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3、襲撃者

 ユノと二人で駆けつけた、庭に。

 襲撃者は、いなかった。


「……」


 いたのは、朝焼けを見ながら佇むアコルテ一人だけだった。


「? どうしたんです? こんな朝からドタドタと……」


「あ、あれ……?」


 二人で戸惑う。

 魔力の感覚は、無い。

 確かにいるはずの襲撃者とはなんだったのか。


 けれど、確かにこの家の庭に……アコルテのものとは違う、誰かの魔力が複数存在したのだ。

 街から地平線ほどにも離れた魔力大龍の魔力さえ探知したルトナの感覚が、どれほどか弱くとも、庭に侵入した存在を無視することなどありえようか。


「アコルテさん、今ここに誰かいませんでしたか?」


「……いえ、別に。どうしたんですか。ここは貴方の家でしょう、ルトナさん」


「そ、そうなんですけど……」


「侵入者」 ユノが一歩出て、アコルテの顔を見据えながら低い声を出した。


「侵入者?」


「私とご主人様が、二人揃って、人の気配を感じたんです。間違いなどありえない。何かおかしなことはありませんでしたか。それに、……なぜこんな朝から外行きの服を着ておられるんです? アイテムバッグまで」


 言われて、アコルテは自分の服を見ながら言葉を返す。

 ユノの指摘通り、彼女はここに来た日とよく似た、ズボンとブラウスの服を着ている。つまり、彼女は寝る時の服(厚めの生地のキャミソールの上にフード付きの服を羽織る)から着替えている。その上にたすきがけで、ここに来たときのアイテムバッグをして、まるでどこかに出かけてきた時のようだ。


「おかしなことは……ないですね。この服とバッグは……その。長居しすぎましたので、今日で失礼しようかと思いまして」


 両手を合わせてまるでなんでもないことみたいに苦笑するアコルテを見かねて、


「や、長居って」


 ルトナが会話を引き継ぐ。


「もうちょっといるって言ったその翌日じゃないですか、アコルテさん」


「はい……でも、実はもうユノさんには、教えることは教えてしまったのです」


 うちにいたくなければ延長はしない。この家はそれなりに楽しくて、ユノにも喜んで教えてくれたのだろう。

 なのに、なぜ。


 魔力についても、……二人揃って違和感によって起きたわけで、勘違いということは絶対に有り得ない。賭けてもいい。


 だが、ルトナは引いた。


「…………そうですか。お騒がせしました、アコルテさん」


「いえいえ。ひょっとしたら私の魔力が何か揺らいだりしたのかもしれません。私こそ、お騒がせしました」


 すっかり目が覚めてしまった。エルフの体は睡眠が要らないわけで、もともと「眠くて寝てる」わけじゃなかったけれど、今さら寝直す気にもなれない。


「ユノ、朝食にしよ。少し早いけどさ」


「かしこまりました。食堂でお待ち下さい」


「……ああ、あと、後で少し話をしよう」



「アコルテさん」


 意味不明に何故か引いた主人に代わって、その場に残ったユノが、アコルテに話しかけた。


「正直にお答え頂ければと思います。これ、――血の匂いですよね。人の」


「……はい」


 アコルテは持っていたアイテムバッグの中に手を突っ込んで、髪を掴んで、死体を一体、上半身だけ引きずり出した。

 黒い服の男だ。文官が着るような礼服を、アレンジしたもの。


「二人が来る前に済ませました。あと二体入れてます」


「……料理の実演じゃないんですから、入れてますって言われても困るんですが」


「ごめんなさい」


 二人は沈黙した。


 しばらくの沈黙があった後。


「私は今日ここを失礼しようと思います。たいへんなご迷惑をかけてしまった。多分私が出ればここへの追撃は無いと思いますので、そこは心配しないで下さい」


 「やはり、三日以上いるべきではなかった」。

 アコルテがそうやって続けた。


 ユノは、何も答えなかった。

 自分の主人がどう答えるかはわからないが、奴隷であるユノに、今の言葉に対して返す言葉はない。

 別に、主人と違って、アコルテ個人の事情に興味があるわけでもないし、主人に告げ口をする必要もない。


(何かに巻き込まれているのはわかりますが、……ここまであからさまに首を突っ込むなというポーズを取るということは、何かあるのでしょう)


 そして冷静に頭の中で利害を計算して、礼を言った。


「わかりました。私は、特に異存がありません。……お世話になりました。アコルテさん。貴方のことは、忘れない」


 アコルテは返事をした。

 それで、二人の会話は終わった。



 食堂で朝食を取る。かちゃかちゃと食器の音だけが響く。

 今度はユノはアコルテを止めなかった。



 そして、家の門の前で二人は一人を見送る。

 起床が極めて早かったため、まだギリギリ早朝と言える日の昇り方だ。

 朝の冷えた空気はまだ続いている。普通の冒険者が起きるには、あと半時ほどはあるだろう。


 さっき庭で会った時の服装のままのアコルテが、ユノの手を握る。

 ここに来たときとは別のズボンを履いている。痩せ型ながら起伏もある体型を、引き立てる、すらっとした服装。


 そしてその女性らしい体のイメージ通りの「お姉さん」な声で、口を開いた。


「約束の内容を覚えていますか?」


「はい。この技術は、二人以上に教えません。そして、自分を含むこの技術を知る全員に、この約束を守らせます」


「絶対、ですよ。消えてなくなるなら、それでよかった。あと、あまり人前では使わないように……と、情報の隠匿については昨日話しましたからね。やめましょう。……もっと大事な話を」


