7-2、受付嬢2
「ミトン族……」
聞きなれない言葉だ。当たり前だが。
「あれ? 驚かないんですね」
リーフレッタは驚いている。まるで、この名前を聞くだけで、驚くのが当然のことであるみたいに。
「ええ。……そうか、あんまり話したことなかったっけ。私は、この辺の常識に疎いんですよ」
言うと、リーフレッタは「あらあらあら」と焦りだした。
「き、キメ顔をしてしまったわ。しかも人様の個人情報で……」
「締まらないな……とりあえず、解説をお願いします」
「ええ。こちらから持ちかけた話ですからね」
リーフレッタは羽根ペンと紙を用意した。
(ミトン族、ねぇ……種族の……生き残り……一体どんな話が出てくんのか……)
別に紙に書いて整理なんてされなくてもルトナは問題ないのだが、黙ってそれを眺めていた。
ユノが立って自分の傍に控えている。彼女は何か発言するつもりはないようだ。
準備を整えたリーフレッタが、真面目な顔で口を開いた。
「さて――――」
「別に、そう長い話にはなりません。古くは五百年前の二期人族領域解放戦争……そして近年では百年前の人族同士の戦争期の頃から、その高い戦闘力によって確かな存在を示してきた種族がありました」
その名を、ミトン族という。
「現代でいえば、六大種族のうちの一つ、『山岳地帯の少数種族群』の中の一種族に当たります」
「六大種族ってのは覚えてます。エルフ、人族、あとなんだっけ……大陸で有力な六つの種族ですよね。そして山岳地帯の少数種族群というのは、その名の通り山岳地帯の種族が団結して名乗っている団体でしたっけ」
「はい。草原族、ラウナ族、クラン族、そして少数種族群――」
少数種族。種族と言えば想像が難しいが、かつて世界史を学んでいたルトナとしてはやはり、迫害を連想する。
「ミトン族は一人を残して皆いなくなった……ってのは、弾圧、されていたとか? 長い年月をかけて、根絶させられて……」
「? いいえ?」
「あれ?」
「そもそも六大種族とは魔族との戦争での活躍を元に教会が定義をしたものです。ラウナ族は少しまぁ……たまに揶揄される立場ですが……それでも少なくとも、その中の一部を弾圧なんてしようとしたら、その瞬間指導者は『神敵』ですよ」
神敵。なんだか気持ちの悪い言葉だ。
ここで、リーフレッタはくすっと笑った。
「ええ、でも、当たってるわけではないですが、外れっていうわけでもないです。わざわざ団結しているからには、理由がある。彼らは、少数で、独立を志向する種族だった。山岳地帯の種族群全体にいえることですけど」
(独立――)
ルトナは関連するワードをいくつか思い出した。
山の民。高地の民。民俗学と開発経済学(だったっけか?)の用語だ。意味はどちらも変わらない。文明のそばに寄り添い、しかし決して交わらない少数の存在のこと。
「独立のためには力がいる。歴史の記録が始まる千年前よりもっと前に、とっくのとうに人族は国々を手に入れていたわけで、その頃まで遡ればおそらく征服されかけるようなこともあったのでしょう。だから、ルトナさんの予想もあながち外れではないですよ」
そして、独立のための力とは、
「力とは、資源です」「力とは、武力ですか?」
「あれ?」
タイミングが被った声に、肩透かしに合ったルトナ。
「いいえ、資源です。そして、武力もそのうちの一つ」
「え、ええと……」(わかんなくなってきた……資源? 資源……)
ルトナは前の世界での女歴史教師の言葉を一つずつ思い出していく。
高地の民たちの基本理念は「自由の確保」。そのための最悪の敵は、征服と同化だ。ただ、それに対抗する手段としては、武力というのは雑すぎる。少数だから少数種族なのである。多人数で団結して普段から農作業を行っている低地の民に、まともに戦って勝てるわけがない。
まともにやって勝てるわけがなく、それでも自由の確保をしたいなら、必要なのは二つ。「いつでも逃げられるようにすること」と、「まともにやる以外の方法で交渉力を持つこと」だ。
「資源……資源か」
リーフレッタは頷いた。
「山岳地帯の種族が特産品や特別な魔法を材料に、交渉力を確保して巨大な種族と渡り合う中、ミトン族と他数種族は、あえて武力を資源とすることになった。要するに、傭兵さんをやったわけです」
