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2-3、お泊まりパーティ(刃物あり)3

 家の一室の、空き部屋に移動した。少し広めで、ユノやルトナが寝る部屋の二倍くらいの面積がある。ユノとルトナはたまに雨の日のトレーニングなどに使っているが、多分もともとはそういう用途の部屋ではない。


 魔法器で明かりをつける。昼間並ではないが、充分見れる。


「では構えて下さい、ユノさん」


「組み手……ですか?」


 距離を取って、アコルテは足を肩幅の広さに開いた。

 足の位置を変えただけで、威圧感から部屋の空間が歪むような感覚がする。

 薄暗いので、夜の闇の真っ只中に放り出されたような気さえする。


 当然、錯覚だ。

 けれど、ユノはくらくらと目眩を感じた。


「はい。基礎の基礎の次は基礎を学んで頂きます」


「は、……はいっ」


 自分の親指の付け根辺りを軽く噛み締めて、目を覚まさせる。

 目の前のものに恐れている場合ではない。今からそれになるのだから。


「――と、その前に」


 アコルテがユノに基本の構えやその際の注意点を教えていく。

 一通り教えたあと、刃を潰してあるというナイフを自分のアイテムボックスから取り出して、ユノに渡した。


 下投げで放り投げられたそれを手で受け止めるが、手に力がうまく入らず、ぽとりと取り落としてしまう。

 少し待ってもらって、手にナイフを、手当用の包帯を使ってぐるぐるに巻いて固定した。


「じゃあ、行きますよ」


「はい。いや……来い!」



「喉を開けるなッ!」


「がぎゅっ!!!」


 アコルテは思いっきり貫手(ぴしっと揃えた手の指先)でユノの喉を突いた。

 衝撃でブッ飛ばされたユノは、なんとか教わった通り受け身を取って、けれど喉の痛みにのたうちまわる。


「がっ、げぉおお、ごほっ、ぐっ、ええええ……」


「弓兵の戦いに、顎を締める意味はあまりありません。けれど、顎を引いてないというのは、それは要するに気を配っていないということだ。言ったはずです。全身の急所に満遍なく注意を配分するんです。大丈夫ですね? 無理ならすぐにキュレアを使用して下さい。時間がない」


「だい、じょぶ、です……やれ、ます……」


 ユノは、よたよたと、しかしすぐに起き上がって、戦闘の構えを取る。


 組み手の練習を初めてから一時(百二十分)程度が経過した。

 はじめの六十分はユノの技術が未熟で攻撃を食らった。次の六十分はようやく体が慣れてきたものの、体力が追いつかずにひたすら攻撃を食らった。そろそろ、限界だ。


 肉体の疲れは治癒魔法でわりとなんとかなる。

 それでも、今手に力が入らないように降り積もった疲労の回復には限度があるし、足りない肺活量と足りない酸素のフォローまではされない。


 けれど、この日数で、吸収できる限りのことはすると決めたのだ。


(息が……辛い……吸っても吐いても……体に呼吸がまわってない感じがする……)


 頭と意識がぐらぐらと回る。

 何をしているんだ、ユノ。自分で自分に問いかける。

 毎日毎日「あの子」の墓まで走り込んだのは、こういう時のためではなかったのか?

 ハーフフェアリーの体で言い訳をして、それでなんになる?


 魔力を回せ。


 戦え。最後まで。


「ぐぅぅぅぅ……うぅぅぅぅぅ……」


「――では、行きますよ」


「来、い……」


 目の前がぼんやりとした感じがある。

 眠さはない。全身が痛いのに眠いもクソもない。最低限を腹に入れたから空腹というわけでもない。

 けれど、目の前が滲んで霞んできて、これまでとは全く違う視界になっていく。

 まずい、見えない、これでは――


「あ……」


 そうか。物体じゃなくて、魔力で見ればいいんだ。



 深夜の廊下で、まだ風呂にも入ってないユノと、出くわした。

 廊下をうろうろしているらしい。

 ルトナは寝間着だ。体質上眠くはないが、心が寝ようぜと言ってくる感じで、生あくびをしながら、話しかける。


「ユノ、まだやってたのか」


「はい。と言っても、休憩がてらの遊びみたいなものですが。ご主人様は」


(休憩がてらの遊び? なんだそれ? まあ突っ込むことでもないか)「寝る前に歯を磨き忘れてたのを思い出して。一人のベッドだし、別にそのまま寝ても良かったんだけど、まあ思い出したからにはと思って」


「そうでございますか」


「頑張りどころなのはわかるけど、怪我には気をつけてよ?」


「はい」


 返事だけは殊勝だが、態度は上の空だ。

 ユノの体は微妙な生傷にまみれている。外からの音がしないからもう庭ではやっていないようだが、刃物を使う練習などを室内で行っているのだろう。


「ああ、そうだご主人様で……あの、ご主人様」


「うん?」


 瞬間、ユノが夜の闇に消えた。


「は?」


 周囲三百六十度を見渡しても、誰もいない。

 今の今まで目の前で話していた相手が、家の中で消え失せるなんてそんなことがありうるのか。

 たしかに暗いが、エルフの目は夜目が効くはずなのだ。

 魔力の目で見ても……嘘だ。本当に誰もいない。


(何……何だ? 集中して……ユノはいったいどこに行った?)


