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11、氷とギャングの復讐譚

 いじめられっ子というわけではなかったのだと思う。

 ただ、誰からも軽く見られる人間だった。


 貴族や商人の子供たちが通う初等教育の学校の教師、クラスメートだけではなく、

 親からも。


 学校では何も取り柄がなかった。勉強ができたわけでもなく、運動ができたわけでもなく、家に力があったわけでもなく。

 だから(暴力でリンチされるようなことはなかったが、)自分の身の回りには誰もいなかったし、集団で集まるようなときには、時には残酷なほど存在を無視された。

 そのことについて軽く触れても、なんてことはない。「え? そだっけ? 悪い」こんな感じの言葉が返ってくるだけで、自分の待遇が変わることはなかった。向こうに悪意はないのだ。改善のしようがない。

 悪意を持って虐められていたようなヤツも周囲にいた。そういうのとは違い自分の場合、ただ周りがこちらの存在を「比較的」「軽視しているだけ」。あるいは、ああいうのを体を張って助けようとでもしたら、少しは何かが変わったりしたのだろうか?


 家に帰っても居場所がなかった。

 貧しい商人である自分の父親と母親は、常に自分の教育方針や上手くいかない商売のことで怒鳴り合っていた。両親が怒鳴りあって殴り合う声を、布団と部屋の向こうから聞いて、そのたびに震え上がっていた。

 いつ二人が離縁して父さんと母さんがいなくなってしまうのだろう、そのときが来たらどっちに「付けば」いいんだろう、あるいはどうすれば仲良くしてくれるのだろう、そんなことばかりを考えていた。

