入学式
すでにお気付きの方もいらっしゃるかもしれないが、トニ様は主要キャラクターのひとりだ。それも立派に ライバルキャラクターだったりする。
とはいえ、だから仲良くしないなんてことはない。ゲームはゲーム、ここはここだ。ゲーム内での主人公は選択肢以外のセリフがなかったから、主人公よりもライバルキャラクターの方が思い入れが強いというのも、理由のひとつではあるけれど。
トニ様については前世でもその可愛らしさにきゅんきゅんしていたし、その恋路も心の底から応援していた。彼女の想い人ルートの攻略時は、その辛さのあまりに無心で進めていたぐらいだ。それでも、最後のシーンは涙で画面が見えなくなっていたのだけれど。
今思えば、あのゲームは主人公がいろんなキャラクターと恋をするゲームではなくて、悲恋も含めて色々なキャラクターの恋路を見せるためのゲームだったのではなかろうかと思う。
そして最終ルートの友情エンドで大円満。なるほど、上手く出来ている。
さて、彼女の想い人については追々説明することにして。
入学式までの1週間の間にちょくちょくお茶をするまでの仲になった彼女のことだ。──というのも、どうも彼女がきな臭い。
『目は口ほどに物を言う』なんてことわざがあるけれども、私からしてみれば魔力のほうがより多くの物を言う。
不安に思っていたり、何かに迷っていたり、はたまた何かを企んでいたり。そういう気持ちは魔力のゆらぎとして現れる。そのゆらぎを視ることで、その人がどんな気持ちなのかを判断することができる、という訳だ。前世の世界では占い師が使う常套手段でもあったそれを、私も問題なく視ることができた。
私を含めそれを理解している人はそれの隠し方も知っているし、例えばお師匠様とかには効果がないのだけれど。
それでも、目の前の彼女についてはその限りではないようだ。
「あの、えと、……どうか、しましたか?」
じっとその顔を見つめていたことに不審に思ったらし彼女が首を傾げるが、それに私はなんでもないと首を横に振ることで否定する。
――不信。不安。企み。迷い。……そして、罪悪感。
なるほど。私の学園生活、一筋縄ではいかないようだ。
大事になる前になんとかできればいいけどなぁ、なんて考えながらも、早急に対処しなければならないほどのものではないと判断して、彼女とおしゃべりに意識を戻した。
―◆―
入学式当日。
澄み渡るような快晴の中、無事に寝坊もせずに起きた私は、真新しい制服に身を包む。
中世ヨーロッパ風という世界観を無視するかのような、おしゃれな現代風ブレザーだ。
貴族のお嬢様的に脚の露出は大丈夫なのかと不思議に思ったものの、実はこの世界のファッション流行は21世紀とあまり変わらなのだ。街に出ると、現代風ファッションに身を包んだご婦人も多くいらっしゃる。服飾の技術に関してもかなり発展しているようだ。
制服は指定でも、靴下や靴は自由なので、私は黒のタイツに膝丈の編み上げブーツを合わせることにした。最後に、片手剣と魔導書を腰に装備して準備完了だ。
片手剣は、入学祝いということで両親からプレゼントしてもらったものだ。好きな武器を選んでいいって言ってくれたから、迷わずこれを選んだ。お値段は少し安めの無骨な片手剣だ。基本的に魔法でコーティングをして使用するので、これで十分なのだ。
てっきり杖を選ぶと思っていた両親は驚いていたけれど、そのまま素振りをして見せたら納得してくれたようだ。
魔導書は自作だけれど、現状で入手できる素材に限りがあったのであまり良いものではない。よりよい素材集めは、今後の課題だ。
鏡の前でくるりと回って変な部分がないかを確認してから、鞄を持って玄関の戸を開ける。
寮から魔法学園までは、徒歩10分ぐらいの距離が離れている。徒歩10分であっても安全上の問題があるということで、登下校の時間は送迎バス、ならぬ、送迎馬車が利用されている。
入学式の日は寮生の全員に馬車での登校が義務付けられているので、まずは馬車の待合所に向かうことになる。
待合所にはちらほらと何名かの生徒が到着していて、その中にトニ様の姿を発見した。
「ごきげんよう、トニ様。 素敵な朝ですね」
「あっ……! ごきけんよう、シェリー様。 とても晴れやかで、入学式日和ですね」
トニ様と他愛ない会話を交わしていると、誰かからじっと視られているような感覚。視線の元を辿ると、トニ様のすぐ隣にいるご令嬢と目が合った。
肩上で綺麗に切り揃えられたワインレッドのストレートヘアに、深い緑色の瞳。そばかすがチャーミングなご令嬢。
同じ色のリボンをつけていることから同級生かなとあたりを付けて、人好きのする笑顔を張り付ける。
「ごきげんよう。 トニ様のお知り合いでしょうか」
