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昼休みと兄弟と



 思わぬ再会があったこと以外は特筆することもなく、ロックウェル魔法学園での生活も1ヵ月が経とうとしていた。

 瑞々しい新緑が視界を彩る季節。新入生たちも学園生活に慣れてきた頃合で、人間関係も徐々に形成されつつある。ここで失敗すると一年間のぼっちが確定するのが、学生のつらいところだ。

 

「クラスの女子から避けられてるんです……」


 ──そう、つらい、ところなのだ。



 昼休み。

 人気のない屋上で、トニ様とレベッカ様と一緒にお弁当を広げる。授業中の教室内のブリザードに比べると、ここは天国だ。


 というのも、師匠との一件があってからというものの、どうもクラスからの向けられる感情がよろしくない。明確な悪意というものにまでは至っていないが、嫉妬心からくる嫌な視線をヒシヒシと感じる。その理由がわかるだけに、どうもいたたまれないのだ。その上、ちょっと話すようになった子たちも、その空気に触れてかどことなく私を避けるようになった。なんとご無体な。


「シェリー様……おいたわしや……」

「レベッカ、顔、笑ってる」

「おっと。いけない、いけない」


 笑いを堪えながら慰め(にもなっていない)言葉を口にするレベッカ様を、トニ様が窘める。レベッカ様がわざとらしく真剣な顔をするも、それが心からの表情でないことは嫌というほど伝わってくる。じとりと不満げな視線を向けた。レベッカ様がコホンと誤魔化すように咳をする。

 

「でも、意外ね。シェリー様のことだから人心掌握ぐらい訳ないと思ったのだけど」

「……魔法については自信ありますけど、コミュ力は人並ですもん。ちょっと年の功が重なるぐらいで」


 悪びれることなく話を戻すレベッカ様に、包み隠さず返答する。強くてニューゲーム状態なのは魔法技術に関してのみだ。多少重ねた年の功ぐらいでは、男女関係のいざこざを解消できるわけがなかった。……そもそも、私恋愛したことないし。


「ごめんごめん。……えっと、セシリア様は中立だっけ?」

「彼女は、彼女の持つ力の大きさを知っていますから」

「それもそうね」


 ウィルフレッド殿下の婚約者でもあるセシリア様は、表向き上は中立となっている。心配そうな視線はいただいているものの、ここで彼女に頼るわけにはいかない。公爵令嬢の権力は、乙女の嫉妬心を諫めるには些か大きすぎる。

 彼女自身もそのことはよくわかっているから、内心は心配をしつつも行動には移せないのだ。

 もちろん、その気持ちだけで充分に暖かいから、それが理由で彼女を責めようだなんて微塵も思っていない。


「で、男性陣はシェリー様の顔がいいから強くは言い出せない、と。それが余計に助長させてるのね」

「ぐっ、この顔が恨めしい!」


 きーっ。親指を噛むフリをする。本気でそう思っているわけではないけれど、顔がいい人は顔がいいだけの苦労もしているんだなぁと身に染みて感じたのは事実だ。

 はいはい、と呆れながら相槌を打つレベッカ様に、えへへ、と笑みを浮かべた。



「……でも、驚きました。まさか、ラルフ様がシェリー様のお師匠様だったなんて」


 トニ様が、話題を変えるように師匠のことを言及する。この二人には、師匠が師匠だということを伝えてある。二人に嘘を吐きたくなかったのだ。もちろん、師匠には許可ももらってある。誰これ構わず言い触らすわけでもないだろうと信頼されてのことだから、信頼に応えるために二人以外には伝えるつもりはないけれど。


「納得はしたけどね。シェリー様の師匠なら、確かに生きてても不思議じゃないわ」

「私以上に魔法に精通してますからねぇ」


 うんうんと頷くレベッカ様に苦笑を浮かべる。私だってそこそこの技術はあるけれど、その技術の元になっているのはお師匠様だ。免許皆伝をもらったとしてもその差が埋まることはないし、唯一勝っていると言える魔力量だって師匠の前では無意味なのだ。

 

「師匠が生きているっていえば。……原作での進行と比べると、今ってどんな感じなんでしょう」


 原作は参考レベルに抑えると決めていても、気になると言われれば気になる。私はゲームの詳細についてはまったくもって覚えていないから、こういうところはレベッカ様に聞くのが早い。

 とはいえ、ないはずの記憶を持っている人が三人、そのうちの一人が原作の主人公で、そのうちの一人はこの世を去っていたはずの存在。ダンジョンに潜ればトロルにあたり、それを倒せば攻略対象の一人から恋愛感情を抱かれる。……正直、順調に進んでいるとは言い難い。

 レベッカ様が溜息をつく。


「当てにするつもりがなかったとはいえ……駄目ね。いろいろと違いすぎて、見当さえつかないわ」

「ですよねー」

「少なくとも、現時点でパトリック様がシェリー様を好きになる、なんてことはなかったわね」

「うっ」


 そのレベッカ様の言葉に息を詰まらせた私の背中を、トニ様が撫ぜる。パトリック様の件について、彼女はもう気にした風ではなくて、そういうものだと割り切っている様子だった。悲しいことは事実だけれど、それを責めるべきは私でも、ましてはパトリック様でもない、と。


