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実技試験



 1時間程の時間をかけて実施された筆記試験は、そこそこの出来だった……と、思う。

 試験に備えて予習をしておいたおかげで、解けない問題というものはなかったし、特に魔法に関する問題については……これは私の沽券にも関わってくる。満点は間違いない。きっと、たぶん、おそらく。…………自信、ないけど。


 最上位のSクラスは難しいかもしれないけれど、ダンジョンの解放はAクラス以上が条件だ。だから、最低でもAクラスに入ることができればよい。原作でも最初はAクラスからが最高であったし、ここは原作に忠実にいくのだと気を取り直して、実技試験に意識を向ける。


 実技試験。

 内容は、各自が得意な魔法を使って目の前の案山子を攻撃せよというものだった。

不正防止のため、杖は指定のものを使用する。魔法を補助するアイテムの使用も禁止で、そこは鑑定魔法持ちの試験官が厳しい目で監視している。つまるところ、この腰の魔導書は使えないというわけだ。

 とはいえ、腐ってもお師匠様から免許皆伝をいただいた身だ。杖で発動させる魔法が使えないわけではない。陣魔法でも詠唱魔法でもどんとこいだ。


 魔法について少しだけ説明すると、この世界には魔法陣よって発動する陣魔法と、詠唱によって発動する詠唱魔法の二種類の魔法がある。ここでの魔法陣や詠唱というのは、言わば魔法の設計書のようなものだ。設計書無しでの魔法の使用も不可能ではないのだけれど、少しでも制御を誤れば暴発する危険性があるし、必要な魔力量も多くなる。


 前世でも今世でも、人の魔法を見学する機会には乏しかったので、他の人が魔法を使う場面というのはそれはそれは興味深いものだった。陣魔法よりも詠唱魔法のほうが主流のようだとか、そもそも陣魔法を使っている人を見ないなとか、属性は火が多くて次点で雷だなとか、初級魔法を使う人もいれば中級魔法を使う人もいるなとかとか。

 攻略対象も何人か見つけることができたけれど、だからと言ってこれというアクションをするわけでもないし、さすが優秀だなぁという感想以外は出てこなかった。絆されるかもと心配していたけれど、将来有望とはいえ流石に14歳になびくこともなさそうだ。よかった。


 そうこう考えている間に順番がまわってきたので、前の人から杖を受け取って持ち場に着く。

トントンと杖で頭を叩きながら、必要な魔法陣を思い浮かべた。魔導書が使えなくても、杖を使って魔法陣を描くことはできるのだ。

 対象……案山子を視界の中に捕捉する。キャップを被ったその案山子が何故かへらへらと笑いながら揺れているように見えて、へのへのもへじのはずなのに、なんとなくイラッときた。


 杖を案山子に向けて、たっぷりと5秒ほどの時間を掛けながらその足元に魔法陣を形成していく。


 中心には、火柱の魔法。魔法陣が描かれた場所に文字通り火の柱を作り上げる、初級に分類させる魔法。発動位置が固定されるという難点すぎる難点があるのだけれど、それ故か初級魔法の中でもそこそこの威力なのだ。それでもこのままでは案山子を壊すことはできないから、案山子にかけられた防御魔法を上回るように威力増大のための式を追記する。後は、周囲への影響を考えて、火柱を囲うように結界を貼る。……こんな風に融通が利きやすいところが、個人的に魔法陣の最大のメリットだと思う。いや、詠唱をしなくてもよいということのほうが勝るかもしれない。詠唱は肌に合わないのだ。『サイレント』魔法を使われると手も足も出なくなるというところもダメだ。


 そうこうしているうちに完成した魔法陣を発動させる。けたたましい爆音を発生させながら登る火柱の中で、しゅっと案山子が溶ける音が聞こえた。

 数秒で収まった火柱は、地面には焦げ目すらつけなかったけれど、確かに存在したはずの案山子だけが跡形もなく消え去っていたのであった。南無南無。


「……魔法陣による魔法ですね。ええ、素晴らしい。詠唱魔法と異なり魔法陣の形成が必要なことが難点ではありますが、このように複数の効果を組み合わせることで、初歩的な魔法でも絶大な効果を生み出すことができます」


 驚きながらも解説を入れる先生に満足げな笑顔を浮かべてから、後続の人に杖を手渡す。

 杖を受け取った彼が若干引き気味だったのは、気にしないことにする。気にしないったら気にしないのだ。


 後続の彼が持ち場に着いた瞬間、消し炭になった案山子の代わりと言わんばかりにリボンを付けた可愛らしい案山子が出現した。愛するモノの勇姿を継ぐかのようにゆらゆらと揺らめく彼女からは、どことなく哀愁が漂っていた……気がしないでもない。あの案山子……名前あったのかな……。


 なにはともあれ、実技試験もほぼ終わりといってもよい。肩の荷が下りた安心からぐっと伸びをしていると、背後からのぐわんと衝撃に襲われた。後を振り返らなくても判る。……レベッカ様だ。


「ちょっとシェリー様! 今の魔法すごいわ!! トニから聞いてたけど、貴女って本当にすごかったのね……!」


 彼女は彼女で思いっきり中級魔法をぶっぱしていた記憶があるのだけれど、そこは苦笑で返事をしておくに留めた。詠唱魔法が主流とはいえ、陣魔法についてもこの世界で文献内で何度も目にしていた。特別珍しいものではないはずだ。先生も解説を入れてたことから、それに対する認識誤差はないはずだ。