 家にいても心が落ち着かないのだから、当然外での自分をなんとかしようという気は起こらない。


「君が……ギャリイくんだな」


 そんな中に現れたのは、彫像のように美しい、まるで氷の彫刻をそのまま人間のようにしたかのような美人のお姉さん。


 彼女の名前はアリネイブル・キャストリア。シンプルで黒い文官の制服を着た、親戚の親戚の親戚辺りの、ほとんど他人のような間柄の人だった。



 アリネイブルはこの王国の諜報機関の中枢で成り上がった、かつての一族の希望の星のような存在だった。らしい。あとから聞いたことだ。

 二十五歳前後という極めて若い年齢で、もうほとんど一番上に近い位置にいるという。

 何故うちに来たのかはよく知らないが、彼女の家での遺産の話の関係で、うちの家(どんな家名だったか、もう捨てた名字で覚えていない)にも用事を持ってきたのだそうだ。


 彼女が滞在したのはせいぜい三日といったところだったが、やたらとギャリイに構いたがった。

 ギャリイのほうも、そろそろ思春期という時期に美人のお姉さんが現れてはまんざらでもない。

 はじめは反発もあったが、アリネイブルとやりとりをする中で、その反発も薄れていった。



 ギャリイの唯一の特技は石を投げて的当てをすることだった。そのことを自慢したくて、遊びの中で二人で的当てをすることになった。

 街の近くの安全な森の中(里山の中、というくらいが正しいかもしれない)、家から持ち出した射撃の的を出して、遠くの切り株の上に置く。


「見ててよ、お姉ちゃん!」


 ギャリイは石を振りかぶって投げた。ひゅーん、ぺち。見事にその石は的に命中する。

 ボール遊びとかには役に立たない。筋力がないから。だから、この特技は、純粋に、的に当てられるだけ。


「大したものだ。この体のコントロールは、うちの部下でもそうそういないな」


 それでも、アリネイブルはギャリイのことを褒めた。

 ギャリイは目を輝かせた。

 この特技を誰かに褒められたのは、生まれて初めてだったからだ。

 見せる友人などいないし、親に見せようとしたら仕事の邪魔だと罵倒された。


 アリネイブルはいたずらっぽく笑った。


「秘密を教えてもらったからには……私も秘密を教えないといけないな」


「?」



 彼女が取り出したのは、金属でできた物体だった。カギ状といえばいいか、直角に交差して握り手が付けられている。その握り手には、人差し指で引く引き金がついている。

 アリネイブルは、これが何に見えるか聞いた。

 ……見覚えが、ないでもない。


「これ……魔法器? あの、父さんも持ってる、電撃がビリビリってするやつ」


「ふふ。外れだ。まあ一応魔法器といえなくもない。これはな。こう使う。……ええと、あれは壊れてしまっても大丈夫な的か?」


「……うん、大丈夫だけど……? 直せばいいし」


 その言葉を聞いてアリネイブルが的に向けて引き金を引くと、ぱぁんと音を立てて的に穴が開いた。

 何かが射出されたようにも見えた。何かが飛んでいったからだ。

 射出された時は無音で、かしゃ、と引き金が引かれる音だけがした。


「……!?!?!? スッゲェ! 何あれ? 当たったんだよね。ど真ん中!」


「驚いているな。私は君のように的当てができないが……この武器を使いこなせる。これでお揃いになれただろうか?」


「うん、凄いよ、お姉ちゃん!」


 アリネイブルはこの武器を、銃と名付けたという。


「この金属塊自体には直接的な仕掛けはない。そして、射出した弾も消える。だから、一切何も証拠が残らず、私は仕事を遂行することができる」


「証拠? 何かを飛ばす武器でしょう、それ。その飛ばした何かは残らないの?」


「残らない。消える」


「えー、なんで?」


「くくく。教えることはできないな、私はこれで仕事をしている。――ギャリイくんだって、自分が的当て、どうして上手くなったかとか、全部話してもつまらないでしょう?」


「……そっか。そうかも」


 でも、ナゾナゾの答えに対する答え合わせならしてあげる、とうっすら笑った。


「ヒントは、今のはこの道具を使った無詠唱魔法で、私が火属性魔法使いであること、だ。答えは二人だけのナイショ」


「……うん!!」



 帰り道で、アリネイブルは、ギャリイに、「何かご両親のことで困ったことはないか」と聞いた。

 後で知ったことだが、アリネイブルの両親は戦争で死んでいた。

 家族をなくした人間として、少し疲弊しているように見えるギャリイの一家に、何か思うことがあったのかもしれない。


 ギャリイは、胸を張って、無い、と答えた。

 冷静に考えればわかる。自分はガキだが馬鹿じゃない。自分が石を投げるより、彼女の「銃」のほうがずっとずっとすごい。

 けれど、そんな凄い特技を持っているにも関わらず、実力を認めてくれた目の前の女性。

 幼い心に芽生えた、最初の意地と憧れだった。


「ん? どうした?」


「……お姉ちゃん。お仕事、頑張ってね」


「……ああ。もちろん」


 じっと見つめてしまっていたらしい。ごまかしてから目をそらした。そして心のなかで彼女の顔を反復させる。

 綺麗な声。凛とした表情。

 この人に……並ぶことができたら。



 ギャリイはそれから、すべての物事に懸命に努力できるようになった。

 目的は一つ、アリネイブルと同じ職場ばしょに立って、彼女にあの日の謎掛けについて自分の推理を話すこと。


 この国の諜報部隊というのは、文官としての素養も、武官としての……とりわけ弓兵としての力も相応に要求される。どちらも極めてハイレベルでなければ、チャンスを掴むことさえできないのだ。


 学業、運動、どちらにも全力で取り組んだ。別に素質がなかったわけではなかったらしく、努力に答えてギャリイの能力はすくすくと上がった。そうすると、ギャリイの周りにはなんだかんだで人が集まってくるようになった。


 両親の怒鳴り声はいつしか気にならなくなった。それどころか、「うるせえからやめろ」と黙らせた。自分は文官になる。一人でだって生きていけるし、こんなことを気にしているような場合ではない!


 アリネイブルに対して異性として興味を持っていなかったと言えば嘘になる。この感情は、言ってしまえば、初恋に似ている。

 けれど、やっぱり憧れのほうが強かったのだと思う。

 極めて綺麗な人だったのに、天上の声のような美しい声だったのに、どんな時でもかつて自分に向けられた笑みが頭から焼き付いて離れないのに、少年ギャリイは、彼女を使って一度も自慰をしなかった。しようとさえ思わなかった。

 恋と性欲を切り離すべきかどうかは知らない。けれど、ギャリイにとってのアリネイブルは、そういうものとはそもそも位相が違った。


 何個かの様々な失敗と挫折を乗り越えて、少年と青年の狭間まで成長したギャリイは、狭き門である王都の文官養成学校に、とうとう合格した。

 基本的にはここは貴族の子供が来るところだ。貴族だけが入学でき、文官になることができる。別に袖の下とかコネとかそういうことではなく、文官とは貴族の次男以降がなるもので、そういう制度になっているというだけ。

