主人公だからって恋はしない
乙女ゲームの世界に主人公として転生した私だけれど、正直なところを申し上げると、攻略対象と恋をするつもりはない。
物語開始時に彼らがまだまだ子供というのも理由の一つではあるけれど、それだけだと薄い。そもそも年齢の問題は時間が解決してくれるし、私だって身体だけはぴちぴちだ。
じゃあなんでかというと、攻略対象につき一人ずつ登場するライバルキャラクターの存在が、とても大きいのだ。
このゲーム、乙女ゲームとして銘打っているだけに選り取り見取りのイケメンたちが主人公の目の前に現れる。……のだけれども、彼らを攻略する上で、各ルートに必ずひとりのライバルキャラクターが登場するのだ。
ひそかに恋を寄せる昔からの幼馴染だったり、はたまた将来を約束しあった婚約者であったり。
攻略中、主人公と攻略対象との恋模様と同じぐらい、彼女たちの心境がかなり綿密に描写されていた。主人公が表れてから攻略対象と親しくなるまで、それはもう懇切丁寧に彼女たちの心の揺らぎ揺らめきをプレイヤーに突きつけてくるのだ。それはプレイ中は主人公のほうが悪役のように思えてきてしまうぐらいの徹底ぶりだった。
もちろん、作内の主人公は良い子としてデザインされていて、攻略対象が主人公に想いを抱くきっかけや根拠もしっかりと構成されていたから、主人公のことが嫌いになるとかそういうことはなかったのだけれど。
それでも、攻略対象との親密度を上げていくたびに女の子が悲しそうな顔をしていたことが、プレイヤーの印象として強く残っているのだ。
そんな訳だから、中身の違う私が彼らに好かれるかどうかは別として、私は攻略対象に恋をするつもりもなければ、されるつもりもないのだ。ライバルたちの恋を全力で応援していきたいと思っている。
都合のいいことに、ゲーム内ではそれを実現するルートも存在している。友情エンド──通称『高嶺の花』ルートが、それだ。
『高嶺の花』。
その名前が示す通り、このルートを迎えるために要求されるステータスはとても高い。鍛えられる主人公のステータスをすべて最大まで鍛えて、ようやくその入り口に立てるぐらいだ。その上、少しでも油断をすると誰かしらのルートに落ちる。そこに慈悲はなかった。
ちなみに、主人公のステータスはクリアデータを引き継ぎ可能なので、すべてのルートを見てからこのエンディングを迎えるのが正攻法だと言われていた。
主人公は誰とも結ばれずに学園を卒業する『高嶺の花』ルートは、ライバルキャラクター全員が攻略対象と報われる唯一のルートなのだ。だれも不幸にならず、多くの人が幸せになる友情エンドは見ていてとても暖かかな気持ちになったし、ベストエンディングとして多くのプレイヤーから人気を集めていた。……もちろん、誰かしらと恋に落ちるルートがベストだと考えるプレイヤーがいても、それはスタンスの違いというだけだから、否定することもないのだけれど。
つまるところ、私が目指すのは友情エンド。『高嶺の花』だ。要求ステータスについては、おおよそクリアできていると言っていいだろう。
なんとこの世界、魔法の構造、仕組みが前の世界ほとんど同一なのだ。魔法については師匠に嫌というほど叩き込まれた私だから、他の人より魔法が使えませーんなんて言おうものなら師匠に殺される。物理的に。
そして、流石は主人公と言わんばかりに、この身体は恐ろしく高い魔力量を持っている。前世の私も魔力切れ知らずで、師匠からは魔力ゴリラなんて呼ばれるぐらいの量はあったけれども、今の私の魔力はそれすらを軽く超えている、文字通りの規格外だった。あまりにも膨大なそれに、ゴリラの次はなんだろうなんてしばらく現実逃避をしていたけれど、持っている武器は使わなくては勿体ない。最大限に活用しようと思う。
もちろん、この世界はゲームの世界そのものではない。私が私である時点でどこかしらズレは生じている可能性が高い。
もしかしたら攻略対象は存在しないかもしれないし、ライバルキャラクターもいないかもしれない。それでも、可能性があるならば用心することに越したことはないし、私は知らないうちに誰かを傷つけるなんてことをしたくはなかった。
まあ、このゴリラ魔力を見て『それでも付き合いたい』なんて思う殊勝な人間はいないと思うけれども、なんて苦笑する。だって、この魔力量は普通ではない。
女の子は男の子よりも少し劣っているほうが可愛げがあっていい、なんて、昔少しだけ同じパーティになった失礼な男の言葉を思い出す。余計なお世話だ。私だって細かな調整が必要な魔法は少し苦手という欠点がある。──それが、可愛げのある欠点かどうかはさておいて。
