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13、スターライトエルフ・ドラゴンフェアリー

 津波のような音がする。

 鼠の鳴く声が無数に重なり合うと、ここまでおぞましい音になるわけだ。


 ――「最近虫の大群が出るらしい。なんでも畑を喰らい尽くしているってさ」。


 何気ない雑談の中の冒険者クリスの言葉が、今思い出された。

 その「虫」が、今、ルトナの目前に群衆として集合している。



 ルトナは、龍を降ろしたユノに背負われて(体格の差から覆い被さっているような感じだが)、翼で飛ぶ空の上から鼠の大群を見る。


「百匹ではないな……千はいるな。二千はないかな。ユノはどう思う?」


「特に異論ありません」


 鼠一体の大きさは、例えるなら電子レンジをひと回り小さくしたくらいだ。

 可愛らしいとはとても思えないサイズなので、遠慮なく殺せる。


 ユノの手を離れて地面に向かい、鼠から少し間合いを取ったところに落ち着く。


「とりあえずアコルテさんを見てきてくれ。私が木属性魔法で覆ったから大丈夫だと思うけど」


 小屋は食い尽くされて消滅した。

 奇妙に思うかもしれないが、そうとしか言えない。鼠はバリバリと木材を食った。

 ルトナの魔法の樹木や人間を食わないのが意味不明なくらいの食欲だった。


「男の方はどうしますか」


「可能なら治してきて」


 返事をせず、ユノは二歩助走をして空に舞い上がった。

 ルトナも同じく数歩歩いて鼠に漸近する。


(まずは様子見……うおッッ!?!?!?)


 鼠達の周囲に魔力が集合し、その魔力は土砂崩れとなってルトナに襲いかかる。

 慌てて間合いを取る。


(地属性魔法……!!)


 威力もそう悪くない。

 高さ数メートル程度、津波のように周囲の草や木を根こそぎ巻き込んで、追跡者ルトナの追跡を無に帰す。

 少なくともチェリネの“ガル・ダリチェ”とは比べ物にならない。


(が、“梟の3”みたいな滅茶苦茶と比べたら別に大したことは……? 魔力大龍ってこんなに弱かったか?)


 建物一つはぶち壊れそうな地属性魔法。しかしこちらにとっては牽制にすらならない。

 気合を入れて魔力をいくらか木属性魔法に変えると、ルトナの周囲には森が一つ生まれ、土砂を一つ残らず受け止めて、あわせて消えた。


「二人とも無事です! ただ、死体が全てギャリイと同様に顎がねじ曲がっています。流石に今は無理なので放置しました」


 ユノは空から帰ってきて砲弾のようにルトナの傍に着地した。

 ユノには初めから地属性魔法など効かない。飛んでるし。


「よっしゃ、問題ないよ。そりゃそうだ死体にキュレア効かないし。しかし気持ち悪いな、なんでギャリイの体から出てきたのかとかいろいろわからないことは多いけど、寄生して増える感じなのかもしれない……こんな感じの個体もいるのか。


 ……とりあえず、ぶっ飛ばす!」


「はい!」


「“ミーア”」「“炎魔弾ファイアボルト”!!」


 波動砲のような勢いのある水のビーム砲。

 螺旋状に回転する炎の砲弾。

 それらは並行して追いかける二人から放たれて鼠の集団に着弾し――


(! 散開したな。そりゃするか……! 倒せたのは十くら、……は!?!?)


 倒した瞬間に、鼠はどろっととけて、音を立てて爆発した。


「!!!!!!!」


 ルトナは慌てて間合いを取った。ユノは高度を上げるだけだ。

 黒いタールのような粘性のある液体がかなりの広範囲に飛び散る。

 かろうじてルトナは無事だが、


(着弾した草がじゅうじゅう言って溶けてる。あとには黒いのがスライムみたいな跡として残るだけだ)


 周囲には黒い泥が点々と拡散し、その泥で植物は溶け、かなり酷いありさまになっている。

 環境破壊というほどではないが……これは時間の経過で癒えるものなのだろうか?