 零細商人の子供であるギャリイが合格するためには、極めて難しい競争をくぐり抜ける必要があって。それでも無事に受かった。


 受かってしまいさえすれば、まだまだ選抜と時間があるが、不祥事を起こさなければ少なくとも文官になることは確定だ。

 あとは、どうやって諜報機関に潜り込むか。

 嬉しかった。

 嬉しくてたまらなかった。


 そして、そこで、訃報を聞いた。

 アリネイブル・キャストリアが、何者かに殺されたという。



「リノ姉。気分はどうです?」


「ああ。悪くない。……そういえば、話したっけか、この前親戚の子供に会ってきた。お仕事頑張ってねと言われてしまったよ」


「へえ。親戚。リノ姉って人間だったんですね」


「何だその言い方は。可愛かったよ。強い子だった。おじ様とおば様の顔はかなり荒んでいて、子供として苦労もあるだろうに、胸を張っていた。面白い特技を持っていてな。ひょっとしたらお前の上司になるかも知れんぞ」


「逆でしょ逆! 仮にそういう縁があるとして、僕が上司ですよぉ」


「ふふっ、あはは」


 アリネイブル・キャストリアは笑った。

 殺しの準備だけが整った、ミトン族の集落の前で。

 一人の腹心とともに、ミトン族の集落を、殺意を込めて睥睨しながら。



 アリネイブル・キャストリアの両親は、ともにミトン族に殺されている。

 キャストリア家はそれなりの名門である。というか、かつて名門であったと言うべきか。だから、アリネイブルの両親も、一応戦場に出る立場ではあった。

 一応というのはどういう立ち位置かというと、非戦闘員というと卑怯だが、それでも拷問されるいわれはないような役職、というくらいだ。

 その両親の手首から先が、幼い日のキャストリアの家に届いた。何かの要求があったようで、まだ未成年の兄と隠居していた祖父がそれに応えた(らしい)。


 家系をたどれば、ミトン族に殺された人間は数多かった。

 おそらく、どの武官の家でもそうなのだろうとは思った。

 そして、幼い日のアリネイブルは決意した。この種族を、この大陸から排除しなければならない。


 実際には彼ら種族の所業が教会から黙認を受けている理由はある。

 それは、彼らの弓兵としての戦力は魔族と戦うのに必須であるということだ。

 二百年も魔族との戦争がないのに教会の姿勢は大げさだと笑う市井の民もいるが、それは明確な間違えだとアリネイブルは考える。魔族がこちらに本気で攻めてきた時、どれだけ力があっても足りない。


 ただ、冷静に考えればわかることだ。彼らを殺すことで失う千人(ミトン族)と、彼らを殺すことで得られる十万人(彼らが将来的に殺すと思われる人族)と、どちらが大切か、どちらがより価値があるか。その序列をつけることは難しい。


 アリネイブルにとって釣り合っている天秤。釣り合っているのなら当たり前のごとく自分に害したほうを消す。1+1よりもわかりやすい恨みと利害の足し算。こんな簡単な問題を、彼女があやまつことはない。



「リノ姉! 各結節点との連絡が完了しました。そして、全員いつでもやれます」


 伝令の部下が入ってきた。女だ。彼女は限定的ながら意思をやりとりする魔法が使えるので、アリネイブルの直下の立ち位置においている。

 この場には三人の人間が揃っている。

 そして、策に使うための何体かの魔族も。


 策を大量に用意した。

 まずこの領域は封鎖されている。心理的な結界で、逃げようという本当の意思がなければ「応戦しようとしてしまう」ようになっている。戦場でもめったに使われることのない魔法であり、戦術的な視点までしか知らない弓兵は存在を知ることのない魔法だ。何かされていると思ったことくらいはあるかもしれないが。そして、この集落のうち一人くらいは対策まで知っているかもしれないが。


