転生した先は
世界三大国家のうちの一つ、ハルマリア聖王国。立地に恵まれているこの国は、外からの侵攻は緩く、ここ数十年は隣国との戦闘もない。王政も悪くなく、こんな真冬であっても寒さに凍えながら飢える人は希少だ。
王都には、唯一神を崇拝する宗教であるハルア教の総本山が存在する。人口あたりの信者数もかなりの割合で、熱心でない人も含めると全世界では半数以上、ハルマリア聖王国内においては八割以上の人が信じていると言われている。
そんな大宗教様曰く。
今日は、神様が人間界を導くためにお創りになられた何名かいる神子様の一人が生まれた日、らしい。それも、愛を豊穣を司り、主にカップルが末永い幸福を願うために崇拝する、上位の人気を誇る神子様。
そんな神子様が生まれた日となれば、そう、つまり、聖夜というわけだ。幻想的なイルミネーションが街中を彩る夜は性夜とも揶揄されるあたり……世界が変わっても人間って変わらないんだなぁと思う。
そんな特別な日。寂しい負け惜しみを思い浮かべながらお一人様用のカップケーキを手に街中を寂しく歩くのは、そう、私。
隣を歩く特別な人はいない。どうしてこうなった。心の中で軽く頭を抱えながら、自分の今までの経歴を思い返してみることにしよう。
―◆―
チサト=シノノメ。私が生まれ育った故郷の言葉で表すと東雲千里。それが、私の名前。もともとは地球という星の日本という国で暮らしていた、ごくごく平凡な女の子。
大学生だった。そこそこまじめに講義を受け、そこそこの単位を取り、ゼミに所属してからはそこそこ論文も書いたりして、卒業に足る資格を得た。どこの会社かは忘れたけれど、内定ももらっていたはずだ。
そして、大学卒業の日。卒業証書を受けとって一礼。顔を上げたら、一面の木々だ。
ライトノベルで流行りの異世界転移。昔は別の界隈で、異世界トリップだなんて呼ばれてたソレを、私は体験してしまったのだ。──その上、なんと某名探偵よろしく幼児の姿に若返って。
いやいや若返るにも限度があるだろうなんて考えつつも、それでも行動しなければ何も始まらないと推定三歳児の私は見知らぬ森の中を彷徨った。しばらく歩いて、足も精神も限界に近付いていた頃合。私は、森の中に寂しく佇んでいた一軒家にたどり着いたのだった。
そこには魔法使いが一人で暮らしていて、何を思ったのかは判らないけれど身元不明の私を弟子として迎え入れてくれた。そうして、あれよこれよという内に魔法使い……お師匠様との同居生活が始まったのだ。
思えば、初恋だったのかもしれない。お師匠様は若返りの魔術らしきものを使っていて見た目は麗しい美青年だったし、何よりも私を庇護してくれたというのが大きかった。これで恋に落ちずに何に落ちるのかという訳だ。
とはいえ、初めての恋に燃えに燃えたかというとそうではなかった。お師匠様はそういう話題をのらりくらりと躱していたし、そもそも論として私が好意を伝えてもお師匠様を困惑させるだけだろうと考えたから、そうはゆくまいと想いを胸に秘めることにしていた。
そんなこんなでお師匠様に少しでも認めてもらいたいという気持ちも多分にあり、ちょっと頑張りすぎた私は若干16歳で免許皆伝。その翌日、この世界を見てみたいとお師匠様に旅に出る旨を伝えた。
旅に出た後、私は冒険者という職に就くことになる。お師匠様から餞別にと頂いた魔導書と杖替わりの片手剣を手に、近くの村のギルドで冒険者として登録をしてもらった。そこで簡単な試験をした……のだけれども、この時点で私は平凡とはかけ離れた能力を持っていたらしい。軽々と要求以上の成果を出してしまった私を唖然と眺める試験官の人のまなざし。それだけではない。受付のお姉さんに、これから同業者になる冒険者の先輩方、……方々からのドン引き視線を独り占めにしてしまった。私をここまで育て上げて、さらに今の私よりも数段は強いお師匠様はいったい何者だったんだ……なんて頭を抱えたものの、半ば現実逃避気味にギルドカードを受け取って、無事(?)に冒険者稼業スタートである。
