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2、VSハヤトロギア

 クラン族。

 海に住まう、水生動物と人族(狭義)が融合したような姿の種族である彼らは、独特の海底都市を作っている。


 海底都市は泡がフラクタル構造を取っているようになっている。

 要するに、大きな泡にちょっと小さな泡がくっつき、その泡にもちょっと小さな泡がくっつき、それが何層も繰り返された構造をとっている。

 これは、彼らが空気呼吸ができる都市の中にあってなお、海の水を確保するためだ。


 クラン族は「クラン族」とひとくくりにされているが、内実は極めて多様な種族であり、クラーケンに似た種族、冥府魚に似た種族、はたまた頭から冥府魚の足が伸びている種族、下半身が冥府魚みたいになっている種族、下半身が魚な種族、頭が魚な種族――キリがない。多分、山岳地帯の少数種族群よりよっぽど少数種族が寄り集まっている。

 そして彼ら彼女らはそれぞれ海の水を必要とする時間が違う。一日の半分は海に浸かっていないといけない生命体、全て海に浸かっていないといけない生命体、一日一回入浴(?)すれば良い生命体、さまざまだ。

 だから、こうして、(どの家の者も簡単に、)海の水を水道のような形で引き込めるようにするための、泡のフラクタル構造である。

 家や地形をその構造に適合させる形で、クラン族の海底都市は成立している。


 その中の一つの巨大な建物には、海に存在する無数の海底都市の中の一つである、この海底都市の指導者達が集合している。

 定例の会議だ。


 なおクラン族には解放教が浸透しておらず、自然信仰が盛んである。

 そのために統一言語のようなものはない(一応共通語との共通点もそれなりにあるが)。

 大陸共通語は解放教が教典を使って統一したものだ。


「お前らたるんどるんじゃないがいね!?!? たった二百年魔族が攻めてこなかっただけで!!」


「そう言われてもだがや……二百年言うたら、どれだけ長生きのヤツでももう死んでるぎゃあ」


 さまざまな海洋生物をかたどるクラン族達二十人くらいが、ときに大声を使いながら会議を進める。

 今、彼らは、魔族に対する脅威をいまだ色濃く記憶している派閥と、そうでない派閥に分かれて議論している。

 魔族の脅威を忘れるな派:若者を勘弁してやれ派:あまり熱心に議論していない層で、大体3:2:3くらいだろうか。


「にしても弛みすぎじゃろうよぉ! 昨日の訓練の集まりの悪さは酷すぎたじゃ!! これでは先代議員に顔向けができん!」


「安心するぜよ!! なんだかんだで最近の若もんはやるやつじゃきに」


 この集団の中で一番権限を握っているのは(声がでかいだけかもしれないが)、冥府魚型の頭をした、筋骨隆々の男だ。

 その男、ガージャック議員が、ここではじめて口を開く。


「魔族と戦うことこそ我々海洋人族クラン族の誉れ! それができない若者は殺しておけ!!」


 誉れというか、そうしなければ皆殺しにされるというのを言い換えているだけなのだが、無論ガージャックもそれは承知である。


 議論は、盛り上がっている。

 もちろんいくら議会が盛り上がろうと終わればノーサイドだ。議論し、意見を戦わせることに意味がある。


 そんな中、ぷかり、と、一人の議員が水に浮かんだ。

 24時間海の水に浸かっていないといけない種族の者で、外から引いてきている水の球に浸かっていた。


「あ、おい、何お前寝とるんだべ」


 一人が発見し、その場にいた全員の視線が向く。

 ぷかり、女の肢体が水に浮く。

 珍しい若い女の議員だ。四肢の先と髪の毛の端っこがウミウシのようになっている。

 その女の議員が、まるで死んでいるみたいに、水に浮いている。


「はっはっは……ちょっと退屈すぎたか」


 ガージャックが、テンションを普段に戻して笑う。


「しょうがない。魔族の脅威もずいぶんと薄れた。調査をした限りでは、今の魔王は人族に関心がない。少しくらい弛んでも、仕方がない。なるべく、…………………………………………」


 話の途中で、男は、がたっと立ち上がった。


「どうしたんでがす?」


「水に触れるな」


「はぇ?」


「海に触れるな! 補給をするな。匂う。毒だ!!!」


 ぷかりと水球に浮いている女議員は、死んでいた。


 そこに、兵士の格好をした一人のクラン族が入ってくる。


「ガージャック議員!! 大変です!!」


「なんだ!?」


「都市が!! 都市が!!! 海に浸かっていた者が、皆、皆! 意識不明で!! 何がどうなっているのかさっぱり――!!」


「なんだそれは!? いや、説明は要らん。それはちょうど、この娘のような感じだろう?」


「っ!! ユレちゃん!? ユレちゃんまで、……はい、そうです……っ!」


 ガージャックは歯噛みをした。


「何が起きてる……? 何が始まる……? 自然現象か? 何かの意図が?」


 そこに乱入してきたのは、別の兵士だ。


「敵襲ッッッッ!!!!!! 敵は、魔族ッ!!! 千を超える船で、海の上をわたっています!!」


「はぁっ!? ……この毒は、魔族か……!!!」


 ガージャックは、魔族と直接戦争した経験こそないが、海底都市同士の模擬戦で、かなりの成績を収めている武官である。

 戦争となれば彼の独擅場だ。立ち上がり、指示を飛ばす。


「応戦せよ! 大陸に近づけるな。とりあえず私も出るッ」


「……どうやって」


「あ!?」


「海に出れません。どうやって、応戦するんですか!!」


「ぇ……ぁ……???」


 どうやっているのかわからないが、海の水は、現在毒である。

 この都市は海底都市。

 水上の船で進軍する魔族を、

 どうやって止めればいい……?


「ぁ…………」


「一応緊急脱出泡みたいなものは作れるじゃろう?」


「それは……海面に出る用だ。陸の者と連携し、船に上げてもらうためのな。海面に出た後、どうするんだ」


「……どうするんだべ」


「……」


 会議は沈黙した。

 この状況に対応できる策は、無い。

 だって、海を全て毒に変えるなんてこと、想定さえするはずがない。



 混乱するクラン族の頭上はるか上、海面を、魔王と、その部下と、大量の船が進んでいく。


「魔王様、すみません……面目ないっすー……」


「今後は気をつけなさい」


 船、船、船、船。

 地平線を巨大な木製の船が埋め尽くす。

 現在一応鉄製の船も魔族領域には存在するが、数多くは用意できないので、木製の船を基本に組織している。


 そして、その巨大な船にも負けないくらい巨大な体を持つのが、今魔王に謝った、魔王の部下だ。名前はイロ。

 上半身は普通の人族の女性と相違ないのだが、下半身がありとあらゆる海洋生物の触肢を集めたような並外れた巨体になっており、船か何かから生えた生命体のような体になっている。

 この場では魔王に次ぐ魔力量の水属性魔力も持っており、戦闘においては魔族領域で三~五番目くらいの実力者である。


「頭から抜けてたんです……毒撒いてるんだから自分が乗る船も要るって……」


 戦闘以外ではあまり頭は良くない。


 そのイロの体を、魔王は、ジャガーをお行儀悪く持つ時のように、襟の後ろを、買い物袋でも持つみたいに気軽に指先で引っ掛けるようにして持っている。


「貴方の体くらい大したものではないわ。私は魔王。魔族領域の全ては私のもの。自分のものを持てない王など、死ねばいい」


「か、かっこいい……!!」


「だからイロ、貴方が努力している通り、いつか私を殺しに来てね。殺しに来た貴方を返り討ちにすることで、私は王であり続ける。もっと強くなる。返り討ちにできなければ、死ぬ」


「頑張るっす!!」


 イロは魔王を殺そうと日々努力しているし、魔王本人もそのことを知っている。

 魔族内には魔王を崇拝している者も数多くいるし、それと同じくらい「あの強い魔王をいつか殺してみたい」と待望するものも存在する。そういう連中を全てまとめ上げるのが魔王である。


「頃合いね」


 魔王は闇属性魔法で作った領域の中から通信機を取り出した。


「全軍に告ぐ。海底都市を水没させて九割潰せ。軍隊の指揮はイロの直属の子に一任する。力なきものを皆殺しにせよ」


「「「「「「了解」」」」」」


 ぷち、っと通信機の電源を切る。

 同時に、


「ん?」


「魔王様、あれクラン族じゃないっすか?」


 なんらかの手段で毒を克服したのか、数人のクラン族が自分のところに海上を滑走して攻撃しに来ているのが見えた。


「魔王!!!! 貴様を殺す!!」


「貴方達の挑戦に敬意を表しましょう」


 魔王が魔力によって砲撃すると、クラン族は全員あっけなく死んだ。

 魔力に対する防御をしているようではあったが、魔王の火力には通用しなかったようだ。

 魔力量的にはまあまあ強かったのではないかとも思うが、魔王にはいまいち人族の魔力は区別がつかない。弱すぎて。


「雑っ魚! ビビりますね!!」


「挑んで敗北した敗者を愚弄するな」


「なるほど! なるほどですね!! 魔王様の次くらいに今の奴らもかっこいいっす!!!」


 クラン族の者ならわかっているはずだ。ここに来て王を取りに来たとしても、王こそが最強の戦力であり、この場に存在するすべての船よりなお強いのだから、勝てるはずがない。

