1-2、情報収集・家なし雀2
「そうなんですよ~。事情は……一応私は聞いているんだけど、ごめんなさいね、言っちゃいけないことらしくて」
いつものように受付に、依頼を受注しに来たルトナは、リーフレッタの口からそのことを知った。
大きな胸の前で手の指を合わせて、謝罪のポーズをとる。
ギルドでは人が減りはじめている時間帯だ。人の匂いは消えて、朝の空気が復活する時間帯、のはずだった。
リーフレッタの列には、そう多くはないものの、まだ行列ができていた。
一応少しばかり「今日はリーフレッタさん盛況だな?」とか疑問を持ちながらアコルテを探したのだが、手が開いている別の受付嬢によれば、彼女を探しているのならリーフレッタから話を聞けという。
「言っちゃいけない……って。絶対ヤバいですよね、行方不明って。行方不明はマズくないですか。何かまずいことに巻き込まれているのかも……」
おろおろするルトナに、リーフレッタは微笑みかける。
「事情を聞いた限りですが……アコなら大丈夫ですよ」
「大丈夫って……んなことなんでわかるんですか?」
「うーん、事情が大丈夫そうだからとしか……」
「……」
そう言われては、何も知らない立場としては納得するしかない。
「そして、ルトナさん達、アコが担当していた冒険者さん達のことはしっかり私が引き受けますのでご安心を。……まあその分私の休みがゴリッと消えますけどね」
「リーフレッタさんがそう言うなら……」
目前の女性はアコルテと極めて親しい間柄の人間だ。大丈夫というからには大丈夫なんだろう。深く突っ込むことはできない。ルトナは早々に追及を放棄した。
ましてや、その上でちゃんと自分の担当は代わりがつく。自分に被害が及ばず、かつ手がかりが手に入りそうにないことを、掘り下げていくようなヒマがあるわけでもない。
(でも、失踪……だよな。これって、絶対大丈夫なわけないんだけど……ひょっとして、何かよくあることだったりするんだろうか? 受付嬢にはよくあること、とか、アコルテさんにはよくあること、とか……)
☆
上級の魔物を討伐する依頼を無事に完遂して、ルトナは帰路についた。
リーフレッタの受付嬢としての能力は特に問題ない。
文官出身らしく、冒険の技術というよりはどちらかといえば税金とか裁判とかそういった方面に強い受付嬢という話で、実際軽く冒険についての話を振ったらすごく困った顔をしていて、だからルトナとユノにとってはアコルテのほうがずっと良いというだけで。
リーフレッタのほうが煩雑なことをすぐに聞けて良い、受付嬢に冒険のアドバイスなんて受けたくねーよ、という冒険者もたくさんいるだろう。
アコルテについては確かに気にかかる。
だが、気にしすぎていても仕方がない。
ルトナは帰宅し、ユノの食事の支度を待ちながら、食堂の広い机に紙束を広げ、机に置いていく。
そこには日本語の書き込みが大量にある。全て自分の字だ。
今は核心に迫りそうな情報は、ユノが持っていたものしかない。あとは、せいぜい図書館から借りたエルフについての書物に少し役立ちそうな記述があったくらいか。
冒険者のネットワークで入ってくる情報なんて、噂話とか、どうでもいい恋愛話とかそんなのばっかりだ。
だが、このノートから始める。
「ノートですか?」
手を布巾で拭きながら、料理を一段落させたらしいユノが、話しかけてきた。
「うん。そういや、最近勉強のペース聞いてなかったな。カタカナは覚えた?」
「……はい。ですが、単語が全然覚えられません」
「まあ……うん。うーん。うん。まあ、仕方がない。なにせ普通に会話したら、私はこっちの世界の言語を喋ってしまうわけだから、結構制限がある。ユノを仲間外れにしてるみたいで悪いけど、安全性は大事だ。この書類はこっちの世界の人間には絶対に読まれない。代わりに、頑張って勉強しよう」
「すみません。情報に関しては本当に私は役立たずです」
「マジで何言ってるのかさっぱりわからないからそういうのはダメ。私がこっち来たばかりの時、ユノにどれだけ助けられたか分かってるの?」
ユノの持つ情報は、奴隷だった頃のお隣さんとの会話で得たもので、限定的なものだ。そして、それで仕方がない。
ここからは、ルトナの仕事なのだ。
エルフ。エルフは過去の聖戦及び領域解放戦争において、その圧倒的な戦力によって縦横無尽の活躍を行っている。六大種族の一つに数えられている上、各宗教で神聖視され、教会主導で彼女達が貴族準用身分を得ているのはそのためだ。
