8、呪属性魔法
ルトナは公爵の邸宅の目の前に来た。
二度目のアタックをかけるためだ。
もはや一刻の猶予もない。しかしながら、ルトナとユノ達だけでは体が足りない。
「こちらへどうぞ」
使用人の先導に従い、今月二度目の訪問を始める。
☆
「どうも。シクレーン公爵。夜分に申し訳ありません」
「気にしないでくれ、ステファニエ卿。まあそろそろ夜ご飯にしないといけない時間帯だったけれどね……それで、来訪の目的はどういったことだろうか?」
執務室の中は冷たい空気が満ちていた。
今日の夜もシクレーンは、何かの書類作業を行っている。
あくまで冷静に応対する彼女に向かって、ルトナは口を開く。
「細かいことはさておき。――約束の褒章を貰いに来た」
褒章。冥府魚型を討伐した際に貰える約束になっていて、けれどそれを保留したもの。
もっと大切な時に使うべきかと思ったが、おそらく今がその「大切な時」だ。
手札が増えれば増えるほど、他人に頼るまでもなくなるのだから。
それを聞くとシクレーンは手持ちの帳簿をぱさっとまとめ、
「その節はありがとう、ステファニエ卿。今お礼がほしいということなら……応じなければなるまいね」
口元だけの笑顔を浮かべる。
☆
ルトナは簡単に状況を話した。
内実を全て言うわけではなかったが、匿っている相手が消えたこと、追加で人質を取られたことを説明した。
おそらくそれがアコルテのことであることも、目の前の貴族は承知しているのだろうとは思う。
シクレーンは呼びつけた使用人に耳打ちをして、どこかに行かせた。
とてとてと、幼さの残る使用人が小走りでどこかに消える。
「先に弁解しておきたいのは」
ややあって、若い公爵は指で耳にかかった髪をかきあげながら、言い訳するみたいに言葉を紡ぐ。
「表立ってルトナ殿を支援するわけにはいかないということだ。これに関しては前と同じ理由だよ。『一つ目の理由』と私は言ったっけね」
一つ目の理由。
ギャリイはこの街の発展に充分貢献するピースであり、ここで関係を悪化させ切り捨てる理由はあまりないということだった。
「……私を支援しないのなら、歌姫の伝手を辿って、褒章未払いについて大騒ぎにする」
歌姫の伝手などない。だが、どんなことをしても、前言を撤回したこの貴族に報復する。
なんなら自分で歌姫のふりをして各地を練り歩いてもいい。エルフの歌姫なんてなかなかそそるフレーズだ。
「わかってるよ。そうされると面倒だということも……その顔は、事情をある程度まで知って、覚悟している顔であるということも、ね。だから……『表立って』と言っているじゃないか」
かつ、かつ、と廊下から足音が聞こえる。
音からすると、身長と体重は小さめな感じだ。
(……誰だ?)
「ルトナ殿に紹介したい相手がいる。部下……と言うより本来は客人なんだけど……まあほとんど部下みたいな感じになって、動いてくれている子だ。きっと良い『知り合い』になれるはずだよ、ルトナ殿とは。知り合いになって……自分で頼むと良い。まあ、断られることはまずないだろうけどね……私が口添えを……してるかもしれないし、してないかもしれないけどね。くれぐれも……私の紹介で知り合ったとは、誰にも言わないように」
ルトナは口元で笑った。
数日ぶりくらいに笑った気がする。
「悪い大人だ、シクレーンさん」
「悪い大人だとも。貴族だよこっちは?」
そして、「失礼」と小さな声が扉越しに聞こえて、かちゃりと扉が開いた。
ルトナは息を止められたような錯覚を覚えた。
現れた少女は、極めて特異な服装をしている。
露出の多い布地、鼠径部や恥骨、二の腕の辺りにまとわりつく呪紋のような刺青。魔道士というよりは占い師のような頭部のヴェール、宝石のアクセサリー、銀色の長い髪、褐色の肌、黒色の瞳。
上半身を半透明の布で隠しており(隠せてないが)、腕や体には、包帯のような細長い布を螺旋状に大量に巻きつけている。
そして、耳は、人族のものよりも細長い。
「ラーザイン。ラーザイン・エルフズソーサラー。魔法属性は呪属性……今はシクレーンの元で働いている」
「エルフ……」
ルトナは性的な部位をガン見しながら呆然と呟いた。
名乗りの声は幼く、ぼそぼそとした声だ。
「そうだよ。エルフだとも。これなら知り合いになっていても全然問題ないだろう? 逆に同じ街のエルフ同士が会話をしたこともないというのが不自然なくらいだ。そしてラザは、ルトナ殿が抱えている問題を全て解決する」
無口なのか、ラザと呼ばれたエルフの少女ラーザインは、つんとそっぽを向いている。
「えっと、ラーザイン……さん?」
「呼び捨てでいい」
「え……じゃあ、ラーザイン。お願いします。私を助けて下さい。何ができるのかはわからないけど。……呪属性? って何?」