 それでも来ざるを得なかった。仮にこの蹂躙を戦争と見立てるのなら、9999999999999999分の1の確率で魔王を殺す以外に、戦争に勝利する手段はないと判断したのだ。それを愚弄するつもりは魔王にはない。


 無論必要以上に敬意を表す必要はない。

 クラン族は弱かったから、そんな特攻まがいのことをするしかなかったのだ。


「――さて」


 ゴミは払った。

 魔王は遠い人族大陸を眺める。


「……エルフのお手並みを拝見しましょう」



 エルフの執務室の一室。

 大量の書類がいくつもの山を作って積み上げられている。


 現在ここは総司令室として機能しており、ウガラガルタがすべての準備を整え終わり、これから全軍に演説を行い開戦する運びになっている。


「ところで、首長おかあさま


 ウガラガルタと最も懇意にしている政務官オフィア、エメリルがウガラガルタに語りかける。


「実際のところ、エルフだけで大陸人族を殲滅することができるのですか?」


 ウガラガルタはそれを聞き溜息をついた。


「はぁぁ……エメリルゥ、お前なぁ、儂がエルフ全体集会でさんざん説明したじゃろうが……」


「私は首長に命じられた裏方仕事でその場にいなかったんですが」


「そっそそうじゃったな。いや、忘れてはおらんかったんじゃけどな? まあ改めて説明する前置きというかな?」


「はぁぁ……首長は忘れっぽいですねえ。認知症ですか。介護が不要である旨の公証書を偽造しておきますので」


「すまんかったよ……あと一応突っ込むがエルフに認知症などないし介護なんざいらんぞ」


「死の間際の一週間のことですよ」


「それはほんとにやめて……」


 ウガラガルタはんん、と喉を整えてから口を開いた。


「じゃあまずおさらいからじゃけど、“戦術個体”という概念は理解しておるな?」


「はい。政務官ですから」


 戦術個体。

 意味を説明すると、「戦場において一人で戦術的な価値を持つ、超強力な個人」のことだ。

 この世界には魔法があり、一騎当千が可能であることから、兵士の数とは別個の価値を持つ軍事的変数として取り扱われる。

 聖女ミシェルカ・レイルズビア、アンダーソン・フォニカ・ヴァインシュタイン、歌姫ウルミル等はここに数えられる。


 またその上の戦略個体という概念もある。

 戦略的価値を有する、超超超超強力な個人のこと。

 それについては今は省略する。


「じゃあ簡潔に行くぞ。確かにエルフの人口は二百人程度。大陸人族は五千万くらいと言われておるから桁がどんくらい違うのかって話よ。だが、戦術個体という枠で見ると話は変わってくる。大陸の戦術個体は、……えーっと教会と共和国が20くらい、王国や自由国が10以上20以下、小国が10以下くらいで合計100をちょい超えるくらいかの。クラン族が200は抱えておるがそちらは知っての通り魔族が受け持つ。


 ま、なかなかの数じゃ。結構怖いの。

 けれどそこでエルフの戦術個体数を数えてみればいい。

 エルフは皆長生きじゃからの、長く生きていれば当然戦う技術くらいは身につける。


 ――エルフが保有する戦術個体数は150。全世界に向けて喧嘩を売ってもおかしくもなんともない」


 エメリルは相槌を打つ。

 戦争に何が起きるかはわからないが、確かに数的には問題がない。

 戦術個体でない一般的な兵士が、戦場に影響力をもたらすのは難しい。練度と数が必要だ。


「本当はもうちょっとはやばかったはずじゃったんじゃ。近年滅びたミトン族が戦術個体を50程度保有してたからの。あの種族は弓兵としても厄介じゃ。あの種族の人員なら、今ここに王を殺しに来てもおかしくない。儂が一対一で負け、後を引き継いだ者の指揮能力が足りず敗北ということもありえるかもしれん」


「ご冗談を」


「いや、マジだって。戦争は何が起きるかわからんのじゃから。でも、もう滅びた。数も、今はこっちのが圧倒的に有利じゃ」


「なるほど」


「どちらかといえば問題は魔族。大陸人族を滅ぼした後、『じゃあ次お前な』と来られては困る。じゃが大丈夫なはずじゃ。魔族の人口は多分三億程度じゃったな。兵力は、1000万くらい? 保有する戦術個体は……まあ……わからんが1000は超えんじゃろう。そのくらいなら……やれる。やれるっていうか全面戦争してどっちかが死ぬまで馬鹿みたいにやりあうってんなら敗北確定じゃが、むろんやることは機動力作って各個撃破じゃ。それに、たとえ先制の一撃をやられてしまっても、魔族の中で内乱煽ってめちゃくちゃして、市民に溶け込んでゲリラでもしたれば和平交渉まで持って行けるじゃろう。実際にやったことはないが、勉強のために似たようなことならしたことがある。


 安心せい。儂はどんな事態にも優雅かつ冷静に対応できる」


 ウガラガルタは貴族っぽい優雅な所作でお茶を飲んだ。


 そこに、伝令の政務官が扉を開けて入ってきた。


「伝令!」


「聞こう」


「魔族の軍が海を包囲しました! その数、概算ですが、三百万!!」


「ぶ――」


 茶でむせて、ウガラガルタは混乱した。


「ぐっげほっ、あうが!? 今なんて言うたんじゃ!?」


「魔族三百万を載せた一万の船です!」


「様子見言うてたじゃん! 足止めだけしとくよ~って言ったじゃん!! なんで!? いやまあクラン族の兵数って200万くらいじゃし、生半可なもん出したら負けるのも確かじゃが!! ある程度全力出したのかのう」


「クラン族は全員毒で無力化されているそうです」


「は? ……は? ……何それ。話が!! 違うぞ!! エメリル!! 攻めるための人数じゃないのか? ……じゃとしたら、三百万でガチで様子見!? あぅ、が、それ、……示威行為でもしてるつもりか!? あの魔王……そんな性格じゃ……まさか……」


「魔族の人口が三億という想定が間違っていたのでは?」 エメリルがウガラガルタにツッコミを入れた。


「ありえん! って! 気候やら種族特徴やら各地の食糧生産から推定したじゃろうが!」


「しかし、現実はそれと違っています」


「お前が提出したデータと推定なんじゃが!?」


「それを判断するのは首長です」


「何逃げとるんじゃ!! 政治家かお前は!!」


 そして、口ではふざけながらも、思考をしてゾクッと来た。

 いつからだ。

 魔族の魔力学で、毒を作り出しクラン族を容易く完全制圧できるようになったのは。

 それは要するに、この大陸に籠城していたつもりが、籠城にもなんにもなってなかったということだ。


 はぁ、はぁ、はぁ、とウガラガルタは荒い息をついた。

 少しパニックになってしまった自分を自覚し、落ち着ける。


「ある程度……わかってたことじゃ。魔族が強大なことなんて。なんせこの世界に三つ存在する居住可能大陸のうちの二つが今魔族の手にあるんじゃからな」


 また、その二つの大陸は、ともに現在の人族大陸よりはるかに大きい。


「今更。全ては今更じゃ。どのみち大陸の人族は我々が調停者が出ない程度に滅ぼす。仮に魔族が強大だって、やることに変わりはない……変わりは、ないッ」


「その通りです、首長おかあさま


「お前は少しは悪いって思ってる素振りを見せんか?」


 本当に倒すべき敵は自分自身という言説は嘘だ。

 いっそ恥ずかしいレベルの嘘。

 自分を殺すことなんて簡単だ。そんなもの、何の価値にもなりはしない。


「戦うぞ。儂は戦う。最初から。戦いが始まるより先の前から。愛するエルフ達の流す血を――、一滴でも少なくするために」


 力強い声で呟いてから、通信機を取る。


 敵はいつだって眼前に存在する。

 敵と向かい合い敵を分析することから逃げて自分自身が敵という恥ずかしい言説に縋ることを恥じろ。

 敵と向かい合い敵を分析しその敵をまさに殺すんだ。

 敵が弱者なら全力で。敵が強者なら考えられる限りありとあらゆる手段を使って。

 ありとあらゆる選択肢を選び。

 戦え。

 戦う。


「繋げ、オフィア・エメリル。開戦の演説を行う」


「はい」


 エルフにだって通信機はある。

 魔族のものに比べ科学力でも劣るし数でも劣るが、この通信機が確かにあるんだ。


「聞こえるか。儂じゃ。ウガラガルタじゃ。この通信はエルフ全員が聞いていることになっているはず。相違ないな。聞けなかった者には後で内容を聞かせろ」



 ミズリは最初の作戦を一緒に実行する傍らのタルトと一つの通信機を聞いている。



 カリャンセはエルフの工房で、大量の武器を転がして、別のエルフズスミスと共に二人で一つの通信機を聞いている。



「あーそれでだな。知ってる者もおるかもしれんが、現在魔族の海への展開が済んだそうじゃ。詳しくは言わんがかなりの数っぽい。正直儂の想像を超えておる。いや面目ない。もう少しこちらにも分があると思っていたが、なかなかのもんじゃ。魔王というのもなかなかやるものじゃ。そう思わないか。正直魔族とやりあうのはキツイかもしれん。――だが。だが。そうであるから、そうであるからこそ……」



