶を持って生まれ変わる人間がいる。
なかでも我々のような一族を従える悪魔は生前、強い後悔がある魂を黄泉から拾い自分の名を冠する家系に埋め込むことがある。いわゆる生まれ変わりだ。
生まれ変わったものの中には栄させた者と破滅に導いた者とがいる。
生暖かい息がかかる
ドラゴンだ。
そういえばこの子の父親は家を守護するためにドラゴンを放っていた。
大きな檻に入れて運び込まれているそれに怯える兎馬たちを思い出す。
どうせならフェニックスにすればいいものを
不死鳥なら汚すこともなく侵入者を消してくれるというのに。
どうせ機嫌を伺いに来たのだろうが面倒だ
睨み付けるとそそくさと二本の足で器用に部屋の奥へと消えた
昔はここで黒魔術やサバトをしたものだが、家名がそれなりの地位になるとサバトをするわけでも新しい悪魔を呼び出すわけでもなく人間社会に溶けこんだ子孫たちにがっかりする。
唯一、依り代となる兎馬の飼育をしていることは褒めてやろう
話を戻すが、悪魔は強い後悔のある魂を赤子に埋め込むことには理由がある。
悪魔の同志になりえる魂を選び、第二の人生をおくらせるのだ。
そのために強い後悔のある魂を選定し天使どもから掠め取り記憶が削れないうちにまだ肉片にもなっていない母体の腹に入れた。
だが生まれてみれば女だった。
着飾られているこれを見て落胆した。
過去に、女で痛い思いをしたから女は嫌いだ。
殺してしまうのは容易いが産まれてすぐ殺してしまうと魂が肉体に張り付かなくなるため仕方なく生かしてやっている。
最終的に男でも女でも悪魔になればいくらでも性別は変えられる。
石の名前をつけられた子供を片手で担ぎ地上を目指す。
ドラゴンがいなければここであの男たちを飼うこともできるが、他者を害そうとするすでに堕ちた人間を堕としたところで楽しくない。
だから、いらない
住処が汚れないようフェニックスに逃げる男たちを巣に持ち帰らせる。
あとは雛や巣の周りにいる動物たちがドラゴンよりも綺麗に食べつくしてくれるだろう。
兎馬の小屋の二階、餌である干し草が保管されているところにアガタを置く。
窓から差し込む日差しが暖かいから風邪を引くことはないだろう。
いつもここで昼寝をしているというのにドラゴンなんてものを飼うからこんなことになるんだ。
ドラゴンは財宝の守護者でもありまた財宝を狙う者を引き寄せるモンスターだ。
これからこの子供はこの地にいるだけで今日のような危険にさらされるだろう
生きることを諦めることは堕落ではない
生きて自分のあり方すら否定し外道に落ちるのが堕落だ。
「あと七年は生き延びろ」
友人や上司を敵に回して勝ち取ったのだからそれ相応のものを見せて欲しい。
人間嫌いの悪魔、ベルフェゴールは想う
「人間は気に留めるだけ無駄な存在だということを再確認させて欲しい」と
これは期待ではなく自分の考えが正しいことを証明するために必要な観察だ。
その対象が自分にとってどんな人であっても見届けよう。
カクヨムにも掲載しています。