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6-3、大切な人を取り戻すための暗闇に抗う戦い3

 不思議なことに、痛みはない。というか痛みはないどころか、ぐーぱーと握って開いてを行おうとすれば、枝がそれに合わせて動いて、手の機能を代理した。まあ枝は枝らしくちょっと曲がるだけだったが。

 それがなおさら、不気味だった。


 魔力がもう無い。一切魔法を使えない。おぞましいほどに魔力を持って行かれた。数割持って行かれたなんてレベルじゃない。ほとんど満タンに近かった魔力が、もう空だ。


 空になってもまだ、矢毒で体の魔力は抜けていく。

 人間の体は、飢餓状態や栄養失調状態に陥ると、体を構成する筋肉や骨を分解して活動のための能力に当てる。人間にとってのタンパク質やカルシウムがエルフにとっての魔力なのだとしたら……


 どこか軋むような痛みがする頭で、絶望を感じる。


(やべえ……もう動けんぞコレ……アコルテさんを守って戦えるんだろうか……?)


 しかし、そう思ったと同時に、衝撃音とともに、誰かがこの瓦礫の山に降り立った音がした。

 それが誰であるかは見なくてもわかった。


 空から降りたその風圧で、ひとつ風が吹いて、火薬臭かった空気が晴れた。

 蛇の眼、蛇の舌、龍の翼。


「ユノ、か……」


「はい、ご主人様のユノです」


「アコルテを連れて、離脱、しろ。私は……あれと話がある。戻って……来たらだが」


「はい。――お気をつけて」


 アコルテの体を手渡すと、ユノは何も聞かずにその体をお姫様だっこして、また高速で消えた。


(はは。空、飛んでやがる)


 お互いいよいよ人間離れしてきたな、とルトナは一人で笑った。



 ユノが消えてから数秒経ったあと、ざっ、ざっ、と二つの足音が近づいてきた。


「なんだありゃあ。お前の配下の……『ユノ』だったか? 龍の巫女(ドラゴンメイデン)……だよな。なんだって一体龍の巫女(ドラゴンメイデン)が、よりによってエルフに?」


 ギャリイだ。


「奴隷だ。私の大切な、奴隷だ」


 言うと、笑った。


「……くは、はははははッ。笑える話じゃねえか、どんな手札の持ち合わせだ? ……人族世界の最強種に、正面から喧嘩を売るのが間違ってたってわけだ。やれやれ、行けたと思ったんだがなあ……事実、アレがいなければ行けていた……」


「どらごんめいでんって何。気になるな。答えろ」


 無視して、ギャリイは傍に控える女性の秘書から、銃らしき物体を受け取る。少し大きいが、拳銃といったサイズだ。


(この世界にも銃はあるんだな。あるいは、銃みたいな魔法器なのかもしれねえが。……そっか、そういや、ユノを買った日、イザニがテーザー銃みたいな魔法器で奴隷をしつけてたっけ。あれで来るのか……?)


「お前を倒すのは無理らしい。まだ一応動けるんだろ? やべえよ。化物だな。こんなおもちゃじゃどうしようもねえだろうな」


「……そうだ。やっとわかったか。だから、アコ」


「――だから、俺はお前を相手をしないことにする。お前は呑気に寝ていればいい。それで、次の日にはすべてが終わっている。だからよろしく頼む。お前がちょっと警戒を怠れば、皆が幸福な『おしまい』を迎えるんだよ」


 愕然とする。

 まだ諦めるつもりはないらしい。

 普通、これだけ大掛かりな仕掛けが無に帰して、その失敗をなんとも思わないように投げ捨てることができるものなのか。


「何だってんだよ……アコルテさんが何をしたってんだ。そこまで……して……」


 今仕掛けられた攻撃の全てが、アコルテに対する殺意と悪意によるものだ。

 大切な人を巻き込んで、目の前で建物が倒壊するような爆撃によって五体をバラバラにする。

 そのためだけに、エルフを完全に無力化する悪意の迷路を作り上げた。

 一体……何があったのか。


 その言葉に、ギャリイは片目を細めて訝しがる。


「さっきも不思議に思ったが……お前、何も聞かされていないのか。お前らのところにだけ日数を変えて泊まっていたから……てっきり一番親しいそこそこ戦える友人と、覚悟でも決めたんだと思っていたがな」