 ラーザインはエルフの領域で、同じ補助魔法使いと共に、作戦の遠隔補助のため待機しながら、一つの通信機を聞いている。



 全てのエルフが、一つの通信機から、ウガラガルタの声を聞いている。

 人族世界を滅ぼす、その声を。

 たった約二百人で、大陸全てを飲み込もうとしているその声を。



「魔族に大陸攻めを許してはならん。聞こえるか。大陸攻めを許してはならん。魔族やつらにつけ入る隙を与えるな。最早勝利ではなく戦後処理を考える必要がある時期じゃ。なにせもう戦争は始まろうとしている。我々の勝ちが確定した勝利が!


 だからこそ!! 魔族に大陸の権益を侵させることだけはあってはならん!! なぜならっ、自分たちが陸での戦争に絡めば、奴らは租界を大陸に作ろうとするだろう!! 奴らの価値観は絶対的な力至上主義であり、魔王リュチエグリアはこの三ヶ月話したぶんには政治家としても一流じゃ!! なる! 絶対になる! そうすれば、我々はいつでもこの首筋に奴らのナイフが突きつけられた状況になるッ」


 その駐屯地で魔王がお茶を飲んでいるだけで、エルフ達は死んだも同然だ。

 そんなことはあってはならない。


「勝利ではなく戦後処理を考えろ、我々が、我々だけで、大陸人族を皆殺しにするんじゃ!! されど恐れるな同胞よ。我々は人族から生まれた幻想種、人族の理想と願いと想いの果て!! 負けるはずがない!! 幻想は現実をかならず食い殺す! 理想は現存在を必ず喰らい尽くす!!」


 ウガラガルタは、ぶち破りそうな強さで強く机を叩いた。


「聞こえるか! か弱い人族達の羽音が! 魔族達の渦巻く魔力の疼きが!


 ならば聞かせてやれ! 一人残らず! 鼓膜をぶち破り、脳髄を破壊するほど!!


 未だハヤトロジーにしがみつく人族達に! 今はまだ我らよりはるか強力な魔族達に!


 エルフのっっ、


 ――存在の唄を!!!!!」



 開戦した。

 人族大陸上の全国家に対し宣戦布告なしで先制攻撃を行う。

 最初の一週間でどこまで兵力を破壊できるかが問題である。

 特に兵力を持つ共和国と王国には、それぞれとびきりの強さのエルフを派遣してある。具体的には、共和国にはエルフ最強のヘルヴェスティル・エルフズウィザードを、王国には集団戦闘においてはヘルヴェスティルにも負けないグリムヴェール・エルフズウィザードを充てがった。問題はないはずだ。


「んがあああああああああああああ!! クソ忙しい!!!! 死ぬぞこんなん!!!」


 開戦から二週間ほどが経つ執務室に、何人もの政務官が慌ただしく出入りしてくる。ウガラガルタは彼女らが持ってくる情報の対処と判断に追われる。

 一人で総司令をやるのに無理があったのかもしれないが、もとより人員不足なので他にいない。


「ウィザード・ヘルヴェスティルから通信! 共和国攻めは順調とのことです」


「もとより心配はしていないと返答しておけ。あいつが敗北するはずがない。ヴェスタは無敵じゃ!」


 共和国、順調。王国、順調。自由国順調公国順調、他小国は既にほぼ潰している。

 問題はない。このまま最後まで走りきれれば。


 そして……いつか動き出す怪物共を、抑えきることができれば!!


「ジョーカー・ルートルートシーダから通信!」


「なんじゃ? あいつが……珍しい。悪報じゃなかろうな!? 疾く聞かせろ!!」


「戦闘で疲れてえっちなことがしたいからエルフを一人よこせと」


「死ねと返答しておけ!!」



 なお、教会は既に抑えてある。

 以下のやりとりがあった。



 ウガラガルタはエルフの首長の証である杖を持ちながら教会の一室に来た。

 内密の話なので贅沢な部屋とはとても言えないが、ウガラガルタにはそんなことには興味はない。


 杖を持ってはいるが、ウガラガルタの足腰は未だ強靭である。というか加齢で歩けなくなるエルフなど存在しない(死の間際を除く)。

 杖は少し小さくて、ウガラガルタはそれを地面につけることなどなく、自分の手足のようにして操る。

 それはまるで、エルフを動かす指揮棒タクトのようだった。


 しばらく待つと、今回の内密の会談の相手方が現れた。

 聖女マリルビッタ。教会の懐刀という認識がされている、教会の実質的なナンバースリーだ。

 そして、一緒に来たのはいかつい僧兵ではなく、双子の小さな女の子。


(……護衛は“双子の聖女“か……多分スケジュールが合っただけなんだろうとは思うが、贅沢な護衛じゃな)


「お姉ちゃん、こんにちは。“双子の聖女”、姉のザーリャだよ」

「お婆ちゃん、こんにちは。“双子の聖女”、妹のナーリャです」


「はい、こんにちはじゃ。……マリルビッタ。これは示威行為と見て間違いないか?」


「とんでもない。聖女を三人出すのは僕達なりの礼儀だよ。なにせこんな貧相な部屋だから」


「そうか。それでは儂らなりの礼儀でこれに答えよう。……ザーリャといったかの? 少しこちらに来てみんか? いいものをやろう」


 ザーリャは何も警戒せずウガラガルタの近くに寄った。

 ウガラガルタは大した魔力量だと感心する。やりあって、負けるかもしれない。


 そのザーリャの鎖骨のあたりに、ウガラガルタは爪でぴっとひっかき傷を作った。

 「二人の区別がつくように」。


 ザーリャは「?」といった顔つきのままだったが、妹のナーリャの顔色がさっと変わった。


「『これでこの場には二人で一つの戦略個体がいなくなり』、『戦術個体が二人になる』。お姉ちゃんと呼ばれるのは嬉しいが、生憎もうそんな歳でもない。儂の呼び名が違うのもトリックの一環じゃろう?」


「……参ったな。まあ、分かる人には分かっても仕方ないかもしれないけどね」


(素直に認めたな。素直すぎる。ということは、まだ儂の知らんギミックがあるのか。ナーリャが慌てているのは腹芸……こっちはなかなか演技が上手い。ミズリの指摘どおり妹の虚属性魔法で偽装できると考えるほうが無難かの)


 二人は二人にしかわからないやりとりを行ってから、簡単な会談を始めた。


「率直に言おう。教会はある存在に乗っ取られておる。儂はそれについての資料をさる筋から手に入れた。この会談は、人族の六大種族のうち一種族の盟主として、教会組織の再稼働を強く要求するためのものである」


「……!」


 いろいろと伏せている情報はあるが、これだけ情報を与えれば充分だろう。

 そして、この情報をマリルビッタに与えたことが、彼女らを抑える一手になる。


「内部でも気づいていた者はいたんだけどね。基本は黙殺されていた。僕たちは軽々に動ける立場じゃないし。……そうか、外の者からも、指摘が来るようになったか……」


 教会組織のトップは聖女十人と司教九人と、大司教一人からなる。

 この二十人がフレキシブルな幹部組織を形成する。メンバーによって誰が首相(的な存在)をやるか、誰がどういった役割の大臣(的な存在)をやるかを彼らが決める。半大統領制をもっともっともっともっと柔軟にしたような組織形態だ。


 現在の彼らトップの中のトップは聖女ミシェルカと大司教プリトール。

 この二人は理想主義と現実主義で反目し合いながらも内面ではお互いに認めてあっている(とウガラガルタは見ている)。

 そしてそこにおいてのマリルビッタの立ち位置は教会のナンバースリーといったところだ。

 ミシェルカと仲が良い反面、プリトールとマリルビッタは犬猿の仲。

 マリルビッタだけにこの情報を渡し、動かすことに意味がある。

 そう、教会の硬直を狙える。


 ウガラガルタの見立てでは、この状況下では必ずミシェルカとプリトールはぶつかりあう。

 解放教会の組織は、歴史が長いにも関わらず腐敗しているということがまったくない素晴らしい組織だ。

 常に存在する人族の大敵の銃口が腐敗を許さなかったのだろう。

 しかし、足取り軽い組織というわけではない。

 こうやって弱点をつけば、最高で数ヶ月の時間稼ぎが狙えるはず。


(くくかかか、数ヶ月あれば、大陸は焼け野原じゃ!! バカが!!)


