6-1、大切な人を取り戻すための暗闇に抗う戦い1
「いなくなってしまった、って、どういうことだよ」
ルトナは頭を掻いてユノに詰問する。
「目ぇ離すなっつったろ。なんで目を離した?」
「申し訳ありません……」
「これは責めてるんじゃなくて聞いてるんだ。謝罪は要らない。なんで」
「その……」
「何?」
「小さい方で……」
「ごめん私が悪かった」
ユノの話によれば、洗面所に立って、彼女いわく「砂時計一つぶんの時間くらい」アコルテの側にいられなかったところ、家の中に僅かな気配が侵入してきたのを察知。慌てて向かうも、アコルテを軟禁しているはずのルトナの部屋にはもう姿がなかったという。
「気配……気配かよ。自分から出てったならともかく……セキュリティガバガバだぁ……」
「申し訳ありません……。それなりに周囲には集中していたんですが。私の魔力感知ではただの通行人と悪意ある人間の区別がつかないんです」
「ユノを責めてるんじゃない。第一魔力感知については私も似たようなもんだ。……でも責めてるって取られても仕方ない言葉だったか。ごめん。そうじゃなくて……この家がさ……そのうちセキュリティ系の魔法器に手を出そうとは思ってたんだけど……」
実力が足りないとか手が足りないというより……ほんの数分でやすやすと侵入されて奪われるのなら、初めから「拠点を作れた」という思考が思い込みなんだろうと思う。
(抵抗しないアコルテさんにも問題が……というより、侵入したヤツと何か会話があってほとんど自分から出て行ったような感じって考えるほうが妥当かな……自立行動する水銀の魔法生物とか欲しい……!!)
ルトナはぐしゃぐしゃと頭をかきむしった。
チェリネは逃げる(しかたないが)。ミズリはいない。
シクレーンからは犯罪者呼ばわり。シェイルマンは……何? スラム? 人を騙す?
本人に情報を聞こうとしたら消えてなくなる。しかも多分自分から。探しに行かなければいけないし。
そもそも、一体何をやらかしてギャングとトラブってるんだ。これで実は「いえーい」って笑いながらマジで金を持ち逃げするような人間だったらマジでぶっ飛ばしてやりたい。まあ、徹頭徹尾こちらから勝手に入り込んだ話で、アコルテにそれをされる筋合いはないのだが……。
でもそんな人間だったら自分から相手からの殺しを受け入れて死のうなんて思わないだろう。
アコルテは一体どこに?
そう遠くはないのだろうか?
それとも、とっくに北の川の船の貨物と化して、あるいは五体バラバラになって重りつきで川底に?
「あ゛ーあああああああ!!!! 考えることが多すぎる!!!! ところでなんでこのキャラクターソング、音痴って設定のキャラクターの歌なのに凄く上手いんだろうな? 俺が考えた解釈なんだが、多分世界の平均のほうが異常に高いんだと思うんだよ、そう解釈すれば無事成立する」
「あの混乱するのはわかりますが私に分かる言葉で喋って頂けませんか!」
「(歌詞)~、(歌詞)~」
「歌わないで下さい……」
おろおろ。ユノは途方にくれている。
途方にくれているのはこっちも同じだ、と思う。
(奴隷は良いな。俺の指示に黙って従えばいい。……指示に黙って従えばいいから……指示に従うことしかできなくて、だから、……俺がしっかり、しねえと)
ルトナはぱぁん、と両頬を自分で叩いた。
自分の心を元に戻す。
「肝心なことを聞いてなかった。アコルテさんが拉致られたのはいつ?」
「八半時以内です。だから……家の中を探してまして」
「よし、まだどっか歩いてるかもしれない。まずは私が探す。見つからなかったらちっとギルドとか巻き込んで捜索しよう。多分衛兵は頼れないけど」
「衛兵どころか……誰も頼れないけど」。その言葉は飲み込む。
どんな時も冷静にとはいかないかもしれないが、今冷静にならなければ仕方がない。
「ここで待機してろ、ユノ。フォローを頼む」
「は、はい」