魔族。千年を超える歴史の中で、何度も何度も人族と衝突している人族の敵性社会。詳しいことは不明。魔族の領域は巨大な橋によってこの大陸と地続きに存在している。橋の人族側には国境警備隊が常駐し、彼らは一人残らず死を覚悟して勤務している。
人族。狭義の人族は、特に特徴がない、人族(広義)の一種族。ユノが半分血を引いている。広義の人族は、狭義の人族を含む六つの種族及び少数種族によって構成される、魔力を持った生物種。六大種族は人族(狭義)、エルフ、草原族、クラン族、山岳地帯の少数種族群(いろいろな種族が集まって一つの種族を主張し、それが六大種族として数えられている)、ラウナ族で構成される。少数種族としてはドワーフ族やフェアリー族など無数に存在。主にこの大陸に住む。
魔王。強大な力を持つ、人族にとっての災厄。伝説では、戦場で、たった半時で十万の軍隊を完全にこの世から消滅させたとされる。現魔王は人族に対して不干渉の立場を取っているとされ、実際に前回の代替わりから一切こちらに対する干渉はない。
教会。通称解放教会。この国の国教にして、大陸で最もメジャーな宗教。魔族との徹底抗戦を唱える。この宗教のもとに、人族社会の想いは統一されている。魔族と戦え。魔族を殺せ。
調停者。人族の人口が急激に減ると現れる、人族にとっての希望の証。その力は魔王に匹敵すると言われている。実際に、最初の人族領域解放戦争では天のみなし子と協力して魔族をほぼ壊滅状態に追いやり、二百年前の三期解放戦争では前魔王をほぼ単独で殺したとされる。どちらもその後の消息は不明。おとぎ話では、最初の領域解放戦争の調停者は、子をもうけて幸せに暮らしたとされているが、歴史学的には疑問視されている。
天のみなし子。神に等しい力を持つとされる、神の分裂体。最初の領域解放戦争で調停者と肩を並べて活躍した。その後は、空(≒ルトナが出会った神と名乗った少女がいたあの領域?)に帰還したとされる。
領域解放戦争。これまでに三度起こっている、魔族と人族の激戦。領域解放戦争、とはいうものの、ほとんど人族が侵略されている戦争であり、人族の生存領域は複数回にわたって縮小している(と思われる。教会が完全に明言しているわけではない)。
無数の情報を書き貯めたノートの末尾に、今日得た情報をいくつかメモした。
☆
夜を過ごし、朝になったので、まだ眠っている目をこすって、起きた。
井戸水で顔を洗いに行く。
(んぁ~~~~! もうちょっとベッドでのんびりしたい感じある……)
エルフに睡眠は要らないのだが、ベッドでずっとのんびりしていたいという欲求はやはりある。
ちょうど手頃な抱きまくらも隣で寝ているわけで。
(今日やることは……まあいつもと同じだな)
ピコとの約束は終わっていて、ルトナは最低限の家事能力を手に入れている。だから、やることといえば冒険者として依頼を受注するだけになる。今日もその予定だった。
本当にこれでいいのだろうか。常に自問自答する。
(ぶっちゃけ冒険者との知り合いができたし、ちょっと吟遊詩人に話しかけてみるとか本当にありなんだよな……もう冒険者とのネットワークは充分安定しているし……詩人からの依頼とかあったらまわしてもらえるようリーフレッタに頼もうか? こういう時アコルテさんならぴゃっと「こちら歌姫の○○さんです」とかやってくれるのに……って贅沢な話なんだけど……あ、依頼っつったら、別にタダで知り合いにだけなろうとか思わずに、情報料を渡して仕事を振る形で歌姫と関係を作ってみるってのはどうだろう? 本当はちゃんと綿密に、向こうが進んで俺を助けてくれる関係がいいんだけど、今はそれでいいかも……でもそれこそタカられたら……いやちゃんと相手を選んで……そうなるとチェリネかミズリか……カリャンセ……カリャンセかぁ……カリャンセはちょっと……)
こんな感じのことを考えながら、井戸の機構に手をかけ、力を入れようとした。
「あの、ルトナさん」
聞こえるはずのない声がした。落ち着く声だ。
ビクッと飛び退いて、声の主を見る。
「あ、驚かせるつもりは、なかったのですが……」
耳の先から生えている羽、セミロングの軽やかな茶色がかった髪。
頭の羽は帽子で隠している。そして今日はいつもと違って軽やかなズボン姿だ。それが、なんだか新鮮な感じがする。持ち物は肩掛けカバンが一つ。彼女の両胸の間にベルトが通されている。魔力を感じるので、おそらくあれはアイテムバッグであるか、中にアイテムバッグが入っているのだろう。
アコルテだ。申し訳無さそうな顔をするアコルテの姿が、ルトナの自宅の門の中、家の玄関との中間地点辺りにあった。
「すみません。来ちゃいました。……お願いです。私を、三日ほど、泊めて頂けないでしょうか」