 マリルビッタは受け取った資料を見て、真剣な顔を作った。


「わかった。本格的に動いてみようと思う。……ちなみに、そちらの要求とかが何かあるということはないのかい?」


「……ふむ。あるといえばある。これから我々がやることの邪魔をしないで欲しいんじゃ」


「『やること』……?」


「詳細は言えん。じゃが、魔族との戦いに関係がある。ひいては、――世界に」


「……なるほど。わかったよ。僕達にできることならなんでも言って欲しい」


(ぷっ(笑) こいつバカじゃな(笑) 所詮政治家の真似事をしても、教会も、聖女も、人族世界の体のいい娼婦にすぎんか)「……その言葉、ありがたく頂戴しよう、マリルビッタ。じゃが、儂としては教会のいち早い是正をお願いする。教会抜きでは魔族を抑えることはできんでな」



 ウガラガルタの予想通り、今日に至るまで教会は一切動きを見せていない。

 マリルビッタが頑張ってでもいるのだろう。彼女は教会の中で人族が滅びるように懸命に頑張っているのだ。ウガラガルタは内心で笑いながらそう思った。


(それに、こちらに大義がないわけでもないのでな。世界にってのも嘘じゃないし)


 「一連の問題の黒幕を放置しておけば世界が滅びるかそれに準ずる事態が起きる」。


 そのことを改めて噛み締めて、ウガラガルタは意識を書類に戻し無数の選択肢を選択する作業に戻った。


(ヴェスタは何をやっておるかのう。彼女の声が聞きたい)



 たった今ヴェスタと呼ばれていた、エルフの領域の最高戦力ヘルヴェスティル・エルフズウィザードは、北国の共和国の街並みを、布の買い物袋をぶら下げて歩いている。

 戦略個体の一人にも数えられる、文句なしに大陸最強の一人だ。

 それでも魔族大陸では十番以下に過ぎないわけであるが……人族大陸には数人しか敵がいない。


 ふわふわとしたウェーブの金色の髪、暗い赤色の瞳。貴族が着るようなドレス(全体的に明度が低い)に身を包み、黒いヴェールを頭にかぶっている。

 魔法属性は雷属性と風属性の二重属性であり、金糸の色の魔力を纏っている。

 彼女の二つ名は“狂乱のエルフ”。二度の聖戦において戦場を駆け巡った。


 ヘルヴェスティルの買い物袋には、彼女が買ってきた食料が入っている。

 今日の夕食用だ。

 唐突に始まったエルフとの戦争のために食料は高騰しているが、お金はたくさんあるのでヘルヴェスティルは特に困っていない。


「きゃっ……?」


 どん、と、ヘルヴェスティルは町を走る子供とぶつかった。

 ヘルヴェスティルはその手を反射的に掴む。

 子供は転ばないで済んだようだ。


「ごめんなさいっ!」


「? はい。こっちもごめんなさいね」


 二人が謝り合う。

 ただ、ヘルヴェスティルは手を離さない。

 子供は手を掴まれたまま硬直している。

 そして、手をぐいぐい引っ張って、振りほどこうとした。


「あの、お姉さん、離してもらえませんか?」


「離したら逃げちゃうでしょう?」


 ぐい、と手を引っ張って、その中を開く。

 ヘルヴェスティルの財布があった。


 薄汚い格好の子供である。貧民街の子だろう。盗みをしなくては生きていけないわけだ。


「……ご、ごめんなさい」


 子供は震えだした。警察に突き出されると怯えているのだろう。

 共和国の警察機関は強力で、犯罪者(主に政府に楯突く者)をめちゃくちゃに拷問するともっぱらの噂だ。

 なおその警察機関と魔力だけで十年間戦い抜いたのが“戦争を止める戦争”なのだが、それは今は省略する。


 しかし、ヘルヴェスティルは子供の頭を優しく撫でた。

 そして、手を握り、高めの硬貨を二枚握らせる。


「あまり沢山は渡せないけれど、これでいい?」


「へ……?」


 ヘルヴェスティルに、ストリートチルドレンを痛めつける趣味はない。

 きっとこの子供にも養わなければいけない妹や姉や弟や兄がいるのだ。


「あ、ありがとう、ありがとう……?」


「うん。いいよ。美味しいものでも食べるんだよ」


 もう一度頭を撫でた。


「そして、勉強するの」


「勉強……?」


 ヘルヴェスティルは目を閉じてある話を思い出した。



 よく物語等で、自分の楽しみを我慢して単純労働で金を稼ぎ、弟か妹に教育を与える姉と兄がいる。

 彼らの行いは悲劇とされ、美談として嘲笑や同情の種になる。

 ただそれは、果たして悲劇であるのか。


 この世界において近年生まれた資源けいざい学という学問がある。

 その学問では、交易の重要性が以下の通りに描写される。


 一日でぬいぐるみを十個、あるいは刺繍を五個作れるAという者がいると仮定しよう。

 また、一日で刺繍を十個、あるいはぬいぐるみを五個作れるBはその友達である。


 彼らは五日で、ぬいぐるみと刺繍を作る。二人ともぬいぐるみと刺繍が好きで、眺めると楽しむことができる。


 AとBが一人ずつでぬいぐるみと刺繍を作るとすればどうなるか。

 ぬいぐるみばかりを作っても仕方がない。Aは二日ぬいぐるみを作り、刺繍を三日作るとする。彼女が手にするぬいぐるみは二十になり、刺繍は十五。彼女は三十五の手芸品に囲まれて、まあまあ幸せそうである。

 Bも似たような結果になる。


 では、交易によってお互いが制作品を交換するとすればどうか。

 二人の手元には五十のぬいぐるみと五十の刺繍が発生する。二人はそれを分け合って、二人共が合計五十の手芸品に囲まれる。

 これが交易による全体の幸福の向上である。


 むろん、これは少しばかり簡単すぎる例だ。

 では、……片方が片方に比べて総合的に圧倒的に劣っている際はどうか。

 CとDを仮定しよう。

 Cは一日でぬいぐるみを十個、刺繍を五個作れる。Aと同等の存在だ。

 Dは一日で刺繍を四個、ぬいぐるみを二個作れる。まだ手芸は初心者である。


 CとDが一人でぬいぐるみと刺繍を五日間作るとすればどうか。

 CはAと変わらないので省略する。合計三十五の手芸品に囲まれる。

 Dはぬいぐるみが八個、刺繍が六個。少しばかり悲しい結果だ。十四個しか手芸品が存在しない。


 けれど、この場合においても交易することでこの場の幸福の総合量は上がる。

 Cがぬいぐるみを五十個、Dが刺繍を二十個作ると存在する手芸品の総量は四十九個から七十個になる。Cにとってのメリットは少し薄いが、それでもはじめの量から下がることはない。今後Dが成長することも考えれば、悪くない投資といえる。


「これと全く同じことが……貧乏な姉妹で、勉学に励む妹と、単純労働で稼ぐ姉にも言えるのではないかと儂は思うんじゃ」


 彼女らは資源けいざい学的に合理的な個人である。お互いがお互いの長所を使い、伸ばそうと努力し、最適な戦略を取り、世界と戦っている。それのどこが美談であるか。それのどこが悲劇であるか。


 故に養われる側の妹が悲嘆する必要はないし、楽しみがない姉が悲嘆する必要はない。

 彼女たち二人は二人手を取って世界と戦うための最適な戦略を取り、最大の利益を取ろうとしている。

 目の前のやることをしっかりとこなし、利益をさらに底上げすることを狙う以外に必要なことはない。


 そして、こうも考える。

 その集団に対して最大の利益をもたらす以上の、

 「愛」があるだろうか。


 愛想笑い、冗談、笑う、挨拶、優しい言葉、全て飾りだ。

 全てのやり取りは嘘であり、行動によってこそ愛は証明される。


 二人が二人のために最大の利益を世界と戦い獲得する。

 この世界にそれ以上に深い愛はない。



 ……と、いうような、ウガラガルタとかつて話したことを伝えて、「だから勉強しなさい、それか誰かを養って勉強して定職についてもらいなさい」的なことを言おうとしたのだが、


「あれ?」


 ヘルヴェスティルが目を閉じている間に、スリの子供はどこかに消えていた。


(……当たり前か)


