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第二章エピローグ-2、祀りの次に2

 認知行動療法。

 臨床心理士が行う、心が弱っている人に対する心理療法の一種である。

 対象に対してただ会話するだけ(というわけでもないが)で投薬治療と同等の効果を有意に発揮する――そしてひいては意志と理性によって感情に首輪をつける――現代心理学が生み出した、人類種が獣を超える幻想。

 それを、ここ異世界で、使う。


「にんち……こうど……う療法……?」


「うん」


 家族を目の前で殺される。

 家族どころか、慕っていた種族の全員を殺される。

 それに対して、執拗かつ完璧な形で復讐を完遂する。

 この流れを経て……どれだけ平気を装っていても、彼女の精神がダメージを負っていないということはありえない。

 それに対して、少しでもできることがあるのなら、……したい。


 今のルトナは、彼女の旦那様だ。



 ルトナは、自分の父親と母親のことを思い出す。

 加藤一拠の母親は、加藤を子にして育て上げたあとこそ笑顔の絶えない女性だったが、昔、いろいろあったらしい。


 両親が死んで、引き取られた先の親戚は、自分の母親(つまり加藤にとっての祖母)を性的に愛していた人間で、その性を……自制して実際に向けることこそなかったものの……たまに下着が洗濯機から消えて……自制してなんとか家族として愛してくれてることはわかるのだけれど、やっぱり身の危険は感じて……みたいな、なんというか昼ドラみたいなドロドロした状況だったそうなのだ。


 詳細は全然知らないし、正直、いつもほわほわと笑っていた自分の母親からは全く想像もつかなかったが。


 小学生から大学生にかけて、母親は荒んだ、らしい。

 荒んだと言っても、金髪に染めてヤンキーをしていたというわけではない。

 いや、金髪だったかもしれないがそれは知らない。ただ……まあよく知らないのだがいろいろあったらしい。

 周りと壁を作ったり、心から笑えなくなったり、アレにアレして周りを引っ掻き回したり、自分のアレをアレしかけたり……


 それを助けたのは加藤の父親である。

 加藤の父親の大学と加藤の母親の女子大学の、とある合同サークルで、二人は出会った。そして友人との付き合いでその中に所属しつつも、どこか周囲と壁を作っていた加藤の母親は、加藤の父親が奮闘して走り回って、いろいろあった末に心からの笑顔を取り戻した。

 それによって、……加藤一拠の知る、いつも透き通ったような笑顔の母さんが生まれたわけだ。


 ちなみに加藤の父親がいつもする自慢話は、「母さんは美人で、大学のミスコンに推薦されたくらいだった」というものだ。出場して1位とか2位とかになったならともかく、推薦なんていくらでもされてるだろうと思うのだが。


 ともかく、加藤の父親が大学生時代に大立ち回りして、二人は結ばれた。


(あれ……父さんって凄いのかなひょっとして……)


 超がつく高学歴。多分めっちゃ年収高い。何をどう見積もってもイケメンではないが。

 その上で大学時代に少女漫画のヒーローみたいな真似をやらかす。


 それと比べれば、こうして異世界に来てる自分は……


(別に負けちゃいないか)


 そもそもその父親自体が、ファンタジー世界に行きたいと口にしかねないような人間だった。今その父親が憧れる異世界に来ている。アコルテもユノも、母親よりもずっと素敵だ(父親は逆を主張するだろうが)。敗北のようでいて、完全勝利ですらある。


(何より、ここにはエルフがいる。エルフさえいれば、エルフとさえ仲良くなれれば、他はなんでもいいや。比べることすら無意味に感じる)



「ともかくそういうのがあるんです。心の治療的なアレです」


 思考を現実に戻して、アコルテに語りかける。


「私は……アコの助けになれる、なりたいと思う」


 加藤が患っていた持病は心理学とも領域が被るものだ。だから、自分の現状を打破するために、いろいろ調べていた。認知行動療法に関する知識は、その成果の一つだ。


(本を二冊読んだだけだけど……かつての俺の苦闘が……アコルテさんに役に立つのなら……それはきっと嬉しい……から)