まず数歩飛び跳ねて自宅の屋根に登る。
アコルテは魔力を隠せる。自分からいなくなったのであったら、探しようがない。
けれど、まずは周囲を見る。
……高さが足りない。
ルトナの自宅は二階建て。街を見渡すどころではない。
もっと遠くを見るために、もっと高い建物を探す。
(隣の隣の隣さんスイマセン)
心のなかで謝りながら、屋根の上をとん、とん、飛び跳ねて、三階建ての家屋の屋根に取り付く。
ここから何もわからなければギルドに行く。ギルドの建物は四階建てだ(四階とも同じ床面積というわけではないが)。ここよりも遠くを見渡せる。足りなければ、地の果てまで聞き込みを行う。
音を聞く。
耳に魔力を集中させると、エルフの体は恐ろしいほどに遠くの音を聞き分けた。
ずっと向こうの商業通りの会話すら、……ごちゃごちゃに混ざっていて細かいところは無理だが、ひときわ大きな呼び込みの声や、賑やかに話しているのは聞こえてくる。
そこまでしっかりとは無理だが、魔力も探る。
(舐めてんじゃねーぞ……!!!!!)
やがて、ルトナは違和感に気づいた。
毎日のように眺めているこの冒険者の住宅地区。
その中に、あんな色の屋根の家はあっただろうか?
ルトナ達の家の隣の隣の隣くらいの区画の建物だ。
(なんだありゃ?)
家を買ってから今日までで数度、ユノと一緒に自宅の屋根に登り星を見た。
あんな場所にあんな家があったら嫌でも印象に残っているはずだ。毒々しい真っ赤な屋根が、周りは全部複数回なのに、一つだけ一階建ての家の上でどす黒く光っている。二つの家が並行して並ぶ通りで、この一つだけ二つの道路に面している。
(……いや、あそこは一週間くらい前に通った。あんな家はなかった。あそこは普通の二階建ての住宅だったはずだ。なんで平屋になってる)
一度気になれば、違和感は振り払えない。
ルトナは屋根の上から跳躍し、地面に大きな音を立てて着地して、曲がり角では気をつけつつ全速力で駆け出した。
(気になる。面倒くせえから破壊を前提にぶち破るか? ただの新しい住民さんだったらごめんなさいで済ませればいい)
人の家を破壊したらごめんなさいでは済まされない。
だが、今はあえてこう思うようにした。
最早一秒の猶予もない。
取り戻さなくては、二度と手の届かないところにアコルテは消える。
(??? なんだこれ?)
ルトナは赤黒い屋根の家の前で停止した。
敷地内の土の色がおかしい。
まるで農地にするためにここだけ耕したみたいに、隣の家の下の地面と色が違う。
家を飛び越して、裏側に回って確認しようとする。
跳び箱のような要領で、跳躍、屋根に片手をつき、裏手に回った。
そこには、黒服の男がいた。
☆
「待機しろ、と言われても……」
ユノは一人の家で困惑した。
主人からは待機しろフォローしろと言われているが、どこに何しに行ったかもわからないのに何をどうフォローしろというのか。
「外に気を配ればよいのでしょうか?」
のたのたと、屋上に登る。
家で待機しなくてはならないが周りを見渡さなければいけない……となると、屋根だろうか?
この家での暮らしの中で、主人と屋上で星を見たことがあった。
一回目は引っ越してきた翌々日ぐらいだったと思う。
その時は、彼がユノを抱きかかえ、一瞬で屋根の上に飛び上がったことを覚えている。
だが、今、一人でいるユノは、もぞもぞと家の外壁を伝い、屋上に登ろうとして、
「うぁっ……!!」
足を滑らせた。
流石に頭から落ちるような真似はしない。うまく体勢をねじり、家の壁を蹴って、庭に着地する。
着地した。
……はずが、ずべっと足が滑って、尻もちをついてしまう。
二階から落ちてどこもひねっていないし折れていない、上手くコケたといえば上手くコケたが、これではどうしようもない。
半分涙目になって、ユノは尻の泥を払う。
☆
ルトナは黒服の男を見て、反射的にバック宙をして間合いを取り、戦闘態勢を取った。
(当たりか……?)
