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2-2、お泊まりパーティ(刃物あり)2

 聞かれたアコルテは一瞬で意識を切り替えて、仕事中の時のような表情になる。


 なんか、いいなと思う。が、今はそういうことを考えている場合じゃない。


 アコルテが無理なら、金で情報料を買う関係の方針でやっていくつもりだった。そうなれば、タカられるかもしれないし、厄介事に巻き込まれるかもしれないし、どうしようもない詩人に引っかかるかもしれない。


 それは避けたい。こちらはやることが多い。


「……それは、必要なことですか?」


「はい。必要なことです。私の、やりたいことのために」


 言うと、目をつむって黙考した。

 そして、やがて、口を開く。


「超上級の魔物を、短期間で複数回討伐しましょう」


「え?」


 歌姫を紹介してくれと言ったのに、全く違う解答が返ってきて、ルトナは一瞬困惑した。

 だが、……なるほど。しばらく考えたら、わりと納得できる。

 初級、中級、上級の一つ上、超上級。吟遊詩人に唄われ始める、冒険者たちの討伐対象の一つの到達点。


「まず、名前を売れってことですか」


「はい。率直に言ってしまい申し訳ありませんが、現状のルトナさんに、紹介することは難しいです。私の人脈が薄いせいでもあります。名前がない方にも協力してくれて、かつ質が悪くない吟遊詩人というのはなかなか難しいのです」


 他の受付嬢ならそういった知り合いもいますが、と悲しそうな顔でアコルテは言う。


「逆に、保証します。名前を売れば、必ず吟遊詩人のほうからこちらに接触があります。そのほうが、ちゃんとした関係になるはずです」


「そのために、超上級を……」


「はい。一体だと怪しいので、複数体を。それで確実に二つ名が付きます。どんなものになるかは、その魔物と、ルトナさんの戦い方次第ですが」


「超上級の魔物って、レベル的にはどんなもんなんだろう」


「ルトナさんの魔力量なら、相手を選べば、負けないでしょう」


「……なるほどな」


 相手を選べば、負けない。

 それは逆に言えば、今のルトナでも、(相手を選ばないでテキトーに行けば)負ける可能性があるということ。


 となれば、冥府魚型魔力大龍は、おそらく超上級のうちの中の上くらいという感覚になるのだろうか。


(さて、どうなるんかね……)


 超上級の魔物と、やりあうべきなのだろうか?



 夕暮れの中、買い込んだ生活必需品をユノと半分ずっこして持ち、ルトナ達三人は帰宅している。

 途中アコルテがお手洗いに席を立ち、ちょっと待ったことを除けば、何も心配事のない、幸せな一日だった。


「今日は楽しかったです。今の生活になってから、お出かけなんてほとんどなくて。一度だけリーフと休みが被った時、遊びに行ったことはありますが」


「そのリーフレッタさんは今死にかけてるけどな」


 言うと、アコルテは苦笑して、


「そうですね。一応お返しは既にしていますが、……」


 沈黙する。


「まあ仕事に復帰したら一ヶ月休暇をくれてやるのが一番でしょうね」


「……そうですか? ……そうですね……」


 元高校生の価値観だからかもしれないが。

 仕事なんざサボりたいときにサボればいい。


 そして、そのサボったぶんを、後から仕事を押し付けた相手に返せばいいのだ。返さなきゃクソだが、返せばオーケー。


 ましてや今回は仕方がない理由つきだ。住み慣れた部屋が焼けて、どういう気分でいるのかはわからないけれど。親しい相手の家にずっと住むでもなく、迷惑をかけすぎないよういろんな知り合いの家に泊まって、こうして出会って数ヶ月のルトナまで頼りに来たその心境を、ルトナは想像することしかできない。


 ルトナの言葉に、アコルテはしんみりとした顔で笑った。



 翌日、アコルテは家のことを何か手伝いたいと申し出てきた。


「……いえ、別に要らないですが」


 答えたのはルトナだ。ユノは台所で洗い物をしている。

 答えてから、ユノに聞いたほうがいいのかな、とも思った。だってルトナは家事をしていない。


「そういうわけには」


「じゃあユノにも聞いてみます。ユノも要らないって言ったら、要らないです。たまにはのんびりしたほうがいいですよアコルテさん。受付嬢なんてヤバいでしょ。激務でしょう」


