9、答えに追い抜かれないように
ユノをお姫様抱っこで抱えながら、ルトナは走る。
夜の草原を一歩ごとに百メートルは飛んで、これが今の体の全速力だが、それでもまだ遅すぎる。
「ご主人様!」
「ああ!」
ランプの明かりと地図を広げたユノが、ルトナに声をかける。
あれだ。
あれがラーザインの見つけた「位置」。アコルテの、居場所。
(星空の下ってことはねーだろって思ってたが、当たりだな。小屋っつーかデカイ倉庫が建ってる。二人はあん中だな?)
目標まであと三十秒もない。
「準備しろよユノ、ぶち破る!!!!」
「お任せ下さい、ご主人様!!!!」
罠を警戒し地面や木をボコボコに炎で焼き焦がしながら進む。暗い、森と草原の境目あたりの中に、火の明かりがぎらぎらと灯る。あえて扉を開けずに、火事が起きないように調整しつつぐちゃぐちゃに焼いてから横の壁を蹴り開けた。
一応火薬の匂いは確認しつつ。
「オラァ!!! 出てこいや、ギャリイ・キャストリアテ!!!」
開けた中は、廊下になっている。
「ここにいることは!!!! わかってる!!!!!!」
……返事はない。
静かだ。
「……ご主人様」
「うん。進むぞ。罠については……頼む」
「素人ですが、あからさまなものはわかるはずです。頼りすぎず、でも頼って頂ければと思います」
☆
そして慎重に扉をもう一つ開けると、そこには。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、――はぁっ……」
広めの部屋のなか息を切らすアコルテと、
「……」
それを見つめるギャリイと、
どこからか差し込んでいる月明かりに照らされる、床に並んだ百以上の大量の死体があった。
(……!!)
死体、死体、死体。血の臭いがひどすぎる。ルトナの嗅覚は鋭いが丈夫なため、吐き気がするようなことはないが、ユノが顔をしかめている。
並ぶ死体の中には、ギャリイに銃型の小型爆弾を渡した、あの秘書の姿もあった。
(あの子も、アコルテさんと対峙してたのか)
どいつもこいつも黒服で、まるで葬式でもしているみたいに見える。
その黒服の中のひとりであるギャリイは、ルトナ達二人の姿を見て、つまらなそうに顔を歪める。
「ああ――――どうしてここが――――とは、言うのも野暮だな。状況は完成させた……そう思ったのに」
そしてぶつぶつと、「国一つ超えるべきだったか。あるいは街は変えるべきだったか。俺は急ぎすぎたのか。わからん。……計算が二度狂って……急ごしらえの陣地しか作れず、使うべきでない場所で、重要な仲間を……使っちまった」と続けた。
「国なんざ超えても無駄だよ。ギャリイ、テメエの復讐ごっこの時間は終わりだ」
「復讐ごっこ――――――」
ギャリイは放心したように呟く。
アコルテとギャリイの間に割り込んだ。
「アコルテさん、大丈夫ですか」
「……来たんですね。忘れろって、言ったつもりだったのに」
アコルテからは魔力を感じない。
彼女が自分の魔力の気配を抑えているときとは違い、微小な魔力が彼女から流れている。つまり、自分で使って(気絶寸前ぎりぎりの)空っぽになったらしい。
傷は無いが、魔力のないアコルテは大幅に弱体化するように思われる。その上何らかの妨害魔法がかかっているのか、その体には魔力でできた薄暗い影が取り憑いている。
要するに、満身創痍、という一言に尽きる状態だ。
「魔力、全部使ったんですか」
「ええ。ぴったり、ボードゲームの詰め問題みたいに、使わされました。あとは彼と一騎討ちをして、死ぬところでした。……そうですか。来てしまったんですか。……」
助けに来てくれてありがとうございますうううううう~~~~、とはならない。
でも、それでいい。
「アコルテさんは俺の後ろに。ユノ、付け。二度と手を離すな」
「もちろんです。私の体は……世界を救う英雄のモノですから」
ユノはアコルテの右手を取り、ギャリイから後ろにかばった。
アコルテは黙ってされるだけだ。ひとまずはそれでいい。
放心していたギャリイが復活し、言葉での舌戦を仕掛けてくる。
「お前は……無関係だ。だから……頼むから引っ込んでいてくれないか。そいつは……死にたがってる。むしろ、殺してやるほうが、そいつのためになる」
「種族の他の皆が死んだからか?」
「……事情を聞いたのか。なあそうだろうアコルテ・ローズマ。お前死にたいよな。大切な人が死んでしまって……死にたいよなぁ。わかるよその気持ちは……すごくすごく嫌になる……」