 話している相手が目を閉じて十分程度考え事を始めたら、誰でも「話は終わったのかな?」と逃げるだろう。

 ヘルヴェスティルは、以上の概念を理解はしているものの、さっと人に説明するような言葉の持ち合わせがなかった。

 だからそうなった。


 ただ、彼女はあまり気にせずまた歩き始めた。


 もし本当に言葉が必要な時は、ウガラガルタに頼めばいい。

 政治をまつるのはウガラガルタの仕事であり、自分の仕事は戦って彼女に死体をまつることだ。


 ヘルヴェスティルは雷属性の魔力を駆って今日は十万人殺した。



 ヘルヴェスティルが共和国内のある邸宅に帰宅すると、一緒に暮らしている少年が、出かけた時と同じ状態のままで椅子に座っている。

 彼はヘルヴェスティルが監禁しており、椅子に縛り付けられている。三時(六時間)ほど出ていたので、当然というかなんというか、失禁している。


「あらあら……待っててね。今着替えを持ってくるから。そうしたら拘束も解いてあげるからね」


「ぐーっ!! んむーっっっ!!」


 ヘルヴェスティルがとりあえず口枷だけ解くと(口枷は魔法対策である。ヘルヴェスティルのいないうちに魔法でなにか悪さをされてはたまらないので)、ぷぁっと息をついてヨダレをだらだら垂らし、少年は口を開いた。


「この悪魔め!! お前は絶対にぼくが許さないからな!! ぼくを誰だと思ってるんだ!!」


 彼はこの共和国首相の息子、シューである。本名は長いので省略する。

 ここも彼が住んでいた邸宅だ。お手伝いや護衛は皆、死体にして首にしているが。


「さあ、わからないよ。でも、今の私にはただおもらししてる男の子に見える。まずは着替えない? ね?」


「くっ……エルフ! 許さないぞ! 今にじいややお父様が、ぼくを助けに来てくれる!! 我々共和国人は、最後の一人まで絶対にエルフなんかに屈しはしない!!」


 両方とも早々に死んでいるが、


「そうね。きっと、そうなるわ」


 ヘルヴェスティルは話を合わせて頭を撫でた。


「や、やめろ!」



 シューは外の状況を何も知らない。

 既に共和国の人口が数割電撃で焼け焦げてなくなっていることも、彼は知らない。

 ずっとヘルヴェスティルがここに監禁しているためだ。


 なぜ監禁しているかと言えば、利用するためである。

 共和国人は多いし、戦争慣れもしている。

 ただ殺すだけでは、かなりやりづらい。

 そこで、ある程度殺したところで、彼に敗残者の頭目をやってもらうのである。解放戦線の臨時首相といったところか。彼を中心に共和国の残存戦力は一つにまとまる。一つにまとまって、エルフの侵略を退けようとするだろう。それを皆殺しにすれば、大体終わりである。


「お父様が、きっとお前をぶっ飛ばす! お父様はこの国の英雄だし、側近のヴィルミナだって凄いんだぞ!! ぼくだって黙って監禁されてると思うな? ぼくは『共和国民間防衛』をちゃんと暗記してるんだからな!? 数百歳の奇形耳ババア! ぼくに精々寝首をかかれないよう注意しろ!」


 彼が知らないのは外の状況だけではない。

 この国の状況と、自分の境遇も、彼は知らない。


 彼は首相派が首相の死後傀儡にするために育てた人形である。

 首相本人も納得済みである。父親からも捨てられているのだ。

 幼い頃からそうなるために育てられていたらしく、本人に政治を執り行う能力は一切ないにも関わらず、首相になることが事実上決まっている。

 それで得する人間がいるのだ。


 また、この共和国は共和国という名がついており民主主義の体裁を取っているが実質独裁国家である。


 王国や帝国では貴族という独立した政治基盤が存在し、王や皇帝に対し明確に反抗する。

 しかし、中央集権方式の民主主義においては独立した政治基盤は存在しない。

 圧倒的な人気によって国民さえ騙せればもうストッパーは無い。選挙制度や政治制度で小細工しようが本質的に無駄である。

 故に、民主主義は最も独裁国家を生みやすい。


 この国は何度も独裁者を生んで、「全国家完全国家化法」などと呼ばれる法律によって軍国主義を爆走し、何度も何度も周囲の国々に戦争を吹っかけている。

 彼の父親もこの国が生んだ独裁者の一人だ。

 その取り巻きは、利益を吸い取るこの国のダニ。

 でも、彼は何も知らない。

 父親は五十年来の賠償金に苦しむこの国に現れたヒーローだと思っている。


「まあ怖い。それで、……今日は何が食べたい? 肉団子のクリームシチューか、クロケットにしようと思ってるの」


「……クリームシチュー」


 間髪入れずにシューは片方を選んだ。

 今の今まで相手を罵っていたことなど忘れたかのようだ。

 ヘルヴェスティルの料理はかなり美味いし、食事を管理されている関係上、従う他に生きるすべはない。


 それを聞いて、ヘルヴェスティルはシューを抱きしめた。


「偉い。偉いよ、シュー。とびきりのを作ってあげるよ。よしよし。偉い偉い。すごく偉いわ」


「んむっ! やめ、ひゃめろ!! 苦しい! 別におまえが言うように照れ隠しとかじゃなくてまじで苦しいんだって!!」


 ヘルヴェスティルは頭を優しく撫でながら、褒め言葉をたくさん繋げて褒めた。


「偉いわ。凄い。もう凄い。シューは凄いよ。英雄だよ。英雄っていうのは物事を選んでいく人がなれるものだから。シューは晩御飯の英雄。最初はくだらないことだっていい。一つ一つを大切に選んでいくの。一つ一つから決して逃げないで選んで選んで選び続けて、選ぶことに慣れたら、貴方は素敵な男の子だから、きっと、世界だって選べるようになるわ。まあその何、えーっとお父様みたいにね」


 美人で胸の大きいエルフのお姉さんの褒め言葉に、しかしシューは表情をかげらせた。


「……じいやが言っていた。物事を選ぶのは悪魔の御業。選択するのは悪魔だけだ。お前は悪魔になってはならない、お前は周りの言うことをよく聞いて動きなさい。決して周りの人間の言うことに逆らってはいけない。そして、お前のその次は、お前と同じように、周りの言うことをよく聞く人間を取り立てなさい。そうして共和国が上手くまわる。そうやって共和国は永遠に栄え続――んむっ、うぐっ! むえ! ひゅふひいははひて!!」


 ヘルヴェスティルはより強くシューを抱きしめる。

 その言葉を、全てぶち壊せるように。

 多少強く抱きしめているが、豊満な胸がクッションになって圧死はしないだろう。


「でも、貴方は選ぶ必要があるわ。なぜなら、首相をやめた後があるからね。首相をやめた後はどうするの?」


「え?」


「だから……『その後』。貴方一人になっちゃうよ?」


 耳元の甘い声の囁きに、シューは一瞬目を見開いた。


「え……それ、は……………………たしかにそうだ。選ぶ力がないと……たしかに老後が大変だ。現にぼくは今の生活になって着る洋服を自分で選ぶようになってすっごく困ったし……あれ。なんでじいやはそのことを黙っていたんだろう。後から教えてくれるつもりだったのかな」


「うん。だから、選べるようにもしておくのよ。今のうちから、今のうちから」


「……い、いや! 騙されないぞ! じいやは多分、年金と女中をちゃんと手配しているはずだ! ……きっと。きっとだ。悪魔め、ぼくを口車に乗せようったって無くるしい」


 理屈と抱擁で押し流して納得させ、彼に選択する力を与えていく。

 少しずつ、少しずつ。

 選ぶ対象は簡単でいい。今日の夜ご飯、明日の夜ご飯、……そしていつか、三十年後の朝ご飯――自らの生き方を決定する力を。


 ……でも、苦し紛れの罵倒だろうが、悪魔というのは言い得て妙だ。

 エルフの計画通り彼を使えば、彼は人族種の敵になる。彼はもう人族世界で生きてはいけないだろう。

 だから、


(ことが全て済んだら、エルフの領域に持ち帰って、私が……寿命まで世話しよう)