 毎日毎日行列を作って、それら全部を捌く。冒険者の体調を察して、アドバイスを送る。リーフレッタは税金の書類を一緒に書いてやったりもするらしいので、アコルテも似たことをやっているんだろう。その上で担当している相手はヘタすりゃ百人以上。

 いや、ヘタすりゃどころじゃないかもしれない。ルトナの感覚だと、受付嬢は全部で十人くらい。そして治療所のスタッフから聞いたところでこの街の冒険者の数は五千人(登録だけしている人間も含むが)。


(あれ……五百? ウソだろオイ……ホントに人間か)


 桁が違うというほどではないものの、一人でできるキャパシティは普通に超えているはずだ。

 マジでどうなってるんだ?


「うーん、それはそうなんだと思うんですが」


「思うんですが?」


「実はなんだかんだ押し切られて結構何度か人の家でぐーたら休んでいるので、働かないとダメになってしまいます」


「あはは、なるほど。じゃあ、ま、ユノ待ちですね。……あっ。いや、」


「?」


 一つ、思いついたことがあった。



 台所から戻ってきたユノに、今の話をする。

 案の定ユノは、家事のアコルテからの手伝いは要らないと言った。


「これは私の仕事です。アコルテさんなんかに渡しませんから」


「ふふ……ルトナさんを慕っておられるんですね、ユノさん」


 そこで、ルトナは提案する。


「ユノ。家事じゃなくて、アコルテさんの力が借りられるなら、……頼んでみたほうがいいことがあるんじゃないか」


 気付くだろうと思って、迂遠な言い方をした。

 案の定、すぐにユノもぴんと来たようだ。


「アコルテさん、……」


「はい。……? どうされましたか、ユノさん」


「アコルテさん!」


「は、はい?」



「私に、弓兵の戦闘の技術を教えて下さい!」



 ユノもなんらかの形でアコルテの戦闘技術を知る機会があったのだろう。

 手を握って、目を見て頼んでいる。


 アコルテの強さを知ったのは、冥府魚型を倒すより前だから、もう一ヶ月以上前になる。

 瞬間移動。窒息死しそうなほど濃密な殺意。

 それが、受付嬢の机仕事と地続きに、呼吸をするかのように存在した。


 今でも思い出す。喉に突きつけられたナイフ――に似た手指の感覚を。

 思い出しただけで、ゾクゾク来るものがあった。


(まあ、魔力大龍との戦いに連れて行って、一緒に戦えるかって言うとそうでもないとは思うんだけど……)


 獣型魔力大龍なら、なんか「頸動脈を切りました」みたいな感じで一瞬で終わらせそうな感じはある。

 が、冥府魚型は流石に少し変わってくるだろう。

 ルトナの魔力の目によれば、アコルテに、魔力はない。魔法の行使ができないのなら、あんなデカブツをどうにかすることはできないはずだ。


(うーん、それとも、なにか隠し玉があったりして、一発でぶっ飛ばせたりするのかな)


 ともかく、ユノがアコルテの手ほどきを、ちょっとでもいいなら受けられるのなら、それ以上のことはない。

 宿泊のお礼としては、貰い過ぎなくらいなので、ここから先年単位でうちに住んでくれてもいいくらいだ。



「そうですか……」


 アコルテは考えている。深く深く考えている。そして。


「一つだけ約束をしてほしいんです」


「はい」


「私が教えたことを、二人以上の人間に教えないで下さい。そして、ユノさんが教えた相手にも、この約束を守らせて下さい」


 ユノは了承した。



 朝ご飯はすでに食べているし、早速始めることになった。


 ユノはアコルテの言葉に従い、庭に出た。

 そしてアコルテのナイフ(アイテムバッグから出した)を受け取る。


「とりあえず、刃物はこれで。本当はどんな刃物でも使えるよう、安物から訓練を始めるのですが、二日でやれるところまでとなると時間がありません。質素ですが最高級品です。これを基本として他のナイフの時はこれの感覚を応用して下さい」