「結界は万全か?」


「はい、完全ですっ!」


 そして、海に住まうクラン族と取引をして魔族を拉致させた。

 厳重に拘束した魔族の少年と少女が十体程度涎を垂らしながらうめいている。

 薬で無力化し手中に収めた彼らには、この里を彼らが得意とする重圧と昏睡の魔法で覆わせる。

 魔族は子供でも強力な魔力を持つ。


「クラン族には大きな借りを作ってしまったな。まあ、借りとは目的を果たすためのものなのだから、作るべき時に作らないと意味がないが」


「そうですよぉリノ姉。バンバン作っていきましょう借り。返済は僕じゃない誰かがやるので」


 魔力とは想いの力である。

 なので、この魔族は今から殺す。

 殺されかけることをスイッチとして、彼らの魔力は膨れ上がり、ミトン族の集落を覆う。そういうふうにしてある。

 そしてアリネイブル達は彼らの魔力を解析し対策済みであり、その補助魔法の威力をもろに受けるのはミトン族側のみだ。

 解放教徒にとって魔族とはゴミだ。こうして使ってやれば世界に存在する価値を果たせる。


「あとは……火だな」


「万事オーケーです」


 爆破ではなく着火の魔法器を、時限式で仕掛けてある。

 魔族の文字通り必死の魔法に抵抗できるのは、ごくごくごくごく一部のみだろう。そもそもミトン族ははじめから魔力が強い一族というわけでもない(魔力も強いが)。

 ミトン族の大多数は眠りながら焼かれて死ぬ。


「鶫への警戒を忘れるなと伝達しろ」


「警戒しろと言われて警戒できるものでもないですがね」


 ミトン族の魔法戦闘を支えるジョーカー、異常なまでに千変万化の万能スキル“鶫”。

 全人族世界が恐れるその力の正体については、これまでの歴史で山のような議論がなされているはずなのに、今もなお誰もこの認識を超えられていない。

 だが、アリネイブルは丁寧に文献を辿りその性能を看破した。


 どういう仕組みかは知らないが、観測されている鶫の効果は多様に過ぎる。一つのスキルではありえない。

 現実でありえないことが起こっているのなら、そのありえないという仮定が間違っている。全く考えられないことではない、鶫は、なんらかの仕組みで「スキルを使うスキル」なのだ。そうであるのなら簡単だ。言葉にはしていない別個のスキルが発動すると考え、それぞれの前兆に備える。それは無詠唱魔法の使い手との戦いと変わりない。


 ここまでで、策の半分だ。



 アリネイブルは深呼吸をして前を向いた。

 自分のこめかみに突きつけた、ハリボテの銃の引き金を引く。

 何も魔法も仕込んでない、ただの自己暗示のような儀式であるが、こうするたびに脊髄に氷が突き刺さったように冷えて、頭が異常なまでに冴える。

 かちゃっ。

 左手に持ったアルコールの盃をちびっと飲み、胃も冷やした。

 かちゃっ。

 十の策を用意し、五の策を成功させて勝利する。何か問題はないか考え直し、問題はないと判断した。


 この日まで長かった。

 この日のために、王国の諜報機関の中を権謀術数で駆けめぐり、一度くらいなら何をやっても許される立場を得た。

 コネを使って、同じくミトン族になんらかの被害を受けた同胞を集めた。探すのは苦労しなかった。ミトン族はあまりに殺しすぎていた。ただ、それでも「殺そう」と誰も言い出さなかっただけで。



 一回一回、自分の頭に突きつけた銃の引き金を引きながら、アリネイブルは精神病者のうわ言のように呟いた。

 狂気によってではない。

 理性によって。


「忘れない。忘れない。私は忘れない」かちゃっ、かちゃっ


「殺す。全員、殺す」かちゃっ、かちゃっ


「腸を引きずり出して、眼球をえぐり出して、生殖器を切り落とし……」かちゃっ、かちゃっ、かちゃっ……


「この薄汚い種族を、一人残らず浄化する……!!!!」


 控える二人も笑いながら答える。


「そうしましょう、リノ姉」


「お仕事、頑張らないとですよ!」


 アリネイブルは号令をした。


「では、結節点ハブに連絡しろ。殺せ。……全滅だ!!!!!」



 結節点とはこの集団の幹部のような立ち位置である。

 七人いる。

 その七人が、それぞれ二人一組か三人一組のチームを七つ程度保持している。

 つまり、三段構成の組織形態を取っている(このピラミッドを通さずアリネイブルに直接属するメンバーも多いが)。

 二百人弱の集団を管理するには、二段構成では相当高度な手腕が要るし、四段構成では多すぎる。


 襲撃は順調に進行した。

 危惧されていた一部の別次元の強者、たとえばアギッタ・ローズマ・アミルトミトンとリーリヤ・略の夫婦なんかも、実際に全て策を実行してしまえば赤子に劣った。


 仮にここでこちらが敗北したとしても、……地下水に仕込んだ毒物で、この土地は暮らせない場所になる。

 まさか間違って飲むことはなかろうが、はたして激減した人口と新天地でどこまでやれるか見ものだ。

 そうなれば一人一人この手で殺していくことだって無理ではない。


(あっけないものだ)


