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クラスメイト


 あの後、私はレベッカ様とトニ様を交えて今後について話し合った。とはいえ、元々の目指すルートが一緒だったので、軽い意見の摺り合わせが目的だ。

 レベッカ様は、私よりもこの世界について詳しかった。イベント発生に必要な条件や場所、確率などなど、大体のことは把握していると仰っていたし、事実『魔物寄せの石』なんかは私が把握するところではなかった。

 彼女の知識を使えば、今後の攻略を楽に進めることは可能だろう。――けれど。


「そういう知識は、なるべく使わないようにしたいな、と」


 理由は、いくつかある。一つは、ここがゲームの世界と似て非なる世界であること。私やレベッカ様みたいなイレギュラーの存在があるので、ゲームの通りに動いてもうまく回るかは保証できない。それに。


「……だって、そんなの、誰も納得しないと思うんです」


 高嶺の花ルートが高嶺の花ルート足りえる理由は、主人公の努力あってこそだ。例えば憧れの存在だったり、例えば好敵手であったり。原作の彼女は、ただ理由なく好かれるだけの存在ではなかった。どんなことにも誠実に、誰かを裏切ることなく、何事にも真摯にぶつかっていた彼女だったから、攻略対象やライバルキャラクターとの間には信頼関係が築かれていき、最後には大円満を迎えることができたのだ。

 そこにゲーム知識という裏技を持ち込んで、知ったかぶりで介入したとして、上手くことが運ぶかと言われても、そうは問屋が卸さないだろう。例えば、知らない誰かに『お前は前世の記憶を持っているだろう』なんて言われようものなら、……それはもう、ドン引きである。今後一切の関係を拒絶する自信がある。

 つまるところ、私は原作の彼女ほどできた人間にはなれないけれど、せめて誠実に、真摯に、ということぐらいはやっていかないといけないと思うのだ。

 

「……そうね。 私も同意見よ」


 レベッカ様が神妙な顔で頷いて賛同の意を示す。彼女だって、好き好んでトニ様に情報を渡したわけではなかった。トニ様のことが大好きで、トニ様に幸せになってほしかったのだ。それが、トニ様にとって望まない未来を呼んでしまったことは、他でもないレベッカ様自身が一番よく理解しているし、だから私もこれ以上彼女を責めることはない。

 トニ様は、何も言わずに見守っている。彼女は当事者ではあると同時に、部外者でもある。トニ様は、きっと、私たちが出した答えならその内容を問わず応援してくれるだろうと思う。……彼女は、そういう子だ。

 

 元々の意見が一致していたこともあって、そこまで時間もかからずに今後の方針は決定した。私が『高嶺の花』になるという目標は変わらず、そこにゲーム内知識は可能な限り持ち込まないという方針だ。

 そう、私の実力のみで、トップに、上り詰めるのだ。

 前世の記憶がある、いわゆる強くてニューゲーム状態であるとはいえ、実技試験でその片鱗を見せたダークホース的存在、シルヴェスター公爵家の弟のほう……ラルフ様の存在もある。油断は禁物だ。ぎゅっと気を引き締める。

 

 明日から、ついに学園生活が始まるのだ。……無事に、Aクラス以上になれているといいけれど。

 

 

―◆―


 翌日。クラス分けの結果が張り出された掲示板を前に、私は愕然とするしかなかった。


「えす、くらす……?」


 そう、まさかのSクラスである。さらに言うと、筆記試験もそこそこの成績を残せたらしく、成績トップ10名の中に私の名前を見つけてしまった。

 1位は、まあ、予想というか、なんとなく予感はしていたけれど、ラルフ・シルヴェスター様。

 彼はいったい何者なのか。それを考えるのは今ではない気がするので、気にしない。……いや、なんとなく予想はできてしまっているけれど、今はまだその時じゃない。それどころではないのだ。なぜなら私は高嶺の花ルートの攻略に忙しいから。

 2位はウィルフレッド・ルーク・エルウェス様……この国の第二王子。3位にその彼の婚約者であるセシリア・ローゼンバーグ様。シルヴェスター公爵家と対をなすローゼンバーグ公爵家のご令嬢である。そして、4位5位飛ばして6位の隣に私の名前。すこし、いや、かなり、頑張りすぎてしまったらしい。

 

「わ、シェリー様、すごい……!」

「平民出身のSクラスなんて前代未聞じゃなかった? ……あ、いや、原作でも最終的にはSクラスには入れたっけ」


 我が事のように喜ぶトニ様と、なぜか人外を見るような目を向けるレベッカ様に、乾いた笑みを返す。周囲からは「ミレット家ってどこだ」なんて声が聞こえている気がするが気のせいだ。すみません平民です。

 