 ユノは「また変なことを言い出したぞコイツ」という感じの表情だが無視する。

 アコルテは、


「旦那様がそうおっしゃるのなら。お願いします」


 と応じた。



 認知行動療法の基本は、人間の思考は「内なる声」に支配されがちであり、その「内なる声」は自分特有で凄く凄く辛くて凄く凄く唯一のものと感じがちであるが、実はよくあるパターンの組み合わせで成立しているという論説だ。


 たとえば、「俺は○○だからこの先はどうしようもない」と考えがちな人がいるとする。○○というのはなんでもいい。レッテルだ。その人による。その人は何か行動を起こすたびにこの思考に囚われ、足を踏み出せなくなる。


 これは本人にとっては唯一の悩みだ。独自性があって、まるで世界か何かが終わりそうな悩みに思える。

 けれど、認知行動療法では、この考えは誰もが抱える悪い「内なる声」のパターンの一つにすぎない(らしい)。「俺は○○だからこの先はどうしようもない」を分解すると、「思考の歪み」「一か十か理論」辺りが分類先として当てはまる(らしい)。


 「内なる声」のパターン表を見ながら、今の自分の考えがパターンの一つにすぎないことを理解する。そして、悪い「内なる声」が出るたびに、「今俺思考が歪んでないか?」「一か十かでもの考えてないか? 世界ってそんなに単純か?」と自分自身にひたすら反論し続ける。

 その際は、さまざまなツール(図にして整理する、大切な友人だったらどう言うか考える、など)を使いながら行う。

 基本はセラピストの手を借りながら。


 この一連の流れが認知行動療法の実際の運用となる(らしい)。


 もちろん、悪い「内なる声」を打破するのは、結局は本人の意志による。

 薬がなければどうしようもない病状の患者には適用できないし(重篤な統合失調症等)、薬物中毒患者の目の前に依存していた薬物を置きながら認知行動療法とかやっても無駄である。


 けれど本人がその悲しい「内なる声」のまずさを理解しているのなら、必ず理性によってブチ殺せる。



「なぜ……故郷を追われたあと、アリネイブル達を殺そうと思ったの、アコ」


「それは……殺さなくてはいけないと思って……とにかく許せなかったです……一人も」


「そうか。それは……言いにくいんだけど『一か十か思考』ってやつだな。『行き過ぎた義務』も含むかもしれない」


「なるほど……?」


「……よくあるあまり良くない考えのパターンの一つだって言われて、アコはどう思った?」


「と……言われてみれば……『俺はもう冒険者になるしかないんだ!!! だからここに来たんだ!!!』みたいなことを言う新人さんはいますね。そういう人たちは大体早くに野垂れ死にします」


「まあ典型的なやつだなそれは……」


「そうですか……私も……」



「お母さんが死んだ時、どう思った?」


「……何も覚えていません。でも……戦わなくちゃと思っていたことは覚えています。戦わなくては、皆殺される、と」


「それは、……正式な名前は忘れたけど、『未来の悲観的な決めつけ』だったはずだ」


「未来の決めつけ……」


「その後のアコには、多分その時の感情が……心に焼き付いてしまったのではないかって思う。それで……。でも、……アコは私が守るから。未来永劫絶対守るから。だから、もう、戦わなくていいから」


「もう、戦わなくていい……」



 やりとりは順調に推移した。

 アコルテは自分の考えの内なる声を一つ一つ自覚して、その度に自分の考えが悪いパターンにハマっていたことに気付いたみたいだった。


(なんか、いい感じになってる、気がする)


 アコルテは笑いを作りながら、「治療」に付き合っている。

 ルトナは本気で自分の記憶の底の底をほじくり返して認知行動療法についての知識を彼女に適用しながら、こう思った。


(父さんみたいに、俺もなれたら……)


