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弟の心兄知らず。




 僕には、双子の弟がいる。



 僕たちが一卵性双生児だという話をすると、誰もが決まって言葉をなくす。僕の弟が生きている(・・・・・)ことは特異なことなのだという。


 普通は、生まれてくることすらできない。

 一卵性双生児の片方は、魔力を生成することができない。親からの供給だけでは生きることができず、胎内でその生を終えるのだという。何かしらの奇跡が起こって、無事に生まれたとしても、……生きることができるのは、三年が限界だ。


 僕は。……僕は、恥ずかしいことに、弟が倒れて初めてそのことを知ったのだ。

 母に連れられて入った部屋では、床に伏しているラルフが苦しそうに顔を歪めていた。傍らでは父が沈痛な表情で佇んでいて、それでもラルフを救おうだなんて思いもしていないようで。それを不思議に思った僕に母が涙ながらに教えてくれたのだ。


 これは決まっていたことなのよ、と。


 ラルフは、体内で魔力を生成することができない。一卵性双生児の、魔力を持たなかった方だから。



 僕は、魔力を持っていたから兄になった。ラルフは、魔力を持たないから弟になった。将来この家を継ぐのは僕で、死の淵に立っているのがラルフ。

 もし、僕が魔力を持たなかったのなら。もし、ラルフが魔力を持って生まれてきたのなら。その関係は、いとも容易く崩れ落ちてしまう。

 

(ぼくが、奪ったんだ。……魔力も、地位も)

 

 まるで殺人者になってしまったかのような感覚。罪悪感に押し潰されそうになる。逃げたくて、逃げたくて、周囲の抑止も聞かずにラルフの手を握った。少しでも返せるように。……少しでも、この罪が軽くなるように。


 そのことに意味があるかは分からなかったけれど、僕が手を握るとラルフの表情が和らいだように見えた。僕はそのことに安堵して、……それから数日の間、空いている時間があればずっと手を握っていた。


 そして。



 ────。


 身体の中から急激に何か(・・)が抜けていく感覚。

 視界が、白く、染まる。

 

 誰かに頭を撫でられたような感覚を辛うじて認識しながらも、そのまま僕は意識を失った。




 目を覚ますと、自室のベッドの上だった。父と母に泣きながら抱き締められて、自分が魔力不足で倒れたことを知る。


 両親の後ろには、ラルフが立っていた。

 無事だったのかと安堵して、その顔を見て。──背筋が、震えた。あんなに冷たい表情の彼を、僕ははじめて見た。


 そして、思ったのだ。



 彼も、知ってしまった(・・・・・・・)のだと。──それならば。

 


(恨まれてしまうのも、無理はない)



―◆―



 予想外の人物の登場に唖然とするリアム様に、眉間に皺をさらに増やす師匠。そんな二人に、私は本日何度目かになる溜息をつく。


 おそらく、師匠が師匠(・・)となった際のギャップを、師匠に恨まれたと勘違いしてしまったのだろう。今まで目の前で可愛らしく笑っていた弟が、ある日突然不愛想な不機嫌フェイスになっていたら誰だってトラウマになる。ましてや事情が事情だ。そう思ってしまっても仕方ない。


 師匠が師匠になってからの十年間。こんなギクシャクとした関係を、修復されることなく続けてきたのだろう。


 十年間。その長い擦れ違いが、この師匠の性格が影響しているということは想像に難くない。……この人は、本当に、分かりにくいのだ。私でさえ、昔は師匠の態度に何度か涙を流したことがある。

 師匠は自分からは言葉を投げないし、表情は基本的に鉄面皮だ。生まれ変わっても、そこは変わりない。


 けれど。


「……ラルフは、僕を、恨んでないの?」

「恨む理由がない」


 師匠は投げられた質問にはちゃんと答えてくれるし、その言葉が嘘偽りに染まることもない。師匠の心の内は、私なんかよりもずっと綺麗で澄んでいる。だから私は師匠の魔力が好きだし、傍にいて心地良いと思う。リアム様だって、壁さえ作らなければ師匠のことなんてすぐに理解できるはずだ。