「話は聞いた。私なら貴方を助けることができる。シクレーンの指示で……」
「私の指示じゃないからね。頼むよラザ。ほんとに」
「コジンテキナシンコウニヨッテ。私は貴方を助ける。安心して。呪属性というのは……まじないを操る特殊な属性」
ラーザインが軽く自身の魔力を回すと、身につけている包帯(?)がふわふわとうねった。
毒々しい魔力で、ルトナは思わず立ち上がって後ずさる。
ぴりぴりとした威圧感がある。直接的な戦闘でどうこうされる感じはないが、それ以外のどろどろとした何かが、ルトナを威圧している。
「お、おお……なんかよくわかんないけどスゴイ……」
シクレーンが机に座ったまま口を開いた。
「ルトナ殿のところにはユノという奴隷がいたね。彼女が回復魔法を使えたはずだ。前衛士、攻撃系魔法使い、弓兵、そして回復魔法使いは揃っている。だが、補助系魔法使いの手札の持ち合わせはないのではないかな」
手をラーザインに向けて、言葉を続ける。
「彼女は補助系魔法使い。呪属性の補助系魔法使いだ。例えば……いなくなった相手の現在の居場所とかがね、わかる」
あとは若い者同士で、との適当な言葉とともに、ルトナとラーザインは別の部屋に追い出された。
「ルトナでいい?」
「あ、はい、全然問題ないです……」
別の部屋に案内された二人は、そこで二人きりになる。
応接間とも娯楽室とも取れないここは、会議室かなにかのようにも思える。
そして、ラーザインはランプ(多分魔法器)の灯りの下で、地図を手元から出して(おそらくアイテムバッグ)、ばさっと机の上に広げた。
「じゃあ、追う相手の私物を出して。ギャリイ・キャストリアテの私物はこちらで用意済みだから要らない」
「待って待って」
「?」
「私物って何。何で?」
「私が魔法で居場所を突き止めるのに必要……だから」
「今はない。取りに戻っていい?」
いいよ、という言葉を背後にして、ルトナは街中を全力疾走して、一呼吸の間に部屋に戻る。
「ぐっ、げほっ、はぁ――、はぁ――、……息切れたの久々だ……どのくらい待たせた?」
「六十も数えていない」
エルフの体は酸素を必要としているのかわからないが、流石にだいぶ長い距離を全力疾走すると疲れるらしい。
「出して」
私物らしい私物はなかった。だが、それらしいものをかき集めた。
アコルテを縛っていた縄、アコルテが何度かつけたユノのエプロン、アコルテが残した書き置きなど。
「弱い……魔力の痕が……まあでもこれなら」
書き置きを手にとって、ラーザインは真剣な顔を作る。
「嬉しくなかったと言えば嘘になります。ありがとうございました」と書かれたものだ。
そして、宝石が先についた振り子のようなものを取り出して、広げた地図の上で揺らす。
「それは?」
「……」
答えは返ってこない。代わりに、奇妙な音の声が聞こえた。
「“fit las ter va arg la t la mariarj”」
魔力が発動する。これは、スキルだ。
何かの言語なのか、言語ならルトナの耳には理解できるはずだが、あるいはもともとルトナの耳は大陸の共通語しか訳さないのか。
ラーザインがぶつぶつと呟きながら、振り子を揺らして地図の上を探ると、
「“sic la t la mariarj carne thi arg carne thi arg las voinkrorne”……“las voinkrorne”」
地図の一箇所で、振り子の宝石が淡く光り、ぐるぐると揺れた。
「ここに?」
こくん、と声を出さずにラーザインは頷く。
宝石の道しるべは街を抜けた先の草原と森の境目あたりを指している。ここにアコルテがいるというわけだ。
「ギャリイもここ。急ぐと良い。あまり猶予はないはず」
「ありがとう。でもあと、人質もいて」
言うと、ラーザインはぴらっと手紙を翻し、
「リーフレッタ? 冒険者ギルドバルトレイ支部の受付嬢の」
「……お、おう」
「他には」
「い、いないけど」
「問題ない。行って」
「だ、大丈夫なの? 一人で」
「問題ない。私なら……この街の全員が殺意を以て襲ってきても、人族一人は守りきれる」
そう言われると、本当に問題ないように思えてくる。
物腰の落ち着きよう、シクレーンのもとで働いているという事実から、かなりの修羅場をくぐっているように思われた。
「ありがとう。その、これが終わったら、ちゃんとお礼するから」
見つめてひとまず口だけでもお礼を言うと、ラーザインはわずかに頷いた。
ちゃら、と、髪についた宝石が音を立てる。
「……貴方のことは前から気にしていた。“名無しのエルフ”。首長が」