 全ては順調に推移した。

 ように見えていた。



「っ……ひっ……」


「アコ?」


 話がある程度進んだあとだった。

 昔についての話を、前から順番に遡っていく。

 その中で、大家族を毒みたいなスキルで全員殺した時の話に、また認知行動療法を適用しようとした時に、


「ひや……」


「?」


「いやだ……いや……」


「……あれ、アコ……?」


 アコルテは絶叫した。




「嫌ぁぁぁぁあああああ……ぁっっっ!!!!!!!!!!」




「ちょっ……」


 躊躇うルトナに構わず、アコルテはセミロングの髪をかき乱し頭を抱えて悲痛な声を上げる。

 まるで、子供が駄々をこねるみたいに。


「いやだ……死んじゃだめ……みんな、みんな……いかないで……」


 そしてぼろぼろと涙を流す。

 部屋に悲鳴のような嗚咽が一つ響く。

 アコルテの端正な顔は一瞬のうちに涙でぐしゃぐしゃになった。


「いかないで……みんな……いかないで……!!」


「わたしを、おいていかないで……」



「死なせて……わたしも死なせてっ……? お父さん、……お母さん、……一緒にっ、……わたしも死なせて……死なせて……死なせて……よ…………なんで逃げろなんて……言うの……? 戦わせて一人はいや……わたしを、おいていかないでぇ…………っ!!!!!!」



 絞り出されたみたいなかすれ声。

 見ると瞳孔が開ききっている。まるで、今まさにその戦火の中に放り込まれたみたいに。


 明らかに尋常の状態じゃない。さっきまでの穏やかな微笑みは、ぐちゃぐちゃな涙と、乱れた髪の中に閉ざされてしまった。ぺたんと寝た頭の羽はつやを失い、死ぬ寸前の野生の鳥獣のそれに見える。

 普段のにこやかな雰囲気も、殺気も、殺しの技術も、どこかに置いてきてしまったようなアコルテの姿は、「子供みたい」なんてものではなく、幼く、寄る辺ない子供そのものだ。


 三途の川で、親より早く死んだ子供は、永遠に石を積み続ける。

 名目上は、一定以上の高さまで積み上げると解放されることになっている。

 けれどここに来た子供が解放されることは絶対にない。地獄から定期的に見回りが来て、積み上げた石の山を崩すから。


 ルトナは慌てる。こんなことになるなんて思っていなかった。何かアコルテの精神状態にプラスになればいいと思って、何かができればいいと思って、


「ちょっ、アコ、えーっと……これ……どうすれば……」


 今彼女の意識の前で広がる光景はどういうふうになっているのか。それを本人に聞くことはできないし、聞いてしまったからこうなった。


 そもそも女の子が目の前で泣いていること自体が生まれて初めてだ。どうすればいいのかを考えるどころではない。


「またご主人様何かやっちゃいました?」


「ユノ……? ど、どうしよう???」


「え、『どうしよう』て。なんで私に聞きますかここで。……ひょっとして、これも治療の一環とか?」


 おたおたしていると、立ち会いのユノがとんでもないことを言い出した。


「なわけねーだろ!!! 何言ってんの!!!」


「………………なら……」


 ユノは歩いてきてルトナの胸ぐらを掴んだ。


「ご主人様が狼狽えてどうするんですッ!?」


「ぎぅっ……」


 頭が覚めた。


 振り払い、アコルテの体を抱きしめて落ち着かせながら(エルフの筋力なので、力はかなり加減しつつ)、ユノに指示を出す。


「ありがとうユノ、とても落ち着いた。とりあえず、甘いものとお茶を用意してきてくれ。落ち着くようなやつ」


「承りました」


 平然としたまま、とてとてとユノは廊下に消えた。


 「いや、いや……」、壊れたように繰り返し呟くアコルテの背中を、優しく撫でる。


(俺は糞馬鹿か……ありもしない人格障害をつつくふりして……そりゃそっちのほうがヤベエに決まってんだろ……)