「覚悟なら決まってる。けど……知らねえ。何なんだよ、一体、クソ……」


 ギャリイはそれを聞いて笑った。


「ははは。はは、ハハハハっ」


「何が面白いんだよカス」


「まあ、人質にして釣れたからにはご大切には思って貰ってるみたいだがな。お前らはどうも、部外者らしい。何も知らないみたいだからな悪かったよ巻き込んでしまって。すまねえな。二度と……巻き込んだりしねえよ。巻き込まねえように……ケリつけてやるからよォ……ハハハッ」


「うるせえな。何なんだよって聞いてるんだよ!!!」


「いやいや、キレてもダメだ。そう聞いたらぺらぺら話し出すでも思ったのか? 本人にも教えてもらえてないのに?」


「……」


 ルトナの弱々しい激昂に、ギャリイは応えない。


 そして、歩み寄ってきて、しゃがんでルトナの目を見て話しかけてくる。


「悪いなあ。多分、お前はこの件に関係ないんだよ。関係があったら……話してもらっているだろう? 本人だって……助けを求めているはずだろう? 悪くは思ってないけど、良いなとも思っていないんだよ。そんな相手……守る価値ないだろう……」


「……うるせえ。催眠の真似事でもしてんのか? 私の意志にお前は関係ねえだろ」


「可哀想に、徹頭徹尾関係がない。なのに、こんなひどい目にあってよ」


「……」


「関係ないで関わらせちまったことに関しては俺としては悪いと思う。だから、ここでは殺さないで逃してやるし、別に今後見かけたら殺すとかそういうつもりは無え。ここで、手を、引けば。……首を突っ込んでくるな。お前には、一切関係ない。……これまでも、これからも」


 言って、にっこりと笑顔を作ってから、立ち上がる。

 そして手に持った銃を投げつけて、立ち去った。


「? んだよ、これ」


 ルトナの疑問には答えない。

 敷地の外では、秘書が馬車とともに待機しており、そこに向かっているようだ。


 ……ルトナには本来聞こえない距離の場所でぼそっと呟いた、ここにはいない誰かを想うようなこの一言だけを、背後に残して。


「お姉ちゃん……」



 ……。

 座り込んだまま、ルトナは十秒くらい放心していた。

 「関係がない」。そんなことは知っている。知っているが、それでも目の前で死なれたら困ると、思って。


(いや……今さらうじうじ迷うようなことはしないが。……完敗だ。これは。……いや、アコルテさんを守れたから、完勝なのか。どっちなのか、知らんが。「お姉ちゃん」? 一体何なんだよ、ほんとに……秘書が姉貴で秘書を呼んだわけじゃなかろうし……まさか私の事じゃねえだろうな……)


 戦いはひとまず終わった。すべての力を使い果たしているが、動かないといけない。

 けれど、……体に力が入らない。ほとんど完全に無力化されて、気力が抜けために、動けなくなってしまったらしい。


(でも、動かねえと)


 気が抜けて足腰が立たないので、手慰みに、放り投げられた銃を触る。

 モデルガンくらいにしか触ったことのないルトナは、その重みにびっくりした。


(なんだ、これ……? 引き金がない? てか、金属製かよこの銃。でも前の世界でも本物の銃って金属製なんだっけか?)


 意味不明な行動だ。なぜこんなものをよこす? 理由がわからない。何かのメッセージだろうか。あるいは暗喩とかではなく、マガジンの中にでも手紙の類が仕掛けられているのだろうか?

 けれど、その理由はすぐにわかった。


「……!!!!!」


 反応は間に合わない。そもそも、物体の爆発を見てからそれに反応することなど不可能だ。


「ぎぁ」


 銃だった物体は燃焼の光を伴って内部から爆発し、バラバラになった金属片が、ルトナの顔面を耕した。

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