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12-1、手を伸ばすということ1

 アコルテの話が終わった。

 そう長くはなかった。簡単な文章がいくつか並んだだけの話だったし、ギャリイ側の話についてはただの推測だけだったからだ。だが、概ね間違いではなかったようではある。ギャリイからの反論はなかった。


「理解できたかクソエルフ? もうわかったらすっこんどけよ。な。お前は本当にお呼びじゃねえんだからよ」


 理解できたかと言われれば理解できた。

 だが、それゆえに這い寄るものがあった。

 恐怖だ。


(め、めちゃくちゃな……要は……家族を全滅させられたから、そいつらの家族を全滅させたってことか……)


 ルトナが恐ろしいものを見る目でアコルテを見ると、目が合って、アコルテは俯いて表情を伏せた。


(全滅全滅殲滅殲滅っておかしいだろ。抗生物質とシャーレ(実験器具)の中の細菌の話じゃねえんだ、全員人間なんだぞ。……あるいは、片方には片方が菌に見えてたってことなのか……?)


 そして、二人は順に口を開く。


「消、え、ろっつってんだ聞こえねーか? 今大切なところなんだよ。俺が死のうとそこの害鳥が死のうと……いろいろな話にちゃんとした形で決着がつくんだ。それでこの話の関係者は皆喜ぶんだよ! ……俺は、……この日を、……五年待ったんだ!!! 部外者はァぁッッ! 消えろぉぉぉぉぉッッッ!!!!」


「……これで……わかったでしょう。恐怖を感じるでしょう。……でも、これは私と私の種族かぞくの問題なんです。私は……やらなければならなかった。皆のために。家族でない人間に、どうこう言われるような問題では……ないです。今回はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。一人で、死にます」


 どこかタガが外れたようにぶちぎれるギャリイ。やんわりと拒否するアコルテ。


 二人の言うことは事実だ。

 きっとアコルテが死ねば、アリネイブル・キャストリアは喜ぶだろう。

 ミトン族に殺された人たちの中で、浮かばれる人もいるはずだ。それはきっと少なくない。


 そして今、アコルテのことがとても怖くなった。

 はっきり言って、おぞましいとすら感じる。

 これまでギャリイに部外者部外者と言われた意味もようやくわかった。ルトナと二人では、内に抱えたその想いの量が、関係性が、違いすぎる。


 けれど、

 その二人に、

 ルトナは、

 少し考えてから……


 言い切った。


「……残念だが、部外者じゃねえ」


「あ゛?」「は?」



「……アコルテさんは、私の大切な人だ」



 当然というかなんというか、ギャリイは口を大きく開けてキレる。


「何言ってんだお前。頭パーか?? ああ???? だからよお前はよ、家族でもなんでもねえだろ、お前は? どの面下げて、俺の家族とこのカスの家族の因縁に、」


「家族じゃなくても大切っていうのはありうると思うけど、家族であればいいの?」


「あ??」


「そっか、そうだよな。確かに……ここまでこんがらがってるんだったら……何の縁もない私なんかが出てくる幕じゃないかな、お前はどう思う?」


「え? 私ですかご主人様? ってそんな振られ方されましても……どうお答えすれば……?」


 ルトナは目を閉じて心のなかに潜りながら、考えをまとめていく。


 できれば最初の一人はエルフが良かったけれど。


 必要なら必要なことをするだけだ。


 「今回は申し訳ありませんでした」。何が申し訳ないっていうんだ?

 その言葉は、許さない。


「じゃあ、アコルテさん」


「は、はい……?」




「結婚しよう、私と」




 ……。


 ルトナを除くこの場の三名が絶句した。

 最初にそこから復活したのはアコルテだった。


「ルトナさん、あの貴方頭おかしいですよ。それとも私の聞き間違えですか?」


「私は正常だし、多分聞き間違えじゃないですよ。結婚しましょう。ここに来る前からこれしかないよなって思ってた。新情報が入った今も変わらない。いや、それどころか、……アコルテさんを絶対に一人で死なせたくなくなった」