近い将来。……具体的に言うと、私が15歳になる年の春。ゲームの物語の舞台でもあるロックウェル魔法学園へと入学することになる。
お約束通りというところか、その門は誰にでも開かれているわけではなく、基本的には貴族のご子息、ご令嬢が通う場だ。けれど、高い魔力を持つ平民は例外として学園に通うことが許される。というのも、魔力の制御方法について学ばせることで魔法が暴発する可能性を少しでも減らすことが目的だ。
だから、わざわざ魔力を隠して学園の入学を逃れる──ことはできなくはないけれど、あえてやる意味もない。それに、これからの進路のことを考えると、ロックウェル魔法学園は大変に魅力的なのだ。卒業さえできれば将来は約束されたようなものなのだから。
そんな理由で、特に己の能力を隠すこともなく。強くてニューゲームを謳歌しながらすくすくと成長している私。
その先は国家魔術師か、大臣か、はたまた国王に嫁いでお妃様か、だなんて日ごとに大きくなる周囲の期待を受けながら、少なくともお妃様になるつもりは毛頭ないけどなどと考えつつ、ご近所では少し名が知れている将来有望なお嬢さんみたいな立ち位置にいるのが現状だ。
そんな私が、今何をしているかというと。
「できた……!」
両親も寝静まった夜分遅く。赤い宝石が付いたネックレスを満足げにかざしていた。数年がかりで手掛けた、アイテムボックス用の魔道具だ。その証拠に、宝石の中には精巧な魔法陣が描きこまれている。
『アイテムボックス』。
ファンタジー定番のアレではあるけれど、実際に作るとなると難易度は高い。空間拡張と時間停止という最高難度レベルの魔法の組み合わせに加えて、アイテムを出し入れするためのインデックス管理、同種類のアイテムをまとめるためのカテゴライズとルール付け、魔力の波長には個人差があるから、それを使った認証機能、エトセトラエトセトラ。
機能を追加すれば追加するだけ大変なことになるのだけれど、何年も使うものなので、妥協は一切しなかった。
ここまで複雑な魔法陣が描きこまれたネックレスなんてロストテクノロジーもいいところなので、使用は慎重にしなくてはならない。作るのに何百、何千人分もの魔力が必要になるし、仮に魔力が集まったとしても、今度は精度が問題になる。私の魔力量と、前世の知識があってこその賜物だ。
そういう理由で、このネックレスに価値はつけられないし、もしこの存在がバレようものなら、方々から目を付けられることになるだろう。隠蔽の機能は付けておいたとはいえ、ご利用は計画的に、だ。
まあ、バレて何かしらの問題が起こるようなら、Sランク冒険者を引退して腰を落ち着かせることもできなかっただろうけれど、それでも騒動はないに越したことはない。
こんなリスクのあるものをどうして作ったのかというと、便利だからという理由もなくはないけれど、どちらかというと修行のためという理由が大きい。魔法も使わないでいると鈍ってしまうから、勘所を失わないために魔力の操作を日課としているのだ。前世でも冒険者引退後は魔道具を作っていたし、そこで培った技術は今世でも現役だ。
(……あ、武器も用意しておかなくちゃか)
ロックウェル魔法学園は、その名前が示す通り魔法について学ぶ学園であるが、戦闘がないと言えばそういうわけではない。この世界にも魔物は存在するし、ダンジョンだってある。そういった世の脅威から民を護るために、戦う術を学ぶ場でもあるのだ。
だから、入学に際して己が得意とする武器を準備することが許されている。ただ、良い武器はそれ相応の値段がするので、平民出身の子は基本的に学園から貸与される杖を使うのが常套だ。原作の私も、初期装備は杖だ。
けれど、私の愛用武器は片手剣と魔導書だった。冒険者時代は一人で旅をしていた私は、後衛で悠長に魔法の詠唱をするなんて贅沢はしていられなかった。なんでかって、前衛がいないのだから。
だから、剣で敵の攻撃をいなしながら魔導書の魔法陣に魔力を通して魔法を発動させる戦闘スタイルをとっていたのだ。巷では伝説の魔法剣士なんて呼ばれたことも……あったような、なかったような。恥ずかしいのでやめておこう。
もちろん杖だって使えなくはない。けれど、できれば片手剣用意しておきたい。
ロックウェル魔法学園の入学まであと約1年。そろそろ、ロックウェル魔法学園から入学届が送られてくる頃合だろう。
入学までには必要な装備を整えておきたいものだと考えながら、作ったネックレスをロック機能付きのジュエリーケースにしまい込んで、そのままベッドに潜る私なのであった。