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トラウマ


 馬車でたっぷり三十分はかかるその距離をほんの数分で移動した私は、それでも数分をかけてしまったことに心の中で舌打ちをする。転移の魔法を使えればよかったのだけれど、細かな制御を必要とする転移魔法は私の苦手とする魔法の一つだった。少しでも制御を誤ったら、文字通り『壁の中にいる』状態に陥ってしまう。それで死ぬようなやわ(・・)な人間ではないけれども、それに伴うリスクを考えるとこうして走ったほうが早いという結論を出したのだ。己の未熟さが、もどかしい。


 ダンジョン付きの治療室に入ると、トロル事件のときにもお世話になった回復手の男女二人組が、慌ただしく、それでも的確な指示を出していた。男性のほうが私に気付いて、ほっと息を吐きながら駆け寄ってくる。


「遅くなってごめんなさい! 状況はどうですか?」

「とんでもない、助かった……! 死者は出ていないが、一秒も油断できない状況だ」


 その言葉に頷きながら、ベッドに横たわって治療を受けている上級生を確認する。……二十四名。一つのパーティで八人と仮定すると、三パーティだ。それが、一時間足らずで全滅した。幸い全員に息はあるものの、先ほどの言葉通り状況は良いとは言い難い。

 

(回復よりも傷の広がりが早い。……呪い?)


 回復魔法を受けているはずなのに、傷が塞がる気配がない。それどころか、傷口がどんどん広がっていくように見える。おそらく、呪いの一種だろう。傷がある限り治ることのない、嫌らしくネチネチと命を蝕む趣味の悪い呪いだ。思わず顔を顰めた。

 それ故に、希望はある。この手の呪いは、傷さえ完全に癒してしまえば解呪できる。


 以前トロルから拝借した魔宝石を取り出して、前回と同じように魔法陣を構築する。大規模な魔法は魔宝石を魔力の結節点とすることで、安定しやすくなる。けれど、使用する魔力が大きければ大きいほど結節点に掛かる負荷は大きくなる。結節点に使用する魔宝石の純度によって耐えられる負荷は決まっているけれど、このトロルの魔宝石は──おそらくギリギリだろう。


 慎重に、魔法陣に魔力を流していく。私が持つ膨大な魔力が、白い光となって彼らの傷を癒していく。対象の人数が増えただけの、前回と変わらない魔法。魔宝石が壊れないギリギリの状態を維持しながら、全員の傷が癒えるまで油断することなく魔力を制御する。


 ──パリン


 最後の仕上げが完了したところで、負荷に耐え続けていた魔宝石が砕け散る。

 魔法陣に流していた魔力を止める。全員の傷がしっかりと癒えていることを確認し、ほうっと息を吐きながらその場に座り込む。


「よかった……」


 失敗が許されない状態での苦手分野の魔法は本当に気力を使う。立ち上がり、もう大丈夫ですと言おうとしたところで、回復手の女性に泣きながらのタックルを受けた。ありがとうと何度も口にする彼女の背中を優しく撫ぜながら、男性と目を見合わせて苦笑する。


「ありがとう。おかげで、大切な命を助けられた」

「いいえ」


 上級生たちの容態も落ち着いて、あと少しすれば目も覚めるだろう。

 学園に対してはお休みの申し出をしてくれるとのことだ。使用した魔力は全体からみたら微々たるものだけれど、それでも大規模な魔法の行使は精神に来る。上級生たちにダンジョンについての話を聞きたいということもあって、ありがたく申し出を受けることにした。


─◆─


 備え付けの休憩室に案内されて、回復手の男女二人組と改めて自己紹介をする。男性のほうがクリフさん、女性がエミさんという名前だそうだ。二人ともロックウェル魔法学園の卒業生で、かつての同級生。腐れ縁だと笑っていた。

 二人を様付けで呼んだら両手を振りながらやめてくれと懇願されたので、さん付けで呼ぶことになった。


「シェリーちゃん、学園やめてウチ来ない?」

「流石にやめるのは厳しいだろ。……卒業後の就職先、どうかな?」

「あはは。考えておきます」


 私の魔法についてはあまり言及はされなかったけれど、代わりと言わんばかりに勧誘を受ける。今回みたいなイレギュラーを除けば人手が不足しているわけではないけれど、有能な子はいつだってウェルカムとのことだった。決して悪い職場ではないようには思えたけれど、残念ながら回復魔法はあまり得意ではない。ので、言葉を濁しておく。

