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はじめてのお友達



 ――走る。走る。走る。


 振り返る余裕はなかったけれど、それでも背後から聞こえる唸り声で、未だ自分が危機の中にいることを物語っていた。


 ――逃げる。逃げる。逃げる。


 何処へ逃げるのかなんて、考えてはいなかった。考える余裕がなかった。ただただ、少しでも人がいないところへ。少しでも、被害が及ばない方向へ。



 わたしの想い人は、誰にでも分け隔てなく優しい人だった。彼の語る理想は綺麗事のように聞こえたけれど、それを綺麗事で終わらせない努力をしていることも知っていた。そんな彼だったから、彼に憧れるひとはたくさんいたし、幼馴染という関係に縋っていただけの私は、自分が彼にとって特別な立場にいるだなんてこれっぽっちも考えることができなかった。


 彼もロックウェル魔法学園に入学することが決まったと聞いた時には、学園の中で彼がたくさんの女の人に囲まれている姿なんて簡単に想像ができてしまった。だから彼が、その中の誰かの手を取ってしまわないか、不安で仕方がなかった。

 そんな中で、わたしはレベッカからシェリー様のことを聞いてしまったのだ。『乙女げぇむ』という物語のなかで、主人公となる女の子のお話。レベッカが言うには、彼がシェリー様と想い合う未来もありえる、らしいとか。そうならないためには、シェリー様にはとある『るぅと』を辿っていただかなくてはならない、とか。

 実際にお会いしたシェリー様は、レベッカに聞いたよりもとても素敵な方で吃驚してしまったけれど。……それでも、と。


 ……あの時は、彼に選んでもらえない不安の方が優ってしまったから。だから、わたしはレベッカに唆されたとかではなくて、わたしはわたしの意思で、行動しようとした。……しようと、してしまったのだ。


 ああ。


 上手く息ができない。涙で視界がぼやける。魔物に引っ掻かれた右腕から、焼けるような痛み。血が止まらない。痛い。熱い。痛い。熱い。


 ……自分本位で突き進んで、その結果がこのざまだ。そこにシェリー様の気持ちは存在しなかったし、彼の気持ちですら、わたしは無視をしていたのだ。

 それを誰かに許してほしいわけではないし、そもそも、誰かに許してもらえたとしても、わたしはわたしのことを許せないのだ。誰かを傷付けてまで得る幸せがこんなにも苦しいだなんて知らなくて、わたしの中にこんなにも汚いものがあっただなんて認めたくなくて。


 せめてもの救いは、彼女に害が及ぶ前に、それに気付くことができたことだろうか。


 ――逃げる。逃げる。……止まる。


(もう、……いい、かな)


 木に背を預けて、そのままぺたりと座り込んだ。魔物が目前に迫る。――ああ、せめて。


「ちゃんと、友達に、なりたかったなぁ……」


 まずは、たくさんのごめんなさいをして。

それから、これからよろしくお願いしますって、次は、心からの、笑顔で……。



―◆―


「……そんな終わり方、認めませーん!!」


 間一髪、という表現が正しいだろうか。魔法によるブースト状態からの、飛び蹴り。今まさにトニ様を襲おうとしていた魔物の1匹の頭を吹き飛ばす。首から上が消えた、図体だけは大きいソレが倒れ込む。ピクリと硬直してから、そのまま動かなくなった。

 そのことを横目で確認してから、トニ様を庇える位置で魔物と対峙する。抜刀。その剣身をなぞるように指を這わせて、魔導書から魔法陣を転送する。――発動。

 周囲の魔物と同じ数だけの稲妻。落雷。……肉が焼ける、何かが焦げる臭いが周囲に充満する。私はもう慣れてしまったその臭いに、けれども、後から追いかけてきたレベッカ様が顔をしかめたことに気が付いて、臭いの元をまるごとアイテムボックスの中に格納した。

 魔物をすべて殲滅しおわってから、振り返って回復のための魔法陣を展開。トニ様が右腕に負ってしまった怪我の修復だ。かなり深い傷だったけれど、女の子の肌に跡が残ってしまうと大変だから、念入りに、丁寧に。

 回復魔法は、ただ傷を塞ぐだけならまだ簡単な方だけれど、傷を残さないようにするには結構な調整が必要だ。

 細かな調整が苦手だとか言っている場合ではない。全神経を集中させる。……苦手だけど、できないわけでは、ないのだ。


 傷が完全に塞がって元の綺麗な肌に戻ったことを確認した後、不安そうに見守っていたレベッカ様に頷いてみせる。レベッカ様が、込み上げる何かを抑えるかのようにトニ様の身体を抱き締める。そんな私たちに、信じられないという表情をしたトニ様が口を開く。


