12-2、手を伸ばすということ2
「そういうわけだ。ギャリイ……退け」
ギャリイはよたよたと後ずさった。
まるで、怪物か何かに出会ったみたいに。
「何もしないとは言わない。アコルテさん……いや、アコルテには、私が責任を取って謝罪させる。細かい話は後で詰めよう。アコルテには謝る義務がある。と思う。知らんけど。法律学とか全然知らんけど。だけど……だから。その謝罪を受け入れて、矛を収めてくれ。でなければ、殺す」
言葉にならない言葉をうめいて、ギャリイはなんとか論戦を自分のペースに持っていこうとした。
「な、何がそういうわけだよ。わけわかんねえ。おい落ち着けよアコルテ・ローズマ命が惜しいのはわかるけどよ。結婚ってこういうものだったか? お前の家族はミトン族の連中だけだろ? 母親を、父親を、幼馴染とかいただろ? そいつらを裏切るのか? お前にとって本当に誰よりも大切な人たちだったんじゃねえのか? お前を救ってくれるはずの人間だったんだろ?? そんな軽々しくその中にそんなよく分からん異物をぶち込んで、その大切さはどこに消える????」
「消えねえよ。普通プロポーズで縁なんて切れねえだろ」
「切れるかもしれねえだろうが!! ミトン族っていうのはどんな風習があるかもわからねえ連中なんだよ!」
「じゃあ私ミトン族になるよ。郷に入っては郷に従えって言うしな。私がアコルテさ……アコルテの都合に合わせる。終」
「ぁ……ぐぉ……」
何を言ってもどうにもならないと判断したのか、ギャリイの顔からは表情が抜けた。
アコルテの能面のような表情とかなりよく似ている。
違いは、きっと、当人同士にしかわからないんだろう。
「……くそ……なんでそこまで……」
「昔似た状況で似た関係の人を突き放して、クソみてえな感情を味わわせられたことがあってな。絶対に引かない。私は、二度と、間違えない」
「……クソウ……くっそお……なんでその女にだけ……お姉ちゃんには……お姉ちゃんには……っっっ」
ギャリイも俯き、地面を睨みつける。
そして、悲痛な表情で笑った。
「ハッハハ、面白いな。面白いじゃねえか? ええ? そうだろう? ここまで面白い状況も無え。次に会ったら――」
「逃げるなら、次は無い」
ルトナは死刑を宣告した。
やはり逃げる準備はしていなかったのだろう、ギャリイはだらんと体から力を抜く。
「そのゴミは連続殺人鬼だ。いつの日か嫌になる。家族であることを、やめたくなる。そうすればそいつはまた一人だ。俺と同じようにな。お前らの敵の俺と同じようになぁッ!!! 今は死んでも、その時まで俺は大陸の闇の中――」
「あるかもしれない。アコルテのことを嫌になることが。それでも、そうなっても、私達は大切な家族だ。喧嘩しようといがみ合おうと、家族はずっと、家族だ」
ギャリイは、とうとうこの言葉で、心を折った。
うわ言みたいな小さなつぶやきが、エルフの耳にすべて聞こえる。
「失敗した」「失敗した……」「俺は……失敗した……失敗した…………お姉ちゃん……」「手札がすべて……」「五年かけて探した同胞が皆……」「俺は……ここで終われば、彼らの家族になんて言えば」「でも、手札はもう無い」「エルフに勝てるような手段は……探す、探す……」「けど……家族を取り戻したアコルテは黙って死ぬだろうか……」「家族……」「……いつになればお姉ちゃんの仇を……」「自爆……いや……」「犬死にはしない……………………………………………………殺せるビジョンも湧かない……」
「俺は……どうすれば……………………」
しばらくの沈黙の後、彼はやがて口を開いた。
その沈黙はかなり長かったが、誰も何も言わなかった。
「何がどうあっても……その女を守るんだな……」