 ヘルヴェスティルはそう決めていた。

 人族の寿命は七十年。エルフの寿命で考えればそこまで長くはない。喩えは悪いが竜を飼うようなものだ。

 ヘルヴェスティルはこの若い人形のような首相候補のことを、どこまでも世話していきたくなった。


 少年の頭を撫でる。

 抱きしめているヘルヴェスティルの背中に、小さな手がそっとまわった。

 そろそろ陥落しそうだと思った。


 まあ、それはそれとして、共和国人を一日ごとに数十万人殺す作業は続けるし、彼を人民政府の首魁に据える作業も行うのだが。



 戦争は続く。共和国に関してはもう問題はない。

 王国に関しても、グリムヴェールが地属性魔法で作った泥人形が侵略を続けており、順調に王国人は皆死んでいる。


「書類は落ち着いてきたが、……まだまだキツイ。儂の思考の体力も尽きてきた。メイデン・イルヴェレット。儂と政務官オフィア達に茶を淹れてくれんか?」


 メイデンとは家事に特化したエルフを表す姓である。

 エルフの領域には現在三人程度いる。

 外交のための道具や、子育ての乳母、あるいはこういった時の侍従としての役割が強い役職だ。

 これまでは三人中二人が外に出払っていたが、全員呼び戻している。

 イルヴェレットはどんなに安物の茶葉でも雑味が一切ない綺麗な味で茶を淹れることができる。


「畏まりました」


 挨拶をして台所に消えるイルヴェレットを見て、ウガラガルタは脳をまた使う。


「解せん。……“六の星”は何をしている? ここまでずっと沈黙しっぱなし……ありえることではない。職務放棄じゃ」


「何か裏でしているのでは? このやり取り何回目?」


「ではエメリル、裏で何をするんじゃ? あれにできるのは戦闘じゃ。それも、戦争でぎゃんぎゃんぶっ殺してこその戦力。裏で……あれを裏にして何をする?」


「それは知りません。このやり取り何回目?」


「じゃよな」


 あと、開戦から一ヶ月が過ぎ、教会が動き出した。

 上からの全面的な指示があるわけではなく、まだ一部に過ぎないようだが、現場で使える特殊要項を使って、各地で反攻作戦を開始している。正直趨勢は決まっており、彼ら雑多な戦力に、しかも統率さえしっかりしていない状態で、何かされることもないが、対応を間違えればこちらの戦力は削られる。頭が痛い問題だった。


 そこに、伝令の政務官が走って入ってくる。


「王国の戦線に少しまずい事態が発生したみたい!」


「なんじゃ!? 言え!?」


「戦術個体“戦争を止める戦争”が、暴れてる!」


「あん? なんじゃそりゃ? 聞いたこと無いぞ。本名ではあるまい、二つ名じゃよな? よくわから……いやどっかで聞いた覚えがあるな。不可侵者とかいうカテゴリに属してたような……。……? なんじゃ? 中堅どころの戦術個体って。そんな物わざわざ持ってこず適当に処理しておけ!」


「それが、彼女は“劇場型”を発症してて!」


「……何?」


 ウガラガルタは片目の下瞼をぎゅっと持ち上げた。


 “劇場型”。

 この世界には大量の魔力を得る手段が三つある。

 魔力の力は想いの力。想いによって、魔力は膨れ上がる。


 一つは“魔力型人格障害”。あるいは“魔力性人格障害”ともいわれる。いわゆる「脳が焼ける」現象である。

 もう一つは“星化スターライゼーション”。少し手間がかかるものの、執り行なえば魔王級の膨大な魔力を手にすることができる。まあその魔力をどう利用するかと言えばほとんど無理なので、あまり研究は進んでいないが。


 そして、最後の一つが、今取り沙汰されている“劇場型”である。

 魔力の力は想いの力。

 長年待ち望んでいた状況に接すると――例えば誰かの仇を討とうと何十年も努力していた者が実際に仇と相対するとか、例えば長年魔族と戦うことを夢見て修行してきた少年が実際に魔族との戦争に放り込まれるとかすると――その個人の魔力は膨れ上がる。


 “戦争を止める戦争”……二つ名だろうが、この二つ名が発生するような個体が、本当に戦争に巡り合ってしまったとなれば、それなりに本格的な劇場型になるだろう。


「まずいな……戦術個体の劇場型か。準戦略個体くらいはあるか?」


弓兵フィーラーの観測によれば、そうです。強大な火属性魔力を背景に、エルフと人族の戦いに割って入り、双方を砲撃しまくってぐちゃぐちゃにしているみたい。今は一人で草原を放浪していますケド」


「……参ったな。今ちょっと誰も動かせん。ああわかった、状況的にそれで儂に話が来たわけじゃな。どの辺りじゃ?」


 ウガラガルタは地図を見て、政務官が指さした場所に自分も手をかざした。


「あの辺りか。――“天候、毒の雨”。よし、これで大丈夫なはずじゃ。時間をおいてからまた観測しろ」


「はい」


 一仕事終えてウガラガルタは少し息をついた。


 ウガラガルタは魔法使いとしては天属性という特殊属性と風属性の二重属性である。

 天属性は天候を操る魔法属性。風属性と火属性が融合した特殊属性だ(と研究機関ではいわれている)。


 毒の雨はそれなりに魔力消費量の多い魔法である。ウガラガルタが戦うわけにはいかない現状で、少しよろしくない。

 しかし、一息つくことしか許さず、別の政務官がまた部屋に入ってくる。


「ジョーカー・ルートルートシーダから通信です!」


「またか! もうめんどいわ! 内容は?」


「共和国、“雪降らし”の殺害に失敗したそうです!」


「はぁっ!?!? 嘘じゃろ!? いやありえんことではない。もともと力の規模はルートルートシーダ側が一歩劣るわけじゃからな。まずい早急に対策を取らねば、ヴェスタと“雪降らし”は強さは同格じゃが相性が悪い。理由はなんじゃ?」


「『同性愛者同士気が合った』とのことです。『私に私が好き勝手できる配偶者を今すぐ与えないとこのままにして帰る』とも」


「死ね!! というか儂が殺す! 舐めてるとまじで儂が好き勝手に殺すと連絡しておけ!!!」


 ウガラガルタはぷんすこ怒りながら着席する。

 ややあってから、“戦争を止める戦争”が全身ぐちゃぐちゃに腫れ上がって死亡したという伝令が来た。


 ――そして。

 大陸最後の戦略個体が動き出す。


「ウィザード・グリムヴェールからの報告です!」


「あいつがか? なら聞こう。なんじゃ!?」



「“六の星”が、王国を出立し、まっすぐにエルフの領域に向けて北上しています! 

 妨害はしているとのことですが、グリムヴェールでは止められないとのこと! 対応を!!」



 ウガラガルタは獰猛に笑った。


「ク、ククク! ついに来たか! 少し遅い、少し遅いが、……問題はない。最低限で最高に迎え撃つぞ!!」



 エルフの領域は大陸の北にある。

 共和国は北西で、エルフの領域がある森と共和国で、魔族領域である西大陸との橋をきっちりと包囲している。

 王国は大陸の中心だ。


 その王国の最強戦力“六の星”は、まっすぐエルフの領域に向けてたった一人で進軍していた。

 今はちょうど、王国とエルフの領域を点で結んで2で割ったような位置にいる。

 男としても異常なほどに背の高い女で、全身を美しい金髪と銀色の甲冑で固め、巨大な大剣を持っている。


 戦略個体とは、戦略的価値を持つ個人のことであり、普通にやれば戦術個体が何十人束になっても敵わず、たった一人いれば国を何個も滅ぼせるような存在のことである。


 彼女の背後の遠くには大量の泥人形が泥になって転がっており、彼女の足跡のようにして刻まれている。

 地面には彼女が刻みつけてきた斬撃の跡が大量に見受けられる。

 走っているわけではないが、彼女が歩みを止めることはない。


 その前に立ちふさがったのは、エルフの少女。


「止まれ! この先はエルフの領域である! これ以上進むことは、この私が許しはしない!!」


 コンデンツァ・エルフズヴァルガー。

 エルフの前衛士ヴァルガーである。

 銀髪のエルフで、頭にはリボンを巻いている。ウガラガルタから貰ったものだ。

 髪の毛ほど長いリボンを鉢巻のようにして、風になびかせる。

 そしてこちらも全身をある程度鎧で固める。

 持っている武器は槍だ。光属性魔力が槍を取り巻いて満ちる。


 一応彼女もエルフ内での強さは五番目くらいにおり、大陸有数の実力者ではあるが、たった一人で大陸最強の前衛士に、立ちふさがる。


 “六の星”は問答をしなかった。


「“調停権限:」


「はぅぁ!? いきなり!? 会話無し!? ……“光に満ちた――」


「――調停剣戟”」


「超光速槍”!!!!」


 二つの斬撃が爆発音を奏でる。

 片方は槍、片方は大剣。

 “六の星”は一切躊躇せず致死の一撃を放ち、コンデンツァも一切躊躇せずそれに応戦した。


 騎士として使える限りの魔力を衝撃波に変換する。

 亜光速で物体を動かし、その衝撃波を敵にぶつける。

 二人が二人、似た効果が起きる違うスキルで、攻撃し合った。


 “六の星”はぴくりと眉をひそめた。

 スキル“調停権限:調停剣戟”は“六の星”という役職についた騎士が代々受け継ぐ超強力なスキルであり、生半可なスキルで太刀打ちできるものではない。


「……お前も強いな。突如殺戮を開始した“最高のエルフ”グリムヴェールと言い……自分が嫌になる。弱い自分が、どうしようもなく、嫌だ」


 コンデンツァはだらだらと冷や汗を流しながら、周囲に広がる彼女の斬撃の衝撃波や余波を見て、一歩間違えればミンチになっていた状況に恐怖した。

 大地が、割れている。

 無論、相殺できた以上自分の槍の一撃も同じような威力ではあるのだが、受ける側にまわるのは初めてだ。


「止まれ! 今すぐに歩みを止めろ!」


「断る。私が、現在領域に存在するエルフを、全員殺す。それで終わりだ」


「全員!? おばあちゃん(ウガラガルタのこと。コンデンツァは特に懐いている)も殺すって!? そんなのできるわけがない。私が、させない!!


