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1-1、情報収集・家なし雀1

「最近虫の大群が出るらしい。なんでも畑を喰らい尽くしているってさ」


「ふーん、虫ねえ」


 ルトナは適当に相槌を打った。

 今、ルトナはギルドの飲食スペースにいる。飲食スペースで、冒険者の知り合いと会話をしている。


 アイテムバッグを買い、ユノに関係の解消を言い渡そうとして言いくるめられたあの日、つまり事態解明のため本格的に動こうとしはじめた日から一ヶ月程度が経った。

 その一ヶ月の間、ルトナは、ひとまず顔見知りを増やすことにして、そういうふうに動いていた。

 情報。とにかく、必要なものは情報だ。


 今会話をしている冒険者は、チェリネ経由で知り合った相手であり、冥府魚型を討伐した日のユノとの二人きりの打ち上げの際に、絡んできたあの冒険者だ。名前をクリスという。

 あの日と同じ色の髪で、それを逆立てている。ぶっちゃけニワトリみたいな髪型であるが、普通に人族だ。


 その話によればこうだ。半年くらい前からこの国の一地方で、食物を食い荒らすイナゴのような魔物が出ている。

 らしい。

 らしいというのは誰もその正体を見たことがないからで、特になにかの伝説に似た存在があるわけでもなく、現在は噂話だけが膨らんでいる状態になっている。

 そして、その魔物の活動が、じわじわとじわじわと、統計を見なければわからないレベルで活発になってきている。

 バルトレイ近郊も、完全にその魔物の勢力範囲だ。


「食物が値上がりしたりとかするの?」


「さぁ。でも、このまま続けばあるかもな」


「ふうん」


 冒険者クリスとその仲間たちは、チェリネに並ぶレベルで顔が広い。噂話がある程度流れ込んでくる。


 一方で戦闘能力はそう高いわけではなく(中級を問題なく一人で討伐できるのでおそらく人族としては高位だ)、何度か依頼を手伝ってやったりもしている。


 そういうわけでまあまあ良好な関係で、こうして何度も雑談をして、その度に面白い噂話を聞いていて、向こうもこちらに対してメリットを感じているように思われた。商売(冒険者)をやる上での人脈としては王道かつ順当だろう。