国々の戦争に出張り、兵士を殺してまわる。中立を謳い、金を貰ったらどっちの陣営にもついた。
何かの主義主張のもとに傭兵をやれば必ず誰かが疎み誰かが潰す。だから、そうして金によってのみ動き、何色でもない、「ただ戦争に存在するモノ」という立場にたどり着いた。なくそうとしたら、コストがかかりすぎる。それよりは、利用したい。そういう存在になった。
「最低でも、五百年以上ですか……」
「はい、五百年以上、です。魔族との戦いでも、人族より個が強力なはずの魔族に対して全く劣らず戦えたようで。それこそ人族同士の戦いでは大暴れですよね。データ上は、第一期共和国侵略大戦では千人以上のミトン族が戦場で暴れて、将校クラスの六割がミトン族の暗殺か単騎特攻で死んでます」
「ヤベエ」
リーフレッタの弁舌は続く。
「まぁ、私も元文官の伝手で研究の資料を見ただけなんですが……
ミトン族の強さは実証的なアプローチです。種族全体が強くならなければ、独立は確保できない。人口の少ない種族が独立し続けるには一人ひとりが一騎当千の力である必要がある。才能のない者さえ最悪の兵士になる。兵士にする。それがミトン族の教え方。トレーニングの合間に水をしっかり取る、筋肉を酷使したら糖分を摂取する、一日四時間ちゃんと寝る、三時間を切ると必ずパフォーマンスに支障をきたす。睡眠のコントロールは兵士の必須。自分を追い詰めるとは甘えにすぎない。なぜなら追い詰められたらベストのパフォーマンスは出せないからです。そうやって年月をかけて魔族と偽科学を殺して殺して殺して殺し続けて出来上がった最強の文化をもとに、ミトン族は大陸最強の傭兵集団になった。
――そして、恨みを買った」
ルトナは息を飲んだ。
「滅ぼされた?」
「はい。それも、一夜にして」
襲撃は、ミトン族にとっての聖なる日に行われた。
全ての者がその日だけは里に帰還し、先祖に感謝を捧げ、大いに宴で酔った。
子供は遊び疲れて寝ており、恋人同士は月を見ながら同じ寝床で寝ていたに違いない。
そんな日に、大規模な特殊魔法が、ミトン族の里を覆った。
丹念に、丹念に、一人ひとり殺された。
はずだ。
「……そんな武闘派種族と、やりあうなんて可能なんですか?」
「ミトン族の人口は、共和国侵略大戦の頃は二千人程度だったようですが、滅びる前夜は千人程度になっていたようです。その程度の小集落なら、超強力な魔法使いを用意し、たとえば遠隔地から爆撃して更地にしてしまえば、それで事足りるとは思います」
「魔法か……」(千人……俺が通ってた高校の全校生徒くらい……)「確かに私の魔法でもなんとか……いやでもそんな簡単に……ああでも単純に爆破するだけならともかく、なんでもありの魔法全部に対応は、たしかに無理なのかな」
「弓兵は前衛士を殺す。前衛士は魔法使いを殺す。そして魔法使いは、弓兵を殺す。何かの兵法の書物の言葉だったと思います」
「それにしたって千人を完全に浄化するってのは難しいと思いますけど……ってそうか、まさにアコルテさんが生き残ったわけか……」
ここで、話が現在に繋がった。
「はい。まだ子供で実戦経験のなかったアコは、家族に逃がしてもらったそうです。ただ、その頃から周囲と比べても異常に強かった、みたいですけどね……本人は謙遜しますけど、話を聞く限りは」
夜に実際に何があったかの詳細については、リーフレッタも聞かされていないらしい。
だからルトナはなんとなく思いを馳せた。
ルトナも確かにもう家族と会えないが、この話は家族どころではない。
ずっと一緒に育った一族が、一人残らず殺されて、彼女はもう、この大陸に一人きりになった。
「疑うつもりはないですが、アコルテさんがそうである証拠とかはあるんですか。というか、そんな人が受付嬢なんてやってて大丈夫だったんですか?」
「あわせて説明しましょう。ミトン族は山岳地帯の少数種族群の中の種族の一つです。類似した身体的特徴を持つ別種族もたくさんいて、同定は極めて難しいです」
「耳が羽根な人自体はたくさんいる、と」 そう言われれば、たまに見る。