「え。ま、あ、なんかミズリ達の話によれば、騒ぎになってたんだっけ、私の存在。そうなんだ……」
「私は、前進派。ただ、……そこまで他の連中のように入れ込んでは、ない。図られる便宜を求めて、前進派にいるだけ。気をつけて。貴方が望む通り……この話が終わったら、話をする必要が出て来るはず。首長と……つまり、エルフと。そろそろ動き出すと思うから。だから……気をつけて」
「…………わかった」
問題は山積みらしい。
まずは目の前の問題を解決する必要がある。
その結果また新しい問題が出て来るだけだと知っていても、そうであるからこそ。
ルトナはぐっと拳を握りしめて立ち上がった。
一言だけ、自分に言い聞かせるように呟く。
アコルテが攫われてから、三十分から一時間くらい経っただろうか。
今ピースは全て揃った。あとはただ、間に合わせてみせる。
「がんばらないと」
ふわりと身につけている布を翻し、ラーザインも立った。
そしてほんのすこしだけ微笑みかけてくる。
彼女の声は会話すべてを通して平坦な口調だったが、ルトナに応えたこの一言にだけは、少し情感が篭っているみたいだった。
「今回の件、多少の経緯は知っている。
――がんばれ、新入り」
☆
「ギャリイは、かつてミトン族に復讐をした者だ。
復讐は続き、今その最後の生き残りをも、食らい尽くそうとしている」。
それなら、アコルテを助けないと。
☆
アコルテは徒歩で街の外を歩いてきた。
指定の場所は街の門のすぐ外だった。そして街を出た時点で現れた気配の先導に従って、四半時くらい歩いている。
そして、街の外に存在するこの家に来た。
アコルテも存在を知らない空き家だ(冒険者が休憩所にするような家というか小屋は大体把握している)。通常街の外の放置された家は魔物が食い荒らして荒れるのだが、ここは綺麗なものだ。おそらく、冒険者住宅地区の家と同じように、彼らが用意したものだろう。
家の中では、ギャリイが待っていた。
そして、その他大小大量の殺意が、暗闇からアコルテを見据えている。
まるで、猛禽が住まう檻に小鳥が放り込まれたみたいだ。
実際の力関係的には猛禽はこちらだけれど……殺意の意志を得た小鳥が集う、袋小路の檻の中で、猛禽は、何秒生きていられるのか。
「来ました。リーフレッタについては……必ず」
「お前と親しい相手という時点で反吐が出るほど悪臭がするが、ギルド職員なら下手な文官よりも手を出すのは難しい。だから安心しろ。……むろん、要求に逆らってきたら、死力を尽くして街の真ん中で裸にして吊し上げていたが」
「わかっています。だからこうしてここに来た」
そう言うと、ギャリイの感情は即座に点火した。
「わかっています……かぁ……」
「はい」
「わかってんなら……ァ……なんで彼女と、誰かと、親交を結んだ!?!? 孤独でいろ!! お前は孤独に死ぬべきだ!! いや、……何故今すぐにでも死なねえんだ!! 責任を取って!!」
「……」
「お前は! お前らはッ! 死ぬべきだった! 死ぬべきだったんだ! 一人残らず全滅するべきだったんだ! 虫を煙で燻したみたいに!! 人族史に巣食う害虫が! お前の、お前らのせいで、どれだけの人間が被害を受けたと思っている!?!?」
会話しているギャリイの激情は加速していく。
アコルテは黙ってその激情を受け止める。全てが事実であると認めるかのように。
それが一層ギャリイの感情を刺激するようでもあった。
「そうやって俯いて私が悪いってわかってる素振りを見せれば!!!! それで!!!!! それでお前らミトン族に殺された人間も!!! お前に殺された人間も納得すると思ってるのか!?!?!? 私が悪いという態度を見せた側は良いよなァ!? 許されると思っている!! 許されると思っているから、私が悪いという態度を見せられるんだよ!!! 発狂しろッ! 逆上しろッ! 黙ってんな!! カスがァァァッッッッ!!!!!」
「……」
アコルテは押し黙り、なおも言葉を受け止める。
ひとしきりの感情を吐き出し終えたのか、ギャリイは表情を空に戻した。
まるで、怒り方を忘れてしまった人形が、ゼンマイが巻かれているあいだ怒る芸を披露しているかのようだった。
「殺す。俺はそのために生まれてきた。ギャリイ・キャストリアテがお前を殺して、アリネイブル・キャストリアを取り戻す」
「それが良いと思います。抵抗しますが、私はおそらく負けるでしょう。……私は、ここで死ぬ」
二人は見つめ合う。
ギャリイは右手で影に潜む者たちに合図をした。隠れているギャリイの同胞のことだ。ギャリイと同じように、アコルテに対する確固たる殺意を持ち、自分の死すら厭わない狂人。
その合図が戦闘の始まりだった。




