1-6.台風、夏、俺、タイフーン・チェイサー
「……お前マジなの? 居直り強盗さんだよね? あと近いよ?」
親父が保有するハイ○ックスサーフに似た《対弾対風対水仕様の頑丈なSUV系4WD車》の後部座席で揺られている俺は、隣に座る銀髪女に尋ねた。
その女は親父から借りた服に着替え、俺にへばりつくようにもたれかかっている。
「今はあなたの肉○器ですが?」
ちくしょう! 口塞ぐの忘れた!
「夏雄くんっ!! その話は本当かい!?」
くっそ、無駄にややこしいことになってきたじゃねえか!
「そんな訳ねーだろ親父! それより前を見て運転しろよ! あの丘が待ってんだろ!?」
「そうだね! 粉雪ちゃんと母さんとあの丘が待ってるからね! 夏雄くん、僕は今度こそ成功してみせるからね!!」
……成功しないってのに。
まあ、親父の気が済むまで付き合うけどな。
それにこの変な銀髪女は途中で交番にでも捨てればいいだろうし。
俺がウンザリしていると、車に備え付けられた無線からノイズ混じりの声が聞こえてきた。
≪……フユキ。ツー・ツー・ファイブ。ワンオーダー≫
「オーライッ! サンキューボブ! フライハーーイッ!!」
テンションうぜぇっ!
……俺の親父『冬野冬樹』は副業で《タイフーン・ハンター》をしており、タイフーン・ハンターとは竜巻を追って観測、撮影を敢行するストーム・チェイサーの台風版だ。
航空・海上自衛隊とNOAA《アメリカ海洋大気庁》のアメリカ海洋大気庁士官部隊の共同チーム《ザ・タイフーン・チェイサーズ》に協力し、船舶と航空機、果ては観測用装甲車に同乗して台風に突撃するスーパークレイジーである。
母さんと妹の『粉雪』が死ぬ前は母さんに完全依存していたスーパーニートであったが、母さんと妹が死んでからは、人が変わったように努力を積み重ねて今の立場に就いた。
引きこもりである俺を一度として怒らず、恨み言すら漏らさずに男手一つで食わせてくれている親父には、感謝してもしきれない。
「ちょっといいですか?」
「なんだよ」
銀髪女が俺にもたれかかったまま顔を向けてきた。
赤いアホ毛がちょいちょい目に入って鬱陶しいな。
「あなたの父親は電波なのですか?」
「お前にだけは言われたくねーよっ!」
もう我慢ならん!
今度こそそのアホ毛をカブのように引っこ抜いてやるっ!
「あんっ」
……赤いアホ毛を掴むと、女が妙に艶っぽい声を漏らした。
おい何の真似だ。
「そこは、敏感なのですが……」
いや散々癖のように自分でそのアホ毛を摘まんでたよな?
それともなにか? お前は敏感な部分を人前でガンガン掴んでたのか? 歩く公然わいせつかお前は?
「夏雄くんっ! ここで彼女と少子化対策かい!? お父さん見てないからご自由にどうぞ!」
いやちげーし!
「お父さん訂正してください。私はただの肉○器です」
お前は黙れっ!!
「バカなの!? お前その意味のわからん設定なんとかならないの!?」
「ちゃんとした設定にした方がいいですか?」
「ああ、やれるもんならなっ!!」
すると、女は上を向いて息を大きく吸い込み――
「《――私、転っ!! 生っ!! 許嫁っ!!》」
突然、意味のわからないことを叫びだした。
「……はい?」