「いや、これしか、も何も……」


 次にユノが復活した。


「ご主人様……脳が……」


「何? 何か問題なの?」


「いえ……」


 ユノは黙った。

 ギャリイはずっと黙っている。


「じゃあ、アコルテさん、返事を聞かせてください。……私と、結婚して」


「嫌です」


「よし、了承したな」


「話を聞いて下さい……迷惑です」


 アコルテはルトナの言葉を否定する。

 その言葉を、ルトナはもう一度否定する。


「思えば私も説明不足でした。なんでアコルテさんを守りたいのか説明します。


 グドリシアの件、知ってますよね。私はあれが本当に辛かった。ミルの件だってそうだ。本当に辛かったから、決めたんです。周りにいる人間を、絶対に守る、と。もうすでにアコルテさんは私の周りの人間だ。いつからかは覚えていない。考えるつもりもない。けどそれなりに前からそうだった。


 だから、守る。

 絶対に守る。

 大切な人のために必要なことなら、どんなことでもする」


 グドリシアは責任を感じて当たり前の立場だったということで置いておいても、ミルの死で受けた絶望だって、忘れられない。


 アコルテと彼女とどちらの価値が上とかは言えない。どちらにより深く恩を受けたかも、わからない。わからないからこそ、わかっているのはただひとつだ。

 ……アコルテをこのまま黙って殺させるようなことがあったら、神に力を返して、首でも吊って死ぬ。


(……まずアコルテさんには生きてもらわないと。俺が死ぬ。誰が殺したとか誰を殺したとか、ごめんなさいとか、そういう話はその後だ。知ったことじゃ……これから知る立場になるんだけど……少なくとも今は知ったことじゃない。何? ミトン族とか六大種族とか共和国侵略大戦とか高地の民とか。知らんわ!! 俺には関係ない。徹頭徹尾関係ない。なんなら俺は半年前までこの世界自体とすら関係なかった。知らねええ!!! よそ当たれ!! クソが!!! もちろん、一度関わってしまった以上、明日からはこうは言えないんだけど……)


 これは、手を伸ばすための戦いだ。

 救って当たり前の立場の相手を救うのは簡単だ。がむしゃらに動けばいい。

 例えばユノが窮地に陥ったときは敵を殺すか自分が死ぬかまで動き続ければそれで話は終わる。


 けれど、救って当たり前でもない、けど救いたい相手を救うときは。


 「救って当たり前でもない、けど救いたい相手を救う」という活動は、「大切な人を取り戻すための暗闇」に抗うことに、他ならない。……大切な人の窮地に対する、「別に構わないんじゃないか、自分は無関係なんじゃないか」という暗い想念を、切り裂くんだ。


「だから、どうかこの手を取って。誰かの悲しそうな謝罪はあってはならない。俺はそのために生まれてきた。家族の助けしか要らないなら……私は貴方の家族になる。家族しかアコルテさんを想わないっていうのなら……私は既に貴方の家族だ」


 二度と借りのある相手から手を離さないように。


 アコルテは目を一瞬見開き、深く俯いた。

 そして、何も言わなくなった。


「よし、了承したな」


 ギャリイのほうに顔を向けると、背後から声が聞こえる。もう一度振り向いた。


「私と……」


「なあに?」


「……結婚ですか」


「うん。する。私のことが嫌い?」


「いえ……好きとか嫌いとかではなくて…………」


「なら、する。絶対。地の果てまで追い詰めてでも、貴方を奪いに行く」


「私は…………………………………………………………」


「?」


「私は、…………………………重い女ですよ。夫が殺されたら……復讐するかもしれないし……そうでなくても即自刃すると思います……」


「私は死なねえ。安心しろ」


「たった一人しかいなくなってしまったミトン族……ルトナさんはその族長になるんです。私を娶るというのはそういうことです」


「その辺りの話は後で詰めよう」


「『後で』じゃないです……私は……私は……家族でないルトナさんに、そんな私の……私のことは放っておいて下さい、私にはもう家族がいなくて、だから私は自分がいつ死ぬかを自分で決めれて……家族のことを……ぁ……家族……に……ミトン族の人間は……戦闘に負けなければ………………」


 アコルテはここまで言って言葉を途切れさせた。

 ユノが、その片手を両手で握る。


 ノックアウトしたとルトナは思った。

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