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5-3、というのは嘘

「その二つ目の理由ってのは」


 問いかけるルトナに、シクレーンは沈黙する。

 話すつもりは、ないらしい。

 追いすがることも考えたが、話をする意味はない。


「時間を取らせてスイマセン、私はこれで……」


 話は無用だと、苦々しい声を吐きながら立ち上がりかけたルトナを、シクレーンが制止して、


「待った」


 長い問いかけをした。


「ねえ君。返事はしなくていい。返事をされたら、私は動かなくてはいけなくなる。動くとはどういうことかというと……君が守りたいはずの相手を『逮捕しなくてはならなくなる』。私は彼女についてなんとも思っていないし、法律的正義よりも君に対する義理のほうが高い価値を持つからここでは何もしないけどね……


 ……君が守りたい相手とは、アコルテ・ローズマなのだろう?」


 ルトナは一瞬看破されたことに驚きを覚えるが、把握されていてもおかしくないと思い直し、すぐに表情を消した。

 それよりも、

 把握されていたことよりも、

 もっと驚くべきことは他にある。


「……? それは……どういうことですか。なぜ仮に私がアコルテ……アコルテ・ローズマさんを保護していたとして、彼女が逮捕されなくてはならないんですか?」


 今度呆気にとられたのはシクレーンだった。

 同情的な目線だったはずのその表情から、呆気にとられた表情を経て、「当然の前提を知らないのか、こいつは」と侮蔑するような表情に変わる。


「君が仮にあの女性を保護していたとして、……君たちは一体どういう関係性なんだ。知らされてすらいないのか?」


「何を……」


「お客様がお帰りだ。門まで送れ」


「ちょ、っと待って下さいよ」


 追いすがるルトナ。新情報を聞かされては黙っては帰れない。

 この姿を見て何か思ったのか、シクレーンは大きく溜息をついた。


「とりあえず、他に用事がないのなら帰ってくれ。何がしたいのかさっぱりわからないが、今私が君にできることは何もない。君は無知すぎる、手を貸したら火傷してしまうよ。ともかく、――今回は、消えてくれ」



「どういうことだよ……意味がわからねえ」


 ルトナは領主の館を過ぎ、ふらふらと街を歩いていた。


 街はこんな状況なのにいつも通りに動いている。ルトナ達の事情なんて知ったこっちゃないと言わんばかりだ。事実知ったことではないのだろう。


 手札は全て切れた。独力での解決を強要されている。

 その上、ワケのわからないこと言われて放り出され、敵はそれなりに厄介そうで、話にならない。


(所詮こっちの世界に来て数ヶ月……それなりに頑張って動いてたつもりなのに……)


 そうして街をとりとめもなく、とりあえず家に帰って方策を、というくらいの歩き方で歩くルトナの前に現れたのは、見覚えのある少女……のような、女性だった。

 紫がかった明るめの青の長い髪。エプロンで、買い物中で。


「あれ? ルトナさんじゃない?」


「……ピコ、さん」


 現れたのは、双子星の宿の管理人。

 ピコ・「シェイルマン」、だ。



 ルトナは豪華な商人の屋敷の前に訪れた。

 伝手と伝手とが、全てが台無しになっても、一つだけ頼れるものがある。

 金と、商人だ。


 ピコに頼み込み、商人シェイルマンへの取り次ぎを頼んだ。

 ピコは戸惑い躊躇っていたようだが、本気でお願いをして、しっかり報酬を払う用意もあることを告げると、一つ笑って「待っていて」とだけ言った。


 彼女が用意した馬車に乗り込み、こうしてシェイルマンの仕事場に来た。

 新進気鋭の商人のものとしてはそう大きくはない屋敷だが、寝泊まりする場所は他にあるらしい。



 シェイルマンの容姿はいかにもデキる男という感じだった。

 スマートで質の良さそうな商人の服に、過不足なく宝飾品をつけている。髪は赤っぽい暗い茶色で、撫でつけてオールバックのようにしている。

 シンプルな仕事場で、シンプルかつ高級そうな調度品に囲まれている。新進気鋭の商人というからには成金っぽいギラギラとした部屋を思い浮かべたが、そういうわけではないようだ。


