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三角形



「知っていたのか」

「……? ええと、何のことでしょうか?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」


 なんてウィルフレッド殿下との会話もそこそこにしておいて、今はダンジョンの攻略についての作戦会議だ。パトリック様の事情は、私が知っていていいことではないので全力で誤魔化しておく。

 

 今は、ダンジョン攻略のための作戦会議だ。

 

 実力的にはおそらく初級ぐらいは楽々踏破はできるであろうメンバーは揃っている私たちだけれど、初めてのダンジョンなのだからまずは様子見。顔合わせも兼ねて一階層のみを攻略するという方針でほぼほぼ固まっている。私もこれに関しては特に異論はない。


 ダンジョン攻略で一番大切なことは、己の力量を知っていること。自分だけではなく、パーティメンバー全員の力を正しく把握して、無理無謀な攻略はしない。オリエンテーションでのダンジョン攻略における諸注意の中でも、特に重要事項として伝えられていたことだ。様々な技術を使って安全面に万全を期しているロックウェル魔法学園管轄のダンジョンと言えども、万が一というものがある。今までの長い歴史の中で死者を出していないのは、こうした学生たちの意識によるところが大きいという話だった。

 

 なので、最初はそれぞれの戦闘スタイルの把握して、浅い階層で連携の練習をする方針、というわけだった。

 

「日時は今週末の午後。攻略に掛かる時間は、……おそらく、1時間程を見ておけばいいだろう。各自、準備を怠らないように」


 作戦会議はウィルフレッド殿下の挨拶で締めとなり、その場は解散となった。


 パーティで挑むというのはいささか想定外ではあったけれど、ダンジョン攻略はダンジョン攻略。元冒険者として、彼らの初めてのダンジョン攻略が少しでも楽しいものになればよい。

 

 

─◆─


 ──なんて。楽観視していた数日前の私を、思いっきり、責めたい。

 

 ロックウェル魔法学園が管轄している初級向けダンジョンの、一階層目。目の前には、この階層ではお目に掛かれないような雰囲気を醸し出している大型の魔物。──冷や汗。ダンジョン攻略にアクシデントはつきものだ。


(……こな、くそ、め)


 決して表には出せない言葉。内心で毒づく。 

 筋骨隆々の肢体に、緑色の肌。大きな一つ目がぎょろりと動く。

 

「トロル……。なんで、こんな、初級の、浅い階層に」


 レベッカ様の口から、魔物の名前が漏れる。


 トロル。

 その名が表す通り行動は愚鈍そのもの。だけれど、破壊力だけを見れば即死級。一撃を受けて……瀕死で済めば、とても運が良い。

 トロルが手に持っている棍棒から血が滴っているのを確認して、顔を歪める。


 ダンジョンでは、パーティ内の誰かが一定以上のダメージを受けると強制的に入り口へと送還される。けれど、それが例えば一撃で即死になるほどの攻撃だった場合、間に合うかどうかは、──たぶん運次第だ。


(死人、出てないといいけれど)


 おそらく大混乱の最中であろう地上のことを思う。ここへの調査と救援だって間もなくすれば到着するだろうけれど、目の前の恐怖に身体を震わせているパーティメンバーのことを考えると、そこまで悠長なことを言っていられない。

 戦闘などほとんどやってこなかった子たちだ。同格の魔物であればそれなりに戦えるだろうけれど、今のこの場では戦力としては数えられない。……けれど、これは経験値の差だ。私は生まれつき冒険者としての戦い方を知っていて、だから、対処方法を知っているだけ。剣を抜き前に出て、敵と対峙する。

 

「シェリー様……!?」


 悲鳴に近い声で私の名を叫ぶトニ様に、にっこりと安心させるように笑みを返す。それから、震えながらも剣を構えて皆を護ろうとしているパトリック様に声を掛ける。


「パトリック様。皆様を頼めますか?」

「……は、はい。この身に代えてでも」

「代えちゃだめですってば。……すぐに終わりますから」


 自己犠牲を見せる彼に苦笑する。少なくとも今回は必要のない覚悟だし、命と引き換えに救われても嬉しくとも何ともない。それでも、彼のその姿勢を無駄にしたくはなかった。だから、私がトロルを倒すまでの数秒間だけ、仲間の命運を彼に預けることにする。



 さて。


 今回ばかりは特例だと魔導書から魔法陣を転送する。……身体強化の魔法。今回のダンジョン攻略で高度な魔法は使うつもりはなかったのだけれど、こればかりは仕方がない。誰かの命に代えられる矜持なんて、持ち合わせていないのだ。


 トロルの棍棒が振り上げられる。直後に下に振り落とされたそれを剣で横にいなして、足元に滑り込む。

 魔法に比べると熟練しているとは言い難いけれども、力だけの敵を征するだけの剣の腕は、ある。鍛えられてない(シェリー)の身体も、魔法の力でなんとでもできる。

 まずは一手。トロルの肩口まで駆け上る。その両腕を根元から切断してトロルの攻撃手段を絶ち、彼らの安全を確保。呻き声をあげる隙さえ与えずに、次の一手。敵の頭上まで跳ね上がって、頭から足元まで一刀で両断した。


 断末魔すらあげることもできずに消えていったトロルの近くに、橙色に輝く宝石の原石のようなものが落ちる。ダンジョン内の魔物は、絶命すると核となっていた魔石を残して砂となって還元される。つまり、これは魔石の一種。