 アイテムバッグは、ここに来た時及びさっきと同じ、肩掛けタイプのものだ。

 ものすごい魔力を感じるので、ものすごい量が入るのだろう。


 握っていた手を離して、指を立てる。


「いいですか、聞いて下さい。料理で例えましょう。包丁の握り方や、塩と砂糖が大事ということを習えば、誰でも狩った鳥や釣った魚をまあまあ美味しく食べることはできるようになります。ユノさんは今そういう位置です」


 「けれどそこまでは簡単なんです」とアコルテは言葉を繋げる。


 話を聞きながら、食事の量はあれで足りているのかな、とルトナはふと思った。

 この四日間、アコルテの食事量は極端に少なかった。犬かハムスターのほうがよっぽど食べるだろう。


(飼ったことはねえけど)


 特に突っ込まなかったが、あれは本当に、目の前のこの女性にとって健康的な量なのだろうか?


「料理人として他の料理人と、料理亭市場や調理場で争うのなら、美味しく食べられることは当たり前の話なんです。同じ切るでも綺麗に切る、あるいは同じ味付けでも綺麗に味付ける。そしてその先で、たとえば自分の体調が悪い時は甘い物が好きになって味覚が変わることを知る、とか、ぱっと入った店の料理の味付けをぱっと手元で再現できるようにする、とか、そういうことが必要になってくるわけです」


 最後に微笑んだ。


「基本の練習を忘れないで。私の技術は、今は貴方の内にある」


 ユノはもう一度礼を言って、胸に手を当てて頭を深く下げた。



「アコルテさん、ユノとの話は終わりました?」


 ルトナは話しかけた。

 あまり一人ぼっちにされると寂しいし。


「ええ」


「じゃあ、私との話、いいですか。ユノも、頼む」


「はい」


 一度目の返事はアコルテのもので、二度目の返事はユノのものだ。

 ユノは十歩程度歩いて、アコルテを挟み撃ちにする形の位置に立つ。


「……? これは、一体……?」


「アコルテさん。あんたの身柄は、私が預かる」



 積み重なった小さくない違和感。

 それは、衛兵に聞き込みを行うことで顕在化した。


 ルトナが昨日門に行って聞いたところ、冒険者達が住むバルトレイの一区画で、ここ一ヶ月間に「火災はなかった」。

 街全体を範囲に入れればあったが、ボヤ騒ぎ程度ですぐに収まっている。通りがかりの水属性魔法使いがなんとかして、問題なかったとのこと。

 一応書類にあたってもらったため、これは確実だ。


 けれど、彼女は実際に家財をかなりのレベルで持ち出している。そのことはユノが確認した。

 かつ、知り合いの家に泊まって回っている。これは、リーフレッタからの話でわかっていたことだ。


 嘘をついてまで不自然でない理由を捏造し自宅を出て、人の家に泊まってまわる。

 その上まるで二度と会えないみたいに、ユノには自分の技術を受け渡す。アコルテが誰にでも親切に自分の技術を教えるような人間であれば別によかったのだが、


(「二人以上には決して教えないで」? まるで秘術の継承者みたいなことを言うじゃねえか。そんなもんをぽんぽん教えてまわることってありうるのか?)


 まるで、自殺者の直前の行動みたいだ。


 そして、今朝の……魔力の消失。

 繰り返すが、ユノと自分が揃って間違えることなどありえない。もしこの二人が間違っているように見えるのだとしたら、それは周りの全てのほうが間違っていて、こちらに合わせなければいけないというだけ。

 結論は、踏み入った誰かをアコルテが殺したのだ。死体をどう誤魔化したかまでは知らないが。


 完全無欠に厄介事。

 ここで行かせるという選択肢は、無い。



「……嫌だと言ったら、どうなさいますか?」


 アコルテはこちらが何を言いたいのかすぐに把握した様子で、俯いて表情を隠し、口を開いた。


「理由によりますけど」


「理由は、実は実家から家業を継げと言われまして。今、親しい人のおうちに泊まってまわって、最後の挨拶をしてまわっていて」


「嘘ですね」


 確証はなかった。が、とりあえず嘘だと言ってみた。


「こらこら。それはダメですよ? 何を言っても嘘って言えば良いと思っている。異端審問じゃないんですから」


「でも嘘でしょう」


 すると、アコルテは黙りこくった。

 図星を突かれたというよりは、自分の良心と葛藤しているように見える。

 嘘がつけないのとはまた違って、嘘自体は上手いが、性格上誠実でいようとしているふうだ。


(少なくとも、俺にはそう見える)


 アコルテは少しあってふるふると顔を横に振って、


「……理由は、言えません」


「なら今私が取る行動は決まった」


 ルトナは体内の魔力を回した。ユノと目を合わせ、タイミングを測る。


「アコルテさんには抱えている厄介ごとから私に保護されてもらう。力づくだ」

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