「ええ。ですが、私は、お尻を見せてもらいましたので知ってて。ミトン族は生まれつき小さな尾を持っていますが、戦力を売っているので、そして戦闘に邪魔なので若いうちにそれを切るんです。その切り跡があった。少数種族群の中で尾を持つ種族がまず少なくて、かつそれを切る種族となると、もう数えるほどしかいない」
「そこで確定と……なるほど、わざわざ見せなきゃ、裸の腰を見る機会なんてないですよね」
「はい。そしてそれだけでなく、証拠の提示が難しい事実を掴んで公表する吟遊詩人は信用商売ですので、同業同士の自浄能力が非常に強く、ちょっとデマをふかして反省しない子がいたらすぐに制裁を喰らいます。アコはこれまで、それとなく吟遊詩人からも見過ごされてきた」
「まあ、詩人といえば、たとえばアコが受付嬢でなく歌姫をやっていたら誤魔化すのは難しかったでしょうね。公衆の目の前で薄着姿を晒すわけですから」とリーフレッタは続ける。
戦争の憎悪を一身に引き受け滅びた部族! その生き残りが今幸せに生きている! 人気受付嬢! ニュースとしてはまぁまぁと言ったところだが、なるほど確かに歌姫たちの立場になって考えると、どうやって裏を取るか、そしてどうやってそれを客に伝えるかはちょっと困る問題だ。
アコルテが身にまとう魔力を絞っていた意味も、この辺りにありそうだ。もちろん、単純に情報を隠匿するためというのもあるのだろうが。
「既に滅びた種族だから……戸籍とかもないし、となると……そうか……もう証拠が本当にその切れた尻尾しかないのか……」
証拠については、あくまでリーフレッタの話ではであるが確定。
そして、大丈夫だったのかについては、大丈夫だった。
(そしてそして、たった最近大丈夫ではなくなったっつーわけか)
伝えたいことは終わったようで、リーフレッタは一息ついて茶を口に運んだ。
「話は、わかりました。多分、知っておいたほうがいいんでしょうね、この話は。ありがとうございます」
その人間の成り立ちは、その人間の人格を表す重要なパラメーターだろう。
仮にも今から助けようという相手の、種族さえわからないでは締まらない。
リーフレッタは、目をそらす。
「いえ。……私に話せるのはここまでです。今ので全てというわけではないので、ちゃんとアコに残りを聞いてくださいね」
「はい」
ルトナは立ち上がり、歩み寄ってきたユノに寄り添った。。
いざリーフレッタから話を聞いてみると、こんなことも知らずに助ける助けるとほざいていたのかと愕然とする。
最初にここに来るべきだったのだと思う。
そのルトナを、リーフレッタは呼びかけて止めた。
「あの」
「?」
「この先……アコからもっと詳しい話を……聞くことがあると思います。ただ、……色々思うところはあるでしょうが……これだけはどうか、忘れないであげてほしいんです」
「? なあに?」
「アコは、家族が大切な人なんです。自分がどうなっても構わないってくらい。ただ、それだけなんです」
「……わかったよ」
ルトナは一人ぼっちになってしまったアコルテの心境を想像した。
そしていま、彼女は自分もわざわざ相手に殺されようとしている。それは……それだけ家族のことが大切だということに他ならない。命さえ投げ出すくらいに。
もしそのことをアコルテが主張してきて、ルトナの助けを拒んだら、その時のために何かの言葉を用意しておくべきだろう。
「ありがとう、リーフレッタさん。話しづらいことだったと思うけど……話を聞けてよかった。必ずアコルテさんを連れ戻してくる。五体無事に」
リーフレッタは安心したように笑った。
「お願いします、ルトナさん。私には、力もないし、立場も……踏み込めるようで踏み込めない位置にある。どうかアコを、助けてあげて」
助けてあげてと言われてしまった。
言われた以上、いや、言われなくても、もともとそれ以外の選択肢など、ない。
外はどうやら暗い。朝の襲撃に備え(あと本人が眠そうでつらそうだったので)ユノを早めに寝かせていた。アコルテが消えたのは、ユノが寝入った直後のことだ。夜はそこまで深くはない。今はまだ。
ルトナはギルドを出る前に一旦立ち止まって考えた。
何か見落としていることはないだろうか?
(……無い)
無い。何も。
そうして、行動を開始した。




