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4-1、劫火でできた善意の檻1

「――舐められたものです」


 アコルテは嘆き悲しむ素振りを見せた。


「弓兵の技術を一切知らないルトナさんと、まだ雛もいいところなユノさん。一対二ですし、あと三年すればあるいは全く話が違うのかもしれませんが、現状は私が貴方達二人を一瞬で殺してしまうと思います」


「まあ、そうかもですね」


 ルトナは特に反論せず、アコルテの話に乗った。


「でも、アコルテさんは私達を殺さないでしょう?」


「……それは、まあ」


「そして、私達は殺す気で行く。殺す気で行ってもアコルテさんは死なないでしょう?」


「……」


 アコルテは黙り、ルトナとユノの姿を見据える。

 戦力を分析しているのだろう。実際に事故が起きないか、慎重に見定めている。


(はは……なんか向こうに甘えたみたいになってて非常に申し訳ないけど……)


 続けて、ユノが口を開く。


「アコルテさん。アコルテさんにとっては、私はまだ雛みたいなものなわけですね」


 そして、腰に備えてあるナイフを取り出して、手でくるくると回した。

 手は包帯でぐるぐる巻きだ。“ラト・キュレア”で治した血マメの跡を、隠している。


「その言葉。……これを見ても……まだ言えますか? ――“龍熱入水ドラゴンインストール”ッッッ!!!」


 ユノは小声で素早く呟いて、自分の心臓にナイフを突き立てる。

 アコルテは一瞬驚愕に表情を固めたが、すぐに目の前の少女が「何」であるかを見極めたらしく、この場所からの離脱を試みる。

 瞬間移動に近い速度のステップに、魔力でできた翼と尻尾を纏ったユノは、対応し、立ちふさがった。


 道の地面に大穴が開いている。ユノが追いすがるために蹴った地面だ。

 アコルテの道を塞ぐため直立している彼女の、翼と尻尾は、ゆったりと羽ばたきうねっている。


「……」


「……酷いですよ、ユノさん。師匠に、隠し事をするなんて」


「現在進行形でその『師匠』は隠し事まみれなわけですが、それについてはいかがお考えですか?」


「とんでもない相手に技術を教えてしまいました。……たしかに、それじゃあ雛なんてとても言えませんね。卵は卵でも、龍の卵だったようだ」


「弟子に隠し事をするなんて酷くないですかアコルテさん。いまご自分でおっしゃった言葉ですよ」


 ちゅる、と唇から割れた舌を覗かせながら、精神攻撃を続けるユノ。


 今の離脱は、ルトナにも見えた。つまり、自分もこの戦いに、付いていける。


(ユノの足手まといになることはなさそうだな、っつーとなんだか情けねーが……)


 そしてルトナは息を吸って、


「というわけで残念だけど、事情を話すまで、……帰すわけにはいかねーな!」



 アコルテは一切躊躇しなかった。

 躊躇せず、懐からナイフを取り出してユノに斬りかかる。

 瞬間、アコルテが身に魔力を纏った。ように見えた。


(この白色は風属性魔法使い……!! 魔力は押さえ込んでたのか。どんな技術だよ)


 ユノも負けてはいない。

 ついさっきまで笑いあっていた二人は、まるでそれが当然のことのように切り結ぶ。


 趨勢は、ユノ有利。

 押している。


 雨のように金属音が鳴り響くということはない。お互いがお互いのナイフを避けあっている。

 だが、たまに片方が片方のナイフを受け流しつつ受け止めた時、悲鳴のように甲高い金属音が鳴り響いた。


「チッ……」


「……!」


 アコルテが舌打ちをして距離を取ったが、ユノがそれに追いすがる。


 ルトナには分かる。ユノがなぜ、圧倒的に実力差のあるアコルテと、短剣の剣戟で互角以上に戦えているのか。

 ドラゴンインストール中の彼女の反射神経と動体視力は異常だ。加えて、集中すると周りの景色がゆっくり動いて見えるらしい。身体も、その中で普通に動けるレベルで動かせる。


 つまるところ、ユノは時間を遅くした状態のゲームでスーパープレイをやっているような状態なわけだ。二分の一倍速にすれば、スーパープレイヤーのスーパープレイも比較的容易に真似することができるように、アコルテが与えた技術をほとんど完全に、本人にさえ通じるように再現できる。


(は、はは……このままユノが勝つんじゃないか?)


 闘いは拮抗している。


 ……そう、闘いは「拮抗」している。


「ご、主人、様っ……」


 苦しげな声。ユノの背中の翼が何度か羽ばたく。剣戟で、押され始めてきたようだ。


 金属音。複数の金属音。打撃を防ぐ音。全て、ユノが攻撃を受けている音だ。思うように動かせて貰えないらしく、表情が苦しみを表明している。


(……なんでドラゴンインストール中のユノに……)


 バック宙をしながら間合いを取ったユノに、さっきとは立場を逆にして、アコルテが追いすがる。


「組み立てが甘いです。貰いますよ」


「くぅ……」


 アコルテが足を踏み出し、……おそらく足払いをかけようとしている。


「さッ、せるか……!!!」


 ルトナはそこに火属性魔法の砲弾をぶち込んだ。


「“ミーア”!!」


 ユノも魔法攻撃を行った。消防車の放水のような、あるいは太すぎるムチのような衝撃がアコルテに迫る。


 アコルテは一旦間合いを取り、魔法攻撃が届かないギリギリのところまで下がってから、もう一度ユノに食らいついた。

 その反転はまさに渓谷に吹きすさぶ風でも相手にしているかのようだ。


 何度かやり取りを行う。

 ルトナが的確に援護を行って、ようやく二人がかりで五分五分といったふうだ。


(強い……が……!!)