 アコルテが当時のことを普通に語れているから、わからなかった。

 でも、普通に考えて、目の前で大切な人を一気に失って、心に何も傷が残らないわけがない。

 おそらく彼女は、極めて極めて強固に当時の感情に蓋をしたのだ。どういう指導か影響のもと、そうなったのかは、知らないが。だから、仮面の上に今のアコルテを築き上げられていた。けれどそしてその奥では、殺された日の心の傷がずっと残っていた。


(クソ……ごめん、ホントに……俺のミスだ……)


 「PTSD」。

 心的外傷後ストレス障害と言われる心の病だ。

 一般的にはトラウマと言われて(トラウマという言葉にはだいぶ余計な意味がくっついているが)、特定の出来事について想起させられるようなことがあるとパニックを起こす(、ものだったはず)。


 大昔にほんの一ページだけだがPTSDの治療法についても触れたことがある。


(PTSDの治療って暴露療法がエビデンス的に予後がよくないって言われてて、有効なのがEMDRと体弛緩法、だったか? でも、俺そんなん知らんしできんぞ。どっちも多分トレーニング受けないとできねえやつだ……というか前に一ページ見ただけの病気の治療法なんてわかるはずが……自分の持病に関係あるかもってことで認知行動療法は叩き込んだけど……他は知らん……何だ俺は??? ちょっと齧って良い気になってるだけで……ちょっと目の前の現実がずれたらパニクって奴隷に締められなきゃ動けなくなったとか、はぁ??????)


 何が「父親みたいになりたい」だ。

 自分を絞め殺したくなる。


「っ……っ……」


 すすり泣く声が耳元で聞こえる。


(……だめだ。……自分を絞め殺すのは、まだ早い)


 最初は勘違いだったにしても、いや最初に勘違いをしたからこそ、一度手を出したのなら……そこから逃げてはならない。


(アコルテの心が癒えるまで、傍にいる)


 ――もう、家族になってしまったのだから。



 しばらくしてぽつりとアコルテが言った言葉を覚えている。


「今……の話の家族……いっぱい子供がいて……それを見て、わたし、思ったんです。思ってしまったんです」


「? なんて」


「楽しそうだなぁ、あの子供たち、羨ましいなぁ……って」


「……そりゃ、そう思うだろ。当たり前だよ。だって、アコだって本来は種族の皆とそうで、」


「なんでわたしはそこで踏みとどまれなかったんでしょうか?」


 踏みとどまるもクソもねえ。明らかに精神がやられていたんだ。誰の責任でもない。そもそも踏みとどまったほうが偉いってものでもない、先に仕掛けたのはアリネイブル側じゃねえか?


 いろいろ思うことはあったが、黙って背中を撫でた。


「戦うから」


「……?」


 戦える人間が戦う。だから戦えない人間は休んでいい。休んで、戦えない原因を排除するんだ。


「アコの代わりに、私が全部戦うから」



 泣き疲れて寝たアコルテを、お姫様抱っこして、ルトナは立ち上がった。


「部屋に送ってくる。ユノ、付き合わせてごめんな」


 お茶は淹れてもらったまま冷めてしまっている。打てる手の一つだったことは間違いないとは思うが、無駄なことをやらせてしまったユノにはやっぱり申し訳ない。


「いえ。……きっといい方向に向かいますよ。いろいろと」


「ん……うん。ありがとう、ユノ。今度お礼するから」


 アコルテの軽い体を持ち上げて、部屋に向かった。


(そういえば、アコルテが俺の家に引っ越してきてから、部屋に入るの初めてだな)