「まあまあ。……パトリックのことは、パトリックの問題だから」


 そうレベッカ様をなだめるトニ様に、私の心が少しだけ救われる。どうにか二人が納得する結末に持っていきたいものだと切に思う。たぶん、パトリック様の気持ちを否定するだけでは良くないと思うから。……慎重に、タイミングを見て。

 

「そうね。乙女ゲームの世界に似ているとはいえ、ここは現実なんだから。やっぱり、原作とか考えない方がいいかもね」


 レベッカ様のその言葉の直後に、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。



─◆─


 午後のブリザードも無事に乗り切って、放課後。このブリザードは近いうちにどうにかしないとなと思いつつも、あの日以降は師匠と目立った会話をしていないにも関わらずこの状況なのだ。正直お手上げなのである。恋する乙女って怖い。

 トニ様とレベッカ様に泣き言を述べたとはいえ、彼女たちがいる現状、耐えられないほどのものではない。しばらくは現状を維持しつつ様子見しよう、と考えていた、……の、だけれども。

 

「シェリー嬢。……少し、時間いいかな」


 運命は、それを許してくれなかった。


 教室を出ようと鞄を手に取ったところで、目の前の美少年……リアム・シルヴェスター様に声を掛けられたのだ。言わずと知れたかはわからないけれど、師匠の双子のお兄さんだ。

 少ないとはいえ教室内には生徒もまだ残っていて、その生徒たちがざわざわと騒ぎ立てる。その様子を見て、困ったように笑いながらリアム様が再度口を開く。


「いいかな」

「……、はい」


 言外にごめんねという単語を含ませるリアム様に、どちらにせよ断るという選択肢が与えられてなかった私はそのまま頷いた。

 その様子に、リアム様がほっと息をつく。先導するように歩き出した彼の後を追う。




 ──自己嫌悪と、罪悪感。


 リアム様の纏う魔力が、その感情で染まっている。その穏やかな笑顔からは想像できないほどに、深くて、暗い。その感情の元を考えて、原因にアタリをつけて、そして私に声を掛けた理由に思い当たる。……ああ、もう。なんということだ。



 校庭裏。生徒の大半が下校中のこの時間帯でも人気はなく、談笑している生徒たちの声は遠い。足を止めたリアム様がくるりと振り返る。私も合わせて、ぴたりと足を止める。


 視線が合う。リアム様が、少し迷い気味に口を開いて、閉じて、また開く。


「突然ごめんね。……実は、ラルフのことで、相談があって」


 彼の口から出たその名前こそが、彼の持つ罪悪感の原因。その先に続く言葉も見当がつく。

 

「僕は、きっとラルフに恨まれているから。だから、僕の代わりに彼を支えてあげてくれないかな」


 想像通りの言葉に、思わず溜息をついた。リアム様の肩がビクリと震える。……でも、だって、こればかりは仕方ないじゃないか。


「リアム様。……一卵性双生児の出生率について、知っていますか?」


 私の問いかけに、リアム様が頷く。師匠とリアム様は双子だ。それも、一卵性の。


 この世界において、一卵性双生児の出生率は著しく低い。双子の片方の子が、決まって同じ症状で死に至るのだ。──魔力の欠乏。師匠と同じ、症状だ。

 この世界で生きている人間は、誰であっても少なからず魔力を持っている。血液がそうであるように、人は魔力がないと生きることができないのだ。人が持つ魔力は、体内のとある組織で生成されているという。

 これが一卵性双生児だと、魔力を生成するための組織が片方にしか作られないのだという。これまで数多くの産婦人科医がこの問題を解決するために尽力しているけれど、それでも二人揃って生まれてくる確率は1%に満たない。残りの1%も、三年以上を生きることができたら奇跡だという。

 

「そんな師匠……ラルフ様が、今まで生きてこれたのって、誰のお陰だと思います?」


 それは、母親の胎内にいるとき。自力で生成できない魔力を一番近くで補ってくれていた人物。

 それは、師匠が倒れたとき。昼夜問わず、ずっと手を握ってくれた人物。


「師匠が起きたときに、きっとこんなことを言ったと思うんです」


 誰よりも師匠の近くにいた貴方だから、きっと気付かなかった。でも、その恩を師匠は絶対に忘れたりはしない。

 ──なんといったって、私の師匠なのだから。


「「ありがとう、おかげで助かった」」


 私の口から出た言葉が、聞き覚えのある男の人の声と被る。リアム様が言いたいことに思い当たった私が、魔法でこっそりと呼んでおいた人物。私の魔力を探しさえすれば場所だって簡単に特定できるだろうけど、それでも間に合ったことにほっと息を吐く。


「……また余計なことを考えていたのか、リアム」

「ラルフ……」



 振り返ると、眉間に三本ぐらい皺を増やした師匠がそこに佇んでいた。


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