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GR、if・星に祈りを捧げたあと




「……なんだこれ」


 少女はつい言葉に出した。


 ここは神の領域。

 異世界から来て人の世界に旅立った加藤一拠が、人の世界でいう三ヶ月くらい前に、立っていたその場所だ。


 その場所で、かつて加藤一拠に神と名乗った少女は、受け取ったものを精査しながら狼狽えた。


(加藤くんにあげた神の力が……偽物になって戻って、きた)



 神の力が戻ってきた事自体はいい。

 はじめから「それもあり」という約束である。

 救世主を続ける気がなくなったら教会を通して力を返してね、と頼んだ。


 ただ、その戻ってきた力が、偽物にすり替えられているのが問題なのだ。


 聖属性魔法と神の力は非常に近い。

 というか、完全には無理だが不完全になら代替可能だ。


 けれど、近いだけで別のものである。

 だから、こうして聖属性魔力で神の力を偽造されても、神本人に通用するはずがない。


(いわゆるアポトーシスみたいなのが含まれてるわけじゃない……ほんとにただの聖属性の魔力だ……そういう罠ってわけじゃない……ただただ単に、持って行かれた……?)


 手のひらに浮かべた力を見ながら、少女は一つの可能性に行き着く。


 神の力は特別だ。

 同量の聖属性魔力なんて、反倫理的な行為を行えば誰でも手に入る。事実上、神の力をただで人の世界の誰かに明け渡したことになる。


(じゃ、じゃあ、加藤くんが……? 持ち逃げを?)


 ありえない、と自分で自分を否定する。

 そういうことをしない人間を選んでこっちの世界に送ったのだ。


 けれど、次の次に、ありえないことなんてありえない、と自分を戒める。

 何か環境の激変で心境が変わったのかもしれないし、そう、誰かに唆された可能性だってある。


(加藤一拠について近未来演算をかけよう)


 近未来演算。魔力大龍の発生を予知した、神の力の一つだ。

 そんなまどろっこしいことをする必要はあるのか、直接世界を覗いて観察すればいいのではないかと、言う者もいるかもしれないが、神は直接世界を観察することができない。観察できたとしてもかなり部分的なものになるし、そもそも神そのものである彼女が世界を観察すると、観察自体がものすごいエネルギーをこの世界に与えてしまう。それは直接降りるのと似たエネルギー的な波紋をもたらし、どこで破滅に繋がるのかわからない。

 影響を与えず世界を覗く方法も、(こちらから)世界の人間とやり取りする方法も、無い。


 自分を分裂させ、微妙に力を持った分裂体を作る。

 自分と全く同じ姿をした、虚ろな瞳の少女が一体この領域に現れ、どこか虚空を見つめだす。

 彼女は未来を演算している。


 もし加藤一拠が独断でそういうことをやって世界の支配者にでも収まろうとしているのなら……と言っても人王も魔王もいるしそう簡単にはいかないはずだが……そういう未来が視えるはず。今回は一人の構成要素に限って洗っているから、ある程度先までも見れる……はず。


 ややあって、分裂体は「見えました。戻ります」と呟いた。


 力が合流し、記憶が引き継がれる。


「……なんかめっちゃスローライフ満喫してる!?!?」


 見えたのは、神に力を帰した後(と思われる)、本当に力を失って、エルフの領域で二人のエルフと一緒に毎日イチャコラしてのんびりと暮らしてから笑いながら死ぬ加藤一拠のビジョンであった。

 星に祈りを、捧げながら。


 そのことは別にいいし、呼ぶ声に答えてくれた以上当然の権利なのであるが、疑問は深まるばかりだ。


「!?!?!?!?!?!???!?!?!?!?!?!???!!!!……………………………………………………………………………………………………………………」


 困惑の衝撃が通り過ぎた後、少女は背中を這い登る悪寒を自覚した。

 まずい。

 明らかに、まずい。


 何もなければいいなと思っていた。

 魔力大龍の増加だけなら、そう思うことも許された。


 何かが起こっている。

 しかもそいつは、部分的ながら神の力を掠め取った。


 最早何もないでは済まされない。目をそらすことをやめなければ、泣くのは可愛い人族とあんま可愛くないけどそれでもやっぱり可愛い魔族達だ。


構成要素コードを読むか……それしかない)


 自分自身が分裂して下に降りることは、もうやらないと決めている。

 さりとて異世界から勇者を呼び依頼することはもうできない。またむざむざと力を明け渡すことになるからだ。


 もはやちまちまとした作業を嫌がっている場合ではない。


 構成要素。神は、世界を、(加藤一拠がいた世界で例えるならプログラミングのコードを弄ったり見たりするような形で、)弄ったり見たりすることができる(もちろん全然プログラミングそのものとは違うが)。

 それも神の力の一つで、義務の一つだ。

 及ぼされる影響も最小で済む。

 読める形になった世界の情報を、彼女は構成要素と呼んでいた。


 それを読むより、他に方法はない。


(世界の維持を最低限にして……各要素が枯れるのに数百年くらいかかるくらいならいいかな……数百年で……構成要素コードを洗えるだろうか……)


 世界を構成する構成要素は、複雑かつ膨大だ。それは当たり前である。たくさんの命や要素を内包する、世界の存在そのものだから。読解も難しい。神の力で無理やり現実を操作可能な形に置き換えているから。