 それはそうと、うっかり1位をとらなくてよかったと切に思う。高嶺の花を目指すなら1位でも問題ないとも思うけれど、それはあまりにも時期尚早というものだ。土台を作っていないうちから目立ってしまったら、ただ打たれるだけの出る杭にしかならない。14歳に負けて悔しくないのかといわれても、私だって身体は14歳だ。ちなみに、頭の出来も少しばかり他の人よりも魔法の知識が詰まっているだけで、もともとは平凡なのだ。英才教育の貴族様と比べないでほしい。経験が活きる実践では負ける気はしないけれど、形式の決まっている試験で飛びぬけた結果を出すほどの実力はない。

 だから、これは想定外というか、なんというか。もう少し手を抜くべきだったかと心の底から後悔をする私なのであった。何よりも、せっかく仲良くなれたトニ様やレベッカ様と離れるのすごく寂しい。ちなみにトニ様とレベッカ様はAクラスだ。彼女たちも優秀ではあるのだけれど、Sクラスに入れるほどではなかったらしい。

 

 また後でねと、トニ様とレベッカ様との別れを惜しみながらそれぞれのクラスに向かう。

 

 ここからは、孤高の戦いだ。学園トップクラスの貴族集団の中に入る平民の女。なんて肩書に負けてはいけない。

 そうよ私は高嶺の花になる女。負けるものか。なんて、誰かと勝負をするわけではないけれど、意を決して教室の中に入るのであった。



―◆―


「君が噂のミレットか。 私はウィルフレッド・ルーク・エルウェス。 王家の身ではあるが、今はお互いに同じ学園の生徒だ。気にせず仲良くしてくれると嬉しい」


 ……王子様が隣の席だなんて聞いてない!!

 

 前の黒板に張り出されていた座席表を見て、一番最初に思ったのがこの一言だった。可能であれば名もなきモブ……いや、名前はあるけれど、攻略対象以外の人が良かった。しょっぱなから攻略対象と親しくしたくないのだ。……親密度のこともあるけれど、一番は私の心の平穏のために。なにとなしに頑張った結果、気が付けば高嶺の花的な存在になるのが望ましい。人間、余計な心労はしたくないものなのだ。

 しかしながら、そんな想いは儚くも砕け散ったのだ。なんせこの国の第二王子殿下だ。親しくするしないに関わらず、挨拶だけはしないとまずい。非常にまずい。不敬的な意味で。……というわけで、自席に鞄を掛けてから彼の第二王子殿下に向き合って、まずは会釈から、と思ったところで、冒頭のセリフだ。

 いやいやいや、王子様に先に挨拶させるって不敬じゃない?大丈夫?私の今後の学園生活大丈夫??


「は、はあ、恐縮でございます、ウィルフレッド殿下。 わたくし、シェリーと申します。 シェリー・ミレット。 ……平民の出ですので至らない部分も多くあると思いますが、ご容赦いただけますと幸いです」

「……だから、気にしないと言っているのに」

「そうは言いましても……」


 なんて、平行線の押し問答を続ける。こればかりは譲れない。王家の血筋に無礼を働くのは、たとえ王子様が許したとしても周りが許さない。評価とはそういうものなのだ。私が少しでも周りに認められたら仲良くしようじゃないか、とは、言葉には出さないけれど、さてどう言いくるめようかなんて考えていたところに一人の女性が割り込んできた。


「まあ! ウィル様ったら、いけませんわ! その子、困っているでしょう?」

「……セシリア」


 そう、セシリア・ローゼンバーグ様。ウィルフレッド殿下の婚約者様。さらさらと絹糸のように輝くプラチナブロンドヘアに、サファイアブルーの瞳。釣り目気味のその顔立ちは少しだけキツい印象を持たせるが、それ以上に将来有望な美しさ、という言葉のほうがよく似合う。そんな彼女、最近よく聞く悪役令嬢とは違う、正真正銘のお嬢様だ。そんな突然の救世主に涙が出そうになる。ありがとう私の天使。そのまま王子殿下の説得をお願いします。


「シェリー様、でしたっけ。 私はセシリア。 ……セシリア・ローゼンバーグですわ。 こちらのウィルフレッド殿下の婚約者……ではございますが。 ――そうですわね。今は、貴女様の学友、でしょうか? 女の子同士、ぜひ、仲良くしていただけると嬉しいですわ」


 なんて願いは、虚しく消えて無くなった。うん、前言撤回だ。……この人たち、似たもの同士でした。


 そもそも、友人が平民でもいいのだろうか。差別とか結構覚悟していたし、確かに周囲からはそんな空気も感じ取れてはいる、けれども、肝心の目の前の二人からはそういったものは存在しない。今後の立ち回りを考えるために、それとなく聞いてみることにした。


「身分の差? ここは学園ですわよ。 才能のあるもの、未来あるものにそんなものは関係ありませんわ。……そういったことが理解できていない方も多くいらっしゃるのは、事実ですけれど」

「同感だ。 それに、私にとっては、民と対等に会話ができるまたとない機会だからな」


 そんな彼らの言葉に『お手上げ』『降参』以外が浮かばなかった私は、ふたりとも学友として接することを決めたのだった。

 


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