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4-2、劫火でできた善意の檻2

 作戦が、ある。

 正確には、今できた。

 お互いがお互いを殺す気がないとわかってるからできる作戦だ。


「そう、じゃあ、これで終わりにしよう。……アコルテさんをな」


 ユノが勢い良くこっちに走り寄ってくる。

 ルトナは両手を勢い良く広げ、魔力も広げた。


「!?」


 慌てて離脱しようとしたアコルテを、ユノが牽制する。

 機先を制されたアコルテは脱出を諦めたらしい。ルトナの魔力によって、半球状というかドーム状の、木属性魔法で編み上げられた樹木が三人を覆い隠す。

 地面に、朝焼けの明かりと檻によって細かい格子の形をした影ができた。

 その格子の隙間は、膨張する木々によってぎちぎちと埋まっていく。


 ルトナは一歩踏み出して、笑いかける。


「アコルテさんのその瞬間移動。さっきから見せてるそれ、弱点があるよね?」


 弱点というか、ごくごく当たり前のことだ。

 アコルテは俯き答えない。ルトナは勝手に言葉を繋いだ。


「間にある障害物を無視できるわけじゃないんだろ?」


 彼女はさっき炎を避けるようにして瞬間移動を繰り返した。


「そうですね。鶫というスキルです。ですが一体どうするんです? 何か戦況をひっくり返す切り札なのかと思いきや、普通にただの木みたいですし、フィークでも破れるくらいですが」


 “フィーク”というのは風属性における魔法の呪文だ。ユノの水属性魔法“ミーア”みたいなもの。

 彼女もそれを使えるのだろう。

 だが、そんなことは関係がない。


「そんな隙は与えない。そういう状況になる前に……俺はこれからこのドームの中を火属性魔法で爆破する」


 ぴくり、とアコルテの体が動いた。


「普通なら、この空間の中にいる人間はヤバい。大変なことになる」


 こうなってみて思うのは、ユノとルトナの戦闘能力は対巨大生物戦に特化しすぎだということだ。対人戦に極端に弱い。

 ルトナはこのまま魔力大龍やその背後の黒幕のために怪獣バトルする能力を鍛え続けていくとしても、今回アコルテにユノが指導を受けたのは間違いなく僥倖だった。


 アコルテにはこれまでどれほど世話になっただろうか。相談しただけでぱっと解決した問題がいくつもある。

 今回に至っては、きっと彼女が墓まで持っていくつもりだったであろう技術さえ、ユノに授けてもらってしまった。


 そのアコルテが、一人で行く。

 死ぬ気で。

 そんなこと、させるわけがない。


「けど、見ての通りというかなんというか、ユノは水属性の超強力な魔力を持っている。ユノはきっちり防御すれば私の全力の魔法攻撃の爆心地にいても問題ない」


「爆心地にいたら流石に死にますよ私」


「だから、アコルテさんは、これからの私の攻撃をユノの背後で受けなくちゃいけない。ユノ、それと同時にアコルテさんを組み伏せ拘束しろ」


「はい」


「……」


「アコルテさん。……ユノに庇われろ。ユノの背後で震えろ。その瞬間、アコルテさんは、私達のものになる。そうなったら……私の監督下で、私に守られてもらう」


「……」


「行くぞ」


 魔力を回す。

 これまで二度の魔力大龍を屠ってきた、大魔力炎嵐ファイアーストーム過剰疾走オーバードライブとはまた違う。というかあのスキルは(自分でそういうものにしたのだが)魔力をほぼ全て吐いてしまう。


 今から繰り出すのは、自分の周囲ごと、爆発的な衝撃とともに空間を焼き尽くす大技だ。

 自分でも恐ろしいほどの魔力が奔流しているのがわかる。

 本気で、殺す気でやる。


 その炎は肺を焼くにとどまらないものだ。

 見える領域を全て自分の王国の領土として徴収し、当然の権利のように焼き尽くす。


 こんなもの、背後に庇っただけでなんとかなるものなのだろうか?

 まあ、ならないのなら、ユノが反応してアコルテを魔力で抱きしめるだろう。師弟で抱きしめ合うなんて、素敵じゃないか?


 ルトナはスキルを詠唱する。


「――“劫火の王国(テンペストベータ)”」


 されど、アコルテは揺るがない。慌てる素振りは一切なく、一つため息をついて、ルトナの魔法と同時に自分も詠唱した。


「舐められたものです。――“鶫”、“梟の3”」



 空間が、爆風に切り裂かれた。


 そしてその強烈な衝撃が、ルトナの体の前面を引き裂く。


 炎によるものではない。風の無数の刃だ。つまるところ、起こった爆風はアコルテのスキルによるもので、


 ルトナが作ったはずの炎は、全てがアコルテの体から生じた旋風によって切り開かれ、無効化された。



「ぐっ、……痛っってええェェェェ……」


 作り出した木の檻は完全に倒壊し、魔力へと還っていく。

 “梟の3”の余波はルトナにも当然及んだ。

 腕をクロスさせて眼の周辺は守ったが、全身と、前腕の手の甲側の皮膚がズタズタに引き裂かれている。風魔法の刃のようだ。

 横方向の傷が目立ち、その傷からはぼたぼたと血が流れ落ちていっている。


(前の世界で、ネットにリストカットの画像あげてる人いたけど……あんな感じだな……今は腕の内側じゃなくて外側だけど……あと服の上からだけど……)