 戦場の趨勢は既に決定し、指示を出す場面もなくなった。アリネイブルがこのたった数人だけの本部にいる意味も薄れてきた。


 策とは、はじめから、「あっけなくするための物」である。

 だから、それらを複数通した時点で、あっけないものになることは当たり前のことだった。


 頃合いか。

 床に立てて林のように並べた、切り落としたミトン族達の右手を見ながら口を開く。


「私は少し出てくる。もう少し見晴らしがいいところで構えているから、魔力を辿って接触してこい」


「? ここも充分かと思いますが」


「いや。言ってしまえば休憩だ。伝令役のお前は無理だが、セトクラも私が戻り次第取れ」


「うーいリノ姉」「えー! 私休憩なしですか」


 答えは聞かず、一人で場所を動いた。


 アリネイブルはこの集団の頭であり最強クラスの戦力でもある。

 腹心のセトクラは一見頼りないがアリネイブルの代わりを務められる優秀な人間であり、戦闘力も自衛可能な程度は持っている。

 だから、代えがたい価値がなくなった自分がいま単独で動き、本部を外れて独自に動くことも取れる手の一つだろう。


 この一夜の祭りは戦闘ではない、殲滅である。

 勝利とは全滅であり敗北とは一人でも逃すことだ。

 一人でも逃せば知識や種は受け継がれ、後の時代に新しいミトン族を生む。

 新しいミトン族自体は時代と人族世界が求めれば生まれるだろう。ただ、そいつらはこのミトン族であってはならない。


(一人も逃さん……一人も……)


 冷静に考えれば、もう逃げてこれるはずがない。

 だから、心の底ではそろそろ疲れて休憩したかったのかもしれないな、と自分ひとりで夜の森の中、一口酒を胃に入れて笑ったりもした。


 その存在と出会うまでは。



 アリネイブルの足は釘付けになった。

 銃を持つ手が、盃を持つ手が、カタカタと震え、アリネイブルに応答しなくなる。


 外を歩き出くわした、この銃の射程距離のギリギリ外。そこにいたのは子供だった。

 だが、その子供は、襲撃者全員を殺してもなお飽き足らないほどの殺意を兼ね備えた子供だった。


(……馬鹿な。ミトン族は実力者を多数クソのように生み出す種族だが。ミトン族でこの足音だとまだ年が一桁か? 一体どれほどの……)


 どれほどの、才覚なのか。

 予感がある。

 アリネイブルでは、この子供に、絶対に勝てない。


 自分の主武装はこの銃だ。

 そして、火属性魔法と体術が少々。

 同じ人族や平均的なミトン族と戦うならば絶対に敗北が無いものの、そしてミトン族最強と謳われる存在とやりあうこともできるものの、この相手にはあまりにも心細すぎる。

 家族を殺された熊とやりあうのに、弓一本と矢三本しか持っていないようなものだ。


 一対一ではまず勝てまい。

 けれど、……ここでこれを放置するわけにはいかない。

 これは必ず我々に報復する。そして、我々の生きる場所に災害をもたらす。


 世界には存在を認めてはいけないものというものが確かにある。

 これまではミトン族がそれなのだと思っていた。

 けれどそれは間違いだった。

 目の前のこれが、それだ。

 自らの震えに打ち勝ち、これをここで食い止めることこそ、……アリネイブル・キャストリアがこの世に生まれた理由。


「――お前が、敵だ」


 夜の闇の中、一流の魔法使いと比べてそこまで多くはない魔力を、それでも最大限回す。

 恐怖を超える。


 パキキ、音を立てて足元の地面が凍りつく。

 まずはここを封鎖する――――!

