はじめてのお友達?
ロックウェル魔法学園から入学の案内が届いてから、一年の準備期間の後。入学式を一週間前に控えた私は、私は割り当てられた部屋の中で感動していた。
ロックウェル魔法学園は寮制度が設けられていて、学生であれば無制限で入寮できる。なんと、贅沢にも一人部屋を。
部屋のランクは家庭の階級に応じて変わるらしく、平民の私は当然ながら最低ランクの5等級だ。とはいえ、曲がりなりにもここは貴族様の御用達。最低ランクであるこの部屋でさえ、そこら大学生が一人暮らしで借りるようなアパートよりも広い。シャワールームやトイレ、キッチンなどなどの設備も共同ではなく備え付けだし、さらに掃除も行き届いていて、埃一つ落ちていない。……まあ、これからの掃除は私がやることになるのだけれど、最初から綺麗な部屋かどうかでテンションが変わるものなのだ。
寮生活にはあまり期待していなかった私にとっては思わぬ誤算であったが、それはそれは嬉しい誤算だった。これから猫被りに猫被りを重ねる私にとって、ひとりになれる時間はとても貴重だ。ありがとうロックウェル魔法学園。
少しだけ浸った後、そのままくるりと見渡して、ふと既視感を覚える。……ああ、そういえば。
(ゲーム中のマイルームか、ここ)
しっくりときたその感覚に私の中のみーちゃんはーちゃんに火がついた気がしたけれど、それでもずっとこうしてはいるわけにはいかない。
荷物を整理しなければと、せっせとアイテムボックスから中身を取り出しては配置していく。よく使うものは手前側、そうでないものは奥のほうへ。このアイテムボックスは便利なもので、大体の座標を指定すればその位置に出してくれる。我ながらよいものを作ったと自画自賛しつつ、それだけに誰かに見られたら面倒ごとに巻き込まれること請け合いなので急ぎ足だ。
目ぼしいものを配置し終わってアイテムボックスの中も軽くなってしばらく、備え付けのベッドに座って寛いでいたら玄関からコンコンとノックの音が聞こえた。
入学前にイベントなんてあったかしらなんて考えつつも、どんなイベントかは思い出さないようにして玄関に向かう。『高嶺の花』ルートを目指すとしても、基本のスタンスは自然体だ。フラグ管理をするにしても細かなイベントは覚えていないし、そもそもここは現実だ。目の前の人をゲーム内のキャラクターとして接するのは、私の流儀に反する。
ドアを開けた先には、なんとも可愛らしいご令嬢が佇んでいた。
腰まで伸びたはちみつ色のウェーブヘアに、ローズピンクの瞳。小柄でほっそりとした体格。恥ずかしさや緊張からか、今はもじもじと落ち着かない様子ではあるが、きっと笑顔が可愛らしい方だなと直感する。ぜひお近付きになりたい。
そんな下心をひた隠しにしながら、にっこりと笑顔を浮かべる。第一印象は大切なのだ。
「わ、可愛い人」
笑顔で出迎えた私を見てぽっと頬を染めるご令嬢。それはこちらのセリフでもあるのだけれど、何はともあれ美人ってお得だなぁと両親に対して感謝の気持ちを抱く。さて、まずは挨拶かなと、口を開こうとしたところで。
「あ、えっと、突然ごめんなさい! お隣さんがいらっしゃったみたいで、その、どんな方かなって気になってしまって……。 わ、わたし、アントニアっていいます! アントニア・モーズリー! え、えっと、一応男爵家の生まれなんですけど、四女なので殆ど地位はないというか、その、だから、仲良くしていただけると嬉しいです!」
鈴のような可愛らしい声で勢いよく捲し立てられた。
一見すると緊張しいのようだけれど、その実際はおしゃべりさんのようだ。こうしている今も、家族のことやこの学園のことなどを絶え間なく話し続けている。だけれど、それが嫌だとは全く感じなくて、逆に14歳という歳相応の可愛らしさにほっこりだ。妹がいたらこんな感じだったのだろうか、なんて。