 ――この、調停者の偽物がぁっ!!」


 その一言に、ほんの一瞬だけ、“六の星”のまつげが震えた。



 王国では騎士という名前には二つの意味があって、一つは職業としての騎士、もう一つは一の星から六の星(第nの星とも)という名前で任命される、この国を守ることができる強力な騎士を指す。

 庶民が「騎士になりたい」といえば登用試験をパスして職業として国に仕えることを意味し、既に騎士である者が「騎士になりたい」といえば、この国を守る五人の騎士の中の一人に選ばれたいということを意味することが多い。

 が、一の星から五の星は戦力としては戦術個体かそれ以下に留まる。普通に魔法使いに負ける。

 よって、この国の最強戦力は“六の星”である。


 調停者が生まれるメカニズムは、エルフが大体把握している。

 魔力は想いの力である。

 魔力は想い、想いは魔力。

 人族の魔力を一つに束ねて誰かに託した結果生まれるのが人王――調停者だ。


 “六の星”とは、それを限定的に騎士の立場から再現する者の肩書である。

 王国全員分の憧れと魔力であっても、ある程度までは調停者並の力は再現できる。


 明日から他国でもそういった制度を作れば似たようなことができる、とはならない。

 長い歴史とたくさんの実績のもと、人々が本当に「“六の星”はこの国を救ってくれる」と信じてはじめて、“六の星”は人間離れした戦闘力を保有するようになり、“六の星”の剣が“調停権限”と呼ばれるスキル体系を再現できるようになる。



 ただ、その圧倒的な力に反してというべきか圧倒的な力通りというべきか、“六の星”は莫大な代償を支払うことになる。

 正当な調停者は決してそんなことにはならないのだが、“六の星”は、人々の憧れによって、自己が変質する。


(――偽物。それはそうなのかもしれない)


 今代の“六の星”はそう思った。


 自分のこの身が“六の星”に任命されてしばらく経った。

 いま鏡を見れば、そこにあるものは、


 男としては頼もしい巨体といえるかもしれないが、女としては怪物であるこの体、

 美しくさらさらとした金髪、

 すらっとした肢体に歌姫のような人間離れした美貌。


 結構なことだ。


 昔の自分は、平均的な範囲を超えない大柄の女で、

 髪は黒い縮れ毛で、

 「ゴーレム女」という仇名のそばかすだらけの筋肉達磨だったはずであることを、考えなければ。


 本物の調停者の肉体が変質することはない。

 性格が多少影響を受けることはあるという伝承がある(「調停者に目覚めると、人族のために戦うようになる」とかなんとか)はあるが、……自分が本当に人族を救う者であるのなら、肉体が変質することはないんだ。

 性格だって、自分はこんな性格じゃなかった。

 もっとこう、粗野な感じの性格だったはずだ。でも、花とかを見るのが好きだった。どちらの性格も失われた。同僚と喧嘩してぶん殴ることもなくなったし(今それをやると相手の首が飛ぶ)、花屋の前を通りがかっても心が躍ることはない。


 でも。

 それでも。


 結構なことだ。

 強くなれればなれるほどいい。


 たとえどんなに自分が変わってしまおうとも、なんということもない。


(そんなことは関係がない。全て、私に関係ない。私のやることは唯一つ。誰かのために剣を振るうことだ。この国の人口が、また一人でも減る前に)


 この国の民を守りたいという気持ちだけは、最初からずっと変わることはないのだから。



「そうだ。私は偽物の調停者。されど、……本物の騎士。

 そこをどけ。そして自害しろ。

 さもなくば私は、お前を殺す」



「やってみろ!!」



 殺気を撒き散らす“六の星”に、コンデンツァもブチ切れた。


 コンデンツァが彼女にくってかかる理由は一応ある。


 スキルの発動とは、スキル名の詠唱によって他者からの支援を受け取り、難しい行為を簡単に行う行動・現象である。

 たとえば、詠唱魔法は、魔力操作を他者からの支援によって完全なものとして、無詠唱魔法が使えないものでも、簡単に魔法が打てるようになっているものだ。


 コンデンツァはまだ幼いエルフである。百歳にも届いてない。

 彼女はウガラガルタに昔から世話を焼かれ、決意した。自分が調停者になり、あるいは調停者レベルの強さになり、この祖母を守るのだと。

 そのために、毎日槍を振る。

 一万回だってくだらないような回数、構え、振り、構え、振る。


 そして彼女はスキルによって亜光速の剣戟を放つことができるようになった。

 それは要するに、彼女はスキル無しでも超音速の剣戟を放つことができるようになったということだ。

 何十年もの鍛錬の末に。

 たった一つ、ウガラガルタへの愛情と、調停者になるという決意のもと。


 その彼女には、ただ役職に任命されたというだけで、調停者の力を扱えるというのが我慢ならない。


「私は偽物のお前と違って、――」


 そこで、飛来する。

 飛来する矢が、“六の星”の体を縫いつけようとする。

 彼女はそれを察知し体をそらして逃げるが、

 矢は小さな円を描きまた彼女の体に迫る。


「一人じゃないんだから!!」



「……うはぁすごい身のこなし。普通あの速度の矢は剣で切り落とせないわよねぇ」


 地平線までの四分の一くらいの長さから、一人、筒のような望遠鏡を使って、二人を見据えている者がいた。

 エルフの弓兵フィーラー、ミズリ・エルフズフィーラーだ。

 物体を操る風属性無詠唱魔法で、超遠距離から“六の星”を狙撃している。


(けれど……問題はない。決めるのはコル(コンデンツァのこと)だから)


 そして、二つ目の矢を弓にセットし、

 二人の戦いに向かって、「真横、直角に射撃する」。


「“星落とし(スターシューター)”」


 星落としは、基本的に無詠唱で動くミズリの数少ないスキルの一つであり、切り札の一つだ。

 使い所は少ないが、強敵との誰かの戦いを支援する際の戦術的価値は高い。


 このスキルを伴って放たれた矢は、敵の周囲で大きく円を描いてから、ある地点で墜落するかのように敵に向かう。

 つまり、攻撃された相手は、三百六十度のうちの全ての方向から射撃を受けることになる。

 無論このスキルを持ち出すような相手は、矢一発くらいならどうとでも対処できることが多いが、


(それなら何十発でも打つだけって話って、わけよっ!)「“星落とし(スターシューター)”! “星落とし(スターシューター)”! “星落とし(スターシューター)”! “星落とし(スターシューター)”! “星落とし(スターシューター)”! “星落とし(スターシューター)”!!!」


 射撃する。射撃する。それを繰り返す。

 星落とし。

 星を落とすことで星を堕とす。

 エルフで三番目ほどの若き弓兵の、奥義の一つだ。



 “六の星”は何処いずこかから飛来する矢を避けて、避けて、避け続ける。

 この場に存在する矢の数は十本ほどになった。

 それら全てを避け、可能ならば矢の先を切り落とし無力化する。

 だが、かなり苦しい。


(普通私には矢は通らないが、これはしっかり食らいそうだな。そしてこの何度かわしても向かってくる誘導はなんだ? 風属性魔法とも思われたが、本数が多すぎる。聖属性魔法に似たものがあるらしいが……? けれどスキルを使おうとも一人で制御できるはずがない。複数人いる? いやしかし、魔力の質は変わらない。そういうマジックアイテム? あまり聞かない効果だな……あるいはやはり一人か? どこに……。……そこまで別に問題はないがこのままじゃまずいな、調停権限で対処を……)


 一瞬でそこまで考えるものの、その一瞬をコンデンツァは逃さなかった。


「“光に満ちた超光速槍”!!!!」


「……くっ。“調停権限:調停剣戟”」


 槍の一撃は相殺した。

 だが、どちゅどちゅどちゅ、間抜けな音を立てて、全身の腱を矢が貫通する。


「どうだ! 偽物め! 追加で死ね!! “光に満ちた――」


(マジックアイテムではないな。こんな制御はできない。どこかにいる。……いるな。


 そこか)


 コンデンツァに肉薄し腹をぶん殴り隙を作り、“六の星”は弓兵を睨みつけた。



(……嘘!? あれ? 流石に冗談よね?)