 さっきと同じようにプログラミングで例えるなら、マシン語のコードが一億ステップ超、と言ったところか。そして、コードの各行が、相互に干渉しあって、一プランク秒ごとに変化する。


 それを一人で読まなくてはならない。


 けれど、それしかない……。


「いいよ。別に。私は神だ。皆の神だ! 愛しい皆の、神様だ!」


 自分を発奮する。


「いいぜ、やってやらぁ!!! 下の世界に何が起きているのか……調べる。送り込んだ自分の分裂体とか、知らん世界の他人に任せてられるかよ。私は神だ!! 逃げるもんか!!!」


 最適な形に自分を分裂させ、構成要素を解読する準備をする。

 同じ次元(物理的な次元という概念とは別の概念だが今はこの表記にする)の別の場所で世界を維持していた分裂体も呼び寄せ、十人程度の自分が同じこの神の領域に並ぶ。可能な限りのフルパワーだ。


(神を舐めんなよ……???)



 けれど。



 一年、


 十年、


 百年、


 神の少女の終わらない健闘は続いた。


 ……無い。

 無い。……どこにも無い。

 この世界のどこにも、歪み(バグ)らしい歪み(バグ)がない、原因らしい原因がない。


 最後はほとんど半狂乱みたいになって、世界の構成要素を洗った。

 それでも、何も見つからなかった……というわけではないが、その元凶らしき核心には、至れなかった。

 何かが何かの意図を持ってこの世界に何かをしているのだ。さまざまな異常が生じているのもわかった。魔力大龍について、自分の認識と随分違う状況になっているのもわかった。けれどこの世界にその直接の記述は、無い。


 まるで、この世界にはそんな元凶なんて存在しないみたいに。



「あ……世界が……そろそろまずい……」


 数百年が経ったあと。転生した勇者、加藤一拠が寿命で死ぬ近未来演算に追いついた頃か。

 世界の細かい調整をする自分までを使って構成要素を解読していたから、世界の各所に歪みが生じて、上手く回らなくなりつつある。

 土地は荒れ、生き物は死に、空の色は濁る。


(嘘だろ……全然見つかってないのに……いろいろおかしいってのはわかったけど……でもその根本にずっとたどり着けなくて……ぐるぐる空回るだけで……)


 疲労でへろへろになった知力が、絶望を吐き出す。


 その絶望に、へたりこむ。


 少女は、泣きべそをかいた。


 もう、限界だった。


「もう、やだ……やだよ……皆……皆が……死んじゃう……世界が……何かが……おかしいんだ……おかしいのに……」


 ぐしゃぐしゃに涙を流しながら、目をこする。

 少し心がおかしくなっているというのもある。なにせ、数百年ずっと、神の力で世界を解読していた。


「なんで……私は……」


 なんで私は一人ぼっちなんだろう。

 一度そう思ってしまうと、もうだめだった。


「なんで、私は一人ぼっちなんだよお!!」


 ここで世界を見るようになってから、ずっと、ずーーーーーーっと、思っていたことだった。

 一人が、嫌だ。

 それが、炸裂した。


「こんな明るいだけで暗い領域の中で!! たまに暗いけどずっと明るい、皆がいる世界で皆は笑顔!! だって皆皆、私のお陰で暮らせてて!! なのに、……でも、私はずっとずっと一人ぼっち……でも世界を読めるのは私だけで……」


 言葉が、呪詛が、次々と口から溢れてくる。

 心細い。胸が潰れそうだ。支えてくれる誰かも、支えてくれない誰かも、神である少女にはいない。


 叫んでも、誰も聞かない。

 周りに存在する分裂体に自分を慰めさせてもいいが、そんなの虚しすぎる。


「やだ……やだよう……一人ぼっちは、もう嫌だよぅ……」


 ひっく。しゃくりあげる。


「……誰か……っ」


 そうして少し経った。


「ダメだ……泣いてちゃ……」


 少女は涙を改めて擦りながら自分に言い聞かせた。

 いつからこの空間にいたかわからない。気づけばここにいた。世界を観測する方法も、監査する方法も知っていた。だから、神様のごっこ遊びを始めた。

 ちょっと昔はたまにここに信者の贈り物が届いたこともあった。声が聞こえたこともあった。けれど、それはいつしか無くなった。いつからだったか、ぱったりと途絶えた。それでもいいと思っていた。皆が、幸せでいられるのなら。

 慰めてくれる誰かはいない。だから、一人で立ち上がらなければ。

 良い。それで良い。一人で良い。別に問題なんて無い。これまでにも何度かヤバい事態はあった。その度ごとに、少女は一人で立ち上がった。


「世界を戻そう……またもとに戻して、また観測すれば、私から逃げ回っているかもしれない誰かが油断して……案外あっさり尻尾を出すかもしれない」


 数百年追いかけて尻尾を出さずに逃げ切った相手に、それを期待するには望み薄だ。

 だが、もうそれしかない。

 少女は諦めて、このさき百年にわたる世界の調整作業に戻った。




 「一人ぼっちはもう嫌だ」。


 その願いはまた数百年後、皮肉な形で叶うことになる。

 たった一分程度だけ神は一人ぼっちではなくなって、そのあとは永遠に一人ぼっちになった。

 死の暗闇の中で。





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