 どんな部屋なんだろうと思う。



 「……きっといい方向に向かいますよ。いろいろと」。

 それは本当だろうか。


「な、んだこれ…………」


 アコルテが寝泊まりしている部屋に入り、ルトナは持っている体を取り落としそうになった。


 家具やベッドは普通だ。血を塗りたくったりなんかはされていない。

 けれど、部屋の中、八畳(こっちに「畳」の単位があるわけでもないが)をこえるくらいの広さの部屋の壁を、その四方全てを、



 さまざまな種類の、まだ新しい花、枯れた花、しおれた花、乾燥してかぴかぴになった花、虫がたかっている花、カビている花、どろどろと溶けている花が、埋め尽くしていた。


 よく探せば、部屋の中のテーブルの上に、かつてルトナが贈った花と思わしき花もある。


 飾っているつもりなのだろうか。


 花の腐ったような臭いが、する。



 ……。

 少し呆然としていたと思う。そこから、少し経ってルトナは復活した。


「ちょ、ちょいちょいちょいちょいちょいこれ……!!!!!」


「ん、ぅ……」


 自分自身で耐えきれなくなって、口で小声で漏らしたツッコミに、アコルテが起き出す。


「……あれ……私……すみません、旦那様……」


「あ、起こして、ごめん。いや、全然いいんだ。今回はごめん、でもそれよりさ、この部屋……!」


 起きたらどうやって謝るか、そもそも謝るか、いろいろ考えていたことが全て吹き飛んだ。


「なにこれ!?」


「? 皆さんからの贈り物です。ギャリイに無力化されたアイテムバッグ、中身が無事で本当に良かった」


 アコルテは当然のことみたいに返事をした。


「はぁ? 贈り物?」


「はい。皆さんから頂いたものです。私は一つ残らず保存していました、皆さんに貰ったものを。食品は、すみません、私は基本的に一週間同じものを食べます。体重と筋力量をコントロールしなくてはいけないので。けど、貰い物を捨てるわけには行かなくて、だから全て保存していました。しおれた花も、腐った食べ物も、全て。皆さんからの大切な、感謝の印でしたから」


「物持ちがいいってレベルじゃ無い!」


 突っ込むが、きょとんとした表情だ。

 美人がすると可愛らしいが、部屋は真逆でグロテスクだ。


 廊下からは花の良い匂いがしていたはずだった。

 女性の部屋からは良い匂いがするんだなとちょっとムラムラしていたつもりだった。


「これ、まさか前の家から」


「? はい」


「どんなだ」


 率直にヤバいと感じた。


「リーフレッタさんとか呼ばなかったの家に!? 確か仲良くなったんだよね?」


「リーフは……」


「リーフは?」


「まあ素敵ねって」


「あの人凄いな!?!?!?」


 天然か、と心のなかで突っ込みかけてから、すぐにそれを引っ込める。

 おそらくリーフレッタは、アコルテのこれを「友人の奇癖」というふうに受け止めて、そのまま受け入れたのだ。

 二人の友人関係は二人のものであり、その間でどういうやり取りがあったとしても他人が侵せるものではない。


 しかし、ルトナの立場からはこれは看過できない。

 ルトナは頭を押さえながら、アコルテに注意した。


「とりあえずさ、カビてる花とかは、絵とかにしてからでいいから燃やして埋めようぜ。捨てろとは言わんからさ。私が魔法で燃やしてやるから。それであの、アレってことにしようぜ。ヤベエ状態になったものをそのまま残してる方が、いろいろなアレにアレだよ。あのアレ」


「そうですか……?」


 常識的なはずの提案に、本気で困惑しているアコルテ。

 前途は多難だ。


「でも、まだダメになってるわけでもないのに、焼いてしまうのは可哀想です……苦しいですよ、きっと……」


「っ……」


 なんとかやっていくことは、できるんだろうか。

 もう、何もかもがぶっ壊れてしまっているように見える。

 けれど、このしおれた花の数々は、彼女がこの五年間、なんとか新しい自分としてやろうとしてきていた証でもある。


(アコルテがこれからどうなるかは、この先の俺にかかってるっつーことか。最後まで付き合ってはじめて、守れたってことになる――)



