4-2、優しいお姉ちゃんとマルミサンド2
唐突に現れた女の子は、いかにも冒険者という出で立ちだった。両手を後ろに置いて、覗き込んできている。
耳は普通の耳だ。エルフではない。短いズボン(ホットパンツ)とベストには、ポケットだらけ。身長は、女としてはすらっとしている方であるルトナより、頭半分大きいくらいだろうか。自分が座っているから正確なところはわからないが、おそらく百七十センチ前後だろう。もっとも、自分の身長を正確に把握してるわけじゃない今、正確に他人の身長を計測するのは困難ではある。
スタイルはかなりいい。その上、胸の谷間が(露骨すぎない程度に)強調された服を着ている。そういうファッションなのだろう。タイツに包まれた両足は、バキバキに筋肉がついてるわけではないが、かなり鍛えられている。薄くピンクがかった灰色のショートヘアと、暗い赤色のブーツの色は、同系統の色を合わせてあるのだろうか。
派手なオーラなどはなく、どこかモブっぽい感じの容姿とも言えたが、それは彼女の親しみやすさの裏返しにも思えた。
「お腹減ってる?」
「……はい。めっちゃお腹減ってます」
「ちょっと待っててね」
たかるみたいで嫌だったので、取り繕うことも考えたが、腹がそれを許さず。
ルトナは正直な現状を話した。
すると、女の子はどこかに消えていき、五分ほどで戻ってくる。
「はい、どうぞ」
手渡されたのは、ハムのようなものを挟んだ、サンドイッチだった。作りたてらしい。湯気が立っている。
ルトナは半泣きになりながらガツガツと食った。
「うう、美味い」
「でしょ? ギルドの隣のパン屋さんのマルミサンド、ちょー美味しいんだよ」
中に挟まれているのは、ハムのようにも見えるが、もう少し本物の肉の感じに近い。挟まれているのがマルミという食料なのか、あるいはマルミというのは特産地か発明者の名前なのか。さっぱりわからないので、そこについては保留しておくことにした。
ぐーぱーと手のひらを開いては握り、力が戻ったことを確認すると、ルトナは立ち上がった。力が溢れている。今ならもう一体魔力大龍が出てきてもなんとかなりそうだ。
「ありがとう、えっと……」
「? あ、名乗ってなかったね。ミルだよ」
「お、ん゛ん゛ッ、私はルトナ。今回はありがとう。ホントに。死ぬかと思った」 俺、と言いかけて私とした。
「あはは。この街、冒険者の街なのに、門からギルドまで結構かかるからね。迷ってたんでしょう」
にっこりと笑うミル。その通りで、返す言葉もない。
表情が豊かな女の子だった。手振りも大きい。このあたりでは皆そうなのか、この子が特別に明るいのか、それはわからない。
あと気付いたこととして、相手は胸の強調された服の、きれいな女の子なのに、今のルトナは男だった頃とは違って、つい目線が胸に行くことはない。それどころか、相手を見るだけで自然と全身が、髪から足までなんとなく把握できた。女になったことによるのか、エルフになったことによるのか。
ぼーっと見つめてしまっため、不思議そうな顔をするミル。ルトナは慌てて取り繕うようにして、
「えっと、ミルはどういう経緯でここを通りがかったの?」
「ああ、うん。私、そろそろ家に帰ろっかなーとか思ってたんだけど。支度してるうちに、二階から君の姿が見えてね。なんだこいつ? と思って見に来たんだよ。スゴイぼろぼろの服装でさ。でも魔力量を見るにそれなりの腕っぽいし」
「怪しいとか思わなかった?」
「怪しい人なら、ジャンプして道探そうなんてマネしないでしょ。それに、冒険者なら傷だらけでもおかしくないしね~」
嬉しかった。知り合いから助けてもらう経験は少なくなかったが、見知らぬ他人に助けてもらうのが、こんなに嬉しいことだったとは知らなかった。
これからは、すれ違う他人に親切にするのもいいかもしれない。
あとは、二階から見えてって、けっこうひどいところを見られてしまった。間抜けだったはず。少しだけ恥ずかしく思った反面、さっきの苦闘がなんの意味もない行動ではなかったことは、良かった。
「で、ルトナちゃん、けっきょく、どこに用事があったの?」
「ああ、……その……ギルド、かな」
「わかったよ。結構惜しかったね、すぐそこ。案内するよ」