 アコルテは強い。もう言うまでもない。


 だが、やりあえている。

 初めて喧嘩を売った時は一瞬で殺されたあのアコルテと、戦いになっている。


「お二人とも、お強いです。冒険者歴数ヶ月とは思えない」


 ……そう思っていた。

 のに。


 アコルテは一度構え直して言った。


「では、スキルを使いましょう」


 その言葉で、全てがぶち壊しになった。


「“鶫”。“梟の6”」



 アコルテがスキルを詠唱した瞬間、眼の前から消えた。

 おそらく自分の主人はこの速度に対応できないはずだ。

 だが、ユノは焦らない。


 見るものは魔力だ。そして、音。

 視覚はいくらでもごまかせるが、音と魔力をあわせてごまかすことはそれなりに難しい。

 当のアコルテが言っていた言葉だ。


 ゆっくりと減速していく主観時間の中で、周囲に意識を集中する。


(……いない……)


 見つからない。逃げられた? ありえない。そうであってはならない。そうであってはならないのだから、そうではない。

 見つけた。

 周囲に消える龍の魔力にアクセスすることで、アコルテの位置を把握することができた。

 いる。そこにいる。目でも追いかけた。大丈夫、これなら、どんな攻撃が来ても対応できる。


 はずだった。


 その左手で自分の口を押さえながら、アコルテはスキルを詠唱し――


「“鶫”」


 アコルテの体が、音を伴わずに迫りくる。

 彼女が足を踏み出したその音は、遅れてユノの耳に到来した。


(はや、対応できな……)


 腹に致命的な衝撃が来た。



「あっぐっっっっぅ!!」


 アッパーのような拳で腹を殴られたユノの体が、数十メートルにわたって吹き飛ぶのが見えた。

 猛烈な音だったがごろごろ転がっていく彼女の受け身は完璧で、ダメージはそれほどない、はず。


 それを見たらしいアコルテは、即座に標的をルトナに変えた。


「ごッ主人様ァ、後ろですぅぅっっっ」


 ユノの指示だ。頭を空っぽにしてその言葉に従い、背中方向に炎を撒き散らして応戦する。

 アコルテはそれを避けた。遅れて気付く。これはあの日ルトナが一切対応できなかった瞬間移動だ。


(……あの日見えなかった魔力の糸が確かに見える。ユノがついてる今の俺なら、あの理不尽な瞬間移動に対応できる)


「もう一度後ろ! 今度は、……前!」


「“魔力炎嵐ファイアストーム”!」


 前に向けて大きめの魔法をぶっ放して、牽制代わりにする。

 同時に大きく飛び退いて、距離を取った。


(たいお、う……クソッ、ダメだ、速すぎる……)


 飛び退きながら、炎をばら撒く。射線を潰すようにして。

 だが、アコルテはそれを避けるようにして瞬間移動をジグザグに重ねて迫り来る。


(き、っつ……)


 ぬるぬると動く立体的な軌道は、まるで戦闘機でも相手にしているみたいだ。

 少し広めに半円状に炎を撒いたが、アコルテは一切躊躇わず空を経由して飛来する。


 戦闘機相手には、「火器」を持っている程度でなんとかできるものではない。

 取ったはずの間合いは一瞬で死に、目の前にアコルテが現れた。


「クソがァ!!!!」


 苦し紛れの右ストレートを放つ。

 だが、そのパンチの威力は、アコルテのそれ以上に速い右の拳によって、


「“鶫”。“梟の5”」


「ぁ――――――」


 カウンターのために利用された。


 アコルテの拳が、ルトナの顔面に突き刺さる。

 きぃぃん、と辺りが真っ白になる。

 痛い、とかそういうものではない。感覚が消失するような感覚。


 仮にこちらのほうが早く拳を当てていても、彼女が口に当てていた左手によって防御されていただろう。

 技術の桁が違いすぎる。体系立った戦闘技術がない今の自分が、酷く情けなく思えた。


(しかし、エルフでも頭ぶつけるとこうなるのか……)


 そんなことを止まった時の中で呑気に考えたと同時、ぞわり、と尾てい骨の辺りから背筋にかけて寒気が走り、遅れてルトナは吹き飛ばされた。



 ろくに受け身も取れずに吹き飛ばされた。全身が痛い。

 足音を立てず、アコルテは歩み寄ってくる。


「これで終わりです。トドメを刺して行きましょうか? それとも、このまま帰して頂けますか?」



 まともに戦ってはダメのようだ。それなりに強くなったつもりでいたのに、スキルを使うアコルテに手も足も出ない。


「アコルテさん、本気で強えな……なのに、厄介事に巻き込まれてんのか。こんなに、強いのに、解決できないほど」


「……強い弱いではないのですよ。私は……いや。別に自分から手を広げて殺されに行くつもりははじめからない。けど、今回はきっと……だから……そうですね。私にも解決できないようなトラブルなんです」


 適当に会話しながら、ユノと目を合わせ、アイコンタクトを取る。


(じゃあ、……まともにやらない方法で行くしかねーな)

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