 そして、


「私は……私のすべてを以て……お前を……殺す……!!!」


 その緊張を破ったのは、駆け寄ってきた伝令役の女部下だった。


「リノ姉! 報告が上がりました! 全滅ですっ!!」


「!?」


 一瞬できた硬直で、巨大な殺意は森から姿を消した。


「なッッッッ!!!」


 あれは逃がしてはいけないものだった。

 まずい。絶対にまずい。


 かしゃかしゃと闇雲に何度か引き金を引く。

 本気で放たれた魔法の弾丸が、その大質量と速度によって、着弾するたびに大きな衝撃音を伴い木をなぎ倒した。

 だがこんなもの、当たるはずがない……。

 追いかけなければ。


 もちろん非戦闘員に近いこの子と一緒に戦って、まともな結果になるとも思えない。

 最悪二人共人質かなにかになって戦況が全てひっくり返る……ことはなかろうが、それでも完全勝利とはいえない結末になってもおかしくない。

 それでも、ここであれを逃がすよりは――


「今の気配をお前も感じただろう? 伝達を急げ、そして私から決して離……」


「? 気配? ですか?」


 しかし、まずは確認を取って追撃しようとしたアリネイブルを、伝令役の女部下の言葉が押しとどめた。


「いえ。誰も」


「……?? 魔力感応力が高い、お前が……??? 何も感じなかった? というのか?」


「はい。……?? 何かいたんですか?」



 ミトン族は無事全滅させた。

 死体はミトン族の戸籍と全てが照らし合わされ、一人として死体に欠けがない。

 正確な確認はできないものの、欠損箇所や年齢から見てまず間違いない。

 並んでいる死体の数が、ミトン族の総数と合致している。


「……終わった……?」


「はい、終わったんですよ、リノ姉!」「やった~~~!!」


 本部に控える二人が呑気に喜んでいる。

 結節点達も遅れて本部に到着した。報告とそれに伴う喜びのやり取りが始まり、それを魔物に幻惑されたような表情で聞く。


「やりましたね、リノさん」


「セトクラか……」


「欠けは全体で十人切ってます。これは普通の作戦としてみても快挙ですよ。ましてやこんなイカれたエクストリームな難易度の作戦でこの死亡率!! 我々は完全勝利したんです!!」


「……」


「いやーマジで苦労しましたよ。僕が言い出したことですが、あんな新方式の暗号、口頭で発言できるようにするのは本当に面倒でした。でも、変換式の暗号は……ミトン族の情報戦力だと普通に読まれてしまうのでね」 文頭でのやり取りは言うまでもないことであるが、口頭でも、王国の符号は解析される可能性、もしくは既に解析されている可能性が高い。そこをいっそ言語ごと暗号化し意思疎通を行うようにする。セトクラの考案した奇策だった。アリネイブル視点では理にかなっている。


「……」


「……何か、引っ掛かりが?」


「ああ。さっきの話だ」


「撃ち漏らしの件ですか? ……どうします? 実際に何かあった可能性は低いと思いますが……」


「…………ああ。わかってる。注意喚起で済ませよう。私はこの後も動くが」


「……何、大丈夫ですよ。リディ(伝令役の部下)が人の魔力を感知できないというのはありえません。あいつ、あんなんですけど、あいつより優秀な補助系魔法使いって別の国行かなきゃいないですよ。人族ならともかく……魔力を持ってないミトン族なんて、存在するわけがない。その上、死体は全部揃っている。アルコール中毒と極度の興奮状態で、幻覚を見た可能性のほうが高いです」