「気になるなあ。どうなるのか、詳しい人にコメント付きで聞きたい。こういう時もそうだけど、吟遊詩人の知り合いがいれば良いんだけど」


 ルトナはぼやいた。


「おいおい。冒険者歴二ヶ月が詩人とのパイプとか生意気すぎだぜ」


「知ってるし、何度も他のやつに言われてる。けど、結構急ぎなんだよ、こっちは」


 吟遊詩人とは職業だ。仕事内容は、各地を周り、有名人の逸話や、他の地方の出来事を歌うこと。

 ただの芸事と言えば確かに芸事ではあるのだが、彼らは各地にニュースが伝達される上で、重要な役割を負っている。


 印刷技術は、存在するらしいが、解放教会が独占している。だから、新聞は存在できない。

 詩人が、

 声だけで歌ったり、

 ギターのような民族楽器(こっちの人間にとってはギターこそ奇妙な音の民族楽器だろうが)で弾き語りのようにしたり、

 そもそも歌わず普通に情報を渡すだけだったり、

 さまざまな形で各地の情報を歌う。

 吟遊詩人同士がニュースのやりとりなんかもしているようだ。

 そうやって、この世界の(専用のパイプを持たない庶民たちにとっての)情報網はまわっている。


 そして、かつ、「ただの芸事ではない」のと同じくらい彼らの詩は「人を楽しませるための芸事」でもある。

 美人の女吟遊詩人、通称歌姫は、それぞれにファンがたくさん付いている。歌姫本人も、そのファンを利用して立ち回る。


 つまるところ、吟遊詩人とは、そして歌姫とは、ジャーナリストで、ニュースアナウンサーで、ミュージシャンで、芸能人で、アイドルで、ツイッターの有名ユーザーなわけだ。


 男は、くくく、何をどう急いでるんだよ、と笑って、


「悪いな、俺らだけ歌姫とのパイプを持っててよぉ」


 煽ってくる。


「本当に悪いよ。紹介しろとは言わねーけど」


 ここで歌姫を紹介しろと言ってしまえば最後、莫大な借りを作ってしまう。それだけ、冒険者にとって吟遊詩人と知り合いであるということのメリットは大きい。

 もちろん知り合いであろうがなかろうが、その吟遊詩人の歌を聞けばニュースはまあわかる。けれどそれは、起きたことに関しての情報が単方向的にわかるだけだ。


(で、こいつらはその歌姫に対する伝手を持っているってだけで、既に冒険者として二流以上っつーわけだ)


 あくまで「二流以上」だ。

 わざわざ煽ってくるこいつを、一流とは口が裂けても言いたくない。


(まあ、最悪ミズリに頭下げればなんとかしてくれると思うし、他には酒場とかで普通に話しかけちまえばいいしな)


 ミズリが家に遊びに来る頻度は最近減った(それでも週に一回は遊びに来るのだが)。

 何か問題が発生しているのか、あるいはここまでで充分ルトナの人柄はわかったのか。

 なりふりかまわないのであれば、遊びに来た時に、吟遊詩人についての話を振っても良い。


 また、吟遊詩人と言うからには、彼ら彼女らは街で常に声をあげている。

 このギルドのこの飲食スペースで歌っている場面もあったし、適当な酒場に入れば必ず一人は詩人がいる。

 ただ、名前が知られてないルトナが、そいつらにマトモに相手にされるかわからないというだけで。というか、その可能性はかなり低いというだけで。


 通常の資源と違って、人脈は無理に作るとどっちかがどっちかに負い目を作ってしまう事態が生ずるらしいと知った。

 ユノを奴隷にしてしまった時もそうだった。

 だから、歌姫については、最重要事項でありながらも、保留としていた。


「歌姫といえば、ウルミルちゃん、次の闘技場でうた歌うらしいぜ。俺、入場券取れるかなぁ」


 雑談は続く。

 ウルミルというのは聞いたことがある。超有名な、言うならスーパースター歌姫だ。


「闘技場? よくわからんが、そんなところで叙事詩弾き語りしてどうするんだ?」


「バッカ、おめーほんとに常識ねーな。ああいうところで詩を歌う時はな、メロディとリズムに乗って、純粋な楽曲詩を歌うんだよ! ライブって言うんだ。拡声魔法器でぐわーんっと音鳴らしてな! 超盛り上がるんだぜ」


「その楽曲詩がわからんって」


 言うと、クリスは口を押さえて笑った。


「くくーーー! 遅れてんなお前」


 腹が立つ。

 ルトナは軽く怒った顔をすることにした。


「うぜぇな、私がこの辺りの事情良く知らんことは理由含めて話しただろうが? ああ?」


 下から魔力を込めて睨みつけると、男は震え上がって後ろずさった。


「お、おおう……すまん、怒らせる気はなかった。まあ普通の、童謡とかを大人でも聞けるようにしたものだよ、伴奏とか低音とかつけてな」


「ああ。要は曲か……? そうか、『ライブ』って、まんまライブか。それは……いいね」


 実際のところは聞いてみないとわからないものの、独自の発展によってほぼ近現代の文化を会得しているこっちの世界では、吟遊詩人達の歌が進化して、現代的な曲になっているようだ。