「結論から言うが、ギャリイとの仲介、私としては構わん」


「本当ですか!」


 簡単に概略を伝えたルトナに対して、シェイルマンは快諾した。


「それなりにやり取りはしてるし、比較的スマートに行くと思う。金銭さえあればだが」


「それについてはまあ、それなりの冒険者並にはある……はずだ」


「聞いている。ピコが懇意にしている……していた冒険者だとな。ならば問題ない。向こうとの交渉料は私が立て替えても良い、利子は取るが」


 金銭については、頭金として今足りる量、後に上級の魔物の素材をそれなりに、といった具合で合意した。ルトナがある程度以上の冒険者であることはピコから裏を取ったらしい。


「……対価さえあれば、それなりに動いてやる。よりスマートな解決に落ち着くようにな。メンツを潰した借りに比べれば、我々商人に対する金銭での借りなんて軽いもんだろう。あ、一応言っておくが金を盗んで遁走してるとかは無理だぞ。誤解で生じたトラブルなら……上手く中に入って話をまとめて、こちらの利益にもできるというだけだ。あの集団相手ならな」


「大丈夫です。それをする人じゃないんで」


 多分。


 胸をなでおろすルトナ。

 なんだか……これは上手く行ったんじゃないだろうか?

 ピコの亭主ということであるなら、人間性についても疑いはない。


(……とりあえず目処はついたのか。再攻撃を待つのはいくらなんでも悪手だったしな。金と商人は裏切らねえな……)


 だが、シェイルマンはその姿を見て釘を刺す。


「しかし良いのか? 私は向こうと組んで、ルトナ殿を型に嵌めるかもしれないぞ」


「何? 何て?」


「だから。ギャリイとやり取りのある相手に金を払って仲介を頼むってのは、逆に向こうに情報とかを出すかもしれないということだ」


「……そんなことが。あるのか」


 言われるまで思い至らなかったことに、ルトナは自分を恥じた。


「ま、まっ、あ、知ってたけどな(嘘)。全然。警戒くらいしてるさ。それに……何かあったら許さない」


「……それでいい。商売相手が無能だと困るからな。……こういう交渉事ならリケチに回すか……いやでもやはり私が出るか……どれくらいのヤマになりそうかだな……」


 シェイルマンはさらさらと手元の紙に何かを書き込み、何かの書類を作る。


「で。トラブルの原因らしい匿っている女性とは」


「……」


 シクレーンの屋敷での彼女の言葉を思い起こす。

 ルトナは一瞬ためらってから、名前をはっきりと発音した。


「冒険者ギルド受付嬢、アコルテ・ローズマだ」


「アコルテ……ローズマ……」


 その瞬間、初めてシェイルマンは表情を作った。

 驚愕に目を見開く、不意打ちを食らった表情。

 そして、熟練の商売人らしくすぐに取り繕う。


「気が変わった。条件を変更する」


「………………………………………………聞く。何?」



「側室になれ。私に股を開き、私の子を妊娠しろ」



 絶句するルトナに、シェイルマンは畳み掛ける。


「側室である間は私に夫婦関係に準ずるレベルで従ってもらう。まあ一生服従させるつもりはない、出産した時点で側室関係の解消を認める。とにかく金なんかでこの案件に首を突っ込む気はない。私の家に入り服従しろ。私の家にエルフの血を混ぜられるのならギリギリ釣り合う」


 エルフは人族の子を妊娠しない。

 そのことを知っているのか知らないのか、どちらにせよ悪質だ。


 何より悪質なのは、

 一瞬、

 ほんの一瞬だけ、

 守ってくれるのならその内容でもいいと思ってしまったことだ。


 だが考える必要がある。対価は支払うが体を貪る……こいつの言動は、形が変わっているだけで、この世界の水先案内クソ、ヤグルのそれと変わらない。

 まして、その約束が履行されるとも限らない。のらりくらりと時間稼ぎをやられ、そして取引材料として最後はギャリイに二人揃って突き出されるかもしれない。


「舐めんなよ、カス野郎……」


 怒りで言葉がどす黒く震える。だが、すぐにルトナは落ち着いた。

 商契約は互いが互いに必要なものを差し出させる。契約においては合意こそが正義なのだ(信義則はあるが)。セクハラというわけでもなく、エルフの血、あるいは配下としてのルトナというのは確かにこの状況を客観的に見れば要求されてもおかしくない。


(女は交渉事に有利だと聞いていたが、話が違うぞ、クソ……)


 これでは交渉にはならない。


 よく考えれば当たり前だ。交渉してまで意志を捻じ曲げたい地位を持つ相手は、大体が性別など無視して思考を回せる程度の能力を持っている。能力があるからその地位にいるのだから。