 そして、全神経を体の感覚に集中させている最中に、エルフの敏感な耳を撫でる感触がした。

 完全な不意打ちで、背筋と脊髄に快感が走る。


「んんひぃぃぃいいァァァッく~~~~っ!?」


 ぞわぞわぞわぞわっ。

 腰が砕けたので前に倒れ込むようにしながら背後を振り向くと、邪気の一切ない蕩けた笑顔を浮かべるユノがいた。

 手を伸ばしてきている。あれでカスるように触ったのだろう。


「ふふ……できた……」


 回復をさせていないらしい生傷にまみれた体と、ボロボロの服と髪は、幽鬼のような感じがして恐ろしかったが、だからこそというかなんというか、なんだか凄絶な雰囲気をまとっていた。

 もともとユノは浮世離れした感じで可愛らしい女の子だ。そのことも相まって、とても妖艶な印象がした。


「はぁっ……v はぁ……っv 何が? なあ何が? 何ができたって?」


 ユノは、カーテシーで挨拶をして、さっと逃げようとする。


「お休みなさいませ、ご主人様」


「ごまかすな。おいコラ、別にイタズラはいいけど、ってよくないけど、耳を選択しなくても良かったでしょう?」


「次からは気をつけます」


「そうだな。そうしろ。いやダメだよ次なんざねーよ!!」


 小さめの声で怒鳴ったが、その声は届かず、既にもう目の前からユノは消えていた。

 遅まきながら気付く。今彼女が気配を消したのは、アコルテの弓兵としての技術だ。

 主人で試し打ちをするなと言いたいが、それどころじゃない気がする。嫌な予感がルトナの背筋を這い登る。その予感の感触は、奇しくもさっきのぞわぞわと似ていた。


(……ユノにアコルテさんの技術を習わせたのって、ひょっとして何かまずいことをしてしまったのでは?)



 アコルテからの指導は、続いた。

 二日の間、ずっと。


 アコルテが三泊した次の日の朝、三人で食堂で朝ごはんを食べた。

 もそ、もそ。咀嚼する音だけが響く。

 全員無言だった。


 手はずでは、この朝のこの後、アコルテは別の当ての家に行くことになっていた。

 というか、朝ごはんを食べる前に出るつもりだったはずだった。流れでそれとなく誘導して食べさせている。

 三人が食べ終わったらすぐ送り出すことになるだろう。


 けれど、なぜか、ルトナはこう思った。

 ここで別れたら、もう会えないかもしれない。


「アコルテさん」


 そのルトナの心根を受け止めたかのように、ユノが代わりに口を開く。


「もう少し、いてくれませんか。私は、もっと強くなりたい。強くならなくちゃいけないんです」


 アコルテは悩んだ。悩んで、しばらく悩んで、「少しくらいなら問題……ないですよね」と自分を納得させるように呟いて、わかりました、と答えた。


「今日は、戦闘技術というより、周辺知識についてでもやりましょうか」


 苦笑しながら滞在期間の延期に応じるアコルテに、ユノは目を輝かせて喜んだ。

 ルトナの目からは、それが、なんだか普通の姉妹のように見える。


(ユノは私を除けば天涯孤独で、……アコルテさんはまあよくわからんけど今結構困ってて、その二人が楽しく笑ってて……くく、アコルテさん、無表情に見せかけてるけど、頭の羽がめっちゃぴこぴこしてる……喜んでくれてるんだな)


 これは、ルトナが二体の魔力大龍から勝ち取った日常だ。

 そう思った。



 そして、ユノがまる一日座学を受けて、ルトナは外に出て依頼を受けて。

 アコルテがここに来て四泊したあとの早朝の、日が登るより早い朝の時間。


「ユノ……。気付いたか?」


「はい」


 ベッドの中で共に眠るユノは既に起きていた。あるいはアコルテの集中指導で、既にルトナよりもよっぽど感覚が鋭くなっているのかもしれない。


 二人は、庭に存在する魔力の違和感に叩き起こされた。


「昨日使ってて、ちゃんと寝れてねえけど、ドラゴンインストールはもう使えそうか?」


「……必要はないと思いますが、いけます」


「よし」


 ――この感覚は、この家への、侵入者だ。

 たしかにいる。誰かがいる。アコルテでもない、ユノでもルトナでも当然ない、誰かが庭にいる。


(面白い)


 何を目的に来たのかは知らないが、


「迎え撃つぞ」


「はいっ」

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