「シェリー様に、レベッカ……? どうして……」


 レベッカ様が、更に腕の力を強めたのが分かった。……彼女の肩が震えているのは、きっと気のせいではない。トニ様を見つけるまでの間、そして、怪我が治るまでの間、ずっと堪えていたのだから。それだけ、レベッカ様は彼女のことが大切で、掛け替えのない存在なのだ。今度は、レベッカ様が叫ぶように声をあげる。


「バカね……! 貴女って、本当にバカ……! 私があんな話をしなければ、貴女はこんな目には合わなかった! 貴女が傷付くのを知っていながら、私は貴女を止めなかった! ううん、むしろ唆したわ! 貴女は悪くない! 私が、わたし、が……!!」


 嗚咽で声が出せなくなりながらも己を責め続けるレベッカ様を落ち着かせるように、宥めるように、トニ様が彼女の背に手をまわす。

 

「……じゃあ」


 その表情からは、もう後ろ向きな感情は感じられない。


「お互い様、ということで。……ふたりで、シェリー様にごめんなさい、しましょう」

「――そうね」


 レベッカ様が、涙まみれのぐちゃぐちゃの顔でくしゃりと笑った。多分、明日からはもとの二人に戻っているのだろう。

 ……よきかなよきかな。ほっこりと晴れやかな気持ちでそんな二人の友情を眺める私。うむ、ヒーローとは多くは語らないものなのだ。



―◆―


 なんて、綺麗には終わらないのが厳しい現実というもの。あれから寮の自室に戻った私は、今現在、二人からの盛大な謝罪を受けている。実害なんてこれっぽっちも受けていない私に、目の前で頭を下げたまま動かない美少女二人。正直、とても、居心地が、わるい。

 

 誤魔化すかのように、こほんと咳払いをひとつ。そして、先ほどレベッカ様に聞いた衝撃の事実について尋ねてみる。


「えっと、レベッカ様には、レベッカ様じゃない人の記憶があって、……それで、私のことも知っていた、と」

「うん。……前世、っていうものだと思うわ。とても、信じられない話だとは思うけれど」


 信じられない。というのは、まあ、正直、こんな展開ありなのかという意味では信じられないという感覚ではあるのだけれど、それでも腑に落ちるものはあった。公爵家の情報に詳しかったのも、ゲームの知識があれば納得だ。そして、トニ様が私に向けていた複雑な感情も、レベッカ様から彼女の想い人ルートを聞いたことが原因とのことだった。


「私さ、トニのことが大好きなの。……だから、彼女が不幸になったら嫌だって思って。それで、つい口が滑ったというか……」

「……レベッカの話を聞いて、何か手はないのかって尋ねたんです。そしたら、『高嶺の花るぅと』というものがあるって聞いて」

「入学式の日さ、試験の後に一定確率で魔物が乱入するイベントがあるんだ。……そこで、シェリー様が魔物を敵を倒せば、高嶺の花ルートに近づけるかなって。……魔物寄せの石は、そのイベントの発生確率を上げるためのものだった」


 レベッカ様とトニ様が交互に事情の説明を始める。レベッカ様が用意した魔力寄せの石を、トニ様が「私の問題だから」と私に石を渡す役目を買って出て、だけど直前になって私が怪我をしたらどうしようと不安になってしまった、とのことだった。……それから芋づる的に、トニ様が自らがしようとした行動に自己嫌悪の念を抱いて、そのまま被害がほかに及ばないように裏山に逃げようとした、という顛末だ。


「……なんて。正直話しててもさ、客観的に見ると妄言にしか聞こえないの、わかるわ。 だから、下手にごまかしたりはしない。 どんな処罰でも甘んじて受ける。 ……本当に、ごめんなさい」

「レベッカは、本当に、わたしのことを考えてくれていたんです。 ……わたしのほうが、こんな自分勝手な思いで。シェリー様、ごめんなさい」


 振出しに戻ったかのように頭を下げる二人に、どうしたものかと頭を捻る。どうも彼女たち、思い込みが激しいのか、一度考えだしたら止まらない性質らしい。その愚直さに微笑ましささえ感じる。ともあれ、こうして素直に謝ってくれている彼女たちに報いるために、私は口を開く。恩には恩を、……情報には、同等の情報を。


「えっと、顔を上げてください。確かに眉唾物の話ではありますが、信じます。……だって、私も前世の記憶、持ってるから」


 その直後、二人分の驚きの声が室内に響き渡ったとか渡っていないとか。部屋に防音魔法をかけておいて良かったと心の底から思ったことについては蛇足として。

 

 ――そんなことがあって、ロックウェル魔法学園に入学した日、私は共犯者にして最高のお友達をゲットしたのでした。めでたしめでたし。



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