「どうしますか? ご主人様」


「一体だけ処理してみよう。爆発が起きないかもしれない」


「では私が!!」


 ユノが手のひらを空に向けると、ソフトボールの玉程度の水の弾丸が現れた。それを肩から上だけで投げると、銃弾のように高速回転して、黒い鼠達の中の一匹にぶち当たる。


 ぱぁん、攻撃を食らった鼠はスナイパーライフルの直撃を受けた泥人形のように破裂して、小さな、半径一メートル程度の爆発を起こし、さっきと同じく周囲に爪痕を残して消えた。


「爆発はするみたいですね」


「ああ。まずいな……強くないけど、倒せねえタイプのやつか……」


 ルトナは参った。

 群体、倒したら悪影響がある、一つずつなら想定したこともあったが、二つ重なった場合どうするかを考えていなかった。


「ご主人様、こっちは街の方角ですよ。街に侵入されるとやばいんじゃないですか!? 多分壁は機能しませんよこいつら!」


「だよなわかってるっ」


 鼠の走る時速は人以上馬以下という感じだ。

 街は近く、そこまでの猶予はない。


 倒せない敵を倒すにはどうすればいいか。哲学の問答かよと自分で自分にツッコミを入れる。


「時間を稼いでくれ。考える」


「そう言われても、……」


 ユノは一度反駁しかけたが黙って従い、空を飛んで鼠達の前に立ちふさがり、魔力を回した。


「“銃水ガンウォーター”!!」


 初耳のスキルだ。

 威力をあまり伴わない、洪水のような水が鼠達を押し返す。

 だが、それでも鼠たちは、水に浮かび、時には仲間を踏み台にして前に進む。


「じ、時間稼ぎにさえなりません、無理ですこれ、何も思いつかないです! 急いで下さいーっ、ご主人様ーっ!!!」


「わかってる!」


 考える。考える。考える。走りながら考える。だが、思いつかない。


(最悪の場合は被害を無視して全員爆死させるしかねえかな……ただ同時殺害数が増えれば増えるほど爆発の規模が増えるっぽい感じあるから、一箇所でばーんと爆発させて被害最小限にしましたてへぺろってわけにはいか、………………あ? …………………………………………………………これでいけるか?)


「ユノ」


「?」


「空に送ろう」



 鼠を見ていると蜂の軍勢を思い出す。

 シャルドリアビーと呼ばれる巨大な蜂、そして……それと戦う二人の傍らにはグドリシアがいた。


 翻って、今、二人はアコルテを守ろうと動いてきて、実際にそれが成就されようとしている。



 二秒で終わった作戦会議のあと、ルトナとユノは鼠の集団からそれなりに離れたところで彼らが街に向かって前進するのを見る。ユノはルトナの傍に控えている。

 鼠たちの軍勢は一切何も疑わず街に走る。


(冥府魚型が街を狙う理由はいまいちわからんが、鼠が街を狙う理由は俺にもわかる。漏らさず殺さねえと大惨事になりそうだな)


 死体やギャリイに取り憑いて、その腹を、顎を食いちぎり増える鼠。

 おそらく、これまで荒らしてきた村でもじわじわと増えてきたのだろう。


(ゾンビかよ。その上殺したら周囲に大迷惑とかシャレにならん。……きっちり殺してやる)


 ルトナは片手をあげ、傍らに控える奴隷に無言で指示を飛ばす。


 ユノはその指示を受けて空を飛び鼠の大群の直上に浮かび上がった。

 そして髪に隠れた上目遣いで空を睥睨し、全ての魔力を開放する。



 最初の魔力大龍のことを思い出す。

 背負われるだけで、大したことができたわけでもないあの惨めな戦いのことを。


(ああ――)


 思い出すだけで、殺意おもいで、歓喜おもいで、身が焦がれる。心が焼かれる。

 今の自分には力がある。もう守られるだけの奴隷であるつもりはない。

 肩を並べ、敵を倒す。

 その姿を、ここならばあの子もきっと見ているだろう。


 再起の夜にあの子の墓から掘り起こした、髪につけている二つの髪飾りのうちの、あの子がつけていたほうの髪飾りを自分で触る。ぱちんと指で弾く。泥で薄汚れているのは土の中に埋まっていたからだ。


 あの子のために何ができるか。その答えはいつからかずっとここにある。

 「主人を英雄にする」。ルトナ・ステファニエが英雄になれば、あの子は英雄のための尊い犠牲になる。馬鹿の浅慮で無意味に死んだ大切な友人は――英雄がその意思を手に入れるための、最初の影となり、礎となる!!


(必ずそうなる。……必ずそうする!!!!)