 人外を見る目で見られてないかな、なんて彼女を盗み見たものの、その心配は無用のようだ。


「わ、シェリー様! お次はシルヴェスター公爵家のご兄弟らしいわ! 最初は弟のほうだってさ!」


 彼女は誉め言葉もそこそこに、他の生徒に意識を向けていたから。……正直、とてもありがたい。


 シルヴェスター公爵家というのは、……攻略対象の一人、リアム・シルヴェスター様の家のことだろう。穏やかな印象を持たせる貴族風……いや、正真正銘の王家の血が流れる公爵家のご貴族様なのだけれど、ふんわりとした空気を持つ、優しく紳士的なキャラクターだったと記憶している。その蜂蜜を砂糖漬けしたかのような甘いフェイスとセリフが、当時のプレイヤーの腰にとても響いていたという噂もあったような、なかったような。


 ……だけど。


 かの攻略対象リアム・シルヴェスター様、ゲーム内では幼いころに双子の弟を亡くしているのだ。

名前は確か……ラルフ様、だっただろうか。3歳になる前に、体内魔力の欠乏が原因でこの世を去ったと聞いている。

 画面の向こう側で、亡くなった弟の分まで立派に生きていきたいと言ったリアム様の表情は間違いなく兄のもので、弟思いのお兄様尊い……なんて感動していたのも懐かしい記憶の一つだ。ちなみに、リアム様ルートのライバルキャラ、もとい、リアム様の将来のお嫁さんは3歳年下の従妹さんなので、彼と親しくならない限り縁は生まれないはずだ。

 話が逸れた。そう、亡くなっているはずのリアム様の双子の弟がなぜか生きていて、しかもこの魔法学園にいるというのだ。どういうことだ。


「すごいわよねー、ラルフ様。魔力が極端に少なくて、3歳まで生きることができれば奇跡だってお話だったのに。こうして魔法まで使えるようになってるんだから……運命ってどうなるかわからないわ……」


 レベッカ様の言葉に耳を傾けながら、彼が魔法を使う様子を眺める。兄であるリアム様と違って、気だるげで性格もよろしくなさそうに見える。

 そんな彼は、杖を案山子に向けてから魔法陣……私が描いたものと同じ魔法を構成していく。見せつけるかのように、私のときよりも高速に、省燃費で、しかも案山子を焼き切るのに十分な火力をもって実行して見せたのは、きっと当て付けのようなものなのかもしれないけれど。彼が私より高い技術を持っているということだけは紛れもない事実だった。


「わあ、シェリー様と同じ魔法ね! スピードはラルフ様のほうが上、でも火力はシェリー様のほうがすごかったわ」

「……ええ。 彼、すごいですね」

「シェリー様だって負けてないじゃない!」


 いいえ、完璧に負けてます。なんて、口に出せるわけもなく。あいまいな笑顔で誤魔化しておく。


 自信のあった魔法で完膚なきまでに叩きのめされたことは、まあ、前世でも私より上の実力を持つ人はいたし、悔しくはあれどプライドが折れたわけではない。あくまでも私はSランク冒険者として生きていけるぐらいの魔法が使えるというだけで、人外だと言われるほど強くはないのだ。そもそも細かな調整とか苦手だし。


 それよりも、ラルフ様が魔法を使ったときのことだ。周囲に漂う魔力の素……魔素を取り込んでいたから、はっきりと判別するのは難しかったけれど、元々彼が纏っていた魔力に見覚えがあるような気がしたのだ。

 はてどこだっけなーと首を傾げつつ、あまり彼に近づかないほうがよいと私の第六感が警告を鳴らしている気がしたので、素直に従うことにしようと思う。私の勘は当たるのだ。



―◆―


 そんなこんなで、いろいろあった実技試験も無事に終わりを告げた。今日は解散とのことだったので寮に帰ろうとして、ふと違和感を覚える。

 少し前から、トニ様の姿が見当たらないのだ。


「レベッカ様。……ええと、実技試験の途中からトニ様をお見かけしていないような」

「そういえば……少し席を外すと言ってから帰ってきてないわね。 大丈夫かしら?」


 実技試験場にトニ様の魔力の残滓を見つけたので辿ってみると、裏山……学園の裏にある、木々が生い茂る山へと続いていた。

 そんな場所に用事なんてあるのだろうか、なんて首を捻っていると、レベッカ様からの質問が飛んでくる。


「シェリー様。変なことを聞くけど……トニから、何か渡されたものは?」

「……ない、ですね」


 私がそう答えた瞬間、レベッカ様の顔から血の気が引いていく。真っ青になりながら震える彼女は、それでもと懸命に口を開く。


「トニは……彼女は、今、魔物寄せの、石を、持って、いるの」


 その言葉を聞いた瞬間にトニ様の危険を察知した私は、レベッカ様の手を取ってトニ様の魔力の残滓の先へと駆け出す。校舎内なら安全かもしれないけれど、学園の外……特に裏山まで出てしまうと、魔物が出てこないという保証はない。


 ……レベッカ様の事情は後でじっくり聞くとして、まずはトニ様を救出するのが先決だ。


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