 幸いにして、体の何処かの腱や筋肉がヤバい状態になっている感覚はない。

 服の前がずたずたに引き裂かれていて少々見苦しいといったくらいか。人によっては興奮するかもしれないが、別にそういった猟奇的な性嗜好はないし(なくもないが)、自分の姿では興奮しようがない。ただの無数の皮膚の切り傷だ。


(今の風魔法は……防御兼攻撃スキルか……メッチャクチャしやがる……って俺が言えたことでもねえか……)


 アコルテは無傷だ。涼し気な顔をしている。戦いは終わったとばかりに、ナイフを懐にしまった。

 事実、これはもう戦ってどうにかなるものではないだろう。これ以上は、どちらかがどちらかを殺すような話になる。

 それは、できない。


(……ユノ。ユノは、大丈夫か?)


 あたりを見渡すと、アコルテの向こうに、吹き飛ばされて背中から他人の家の塀に激突し、ほとんど半壊させてしまっているユノがいた。


 ここ冒険者の通りでは家の破壊は日常茶飯事であり、それを許し合うための簡単な不文律がある(らしい)。その不文律に則れば、今回の目の前の被害ではあとで高めの装備のメンテナンス用品と修繕費を持っていけば問題ない。

 だから、純粋にユノのことだけを、心配する。


「く、ぅぅぅ……いたいです……ご主人様……ぃたい、いたいです……」


 悲痛な声だ。聞いているだけで、こっちが泣きたくなる。


 でも、本当に泣きたいのはユノだろう。今の彼女は、顔を含む体の前面全体に、ぐちゃぐちゃに切り傷が入っている。龍の魔力が体を保護したにも関わらず、服も、防具も、肌も、無数の風の刃に切り開かれたようだ。ぱっくりと数百の切り傷があって、彼女が倒れ込んだ誰かの家の塀の接地面には、切り傷から垂れる血で水たまりができている。


(悪ぃ、ユノ……)


 ユノは、痛みが大きすぎたのか、そっと気絶した。



「大丈夫……ではないようですね」


 少しあって、数歩歩いたアコルテが、ユノを心配そうに見下ろして口を開いた。


「なんで初めからこれを使わなかったんだよ……」


「こんなものは知人に使うものではなく、殺し合いで使うものです。でもまあ、使わないと仕方ない場面でしたので」


(事実、ユノが龍を降ろしてなければ、大惨事が起こったんだろうな……魔法があるからまあ良いが……今度何かお詫びをしてやらなきゃいけねえな……)「……まあでも、奥義は使わせましたでしょ? ほら、ナンバーが若いほどよりヤバい奥義的なスキルになるみたいな。奥の手を使わせたのなら、実質私とユノの勝ちだ。違いますか?」


「ナン、バー……? よくわかりませんが、今のは基本中の基本の鶫ですが……」


 そう言ってアコルテは、ユノのほうを見る。


「私のことはどうでもいいです。早くユノさんを起こしてあげてください。すぐに起こして、龍の力が時間切れになる前にキュレアを。私も回復魔法はちゃんとしたものを使えませんから、そうしないと、全身に切り傷の跡が残ってしまいます」


「え。全然考えてなかった。ユノ、起きろ」


 慌ててルトナはユノを起こしにかかる。

 ユノが気絶したのを見た時は、休ませてやろうと思った。

 けれど確かに言われてみれば、跡が残らない治療魔法は難易度が高いと聞いたことがある。ドラゴンインストール中のキュレアは強化されるため、どちらにせよ今回復を行っておくに越したことはないだろう。アコルテが指摘しなければ思い至らなかった。


 ルトナが「キュレアを使え! それだけでいいから」と寝ているユノの側頭部などを叩いて起こしたところ、目を覚ましたユノは、虚ろな目のままで小さくスキル名を唱えた。

 ドラゴンインストール状態でのキュレアは無事に間に合った。消耗が激しかったようで、すぐにユノは改めて意識を落とした。



 二度目の失神中のユノを見おろして、ルトナは自分の情けなさに大きくため息をついた。

 戦いは終わった。

 結果は、二人の完全敗北。

 隠し玉を無数に隠し持つアコルテに、これ以上の追撃は無用だろう。


「……駄目ですね。俺は。ユノをこんな目に合わせてしまって。その上お世話になった女性一人、助けることもできない」


「……嫌味にならないよう黙ります」


「そうして下さい。ほんと助かります」


 自分の惨めさが嫌になる。

 ねちねちと言葉で責められていたらどうなっていたかわからない。


 ルトナはアコルテのほうを見てまた口を開く。


「これから、これまでの予定に戻るんですか」


「はい。おそらく、私が離れれば、ルトナさん達にご迷惑はかからないと思います。どうかご心配なく」


「かけて欲しかったですよ。目の前で『旅に出ます。探さないで下さい』みたいなことされる私達の気持ちわかります? しかも手を差し伸べてもゴミみたいに無視するんですもん」