打算と計算で慎重に会話を合わせていく。
そこについては嘘をつき続けているようで悪い気分はしたが、他に手段はない。
ルトナの擬態は上手く行ったようで、手を引かれて、歩き出すことになった。
「わ、スゴイね。手ぇぷにぷに。さてはルトナちゃんもルーキー? でも魔力量スゴイ……私に見えるくらいだもん」
「うーん、私がルーキーといえるかはわからないけど……」
ルーキーどころか開始一日である。
「もってことは……すくなくともミルはルーキー?」
「うん。数月くらいかな? 結構頑張ってるよ。結構キツイけどね」
どちらとも取れない言い方だけにしておいて、話を合わせていく。
一緒に頑張ろうね、とミルは肩を抱きながら言ってくる。
ここで、ルトナは少し疑問を抱いた。女子ってこんなに親切にしてくれる存在だったか。
これまでの人生で、女子から親切をされた経験は……なくはない、持病に対して同情を示してくる女子は少なくなかった。嬉しくないものが半分、嬉しいものが半分、それぞれがそれぞれとして存在したが、それはそれとして、配慮されている実感はあった。
だが、ここまでしっかりと、踏み込んで親切をされたことはなかった。女子の親切は、どこか線を引いたような感じなのだ。男のクラスメートは、無遠慮で踏み込んでくる感じの親切だ。代わりに誰もが誰も親切にしてくるばかりじゃなかったが。特に小学生の頃は、クラスの男の全員からの呼び方が「ヒイキやろー」になったようなことがあった。教師の配慮がえこひいきに見えたらしい。
けれど、走る必要がある時に、じゃ、俺がひとっ走り行ってくるわ、と気軽に声をかけてくる奴らは皆男の顔見知りだった。
なので、ミルに向けて、自然と言葉で疑問が出た。
「なあ、その、……なんでそんなに親切にしてくれるんだ?」
何言ってるの、とミルは笑った。
「同じ女の子のよしみっしょ」
☆
連れて行かれた先はまさしくギルドだった。数階建てのレンガ造りの建物で、看板には冒険者ギルドと書いてある。謎の文字だが、冒険者ギルドと読める。
連れ立って歩く中、一瞬だけ詐欺の呼び込みを考えたルトナは自分を恥じた。
(けど……同じ女の子のよしみ、か……)
ちょっとだけ複雑な気分だったが、今はそれで行き倒れの危機を回避したのだからなんともいえない。
周囲には飲み屋やミルの言っていたものと思われるパン屋や武器屋などが並んでいて、ちょっとした通りのようになっている。
ミルは既に別れて一人で家に帰っている。お礼をすることは約束した。楽しみに待っていると言われては、絶対にお礼をせざるを得ない。
状況は依然として一文無し。ミルに金をたかるわけにはいかなかった。寝る場所もなく、服はぼろぼろ。ギルドに来たからといってどうこうなるとは限らない。
けれど、衛兵とのやりとりで、とりあえず冒険者という身分でいくことを確定した以上、冒険者ギルドという建物が、何とかなる可能性がいちばん高い場所であるのも事実である。
空はまた夜になりつつあって、夕方と夜の境目といった色合いだった。
「……行くか」
ルトナはギルドの扉を開いた。
音を立てないようにして、入り込む。
中で目を引いたのは三つ。
まず、一階の構造。一階は受付や依頼用のボード(だろうか?)がある部分と、飲食スペースの部分とで半分に分かたれている。そして、その飲食スペースはかなり賑わっていて、十人、いや二十人ほどの冒険者が酒と料理に舌鼓を打っている。
二つ目は、
受付のほうに歩いていこうとしたルトナに、飲食スペースにいた、いかにも粗野な冒険者といった振る舞いの男三人組が、ルトナを見るなり絡んできたことだ。
「おいおい、見ねえ顔だな? ええ? ……初心者だろう?」
そして、三つ目は――
歩いていこうとした先、複数人の美人のお姉さんが並んでいる受付の中で、とびきり目を引く女性がいた。
耳の先が羽のようになっていて、よくよく目をこらせば制服の帽子の横からも小さな羽が生えてるように見える。動きやすそうなセミロングの茶色がかった髪。時間帯ゆえか誰も受付には並んでおらず、横の人と会話をしている。
(うわっ、めっちゃ美人だな……)
ルトナは羽耳の受付女性に見とれた。