 あと――、とアコルテは言葉を繋ぐ。


「この話が終わった後の基本練習ですが、決して、騎士がやるように、基本の素振りなどの行為は行わないで下さい。きれいな姿勢からきれいな刃を振れるのは前衛士だけです。自分でやっていて滑稽だと思うかもしれませんが、架空の相手をイメージして、あるいはルトナさんに付き合ってもらって、ぐちゃぐちゃにおかしな姿勢から、致命的に間違った姿勢から、それでもしっかり切って致命傷を与えられるようにするんです。どんな態勢からでもです。あるいはそれこそが弓兵の『基本の素振り』です。いいですね?」


「はい!」


 ルトナから見て、特に問題はなさそうだ。

 それどころか、凄くよさそうだ。


「あの、アコルテさん」


「はい。……どうされましたか?」


「私も習うことってできます? それ」


 おずおずとお願いをしたのだが、却下されてしまった。


「ルトナさんにはこの技術は合いません」


「え、それ、どういうことですか」


 アコルテは苦笑して、


「仲間はずれにしているわけではないんです。二人でやっていくのですよね。ルトナさんは能力の適性から言って、前衛士か魔法使いの指導者を持つべきだ。そして、種族の関係上どうしてもいろいろ伸び悩むユノさんが、弓兵の技術を手に入れるべきなんです」


 言われてみればもっともなことを言った。


「……うう」


 最もだ。誰かと組む最高のメリットは、それぞれがそれぞれの強みを持つことができること。少しゲームをやればわかることだ。

 けれど、ルトナは圧倒的な悲しさを味わった。


(俺もエルフらしく弓兵として弓引いてみたかった……)


 悲しみを堪えながら、ルトナはリーフレッタを通して依頼を受注するために家を出た。



 アコルテは、まずはナイフ捌きを見てみたいという。

 彼女の指示の通り、縦と横に一回ずつ空に斬りつけてみる。


 右脚にぐっと力を入れて踏み込み、それを左脚で受け止め、腰を絞るみたいに回して、下半身の力を伝達する。そうやってぐっと押し出すようにしてナイフを出す。

 それを二度繰り返した。


(強靭な足腰というほどではないですが、体重自体が軽い私なら、それほど上半身に振り回されている感じはないはず)


「その腰の回し方はルトナさんの体術の動きを見て学んだものですね?」


「……はい。……まずかったでしょうか?」


「腰を回して刃物をぶった切るような前衛士もいますが、我々は筋力を持ちません。持ちませんというか……体重を付けないために、筋力をつけてはいけないんです。手首だけで切って下さい」


 アコルテは枝を一本目の前に放り投げて、見えないほどの速さでさくっと切った。

 枝の横位置は全く変化せず、その場に二つにさくっと分かたれた枝が落ちる。


「刃物にささった瞬間に、刃を引くんです。手首のしなりで、材質に合わせて少しずつ力加減を変えます。とにかく腰を回すのは弓兵のナイフではありません。即刻直して下さい」


「はい」


「手首のしなりだけで……」


 また枝を放り投げて、眼の高さですぱすぱすぱすぱと何度も切る。今度は遅めの刃筋だったのでユノにも見えた。確かに手首と肘から先だけで切っている。


「十分切れます」


「はいっ」



 剣の練習を始めてから、トイレ休憩や食事を挟みつつ、六時ろくときほどが経った。

 つい五分前に、この家に業者を呼んで運び込んでもらった家畜の吊るし肉。

 ユノは、ユノより体重のある巨大な肉の塊を、手首と肘から先だけでスパスパと切り裂いていく。

 さっき、アコルテが木の枝でやったように。


「極めて美しく切れています。そろそろ別のことをやりましょう」


「はい!」


 率直に言って、ユノにはあまり「切る才能」はないようだった。アコルテは何度もユノの剣筋を見ては、(あからさまに溜息をつくようなことはしなかったが)沈黙した。

 けれど、アコルテの教え方は非常に鋭く、どれほど自分に才能がないという現実があっても、体に叩き込まれるように彼女の技術が身についていく。


 一体どういった立場の人間だったのだろうか? 想像さえつかない。少なくともただのギルドの受付嬢といっては人を舐めすぎだろう。自分の主人に聞けば、アコルテについてもう少し何か知っているだろうか。


 アコルテは続けて場所を移動した。そろそろ暗くなってきて、夜目が効かないユノは目をこらす必要が出てきた頃だった。

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