それからというものの、何度か一緒に旅をする仲間が欲しいと願ったこともあったけれど、良縁に恵まれず……というより、いざお試しでパーティに入ろうとしても周囲とのレベルが合わなかったりと居心地がすこぶる悪く、仕方がないと開き直ってそのまま1人で気ままな冒険者ライフを続けていった。
途中いくつかの困難らしきものに出会いはしたけれど、同業者と比べたらそれはもう順調すぎると妬まれるほどの速さでランクを上げていった私は、ついにSランクにまで上り詰めていた。弱冠23歳での偉業である。あの時のギルドマスターの引きつった顔が忘れられない。
そんなこんなで史上最年少のSランク入りを果たした私は、その過程で世界中を見てまわれたことに満足して、そのまま腰を落ち着かせることにしたのだ。
ハルマリア聖王国の王都に住居を借りて悠々と過ごす日々を送りはじめてから、そろそろ3年が経つ。今現在の、26歳になった私の誕生である。彼氏いない歴も26年である。……前の世界の分まで加算すると頭が痛くなるので、考えないでおいてほしい。それが優しさというものだ。
それにしても、だ。
冒険者時代は旅を理由に、半分以上は諦めていた。けれど、冒険者をやめてからも彼氏というものができる気配があまりにも、ない。
出会いは、まあ、そこそこある。けれど、友達以上の関係に進展する気配があまりにもないのだ。
お師匠様以外は好きな人とか出来なかったし、だからいつか、私を私のまま受け入れてくれる人に巡り合えたらいいなと考えていた。それが私の好みで理想だと。
それを元同業者の友達に相談したら、理想が高いと笑われたけれど。
「貴女、いい子なのになんで彼氏ができないのかなーって思ってたけど、そういうことね」
妙に納得された顔をして、あんまり納得できていない顔の私に、難しいかもねぇと諭してみせた。曰く、王子様は待ってても来てくれないものなのよ、と。
「貴女は……そうね、学園にでも通って、否が応でも誰かと関わって、──そうすれば、貴女を知る誰かが、貴女を好きになってくれたかもね」
最後に言われたその言葉を思い返して、思考が遠くなるのを感じる。……恋というものに憧れはあった。けれど、このスタンスのままでは難しいだろうということが、判ってしまった。
幸い、1人でも生きていけるだけの財産はあるから、もう、そのまま静かに暮らしていこう。今のままではだめだと悟っても、現状を変える勇気も、若さも、もう私には残っていなかった。
(そういえば、私って中高大一貫の女子校通いだったっけ)
はあ。深く吐いた溜息は、白く染まって星空へと消えていった。
―◆―
(……なんて、考えながら過ごしていた時期もあったなぁ)
とある邸宅の、とある部屋。
ここはどこだ、と一瞬だけ思考を巡らせた後で、そういえば自分の部屋だったと思い直す。
シェリー・ミレット。今世の、私の名前。爵位を持つ貴族の家ではないけれど、それなりに裕福な家に生まれて、それなりに愛情を注がれながら育った女の子。人と違う部分を挙げるとすれば、私ではない私……前世の記憶と、おそらく、その能力を引き継いでいること。
ふと思い立って、鏡の前に立つ。
ふんわりとした桃色の髪からはお日様が香り、ぱっちりとした若草色の瞳はきらきらと宝石のように輝いていた。ほんのりと林檎のように染まった頬はふわふわとして柔らかく、ぷっくらとした唇が控えめにその存在を強調する。
愛らしさあふれる美少女。計算されつくされたような可愛らしさはまるで一つの芸術作品のようで、何時間でも見ていられる気がした。
──けれど。
「……この顔、見覚えが、ありすぎる」
眩暈がする。
とある乙女ゲームの、それも主人公に、生まれ変わってしまったようだ。