 エミさんは「あー、ごまかしてるなー!」と頬を膨らませてはいたが、二人とも無理に誘うつもりはないようで、そこからまたダンジョンについての話題に戻る。


「それにしても、学園管轄の初級ダンジョンがあんなことになるなんてねー」

「何かが起こっていることは確かだけれど。俺たちにできることは、ダンジョンから帰ってきた人たちを癒すだけなんだよね」

「あーーもう! もどかしいなぁ……。怪我人なんて出なければいいのに」


 二人の会話を聞きながら、思考に耽る。

 初級ダンジョン。ロックウェル魔法学園が管轄している三つのダンジョンのうちの一つ、階層は十ほどで、ネズミやウサギが巨大化した魔物が主な敵だ。下層にやや強めのオオカミが出てくるぐらいの、その名が表す通り初心者向けのダンジョン。……のはずだった。

 前回のトロルはおそらく上級の、それもかなり下層に行かなくてはお目に掛かれない強敵だった。私は問題なく倒せるし、おそらく上級生たちも何とか倒せるレベルの敵。だけど、あれは雑魚敵(・・・)と呼ばれるものだ。各階層には、フロアボスと呼ばれる敵が存在する。それも、雑魚敵(トロル)が霞むほどの強さの。神話級の敵が出てくる可能性だってぜろではない。彼らはきっと、フロアボスに倒された。怪我の状況から見て、手も足も出なかっただろう。


「国、動くかもねぇ」

「学生の、かなり優秀な子たちでもダメだったからね。騎士団が派遣されてもおかしくないか」


 国の騎士団が派遣されたとして、順調に攻略が進むかは──正直なところ、難しいと思う。今回のフロアボスは倒せるかもしれないけれど、階層は全部で十。十層すべてにフロアボスが存在するし、階層を下るごとにその強さは増していく。『彼らに任せておけば大丈夫だろう』と言われたものの結局は後から救援に向かう破目になる、なんてことは冒険者時代に何度か経験したし、なんとなく今回もそんな事態になりそうな気がする。冒険者としての勘が告げているのだ。


「あの。その調査に私が参加するのって、難しい……ですよね」


 それでも、今の私は学生の身だ。Sランク冒険者なんて肩書も何もない、ただのどこの骨とも知れない小娘。今のままで救援に行くことは、きっと許されない。望みがあるとすれば、この身に余る魔力量ぐらい……だけど、魔力量の測定のときはロックウェル魔法学園に入学できるレベルにまで抑えて測定をしたから、国は私の魔力量を正しく把握していない。故に、望みは殆ど無いに等しいと言っていいだろう。

 国主体で行われる魔力量の測定は、故意に魔力量を多く見せたり少なく見せたりすることについて、法律では定められていない。そもそも方法が確立されていないのだから、誤魔化しようがないものと通っているのだ。私はそこに付け込んだ。私の魔力をそのまま通したら測定器が壊れる可能性だってあったし、あまり騒ぎにならないように一般人よりかなり多い程度の魔力となるように調整をしたのだ。


 クリフさんとエミさんが、私の言葉に顔を見合わせる。


「うーん。……手は、無いことはないわよね」

「伝手はあるからね。今回の件について伝えれば、考えてはくれるだろう」

「うんうん、シェリーちゃんが参加することで怪我人が減るなら万々歳だしね」


 おそらく騎士団の入隊試験を受ける事になるだろうという前置きに頷いて、どうにか話を通してくれるという二人にお礼を言う。己の力を過信しているわけではないけれど、何もしないで手を加えて待っているのは性には合わないから。私の力で避けられる悲劇があるのなら、力添えをしないわけにはいかなかった。



─◆─


 それからしばらく。上級生も無事に目覚めた頃に、学園からのダンジョン管轄担当の先生も到着した。なぜか、目を赤く腫らしたご令嬢を連れて。私が師匠やリアム様に近付いた時にブリザードを発生させてた、リーダー格のあの彼女。


「ごめんなさい。……本当に、ありがとう」


 私の顔を見るなり、ぶわっと涙を溢れさせて謝罪と感謝の言葉を述べる。先生が言うには、あの上級生の中に彼女の兄がいたらしい。確かに彼女はSクラスに在籍するほどの能力もあったし、その兄が優秀でも何の不思議でもない、けれど。


「わたくし、誤解をしておりました。……シルヴェスター家に近付く方は、高貴で気高くなければならないと」


 こんな解決方法でよいのか。疑問に思う。だって、私は彼女に認められたくて彼らの傷を癒したわけではない。ただそこにある命を助けたかっただけ。護りたかっただけなのだ。そこに何の付加価値も欲しくなかったし、それは私が冒険者という職をやめた理由にも直結する。


「聖女のような貴女を、そう呼ぶのはおこがましいかもしれませんが。……貴女を、ライバルと思ってもよろしいでしょうか」



 ──私は、聖女でも、ましてや英雄なんかでも、ない。

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