「ああ。お前が襲ってきたら殺す。けど、さっき言った通りお前の要求をある程度飲む。どこかで妥協しろ」
再び沈黙する。
長い、長い、沈黙だった。
何度か、自分の腕を千切れそうなくらいに握りしめた。
そして、強く目をつむったあとギャリイは、息を長く吐く。
「……その女に墓の前で……謝罪させろ……そして墓を掃除させろ。被害者……全員のを」
「請け負った。アコルテ、いいよな」
アコルテは無言で顎を引いて、同意を示す。
「毎日だ」
「毎日は無理だ」
「舐めてんのかッ、てめえは! 謝罪する側だろうが!!」
「彼女は私の伴侶になる。用事で連れ出すこともあるし、いろいろと用事があんだよ。大体毎日せかせか謝罪なんて続くわけねーだろ。実現性を考えろ。週一だ。だが必ずやらせる。私が責任持ってやらせる。無断で契約に反したら文句を言ってこい。その時は……私が夫として責任取らせる」
「………………クソ…………後は……うちの手伝いをしろ。呼び出したら、来い」
「うちとはお前らの組織だな? 非合法的な仕事でなく、嫌がらせがねえなら私は問題ない。アコルテさんもいいよな」
「はい。なんでも……します」
「クソ…………マジで呼び出すぞテメエ…………全員の盃に酌をさせる………………」
「嫌がらせにならねえ範疇ならなんでもいいよ。単純作業でも良いし……拷問に限りなく近い労働でも拷問そのものじゃなけりゃ問題ねえよ。拷問させてたら私が報復に行く」
「……………………言っとくが……俺は面従腹背している。ここでは納得したふりをしているが……していても……必ずお前を……排除し、その女を殺す」
「当然の権利とまでは言わないが、そういうこともあるかもしれない。好きにしろ。やってみろ」
ギャリイは黙りこくった。
そして、ずっとしばらく経ってから、歯をギリギリと噛み締めて、静かに、「わかった」とだけ口に出した。
☆
しばらく経って、少しずつであったが、細かい話をまとめ上げた。
1、被害者全員の墓に行き、アコルテ・ローズマは一回ずつ謝罪を行う。また、ギャリイ・キャストリアテも、アリネイブル・キャストリアがアコルテ・ローズマの家族を皆殺しにした件について責任を負う(ただし具体的な謝罪等は不要。はじまりはミトン族側なので。あくまで、責任がないわけではないことを認めるというだけ)。
2、月に一回(数がとても多いので)、アコルテ・ローズマは被害者全員の墓を丁寧に洗う。現実的には、週に一回、四分の一ずつ洗う形になると思われる。
3、ギャリイ・キャストリアテの呼び出しに、アコルテ・ローズマはいつでも答え、ギャリイ・キャストリアテの指示のもとで仕事を行う。仕事の内容は、アコルテ・ローズマを傷つけるためだけのものでなければ、問わない。ただしこの項については、ルトナ・ステファニエのエルフとしての仕事のためにアコルテ・ローズマがバルトレイに不在の場合、無効とする。また、頻度については、月数日を最下限として、ルトナ・ステファニエが異議を申し立てる権利を有する。
4、以上に無断で反し、一度の警告を過ぎても応答がない場合、片方が片方を殺す権利を得る。
この世界には魔法による誓約書が存在するという。
アコルテがそれを所持しているというが、ギャリイはその提供を断った。
言うまでもなく、逆をやるつもりも……すなわちギャリイ側の用意したモノで魔法的な縛りを受けるつもりもない。
「じゃあ、イザニにでも世話してもらうか」
ルトナの提案だった。
欲を言えばシェイルマンにこの二人を連れていきあのクソ野郎に嫌がらせがしたいが、シェイルマンはギャリイとちょっとした関係のある商人であり、この場合いろいろと意図が外れる。
イザニは、自分自身で会うのはずいぶんと久々になるが、多分契約書類系は強いだろう。多分。