辺りに人通りはない。
異常だ。この辺りの人通りは、少ないがゼロであるはずがない。
特に時間帯のこともある。そろそろ冒険から冒険者が帰ってくる頃であるし。
「……」
ぼそ、と男が何か呟いた。男は赤髪で、目は黒色、この世界ではたまに見る組み合わせの姿だ。背格好も普通で、全く特徴に残らない。
服装は、まさにカリャンセの家で見かけたものと同じだ。
音を意識していなかったから聞き漏らしたが、なんとかにどうぞ、と言っていたように聞こえた。
「……何ですか」 ルトナは聞いた。
「中へどうぞ」
瞬間、ルトナはにやっと口を釣り上げて笑った。
「私を案内してるってわけだ。さっきの尾行も合わせて……こんな近い場所に……私をわざわざ呼んだな? 何の用なの? ……まずはテメエの口に、中に何があるか聞こうか?」
……ルトナは、やり取りの口火を切ったつもりだった。
中で何が始まるのか? 中で何が待っているのか?
この黒服の男との会話は、その前哨戦のはずで、あるいはこの黒服の男との戦いが、中で起こる戦いの前哨戦であるはずだった。
しかし、男は応えない。応えないというか、無言のままだ。
「……何か言えよ」
催促をするが、なおも返事は来ない。
返事を返さないまま、男はリンゴかそれ以下くらいの大きさの球体を口に頬張る。
涙を流しながら。
そして声をかけられないほど短い間のあとに、
パァン、
男の頭はマヌケな音の小さな爆発とともに弾け飛んだ。
「……は?」
びちゃびちゃと中身が辺りにぶちまけられる音がして、その中のいくつかはルトナの体に降りかかり、服を汚す。
司令する存在を失った男の体は、力をなくしてふらりと崩れ落ちた。
その体には当然、首がない。
(……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………)「……随分と……イカした挨拶だな」
気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
生で死体を見たのは生まれて初めてだ。しかも、こんなにグロテスクな。
だが、それを押し殺す。
これは、歓待だ。
こいつら流の。
(呑まれるな……そもそも死体を見るのが生まれて初めてってわけでもじゃねえ。俺は死ぬ瞬間の俺を知ってる)
自分に言い聞かせながら、赤い屋根の家の扉をゆっくりと開いた。
裏に別の種族がついているわけでもない。らしい。純粋な人族に、はじめから、エルフ、ルトナ・ステファニエが負けるはずがない。
(どうぞってんなら言われた通りにしてやるよ)
中は薄暗い。
一応家のような事務所のような形をなしていて、玄関のような受付のような中途半端な部屋があった。
奥に抜けると曲がりくねった廊下になっている。
そして、その先には広い部屋があり、男が立って待っていた。
地面に寝かされたアコルテと共に。
「お! 来たな来たなァ……何故かダニを飼いたがるバカが!!」
薄暗いが、エルフの目は夜目が効く。
男は、さっきの自害した男が着ていた服と、同じ黒服を着ている。
黒服には多少飾りがついていて、さっきの黒服との立場の違いを表明している。
「バカはてめーだろ。私のいない隙にアコルテさんを盗んだんだろ? 私を呼んでどうするの。あんた頭パー?」
魔力はほぼ感じない。
微小な魔力があるので、アコルテのように技術で隠しているわけでもない。
純粋に、ルトナ達のような戦闘はできないと思われる。
ただし感覚が鋭敏になったルトナには、理解できる。
向けられた確かな殺意、ひりつくような威圧感。
少なくともヒラの構成員ということはないだろう。
「お前が……ギャリイ・キャストリアテか?
あるいは……その組織の……幹部だな」