 ミズリ・エルフズフィーラーは驚愕した。


(今、目が合った……!)


 遥か遠く、望遠鏡を使わなければ麦の粒にしか見えないような距離から、敵と、目が合った。

 まずい、まずいまずいまずい。

 焦りに囚われて、ミズリは慌てて高すぎない高度で飛び跳ねて場所を変える。


 そして、場所を変えたその瞬間に、ミズリが今まで潜伏していた場所は轟音と共に消し飛んだ。

 斬撃によって、巨大な断層ができる。


「うはぁ……すんご……」


 ミズリはため息をついた。


(とりあえず、回り込む)


 回り込んで、場所をガラッと変える必要もあるし、これからは一発ごとに場所を変えるかどうかも考えなくてはならない。


(悪いわねコル、ちょっと時間を稼いで)



 ぶちぶちと全身を矢で貫かれた“六の星”を見て、打撃を受けた腹を押さえながらコンデンツァは笑う。

 何故か唐突に防御と回避を放棄して、あらぬ方向にスキルの剣戟を放ったのだ。


「ぷっくくく、どこに向かって打ってるの? そっちは誰もいないよ? 目が見えなくなっちゃった?」


「そう思うのなら、矢が飛んでこない理由も考えるべきだと思うが」


 言われて、遅れてコンデンツァは目を見開いた。

 ようやく現実に理解が追いつき、コンデンツァは片足を下げて逃げかかった。


「決めさせて貰おう。今作れた私の時間のうちに」


 けれど、逃亡は、許されない。

 一度逃げかかった幼い少女は、自分を奮い、敵に向かって踏み込んで槍を構える。



 「おばあちゃんにとってだけは、自分が調停者でなくてはならない」。


 「他のエルフを全員倒せるほど。そして、いつかはあのヘルヴェスティルだって超えるほど!」!



「やれるものなら、やってみろ!!」



「ああ、やる」


 うねり狂う。

 永遠に。

 “六の星”の思考の中で、民の皆の思い(まりょく)が、想い(まりょく)が。


 六の星が負けるはずがない。

 あの方ならこの国を救ってくれる。

 たとえ絶望の淵に立たされても、きっと。

 突如現れた絶望的な状況を乗り越えて、――突如おぞましく変質した尊き種族の首魁をきっと……!!


 そして、


 どうか世界に平穏が訪れますように。


 どうか大切な人といられるこの世界がいつまでも続きますように。


 思考が塗りつぶされていく。


 誰かの祈りに。


 誰かの願いに。


 どうか世界に平穏が訪れますように。

 どうか世界に平穏が訪れますように。

 どうか世界に平穏が訪れますように。


(…………………………………………………………ぁ……)


 どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。

 どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。

 どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。

 どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。

 どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。

 どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように。どうか世界に平穏が訪れますように――。



「――私は“長耳の長槍使い”、そしていずれは“エルフの調停者”!! コンデンツァ・エルフズヴァルガー!!」


「――王国、“六の星”」



「はぁ――っ、はぁ――っ、か、勝った……?」


 半泣きになりながら、コンデンツァはボロボロの服装で槍を支えに立っている。

 目の前には矢で針鼠のようになった六の星が転がっている。


「よっ、お疲れ様。まあまあキツかったわね」


 そこに走って(草原を飛び跳ねて)来たのは、一人のエルフだ。

 身軽で肉感的な弓兵の服装、大きな弓、金髪のツインテール。

 今一緒に戦っていたミズリである。

 コンデンツァはすぐに元気を取り戻し、大好きな相手に飛びついた。


「ミズリお姉さま!」


「お姉さまはやめろって言ってんでしょコル」


 血でぐちゃぐちゃなコンデンツァが飛びついてくるが、ミズリは逃げず、それを適当に受け止めた。


 ミズリは検死をしにこの傍まで来た。

 六の星は全身を特別な矢によって貫かれ、その上左肩から袈裟懸けに分断され、肩から上と胸から下に分かれている。

 コンデンツァの剣戟によるものだ。


「まあ、流石に死んでるかな。魔力も見ないといけないし、死体もちゃんと見ないといけないけど」


「じゃあミズ姉!」


「ミズ姉もやだって。なんか響きが嫌」


「ズリ姉!」


「ズリ姉はもっとやだって! 前から言ってるでしょあんた人の話聞いてんの?」


「もーーー!! 何が良いの!!」


「なんであんたが癇癪起こしてんの。ほら、見とくからあんたは箱船使って早く別の作、戦……」


 悪寒がした。


 ミズリの体はミズリの意思より早くコンデンツァを後ろに庇う。

 弓兵が前衛士を庇っても仕方がないのであるが、それは年長者の本能だった。


「どうしたの?」


 コンデンツァは一度ミズリを見てからもう一度六の星のほうを見た。

 何もおかしくない。そこには、二つに分かたれた死体があるだけだ。


 ――あるだけの、はずだった。


 二つに分かたれた死体を足元にして、一人の影が立っている。

 その影は無傷であり、魔力量もほぼ万全の、六の星だ。


「後をよろしくお願いする」


 六の星の死体が、六の星に対して話しかける。


「その願い、聞き届けよう」


 六の星はその言葉に返答をし、剣を抜く。


「“調停権限:死に続き”――」


 調停権限、死に続き。

 彼女が使うのは初めてだ。

 自分が死に瀕した時、自分と全く同じ魔力量、魔力属性、肉体状況の複製を存在させるスキルである。


 「“六の星”は、死んではならない」。

 人々のその願いが、六の星を現実に不死にする。


 ミズリはぱぁんとコンデンツァの肩を叩き喝を入れ、自らも弓兵としての間合いを取り直した。

 コンデンツァも遅れて構えた。


 その場に残った死体が、立方体状のブロックにほどけてから消滅する。

 六の星は確かに死んだ。

 そして、六の星は再び構えた。


「死してなお、――――私はこの国の民を守る」



「フィーラー・ミズリ、重体、ヴァルガー・コンデンツァ、意識不明です! “六の星”、未だ健在ッッ!!」


「――――――ッ!!」


 その報告を聞き、ウガラガルタは珍しく態度に出して驚いた。

 ないことはないとは思っていた。もともと戦術個体二人と戦略個体の戦いである。戦術個体側が不利なのは明確。

 ただ、やはりミズリにもコンデンツァにも自分としては一目置いていたのだろうと思う。


「……責めないであげてくださいよ、首長」


「わかっておるわエメリル。クロム、何かメッセージ等はないのか」


「あります。ミズリから、“だいぶ消耗させた。今ならガリアマリスを二人チーム(ツーマンセル)でぶつければ勝てる”と」


「……そうか。ちゃんと仕事はしたんじゃな。流石だ。意識があるようなら『しばし休め』と伝えてくれ。コンデンツァの頭も後で撫でてやらんといかん」


 ガリアマリス。今は老齢で一線を引いているが(姓も返還している)、もともとエルフの中でもかなり強い前衛士ヴァルガーだ。肉体強化魔法を得意とする、タルトの師匠。

 ちょうど手が空いている。

 ミズリはこちらの事情まで理解して誰を行かせればいいかの伝言をしている。それでは従っておくのがいいだろう。


「ラーザイン辺りと組ませて行かせるか」



「“六の星”、沈黙。“雪降らし”、沈黙。共和国沈黙。王国沈黙。自由国沈黙。公国沈黙。少数種族連合、抵抗を続けていますが問題なし。帝国沈黙。帝国以下小国全て沈黙。教会勢力沈黙。歌姫連合沈黙。星、全滅」


 複数の戦術個体を抱える組織(主に国)が読み上げられ、それら全ての鎮圧成功を続けて告げられる。

 目の前に広がる地図の上に、兵力を示す軍事的アイコンの駒はない。

 ウガラガルタは一息ついた。

 開戦からずっと、ずいぶん久々に深呼吸した気がした。


 戦争が、終わった。

 エルフの勝利で、

 魔族を介入させない形で。


 エルフの死者は数人。

 犠牲を喜ぶわけではないが、相手が相手、完全勝利だ。


「終わりじゃな、エメリル」


「はい、首長おかあさま


「――『第一段階が』、じゃ」


「はい、首長おかあさま


 人族の人口が一割とちょっとにまで減った。


 これで、やっと条件が整った。


(これでようやく条件は整った。世界を救う戦いの、そして儂らの身勝手な屈辱を雪ぐ、そしてリュチエグリアにとっては敵を討つ、本当の最終決戦を始められる)


 既に後処理は議員コグレスの一人に任せてある。

 ウガラガルタは防寒具を羽織り、首長の杖を持ち出した。


「行くぞエメリル。オフィア・エメリル。黒幕を、殺す! 箱船の準備をせよ」


「仰せのままに」

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