 その強い想いに呼応して、魔力はもう一度爆発的に膨れ上がった。

 大きく息を吸い、小さな体と小さな声で龍が咆哮するように叫ぶ――



「 “ 魔力対流ヴォルケーノヴァイパー ” 」




 龍を象ったいくつもの水柱が、爆発的な音ともに地面から間欠泉のように吹き出し、鼠を取り囲み円柱状の水の壁を作り出す。

 それを追いかけるようにしてルトナの無詠唱木属性魔法が円柱状の網を作っていき、水の壁を補強する。


 地響きを伴って水の壁が黒い大群の行き先を封鎖する。

 脱出を試みる個体もいるようであるが、彼らは水圧で吹き飛ばされ押し戻される。


「ご主人様っ!!」


 網目の中から水を突き破って出てきたユノが叫ぶと同時に、ルトナは木を膨張させ網の網目を可能な限り封鎖した。

 僅かに隙間はできているが、それはユノの水魔法がカバーしている。


「オッケー、ユノ。――――――これで終わりだっっ!!!!!」


 ルトナはどこまでも魔力を高めていく。

 あの日以来毎日地道な鍛錬で積み重ねた魔力が、爆弾のように膨れ上がり、また収縮していく。


(うウ――頭が、痛い……)


 抑えきれない。

 魔力おもいが、意志おもいが、溢れかえり、止まらない。

 大切な人を一人も逃さない。私に対する謝罪も許さない。

 世界を救う。世界を救ってエルフを全員妻にする。

 それら大小様々な思いが、脳の中でぐるぐる回って、融けてしまいそうだ。


 それらの魔力を右手に収縮させ、水と樹木の塔の内部に向ける。

 生半可な火力では後を引くというのなら、今の自分が使える最強の魔法で、全て消し飛ばす。


(全力で行くぞ。俺は……私は……世界を救って英雄になる。

 …………もっと強いのを……強いスキルを……!! 焼き尽くすだけじゃない、国なんてスケールじゃない、もっともっともっともっと!!! 何もかも消し飛ばせるような!!!)


 ぱきっ、ぱきっ、想いに応え、自分の中の何かが壊れる音が聞こえる。


 世界を救って英雄になる。


 なれるはずだ。


 もしもこの力で誰かが守れるのなら。


 煌めく星のように大切な誰かを、守りきることができたのなら――!!!!!



「 “ 星の再生(スター・リスタート) ”!!!! 」



 どぉん!!!!

 轟音を立てて、炎の柱が空にあがった。

 障壁によって指向性を持たされた、(冥府魚を倒す時に使ったグラ・ガニエルのような)バーナー状の炎が夜の闇を切り裂いて、雲を突き破る。


 その衝撃波は一切こちらに流れてこない。全ての力を、ユノとルトナが作り出した、星へ手を伸ばす塔が受け止めた。


 倒したから爆発する、もクソもない。ルトナの生み出した山をも消し去るような火力は、根こそぎ全てを消滅させた。



 ……かのように見えた。


「ご、ご主人様、あの……爆発、なくなってないみたいですよ」


「……」


 超高空(ヘタをすれば宇宙かもしれないが)には、大量の泥が撒き散らされていた。

 どれだけ火力をあげようとも、完璧に抹消することはできなかったようだ。


 泥で月が雲のように隠れる。


 魔力大龍を倒したことを示す「アナウンス」も、いつまで経っても出ない。


「あれ、爆散してるよな」


「してますね。街までは届かないと思いますけど」


「いや私は届くと思う。というか。大陸中に広まるんじゃ。結構量も多いし」


「まあ、一度で爆破させましたから」


「……私、逮捕はされないだろうけど、……ヤバくない? 実質大犯罪者じゃない?」


「……ノーコメントで」


 ルトナは焦り、冷や汗を垂らしながら頭を高速回転させてなんとかする方法を探す。

 出てきた解答は、ユノの魔法とルトナの魔法でなんとか気合で一箇所に集めることだ。

 一秒でも早く。


「ユノ、俺の後始末を頼んじまって悪いが……、」


 だが、その対処の必要はなかった。


「大丈夫みたいですよ」


「え?」


 散開した魔力の泥は、超高空に吹き上がる。雲を超え。


 天に一度その体積を届かせ、


 そして高空から落下する中で散開して魔力の塵になり、


 地に落ちてくる前に、空気と擦れて流れ星のように消えていった。


「――ご主人様っ」


「――ん」


 二人で目を合わせて頷き合う。


「これで、終わった」


 鼠型魔力大龍 撃破

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