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「聞こえなかったか?部屋いっぱいの宝石でも、この国中の、いや世界中から集めた書籍の部屋の鍵でも何でもやろう」
自分を閨で殺そうとした女の欲しいものをくれてやるという。
「わ、私は陛下に何かを頂くような資格はございません。この様な話は他の妃にして下さいませ」
「他の妃の願いはもう聞いた。次はそなたの番だ。」
椅子から立ち上がり私のいるベットに乗り込んでくる。
「逃げるな」
思わず身体全体を後ろに倒した事が気に入らなかったのだろう。
髪を掴んで引き戻される。
「長い髪だな。そなたは余の妃だ。願いを1つ言え。この後宮で大人しくしてさえいれば、身の丈以上の贅沢も許してやる」
「ではこの手を離して下さい」
「ふん。では願いを言え。すぐ離してやるとも」
更に髪を掴む力が強くなり、顔が近くなる。
命令する事に慣れ、人を見下すその傲慢な目。
自分には他人の願いを全て叶える力があると思い上がっているのか。
私の願いはただ一つ。
「では、陛下。私の手にかかって死んで下さい」
多分私は笑っていたと思う。
「余が憎いか?」
怒るかと思ったが意外にも静かな声だった。
その静かな声に苛立ちが募る。
憎いに決まっている。
「私がここにいるのは陛下が私の国を滅ぼしたからではないですか!
私の国は本当に小さな国でした。滅ぼして何か良いことでもありました?あるはずはいわ。だって雪しか無いんですもの。」
胸が苦しい。
こめかみがズキズキする。
言葉が涙で出てこない。
でもまだ、まだ皇帝であるこの男に言いたい事がたくさんある。
「ねえ、父と母はあなたの手で殺したんですか?両親の仇を前にして大人しくさせる為に願いを叶えてやると言ってるんですか?
では今すぐ私の両親を返して!
私の1番の願いは私の国に攻め入る前に時間を戻してもらうことよ!!
でもいくら陛下でも時間なんて戻せないですものね。だから、私に両親の仇を討たせて下さい。
それが無理なら今すぐ私を殺して。私を両親の元に戻して!!」
髪を掴んでいたのはアウロスのはずなのに、いつのまにか私が縋り付くように腕を掴んでいた。
本当は分かっている。
私の国は戦争に負けた。
父は優しいが政治に関心がなかった。
母も穏やかだったが、贅沢を好む人だった。
城の人達も清廉潔白ではなかった。
パールマニア帝国が来なくても、いつか滅んでいたかもしれない。
それでも、私には優しい両親だったし、私の周りにいる人達が私は好きだった。
いつか罰が下る時は私も一緒に受けたかった。
なのにどうしてわたしだけ、ここにいるの。
どの位時間がたったのか。
泣きすぎて胸が痛くなる。
「俺にはアイーシャの両親を生き返らすことは出来ない。今はまだ俺も死ぬわけにもいかない。
アイーシャを殺す気もない」
ポツリ。
小さな声で聞き逃しそうな位の小さな声だった。
「では、陛下は私の願いを叶えては下さらないのね」
握っていたアウロスの腕を離そうとする。
しかし、手が離れそうになる瞬間、逆に手を握られる。
「今は死ねないが、いつかアイーシャ。お前に俺は殺されてやろう」
今はそれで満足しろ。
意外なほど真剣な目と声色で言われ混乱する。
「何を言ってらっしゃるんですか」
「お前の言う通り俺は他国の侵略を繰り返している。そしてそれはこれからも続ける。
どうせ俺は碌な死に方はしないと思っていた。
だからお前に俺を殺させてやる。
俺を殺すのはアイーシャ、おまえだけだ」
この男は何を言っているのか。
あそこまで言えば即刻処刑だと思っていたが、まさか。
呆れる一方で心の奥の隅に期待が篭る。
「その言葉、本当でございますか」
震える声でそう問えば、「ああ、お前の信仰する神に誓ってやる」
いつになるのかわからない。
でも必ずこの男を殺せる。
わたしだけが。
「では、私は陛下を殺す為にどんな事があっても生きます」
私の宣言にアウロスは少し目を見開いた。
そうすると眉間のシワが取れて年相応の若者の顔だった。
直視する事ができず、目をそらした私に声が降る。
「俺を殺すなら、とりあえず食事を取れ。」
握られている手を引っ張られ腕の中に閉じ込められる。
「なっ!離して!!やっぱり今殺すわ!」
「ははは、やっぱり細いな。それでは俺に傷1つ付けられないぞ」
バタバタと暴れるが、ちっとも効かないらしい。
暴れる度に汗なのか香油なのか。
嫌じゃないが落ち着かない匂いがする。
「久しぶりに笑ったな。」
そう言いながら私を見つめる目はとても優しく見えて、そう見えた自分を殴りたくなった。