「だって、僕は──」

「魔力は、たまたま(・・・・)リアムが持って生まれた。奪ったわけでも、奪われたわけでもない」


 ぽろり。リアム様の月色の瞳から、透明な雫が流れ落ちる。

 誰かに否定してほしくて、それでも肯定されることが怖くて言い出せなかったこと。ずっと心の中に抱えていた、真っ黒い感情。それが、涙となって洗い流されていく。

 いちばん欲しかった言葉が、いちばん欲しかった人の口から発せられた。


 リアム様の魔力が安定したことを確認して、思わず顔を綻ばせる。

 ……ほら、師匠はやっぱり師匠だ。


「リアム様」


 少しだけ無粋かなとも思ったけれど、私も伝えたいことがある。私の呼びかけに対して、涙を拭ったリアム様が向き合う。


「リアム様が魔力を持って生まれたからこそ、師匠は生きている。それはきっと、逆だったら起こりえなかった奇跡だと思うんです」


 師匠が魔力を持たずに生まれてきたことは、世界が持つ法則がそうだったというだけのこと。そこに誰かの意志は存在しないし、リアム様が気に病むことでもない。だから。


「リアム様は、その奇跡を喜んでいいんです。だって、リアム様が救った命ですもん」

「そうかな。……そう、かな」


 憑き物が落ちたような顔で綺麗に笑うリアム様を肯定するように、私はにっこりと微笑みを返した。



─◆─


 翌日。教室のドアを開けると雪国だった。それとなく予感はしていたけれど、予想以上のソレに思わず一歩後退する。


「やあ、シェリー嬢。おはよう」

「……オハヨウゴザイマス」


 そんな空気を気にする素振りも見せず、その原因の一人、リアム様からの挨拶をいただく。無視するわけにもいかずに片言で返事をする私に、困ったように笑みを浮かべるリアム様。うーむ顔がいい。

 対する師匠はというと、私の顔をチラりと確認してから、また別の方向に顔をそむけるだけだった。うーむ顔がいい。


 あの後、私たちはリアム様に前世の記憶についての話をした。乙女ゲーム云々の話ではなく、私と師匠の前世での関係……師弟関係であったことについての話だ。それを聞いたリアム様はなるほどと納得した顔をして、それから師匠の『それでも兄弟であることには変わりはない』という言葉に、それはもう嬉しそうに破顔したのだ。


 兄弟関係も修復されて、一件落着だと顔を綻ばせながら登校して、朝一番のコレである。……正直なところ、すっかり忘れていた。自分でもなんで忘れていたのか理解に苦しむけれど、こう、頭からすっぽりと抜けていたのである。不覚。


「シェリー・ミレット様? 少し、お時間よろしいかしら」


 雪国集団から、リーダー格だと思われる令嬢が一歩前に出る。

 シルヴェスター公爵子息の二人には、まだ婚約者が定められていない。国家二大貴族の一対とも言われるシルヴェスター貴族と縁を持ちたい貴族子息やご令嬢は、数え切ることなどできないだろう。彼女もきっと、その一人だ。


「はい」


 恋愛で拗れた人間関係の修復の方法なんて見当もつかないけれど、ここは素直に頷くしかない。リアム様は自身が入ると余計拗れることを理解しているので、何も言わずに見守っている。心配そうな顔ではあるけれど、その心遣いはとてもありがたい。大丈夫ですよと伝えるように、ひらりと手を振って返す。ご令嬢の視線が痛くなった。ごめんて。



 では移動しましょうと、そのご令嬢に連れられて教室を出ようとしたところで。


「シェリー・ミレットはいるかっ!?」


 第三者の声が、それを遮ることになった。

 男性の声だ。確か、ダンジョン関連の管理を行っている先生の。以前ダンジョンを攻略しに行こうとしたときに、許可をもらいに行った覚えがある。その時と違ったかなり焦った様子のその声に、ご令嬢と目を見合わせた。


「先生、私がシェリーです」

「君か……!」


 先生に肩を捕まれる。いいか、落ち着いて聞いてくれ。必死の形相の先生に対してこくりと頷く。


「今朝方、初級ダンジョンの調査に出ていた上級生が……瀕死の重体となって戻ってきた」


 トロルの一件で、初級ダンジョンは優秀な上級生が調査をすることになっていたのだという。そして、万全の体制を整えて調査に向かった彼らたちだが、一時間を超えたあたりで帰還した。……大きな怪我を負って。

 今現在、治療室総出で対応に当たっているものの、状態はあまり良くないそうだ。


 そこで出たのが、私の名前というわけだ。彼らには特に口止めはしていなかったし、不思議ではない。


 どうか、助けてくれ……!そう言いながら頭を下げる先生に、力強く頷いてみせる。

 ご令嬢には申し訳ないけれど、人命の方が優先だ。救える命があるのであれば救いたいと思うのは、きっと普通のことだから。


 ご令嬢にぺこりと頭を下げて、そのままダンジョン近くの治療室に向かって走り出した。


「シェリー・ミレット! 馬車は!?」


 ……馬車なんかを使うよりも、走ったほうが、何倍も速い!


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