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お久しぶりです。
短いですがよろしくお願いします。
「ね、陛下はお優しい方だったでしょう?」
セツカは笑顔でカゴいっぱいの桃をテーブルに置く。
遊びに来てくれる度にアウロスから贈られたという果物を手土産に持って来てくれる。
いつもと変わらぬその仕草で昨夜の件は本当に周囲には知られてないのだとわかる。
ーーー俺を殺すのはアイーシャ、お前だけだ。
本当に信じていいのだろうか。
あの男には損しかない話なのに。
でも、今のままではアウロスに切り傷1つ付けられない。
私にはその言葉に縋るしかないのよね。
ふぅ、とため息を吐いて顔を上げれば桃に被りつく綺麗な黒い目がこちらを見ていた。
「ええ、陛下は本当にお優しい方でした」
凶器を持ち込んだ妃をそのままにして置く程に。
言葉の1部を飲み込んで笑ってそう伝えれば、自分が褒められたかと思う位に嬉しそうに笑う。
「でしょう?平等でとても公平な方よ」
笑顔で陛下から貰ったという桃を幸せそうな顔で食べている。
セツカは本当にアウロスの事が好きなのね。
友人の恋人をいつか手にかける。
自分が望んだ1番の望みとはいえ、幸せそうな友人を見ると、微笑ましいような苦々しいような何ともいえない気持ちになる。
でも私にはこれしか生きる希望がないのよ。
ごめんなさい。
心の中で謝りながらセツカが手渡してくれた桃を1口齧る。
何となく泣きそうになる気持ちを、喉が痛くなるほど甘い汁のせいにして気付かぬ振りをした。
◇◇◇
セツカが帰った後はもうやる事がないアイーシャは普段は本を読んだり部屋の前の庭を散歩したりしている。
憎い敵のアウロス殺害計画はあっという間に目処が付いてしまったが、まだまだ実行は先。
しばらくはこの部屋で暮らしていく事になる。
そうなると少しでも快適に過ごしたくなって来る。
とはいえ、たかだか妃1人ができる事はそう多くはない。
そういえばこの庭、殺風景なのよね。
ここで花を育てるのはどうかしら。
思いつくとそれはとても良い案に思えた。
城と一緒に燃えてしまった両親と一緒に植えたあの花をここでも育ててもいいかも。
祖国の雪に見えるように白い花で埋め尽くすのも素敵よね。
今度侍女にお花の種をお願いしよう。
後宮に来て初めて穏やかな気持ちで布団に入ったアイーシャは夢を見ないでぐっすり眠った。
◇◇◇
「これが白い花の種。そしてこっちがアイーシャの言っていた種だ」
侍女に花の種をお願いした数日後。
仇でありこの国の皇帝アウロスが両手に種を持ってアイーシャの部屋にやって来た。
深夜に、他の女の香油の匂いをプンプンとさせて。
「陛下、私は侍女にお願いしたはずです。陛下自らわざわざ種を持ってきて頂かなくても宜しいのですよ」
「わざわざ」を強調して言ってみるが、あまり気にした様子もない。
「後宮に来たついでだ。それよりも早く受け取れ」
無表情で花の種の入った袋を手渡された。
「あ、ありがとうございます」
お礼をいって受け取る。
下げた頭の上から声が降る。
「お前は侍女から警戒されているからな。種如きでも俺が渡した方が良いだろう」
思わず顔を上げてしまえばアウロスとまともに目が合う。
「俺はお前付きの侍女を変える事はしない。対外的には何もない事になってる。だが、あれだけの事件を起こしたんだ。これから侍女の信用を得ていかないと暮らし辛いぞ。」
思わず合ったままだった目線を思い切り逸らしてしまう。
「ここは砂漠地帯だ。お前の祖国の様に簡単には育たないだろうが、花と一緒に気長にやっていけ」
ポンと気安く肩を叩いて出て行くのをそのまま見送ってしまう。
もしかして忠告と励まし、なのかしら。
受け取った種を見つめる。
砂漠地帯に種から花を植える。
他国の皇帝を殺そうとした女がもう1度信用を得る。
どちらも、それは不可能に近い。
私は楽観的過ぎたのね。
パチン、パチン!!
身から出た錆だ。
軽く考え過ぎてた自分を戒めるために頬を手で叩く。
悔しいけど、あの男の言った通りね。
自分の為に頑張らないと。
出来るかなぁ?
零れそうになる弱音を飲み込んで、焦らず、気長にと言い聞かす。
その夜、アイーシャの部屋はため息とパチン、パチンと頬を叩く音が夜遅くまで聞こえた。