「……すみません」


「……謝るくらいならっ、せめて事情くらい、………………もういいです」


 誰がなんと言おうと、そしてこの場でルトナがなんと言おうと、ルトナは負けたのだ。

 それを雪ぐには、強くなる以外にない。


(足りなかったらしいな。ずっとずっと、……毎日訓練ごっこをやってたのによ)


 流石に、全く精神的にノーダメージとはいかない。

 かなり引きずりそうだ。この先アコルテがどうなるかは知らないが……。


(クソ、クソ……あークソ……そうだ、ごっこだ。訓練ごっこ。何の役にも立ちやがらねえ。そりゃ今回は相手も強かったけど……もう俺には「別に大したことでもありませんでした~」なオチを期待するしかできねぇってわけだな、クソ。……クソッッッ!!!!!!! 俺が弱いせいだ……!!!)


 そして、内心の激憤を押し隠しながら、なんでもないことのようにルトナは続けて呟いた。

 次の一言で、また、場が激変するとは思わずに。



「しっかし、強いですね。梟ってスキル。名前から内容もわかりづらいし……やっぱ弓兵だからなんでしょうか?」



 瞬間、アコルテは目を大きく見開いて、硬直した。


「へ……!? なっ……んで、鶫が……?」



 今のアコルテを言い表す言葉の選び方は難しい。

 というか、返ってきた言葉も意味がわからない。


 ただ一つわかることは、たった一言だけ告げられただけだというのに、寄る辺をなくした子供のように、絶望と空っぽで、泣き出しそうな表情になったこと。

 ルトナの罵倒でも何でもないたった一言が、一瞬だけ彼女を追い詰めた。


 そして、ルトナはその隙を見逃すほど暇人ではなかった。


「!?」


 今だ。今しかない。頭と体が反射的に動いた。鬼ごっこをしている時に、ユノが隙を見せたときのように。

 ルトナは脳内の空想で一瞬で慎重に詰将棋のようにしてアコルテを絡め取る。現実にそれを追いつかせる。


 足元から木属性無詠唱魔法を伸ばし精神的ショックから気合で即座に回復したらしいアコルテはそれをそれなりに綺麗に避け、ただし背後に予めルトナが広げた樹木のバリケードで足が止まり、応戦するための彼女の右手もしっかりルトナには視えて――――


 がっっっっっ。


 飛びついたルトナはアコルテの右手をがっちりと掴んだ。


「はぁ、はぁ、っ、はぁ……――――捕まえ、ました」


「ぁ――――――く……」



 静かな空気が流れる。


 アコルテはルトナが掴みかかった腕を取り、投げようとしたが、それは不発に終わった。

 次に関節を極めて受け身を取らせようとしたみたいだが、全くアコルテの筋力はルトナに通用していない。

 小指を取って折ろうとされたが、全然折れない。

 かし、かし、小指をねじろうとするアコルテの指が、飴玉の缶のフタを開けようとしてひっかく子猫みたいに、虚しくルトナの手を撫でた。


(……あ、これ……)


 何をしているのかと思ったが、ようやくわかった。ようやくわかったことで、今がどういう状況なのかもわかった。


 エルフの筋力は高すぎる。アコルテの体術は確かに異常な練度であるが、それでも筋力のレベルが違いすぎて、取っ組み合いにはならないのだ。今の状況は例えるなら、前の世界の普通の人間が、熊を投げようとしているような状況だ。

 力づくで適当に押し倒して、覆いかぶさった。


「わかったよ。アコルテさんが私に技術を教えなかった意味。この体だと、小細工を身につけるくらいなら、筋トレしたほうがずっといいんだ」


「おわかりになったようで何よりです」


 アコルテは目をそらしてしばらく沈黙した後、左手で自分の胸元のアイテムバッグの包みを開けた。

 服の中にしまいこんでいたらしい。


「私もちょっと試したいのですが」


「何をですか?」


「ちょっとこの笛の音を聞いてみてもらえますか?」


 え? とルトナが反応する間もなく、アコルテはアイテムバッグの中から小さな笛を取り出し、ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイと大きな音を立てて鳴らす。


「わあああ!! いってえええ! 耳が!!! 何この音痛ッ??? というかめっちゃ近所迷惑ですよ!?」


 かろうじて反射的に耳を塞いでしまうことはなかったものの、耳がぶっ壊れるかと思った。

 変な音だ。


「……いえ、迷惑にはなりませんよ。これは、近所迷惑にはならない笛なんです。それで、これが聞こえるということが、さっきの話の理由になるので」

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