ふやけ顔になりそうなところを必死に抑えて、表面に柔らかな印象を心掛けた笑顔を張り付ける。そして、区切りがいいところを見計らって今度こそと口を開く。
「お初にお目にかかります、アントニア様。 わたし、シェリーと申します。 シェリー・ミレットです。 こちらこそ平民の身ではございますが、仲良くしていただけると嬉しいです。 ええと、立ち話もなんですから、中へどうぞ?」
「あ、えへへ、……ありがとう。トニって呼んでくれると嬉しいです、シェリー様」
「はい、トニ様」
軽く一礼してから、手を差し伸べる。その手を嬉しそうにとった彼女の笑顔は、それはもう想像通りとっても可愛らしいものだった。
―◆―
アントニア様……トニ様を部屋にお招きして、とりあえず備え付けのテーブルに案内をした。
初対面から様付けなのは学園の風習だ。基本的に同級生や下級生に対しては様付け、上級生に対してはお兄様、お姉様呼び。男性はその限りではないけれど、女性は淑女としての教育のためでもあるため、郷に入っては郷に従う覚悟が必要なのだ。恥ずかしがってはいけない。
そわそわと落ち着かない様子のトニ様にほっこりしながら、お茶の準備だ。アイテムボックスから取り出したばかりのティーポットとカップとソーサー2つずつ、お気に入りの茶葉に、お茶菓子にとクッキー。
魔法で空中に水球を作る。そのまま水球を適温の90度近くまで上げて、茶葉と一緒に適温のティーポットの中へ。蒸らしている間に、ソーサーの上に置いたカップも適温に温めておく。クッキーをお皿に盛り付け……たところで、トニ様がびっくりした様子でこちらを伺っていることに気付く。
前世でも今世でも、こういう感じで日常生活で魔法を使う人は少ない。一般的にはは魔力量に限りがあるし、魔力切れを起こすと死に関わる危険もあったりする。無詠唱魔法は、制御はもちろんだが魔力も無駄に使うことが多いから、魔道具を使うのが一般的だった。
魔道具を使うと修行にならないから、特別な理由がない限りは魔法を使っているけれど、これも私の魔力があってこそだ。何の因果かわからないけれど、魔力は多いに越したことがない。幸い、私はこの膨大な魔力を制御する術を知っているから、何かの間違いが起こることもない。
「ふふ、特技なんです」
「……シェリー様って、その、すごいんですね」
上手に淹れられた紅茶を笑顔で振る舞う。こういうところから『高嶺の花』への道が始まっていくのだ。トニ様は最初こそびっくりしていたけれど、そういうものだと飲み込んだようだ。はにかみながらカップを受け取り、口を付ける。
「おいしい……」
「よかったです。えっと、お茶菓子もどうぞ」
「えへへ、わたし、甘いもの大好きなんです。いただきますね」
お気に入りの茶葉はトニ様の口に合ったようで、ほっと息を吐く。そのままクッキーも勧め、女子会らしく好きなお菓子トークに花を咲かせる。
トニ様はイチゴのショートケーキが大好きだそうで、ケーキを頼むときはついついそれを選んでしまうらしい。とても可愛い。
「お店の新作ケーキとかも気になるんですが、ショートケーキの誘惑に勝てなくて……」
「ふふ、お気持ちはすごくわかります。今度、一緒にカフェにいきませんか? そしてお互いに別のケーキを頼んで、シェアしましょう!」
「わぁ! とっても素敵だと思います……!」
なんて、一緒に遊びに行く約束もして、トニ様との出会いを噛み締める私なのであった。
―◆―
「──うまくできた?」
「うん。 えっと、……でも、あんまり悪い人には見えないね」
「実際問題、悪い人じゃないから性質が悪いのよねー。……どうする?」
「大丈夫。──わたし、がんばる」
初めてのお友達に浮かれていた私は、彼女と別れた後のドアの向こう側でそんな会話が為されていたことを知る由もなく、ただ一週間後に控える入学式に胸を高鳴らせていた。