 数日経った。


 もう既にある程度の来歴がわかり、身内になっているアコルテには、ルトナがやるべきことを三人交えて少し話した。


 異世界の話や元男だった話等はしていない。神のことについても明言は避けている。いっぺんにあれこれ言っても仕方ないので、時期を見て話すつもりだ。


「これからについての話ですが」


 ともかく話をすると、きりっと表情を戻したアコルテは即座に次の指針を出した。


「魔力大龍の出現位置、また現在位置を知ることができる魔法器があるそうなのです」



 彼女の話によればこうだ。


 ここから先、東に向かった大都市に、賭け試合の選手権を定期的に開催するコロシアムがある。

 吟遊詩人や、その中でも特に歌姫がバックミュージックの楽曲詩を奏で、試合は大いに盛り上がる。

 その賞品はここ数年ずっと変わっておらず、それは先述の効力を持つマジックアイテムなのだという。


 ユノは、この試合の存在については知っていたが、最近の賞品については知らなかった。



「これがあれば、魔力大龍の精製所プラントのようなものがある場合、真犯人の居城に接近することができるはずです」


「……すごいな。そんなものが。ちなみに、なんで賞品がずっと変わってないの。大量生産品なわけないよね」


「今その闘技場のエースの闘士は賞品に興味がなく、優勝しては賞品を返却することを繰り返しているからです」


「……それ、盛り上がるの?」


「ええ。毎年毎年ものすごい盛り上がりだそうです。高度な殺し合いが見れますので」


「って殺しがあるのか。そりゃそうか……そうか。それならめっちゃ盛り上がるだろうな。でも、私も殺される可能性がある……でも、……そうか……うん、今さらか。別に殺さなくても良いんだよね?」


「はい。会場の雰囲気に流されなければ」


「私に勝ち目はあるの?」


「絶対ではありませんが、ルールにしっかり適応すれば、旦那様なら負けません。死なずに逃げることも可能です」


「そっか」


 目立ちすぎるのもよくないが、以前歌姫について悩んだ通り、名前を売ることのメリットもある。

 「闘技場」が、目的地の候補その一だ。

 そして。


「ねえ、アコ。この世界に、大学みたいなところはない? というか大学はあるんだっけか。なら、一番良いところがいい」


 アコという呼び名は、なんとなくで呼んでいたが、実はアコルテの幼少期の頃の呼ばれ方だったらしい。

 昨晩一緒に寝たベッドの中で、そのことを聞いた。


「大学……ですか。大学で情報を収集したいと」


「ああそれもあるのか。まあそれもある。ただ、このか、この辺りの心理療法が、ちゃんと教われる形で存在するのなら教わりたいかなって思ってさ。教授かなんかにお金を払って知識を貰う」


「……」


 アコルテはしばらく黙りこくった後、口を開いた。


「それならば、ユミスレルが第一候補でしょう。複数の大学が存在し、この国の最高の最高学府も存在しています。まあ王都の大学とどっちが優れているかというのはたびたび議論になるのですが、王都の大学では医学研究はなかったはずです」


「じゃあ足を運んでみたいな」


「ただ、あそこはバルトレイから西です」


「闘技場と正反対なのか……」


 目的地が二つあるのは良いが、それぞれが正反対というのは困る話だ。

 少しだけ考えた。


「幸いにもどっかの組織と敵対しているようなことはないし、黒幕もこちらを認知していないと思う。だから、別行動をとっても特に問題ない。……し、順番に片付けてもいいかな。少し無理が出そうなスケジュールだけど」


「私と目的が相反するようなら、普通に私以外の方を優先してください旦那様。次の試合はもう時期が近かったはずです。試合に集中しま……あ、……」


「? どうしたの?」


「いえ……いえ。私なりに動きますので、大丈夫です」


「? よくわからないけど、日程が近いのは確かにすごーくマズいな。でも嫌です。アコのほうが大事」 何か迷ってるふうのアコルテを押し通し、拒否する。


「ルトナさん」 受付嬢モードに戻って、咎めるような口調だ。ルトナは目をそらしてもう一度「嫌でーす」と返す。


「ユノは、どうしたい?」


「ご主人様に従います」


「そっか。まあ私が決めるのが道理か」


 目を閉じて俯き、考える。


「じゃあ、私は――」




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