仮に本人が無理でも、知り合いの知り合いとか辿ってもらおう。
「……聞いたことがないでもねえが、おそらく付き合いはねえ相手だな。お前が持ってる商人の伝手か? 俺は……異論がない」
ギャリイは問題ないようだったが、
「冒険者の皆さんの戦闘奴隷の取り扱いでそれなりにやり取りがありましたが、大丈夫でしょうか?」
アコルテから異存が出た。
「え、うーん……そりゃそうか。じゃあ、シクレーンさんとか」
「殺すぞ」「絶、対、に、やめて下さい」
「……そんな凄まれても、他に知らないよ、私」
その後も話を続けたが、結果、具体的に宣誓をかわす手段についてはまた考えることになった。
本当は早めに合意を取っておきたかったのだが(面従腹背してるって堂々と宣言されてしまったし)、ルトナが無理なものは仕方がない。
死体は、三人で話している間に、ユノに整えさせようとしたが、
「それに触るな」
「でも」
「触るな!!!! それは……許さない」
ギャリイが本気でブチ切れていたので、やめた。
後日自分の部下を呼び、弔うらしい。
そして、全ての話が終わったあと、
四人でこの小屋を出る。
出ようとした。
☆
「納得いかねエ」
「え?」
アコルテとユノは二人で話しながらゆったりと玄関に向かっている。
ルトナもそれについていこうとした。
ギャリイだけが一人部屋に残り、寝かされっぱなしの死体達のそばで俯いている。
納得行かねえという単語を放ったのはギャリイだ。エルフの聴力が聞き間違えをするはずがない。
ルトナはやはりそういうこともあるだろうな、と思った。
「待って、アコルテ、ユノ」
「?」「はい」
「……やり直しだ」
「……ぁ」「……ですよね。ご主人様が引っ掻き回してるだけですもんね」
ユノの的確過ぎる一言に、ルトナは小さくため息をつく。が、やはり当たり前といえば当たり前だ。ギャリイが何年も追い求めた復讐。それが、ちょっと話しただけでどうこうなるはずがない。
話し合いで簡単にオチがつくのなら、アリネイブルとやらもアコルテの父親も、今なお元気に呼吸しているはずだ。
それでも、話し合いでオチをつける必要があることには変わりない。
ルトナがギャリイ・キャストリアテを殺す筋合いはない。いや殺されかけたわけだしそれをやっても別にいいのだが……
「ギャリイ。付き合おう。どこまでも。それが勝手に割り込んだ俺の責任だと思うし。だからお前も、どこかで妥協を……」
「納得、いカねえ」
「……? いや、だからギャリイ、大丈夫だよって、お前が納得行かねえのなら、もう一度話をまとめ直して……」
けれど、
「ナッとクいカねえ」
繰り返されるその同一の声は、奇妙にひび割れた。
そして、ギャリイの頭が「裏返る」。
(……は!?)
喉の中から、ギャリイの顎を本来閉じる側とは真逆の方向に押し広げて、逆側に折りたたんで、一つの存在が現れた。
ギャリイの頭は顎がブチブチと切り開かれて大変なことになっているが、注目すべきは現れた存在だ。
黒い。
漆黒の……魔力。
飛びあがって地面に降り立った黒色の小動物は、ちょろちょろと這い回る。
そして、甲高い、黒板を引っ掻いたような音で鳴く。
目の前で生まれた冥府魚型とは別のパターンだ。
ルトナがここに来る前に既に生まれていた、獣型と同じパターン。
鼠 型
魔 力 大 龍
「ユノ、魔力大龍!! 構えてっ!!」
「え? え? 構えますが、こんなのなら一撃で……」
「外! 外だ。外の魔力を感知しろ。いる。百は下らねえ。構えろ、死ぬぞ!!」
同時に、この建物が圧壊した。
この地方でいくつもの食料を荒らし、間接的にたくさんの命を奪った、黒い鼠の無数の軍勢の、重みによって。