ギャリイはアコルテに語りかける。アコルテはそう言われて、能面のような無表情になった。
そしてすぐにルトナに向き直って、続ける。
「ほら、死にたがってる。……だからさ、お前邪魔なんだよ。だが……多分ここまで追ってきてくれたお前に、アコルテ・ローズマは自分が死ぬところを見てもらいたがってると思うぞ。死にたいから死ぬ。それが……ミトン族最後の一人、アコルテ・ローズマが最後にやるべき最高の仕事なんだよ。見届けてやっちゃあくれないか……」
ルトナは笑い飛ばす。クソ食らえ、と呟いた。
「死ぬのが仕事? ふざけないで。ならまず先にお前が勤労の義務果たして死ねって話。アコルテさんが一体お前に何をしたっていうんだ! いやまあこの周りの死体は正当防衛ってことでアレだが……」
「あ……? お前、何言って、」
「何もクソもねえ、よく聞けや!」
ルトナはギャリイの言葉を遮って叫んだ。
「たとえミトン族がたくさんの人を殺したからって、――誰も殺してなかったアコルテさんが、他のミトン族に付き合って死ぬ必要なんて、あるはずねえよ!」
沈黙があった。
考え抜いた末の、ルトナなりの結論。
アコルテが、死ぬ必要など、どこにもない。
沈黙の後、起こったのは笑いだった。
ギャリイのものだ。
「ぷっ、くくっ、くっ、くっ、くあはははっ」
ギャリイは、何がおかしいのか、目に涙まで浮かべて笑っている。
「冗談だろう? アコルテ・ローズマ、お前まさかこんな詐欺で盾作ってたのか? ぷっ……ホント笑えるな薄汚い種族の薄汚い生き残りって感じだククははははっ、ははっ、ひーイィぃはハハはっっっ!!!」
「……私は、盾になってくれなんて頼んでいません。でも……そうですか。まあそう見えますね。……そうですか。私は……この期に及んで、自己の手落ちで他人にひどい迷惑をかけてしまっている……」
いきなり笑いだしたギャリイに、ルトナはついていくことができない。
ギャリイの笑いは止まらない。おかしくてたまらないようだ。
アコルテだって、さっきの能面のような無表情から、もっとひどい、自分を酷く責め立てるような表情に変わっている。
(なんだよ。何? 俺、何か変なこと言ってる?)
そして、ギャリイは口を開いた。
「アコルテ・ローズマは世にもびっくりな大量殺人鬼だよ。俺も俺の大切な人を殺された。だから、……復讐しに来た」
「……え? え? や、だから……ミトン族っていう大量殺人種族に対する復讐を……アコルテさんにもぶつけようと」
「違う。お前話聞けや。アコルテ・ローズマが個人でやった殺しに対し、俺は復讐しに来たんだ。この場の全員がそうだ。全員、大切な人間をアコルテに殺されている。大切さの度合いについては、個々人で違いがあるがな」
「は? はぁ?」
積み上がった(おそらく)死体の山をルトナは見た。
これらの、全部が?
「これの手は薄汚れている。血でどろどろになって、皮膚の裏までどす黒い液体が染み込んでるに違いねえよ。何人殺したのかも覚えていないんじゃないか?」
「いえ、覚えています。私は、忘れない」
「……そうかよ。まあ良いわ。どうでも。お前が薄汚れているというのは変わらねえんだからよ」
勝手に二人で納得している。嘘かと思えば(アコルテからの)否定もない。
ルトナは頭を掻き、
「意味がわからない。説明しろ」
説明を求めた。
少しあった沈黙の後、アコルテは「……お話しします。巻き込んで本当に申し訳ありませんでした。ギャリイ側の話は推測ですが……」と前置きして口を開いた。
「彼の言っていることは全て事実です。私は彼の大切な人を殺したんだと思われます」
「けれど、私も嘘をついておりません。リーフに伝えた話は事実で、あの日の夜私は……大切な皆を殺されました。要するに……」
「十年前、家族を殺されたために私は、――五年前、私の家族の殺しに関わった者を一人残らず殺しました」
「全員のみならず、その配偶者と実子も殺しています。特に苦しめて殺したつもりはありませんが、苦痛無しで殺したと胸を張っては言えません。なにぶん、ものすごい量の人数でしたので」
「つまり、ルトナさんの推測は真逆なんだと思うんです。彼が最初に復讐を始めたんじゃない。私が先に復讐を完遂したんです。そしてその中に、ギャリイ・キャストリアテたちの大切な人が――」