「……ミトン族の鶫に、気配を消すタイプのものがなかったか」


「それでも、魔力は見えます」


「……ああ。そうだ。そうなんだよな。……そうだといいが。おい、クートリエ(その場にいた、結節点の一人)」


「はい。……なんでしょう?」


「明日……………………」アリネイブルはちらりと周りの人間の表情の疲労を見て、言葉を変えた。「いや。三日後、結節点を集めろ」


「はい。ひょっとして祝勝会ですか?」


「…………祝勝会に、なっていたらよかったな」


「?」



 アリネイブルはその後も警戒を怠らなかった。余暇の時間を利用し、また時には職務のついでをたくさん使って、あの日取り逃したあの怪物を捜索した。

 襲撃に参加した人間達全員にも、何があるかわからないから警戒しろという号令を出した。


 それから数年が経ち、アリネイブルはちょっとずつ諦めと後悔を感じ始めてきた。

 自分の感覚を信じないつもりはない。

 アルコールで幻覚を見ることは、ありうるが、そんなに都合のいい幻覚など存在しない。


 やはり、あの時あれを殺しておくべきだったのだ。

 それが無理でも、山狩りの真似事を……いや、あれを相手に二百人でそんなことをすれば、個別撃破されて終わりだろう。


 私は、しくじった。

 何をどうしくじったかはもっと精査しなければなるまいが、とにかく、しくじったんだ。


 その感覚は正解だった。

 ミトン族の“全滅”から五年後、アリネイブルは正体不明の何かに殺されることになる。



「お姉ちゃん……」


 アリネイブル・キャストリアの墓前で、ギャリイは呆然として立った。


「俺……答え……ずっと前から見つけてたのに……」


 何度目をこすっても、やはり彼女の名前を刻んだ墓はそこにあった。

 教会のモチーフ、六つの長方形を重ね合わせたモニュメントが墓である。

 その墓の前で、故人を想う。


 アリネイブルの死を知ったのは、親戚を通してだった。

 その親戚は、アリネイブルの死の原因を知らないようだった。

 あるいは、誰も知らないのかもしれない。

 差し伸ばしてくれた手を握り返すその数瞬前に、暗闇が姉の手を攫っていった。


(少なくとも……何がお姉ちゃんを殺したのか……それだけは……明らかにする必要がある)