 その辺のヤツなら女を武器にすれば五秒で全財産を引き出せるのかもしれないが、そんなヤツの財布の中身など、娼館で腰を振るために全額使われている。


「……その言葉、他意は無いんだよね? 純粋に私の血が貴方の家に欲しいというだけで」


「無い」


「なら……悪いけど、断る」


「そうか。文脈がつながってない気がするが……ではさようなら。これからも当商会をご贔屓に」


 もうすでにシェイルマンはこちらに興味を失くしていた。


 ルトナは黙って部屋を出る。ここまでルトナを引率してきたシェイルマンの召使いが、手をもみながら「お帰りで」と話しかけてくる。


「ピコさんが泣いてるぜ」


 直前、この浮気者、というニュアンスを込めて、捨て言葉をぶつけた。


「ピコは……くだらない話を持ってきたんだ、仕置きでもする必要があるだろうな」


 その瞬間の声は、こっちは男だというのにゾクッとするほどの色気があった。



「……アコルテ・ローズマ。スラムで会ったことがあるが、…………人を騙すのがずいぶんと上手い女だな」



 シェイルマンの最後の言葉について思い返す。直接聞いたものではない。扉を閉めた廊下から、エルフの聴力で、部屋の中のシェイルマンの呟きがたまたま聞こえたものだ。

 捨て言葉をぶつけて去ったはずが、逆にこちらが彼の意味深な発言に囚われてしまった。


(人を騙す……って……何だよ。何について嘘をついてるって……言うんだ)


 ギャングとトラブって、追われている。

 だから、助ける。変なことでもなんでもないはずだ。


(スラムで……? アコルテさんがスラムで何をやってたんだ? 一体いつの話だ)


 でも、そうやって考えてみれば、確かに事情を話されずに一方的に守る守るとルトナ一人で息巻いているだけだ。

 いくらなんでもあのアコルテが悪いことをしたということもなかろうが、


(先にこっちの情報を本人から聞き出すべきだったのかもしれないな、……多少無理でも……)


 アコルテがたとえ話したがらなくても、何が何でも聞くべきだったのかもしれない。

 少なくとも彼女は自分の負けを受け入れて、ルトナの庇護下に入った。自分自身で。だったら、少しは。


(けど、無理に聞き出すって……根負けするまで土下座とかか?)


 他に思いつかない。

 たとえば仮に拷問をしても、果たしてアレだけ強い「弓兵」……戦場での汚れ仕事を背負う立場が、拷問に屈するようなことがあるのだろうか。くすぐりで拷問の真似事でもすればいいのか。



 気配がした。何も思いつかず、目的もなく家までの道を歩いていたところだった。

 ここは街の西側、商人の住宅や事務所がある地区だ。東側は比較的ぶらぶらしている冒険者も多いが、日中の人通りは少ない。気配を読み違えることはありえない。


(誰だ……? いや、決まってるか。襲撃者だ)


 気配は単独で存在する。

 ただでさえイラついていたルトナは、もう我慢の限界を感じた。


(めんどくせえな……ァ……!! こいつ捕まえて話を割らせるか)


 エルフの感覚で魔力を追う。

 感覚で追いかけて、実際に足でも追いかける。


(……クソ、あんまり強くねえ魔力なのもあって、街の真ん中に向かって人が増えてくると一般人と紛れるな……)


 追いかけても追いかけても、これだと思った気配は全く別の普通の一般人のものだったりする。

 その瞬間に、また別の場所に、「これだ」と思った気配がまた現れる。


(クソッ……手玉に取られてる……のがわかるが……無視するわけにも……)


 無視するわけにもいかない。

 だが、明らかに手玉に取られているのはわかる。


 その状況を打破することができないまま、それを繰り返し、辿り着いた先は。


 教会周辺から街の中央をちょっとだけ経由して、少し東に入ったところ、冒険者の住宅地の路地を抜けた先の、

 ルトナの自宅だった。


 ルトナは歯噛みする。

 完全におちょくられている。やはり、弓兵の真似事は向いていないらしい。


(どれほど感覚が鋭くても……街中の相手を追跡できねえんじゃ意味ねえじゃねえか、クソ……)


 そうやって、ルトナの怒りが最大に膨れ上がった時、

 家の中からユノが駆け寄ってきた。


「ご主人様! 良かった、私どうしようかと……アコルテさんが、アコルテさんが……」


「今度はなんだ!?」


「アコルテさんが……いなくなってしまって……っ!」

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