 

(魔宝石……)


 魔石は、それが核となっている魔物が強いほど宝石のような輝きを持っていく。一定以上の強さを誇る魔物が落とす魔石は別名で魔宝石と呼ばれて、例えばドラゴン種などが持つ魔石となれば、職人の手で研磨された宝石よりも美しい。一方で、そこそこの強さの魔物の場合はほとんど原石の状態と変わらないのだけれど。

 トロルが落とした魔石は、アイテムボックス──はバレるとまずいので、鞄の中にしまいつつ、振り返る。

 

「戻りましょう。……地上に、怪我人がいるかもしれません」

 

 これで終わりではない。おそらく地上に送還されたであろう、棍棒から滴っていた血の持ち主の無事を、確認しなければ。彼らはまだ混乱はしている様子だったけれど、事態の重大さは理解しているようだ。それぞれが頷き、入り口へと引き返していく。


 トニ様の杖を持つ手に力が入るのを見た。彼女は、やるべきことを理解している。回復手は貴重なのだ。──それは、どこでも変わらない。



─◆─


 ダンジョンから戻った私たちを出迎えたのは、混乱した様子を隠せていない青年。ダンジョンの管理を担当している(と入る前に説明を受けた)青年が、私たちの無事を確認してほっと息を吐く。

 

「ああっ! 君たち、無事だったか! 実は先ほど、初級ダンジョンに挑んだ学生たちが酷い怪我で送還されてきてね。 今、応援を出すところだったんだ……! とにかく、無事でよかった……」

「はい、なんとか。……その、襲われたという、学生たちは?」

「無事だよ。──かろうじて、ね」

 

 学生の無事を尋ねると、どうやら一命は取り留めたとのことだ、今は学園付きの回復手が治療に当たっているらしく、手伝いを申し出たら諸手を挙げて喜ばれた。

 

 青年に案内されるがまま治療室に入ると、学園付きの回復手と思われる男女二人組が治療に当たっていた。尽くせる手は尽くしたけれど回復に必要な魔力が足りなかったとのことで、私たちの助力に涙を流して喜んでいた。「私たちがいながら、誰かを死なせるわけにはいかなかった」とのことだ。彼らが一命をとりとめたのも、この二人の尽力があったからこそなのだろう。

 

 今日ダンジョンに挑戦していたパーティは、私たちのほかに一組。その一組が、先ほどのトロルに襲われたのだという。五人パーティで、三名が重体、残りの二人も決して軽い怪我とは言えない状態だった。一命をとりとめたのが、本当に奇跡のように思う。


 学園付きの回復手の処置は適切で、後は回復魔法をかけるだけで大丈夫そうだ。

 先ほどトロルが落とした魔宝石を取り出す。殆ど原石といってもよい状態の魔宝石でも、大規模な魔法の結節点として用いるのであればこれ以上の媒体は存在しない。それを中央に配置して、治療室をすっぽりと覆うほどの大きさの魔法陣を構築していく。戦闘で使うにはあまりにも効率が悪い、魔導書の中にも書かれていない回復用の魔法陣。

 回復手の二人が息を呑む音がしたけれど、構わず魔法を発動させる。私が持つ暴力的なほどのその魔力は、白い光となって瀕死の重体だった彼らの傷を癒していく。


 ある程度の傷を治してから、残りをトニ様に託す。私は魔力量の多さはあるけれど、細々とした作業はどちらかというと苦手で、傷口をふさぐことはできるけれど綺麗に治すことはできない。そいった部分は、彼女の方が適任だ。きっと、傷跡一つ残さずに治すことができるだろう。



「シェリー様。……貴女、少し、やりすぎね」


 トニ様がひとりひとりの手を取って回復魔法をかけていく様子を微笑ましく見守っていたら、レベッカ様から声が掛かかった。

 はて、と首を傾げる。確かにちょっと、後先考えずに派手な魔法を使ってしまった気がしなくもないけれど、人命には代えられないし仕方ないと割り切ってはいる。レベッカ様だってきっと理解してくれると思ったけれど、彼女の様子を見るとどうもそうではないらしい。

 頭にハテナを浮かべていると、レベッカ様が溜息をひとつ。他の人たちの様子を視線で示す。

 

 ウィルフレッド殿下とセシリア様は、多少驚いていたものの想像の範囲内だ。──けれど。


(……まじか)


 パトリック様の視線が、私の視線と合わさる。それに気付いたパトリック様が、慌てたように視線を逸らす。……その耳が、なんだか、少し赤いような気がして。彼から漂ってくる魔力が、独特の甘さを持っているような気がして。



 きっと、それは、気のせいではなく。


(うええ……)


 横恋慕はしないと決めていたはずなのに。

 トニ様の恋を応援したいと思っていて、その気持ちは本当だった。本物の、はずだった。


 確かに、誰かに好かれてみたいと思ったことはあるけれど。実際にこうして向けられた好意は、これっぽっちも嬉しくない。


(なんで。……なんで、私、なのさ)


 トニ様を傷つけるのはいやだなぁ、と。己の不甲斐なさが悔しくて、情けなくて。

 ダンジョンでの出来事なんてきれいに吹っ飛んで、ただただ泣きそうになる顔を抑えることに必死だった。



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