 明らかにできるものなのだろうか。

 文官として活動していた彼女の理由不明な死――即ちこれから踏み込むのはこの国の裏の領域だ。

 けれど、やる。

 合格通知を握りしめる。不可能なことなどなにもないのだと教えてくれたのは彼女への憧れだ。


 そして、明確な対象が存在するのなら、

 報復しなくてはならない。

 絶対に。



 この決意は、彼の予想外と言えばいいか予想通りと言えばいいか、年単位の時間がかかって成就することになる。

 アリネイブルがどういう人間だったか、何をやったか、なぜ死んだかを探すのは比較的簡単だった。

 文官として仮に就職し、国の内情を知れば。


 アリネイブルが死んだ時期、同時期に大量死した人間の共通点。

 それは、秘密裏にミトン族を襲撃したこと。

 ミトン族の生き残りが何かをしたことは確定である。あとはそれを殺すだけ。


 けれど、それはただでは済まない。

 何人が生き残ったかはわからないが、そいつらは少なくとも数ヶ月で五百人以上を殺す組織力と実力を秘めている。

 それは、一言で言って、本気で行かなければ死ぬ。


 文官見習い、そして新米文官としての伝手とコネを最大限に使い、戦力をちょっとずつ結集した。

 殺された人間は、実行部隊とその配偶者、及びその子供に限られていた。彼ら彼女らの兄、弟、姉、妹、親、……復讐の理由が存在する人間は、多くはないが少なくもない。

 結集は早くはないが着実だった。


 また、国に属していたアリネイブル達は敗北したし、ミトン族の生き残りに接敵することができなかった。

 そのために、「裏側の力」が必要だと直感する。

 ギャリイ達に、ギャングとして動き成功する力はあった。大きな都市のいくつかで一大勢力となって、少しずつ情報と戦力を集めていった。


 キャストリアテという名字を名乗るようになったのはこの辺りからだった。

 分かる人間には分かるようにした。この名字は共通語で「キャストリアの次」といった意味だ。

 嗅ぎつけてきた向こうが殺しに来るのなら大歓迎だ。


 自分の大切な人を奪った者達を、許すことはできない。

 集めるんだ。殺すための力を。



 誰がどうやってアリネイブルを殺したのか。そのことはもうわかった。

 あとは、どんなことがあっても「アコルテ・ローズマ」を殺すことができる戦力を集めるだけだ。


 この名前、頭の羽、身を隠すつもりさえないらしい。

 素人かよと言いたくなる。それとも何かの罠か。

 一人で一集団を全滅させる力を持つ女だ。火喰い鳥(火によって虫を集め狩りをする魔物の鳥)気取りなのかもしれない。



 ギャリイが持つ兵隊は、アコルテ・ローズマを殺すための戦力であり、復讐の同胞である。ほぼ全員が王国人で、人族だ。僅かに草原族など他種族が交じる。

 人類最高峰の弓兵を殺すための人材たちであるから、(どこの非合法集団にも容易に完勝できるわけではないにしても、)その辺りの街のチンピラなど相手にもならない。


 六大都市の中の複数以上に根を張り、かつてアコルテ・ローズマが拠点にしていた街、そして今ものうのうとそれが生きているバルトレイにも進出している。



 そんな日々の中、ギャリイはギャングのボスとして、アコルテの件とは関係ない参加者が半分以上の遊戯大会に出場した。

 馬鹿馬鹿しくはあるが、組織の維持のために必要なことだ。


 ギャングの遊戯大会では、必ずボスが一位になり、二位も政治的に決まる。

 この集団での遊戯大会では、一位がギャリイ、そして二位が客かギャリイの補佐役(兼秘書)のスウであると決まっていた。


 スウはギャリイと同じく身内をアコルテ・ローズマに殺された人間である。

 ギャリイ達の集団が着る礼服(文官の制服に少し装飾を付けた黒い服。復讐に関係ない構成員からもデザインは好評だ)で固めたスウが、喧騒から離れたギャリイに話しかけてきた。


「また一位ですね、ボス。よっ、的当て名人(棒読み)」


「ああ。……良い気分ではあるが、いい加減茶番には飽きてきたな。一位になると決まってりゃあ、マジでやる気も起きん」


「私も二位です。うれしいですね」


「全然嬉しそうに見えんぞ」


 雑談を終えて、スウは本題に入った。


「“例の件”が終わったら、ボスはどうされますか?」


「『終わったら』?」


「はい、終わったら、です」


「終わったら……」


 ここで、ギャリイは現在の目標が終わったその後のことを何も考えていなかったことに気付いた。

 アリネイブルの微笑みに氷でできた火を点火され、それを元に一心不乱に彼女のもとに近づこうとして、それが無理になった今、彼女の敵討ちをしようと躍起になっている。

 その先に……何があるのか。

 一切、これまで、考えていなかった。


 そういう時、ギャリイはギャングのボスらしく豪放に振る舞う。

 人形が、演じるべき役の台本を押し付けられたかのように。


「はっ。じゃあ、そのときは……お前を嫁にでも貰って隠居するか。全て終わってるわけだしな。この集団も……ドリザガ辺りに渡しゃあ上手くやるだろうよ」


「っ!? ……そ、それは、凄くうれしいです。ボス。私、その、ボスのことが……だから、その、お待ちして、おります。決着をつけるよう、がんばります」


 しどろもどろになって、指を弄りながら上目遣いでギャリイを見つめるスウ。

 それをどうでもいい顔で見つめながらギャリイは思った。

 まあいいか。

 死ねば。



「アコルテ・ローズマにエルフがついた? なんだそれは。エルフという種族がついたということか?」


「違います。個人です」


「裏にヒモは。ついてんのか?」


「データを渡しますので、確認して下さい」


「ああ」


 新情報。ここに来てなんだってんだよ、と心のなかでぼやきながら頭をかく。毒、罠、武器、人員、いろいろな準備が整ったはずだったんだ。


 だが、すぐにその感情を落ち着けた。

 何が来ようと同じだ。

 敵が強大なことなんてわかりきっている。エルフが一人増えたからといって、何の問題がある?

 どれだけ強大な敵が来ようとも、たとえエルフが全面的にアコルテ・ローズマをバックアップしたとしても、戦う。その場合はあの種族にこの大陸から消えてもらう。


「データ次第だが……会議をする必要があるかもしれん。準備をしとけ」


「議題は」


「体を張って守るような存在が生まれたなら……それごと殺してえ。だが危ない橋を渡る事になるし俺の一存では決められん。ギャングのボスは俺だが復讐にボスは不在だ。合意を取る」


「了解しました」


 次の手を打ってから、死んでも忘れない殺意を、偽の酒を飲み干して飲み込む。偽の酒とはただの水のことだ。手元の容器にはいつも水を入れている。彼女と違ってギャリイは酔う。酔うと能力が落ちる。けれど、水によって、キャストリアの模倣をする。


 まず形として報復はされなければならない。細かい道理はその後だ。


 待っていろ。

 必ず殺す。

 天の果てまで追いかけてでも、ギャリイ・キャストリアテはアコルテ・ローズマを殺す。

 自分の犯した罪を贖って、繰り返し謝りながら死ね。




挿絵(By みてみん)

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