「ごきげんよう! 私はレベッカ・ランドール。 トニとは、うーん、……同郷の幼馴染、みたいなものかしら? 私は平民の出だから、身分の差はあるけどね。 シェリー様のことはトニから聞いているわ」
「そうだったんですね。 申し遅れました。……私は、シェリー・ミレットと申します。 ええと、トニ様にはとてもよくしていただいています」
トニ様を抱き寄せながら自己紹介をするレベッカ様に対して、脚を曲げて腰を落とすお辞儀……カーテシーで応じた。猫被り100%である。お互いによろしくと手を取り合ったところで、送迎用の馬車が来た。そのまま馬車に乗り込んで、トニ様とレベッカ様の近くに座らせてもらうことにする。
馬車に乗っている間、周囲からの視線を感じたので目線を配りながら微笑んでおいた。目は逸らされたもの、感触は上々だ。お父さん、お母さん、この顔に産んでくれてありがとう。
―◆―
ロックウェル魔法学園の正門前に到着した馬車から降りた私たちは、上級生のお兄さまやお姉さま方に出迎えられた。
新入生に造花を渡しているらしく、おめでとうの言葉とともに渡されたその花を胸に飾る。前世の、さらに地球にいた頃の記憶を思い出して、懐かしい気持ちでいっぱいになる。トニ様やレベッカ様を伺いみると花を大事そうに抱えていて、その初々しさにほっこりする。
……あんまり考えないようにしていたけれど、人生歴というか、精神年齢が、全然、違うんだよなぁ。
ふと浮かんでしまった憂鬱な気持ちを誤魔化すように首を振り、講堂に入場する。
講堂内には上級生や父兄の方々が多くいらっしゃっていて、拍手で出迎えてくれた。歓迎されている感に、周りのテンションが鰻登りになるのを感じる。
新入生全員の入場を確認した後は、拍手が鳴りやむ。静寂が当たりを包んだ。厳かな空気の中で、マイク……魔道具による拡声器を通した女性の声が講堂内に響き渡る。
『――ただいまより、ロックウェル魔法学園の入学式を執り行います。』
その後の流れは、ごくごく普通の入学式と変わりない。偉い人の挨拶と、上級生からの歓迎の言葉、そして新入生からの謝辞。『この国の未来のために』とか、『学園の期待に応える』とか、そんな感じの入学式あるあるなお話なので割愛させてもらうことにする。
入学式が終わった後に待っているのは、オリエンテーションと、クラス分けのための試験だ。──筆記試験に実技試験。
オリエンテーションについては言及するものは特にないのだけれど、クラス分けの試験は私にとってかなり重要な位置を占めるものだ。今日の目的の9割がそれといっても過言ではない。
というのも、このクラス分けで上位に入ることができれば、学園で管理しているダンジョンへの入場が許可されるからだ。
『ダンジョン』
この世界にもダンジョンというものは存在している。その定義はおそらく他と変わらない。
ただし、この世界のダンジョンは国や団体によって管理されているものが多く、例えば学園だったら教育用であるとか、国だったら軍隊の訓練用であるとか、そういった用途に使用されることが多い。
学園で管理しているダンジョンは、初級、中級、上級の3種類。
クラス分けで上位に入ることで初級が、初級ダンジョンを踏破することで中級が、そして中級ダンジョンを踏破することで上級が開放される。安全管理も考慮されており、ダンジョン内で戦闘不能に陥ると自動的に出口へと転移されるようになっている。出口付近には回復魔法が使える人がシフト制で待機しているため、運悪く即死級の攻撃さえ貰わなければなんとかなる、らしい。まさに至れり尽せりだ。
だけれど。
前世では飽きるぐらいにお世話になったそこに、この世界では特別な許可がない限りは挑戦することが許されていない。そんな、もどかしい気持ち。
……そう、わたしは、『ダンジョン』への、挑戦権が、とても、ほしい。
ダンジョン内の魔物は素材も落とすから、今の装備をパワーアップさせることができるかもしれない。
なによりも、冒険者としての血が騒ぐのだ。なんとしてでも在学中に上級を踏破したい。
ちなみに、ダンジョンはゲーム内にも存在していたシステムだった。
プレイ中に何度か発生するクラス分けイベントで、ステータス依存の筆記試験と簡単なミニゲーム形式の実技試験で優秀な成績を収めることで開放される。……所謂お楽しみ要素、ミニゲームの1つではあったのだが、レベルアップや金策にはダンジョン攻略が一番効率的であったし、なによりも友情エンドを目指すにあたっては必須級だった。
ともあれ、ダンジョン開放の最初のチャンスが、これから実施される試験なのだ。
筆記試験は兎も角としても、実技試験で後れを取ることはない、……とは、思うけれど。
万が一ということがあるかもしれないと、きゅっと兜の緒を締めた。