 なんだか、懐かしい。音楽を聞くという行動が。

 人族が歌う歌に興味はそれほどないが、タルト辺りに子守唄でもねだってみたら良いかもしれない。


「ああ~……ウルミルちゃんとお近づきになりてえなあ……」



「悪かったわね、ウルミルちゃんじゃなくて」



「あ……」


 噂をすれば影というべきか、あるいは虎の尾を踏んだというべきか。

 会話しているクリスとルトナの横に、歌姫の衣装を着た女性が現れた。


 もともと、クリスはこの飲食スペースで、人と待ち合わせをしていたとのことだった。その「人」というのは、彼女のことだったのだろう。


「よ、よう……」


「ああん?」


「…………いや、ホントゴメンナサイ……マジでお前に感謝はしてるんだ。お互い長い付き合いだしな。ただ、……ウルミルちゃんの歌って良いよな?」


「チッ」


「舌打ちはやめろや」


 何度か噂は聞いていたが、ルトナは初めて会う。クリスの仲間達がパイプとしている吟遊詩人とは、この女性のようだ。


 強気そうな女性だ。もともと吟遊詩人なんて各地を身一つでまわる仕事なわけで、強気でないと務まらないのかもしれない。

 姿は、なんというか、ちゃんと美人だが、そこまでではない感じだ。化粧でごまかしてる感じもある。

 あと、歌姫は皆水着のような露出の多い服装で、彼女もその例に漏れないのだが、貧乳というわけでも巨乳というわけでもなく、どこか彼女の歌姫の衣装は浮いてしまっている印象を受ける。この体型だと、一部の歌姫がやっているみたいに、露出の少ない服装で清楚な感じの自分のキャラを作れば上手くハマるのではないかとも思うが……


(まあ余計なお世話だな。歌姫としての矜持とかあるだろうし……)


 歌姫としての矜持とは冗談でもなんでもない。この世界においては歌姫は憧れの職業だ。

 多量の情報を処理して、上手く権力者から逃れ、恨みを買いすぎないようにし、あるいは強大な力の庇護下に降り、金策手段がないうちはずっと安宿か野宿で、などなど、ものすごーく頭とタフさが必要とされる代わりに、強烈に人目を引いて、強烈に誰かに対する影響力を持つことができる。


 前の世界でたとえるなら、「アイドル」とはちょっと毛色が違う、女版の「宇宙飛行士」みたいな立ち位置で、この世界の女がなりたい仕事の、知能容姿芸術センス体力全て備えた花形中の花形だ。

 だからというべきかなんというべきか、歌姫といえばひらひらの衣装! みたいなこだわりを持っている人間は多い。


「どーもっ」


 歌姫は半ギレ気味にルトナにも突っかかって、クリスを引きずってどこかに消えた。



 さて。他にも数人顔見知りのところに行って、適当に一通りの雑談はし終えた。

 今日は別にそこまで親しくしたい相手はいない。そのうち親しくしたくなる相手はこの中からも出てくるかもしれないが、もう依頼を受けに行って何も問題ないだろう。


「ふううううぅぅぅぅ……」


 疲れた。会話は疲れる。要らんことを言わないよう神経だって使うし、舐められていたら脅してみせて、しかもこうやって打算で動いていることを押し隠す必要がある。

 チェリネなんかは生まれた時から冒険者のようなものだったらしくて、ほとんど自然体でいられるらしいが、大したものだと思う。認めたくはないが、やっぱり彼女は一流半以上の冒険者なのだ。


 初めの頃はもっと酷かった。

 とりあえず、セクハラされた。


 これも挨拶の内かと我慢しかけたのだが、チェリネは「ちゃんとやり返せ」という。それ以来、セクハラされたら腕を折るようにして、それでもやめないようなら遠慮なく関係を切った。

 チェリネに相談していなければ、セクハラに耐えつつネットワークを構築していたかもしれない。しかもそういうことをやってくる頭の悪い奴らと。充分に悪夢だ。


(いや。ねーか。男にケツ触られて喜ぶ趣味ねーし……)


 今はもうわりと安定している。知人と言える相手はマトモな奴ばかりで、まあからかってくるのはからかってくるのだが、極端に気分が悪くなるようなことはない。


 良いことだ。


 ……良いことではあるのだが。


(それは良いことなんだけど、学校で友達作るのとは全然違ぇよこれ。マジで疲れる……嫌な奴になった気がする)


 かなり疲れる。


 特に、「知人」を「選ぶ」という感覚が受け入れられない。人の縁とは自然なもので、友人を選んで作るやつは人間のクズだ。ということに、ルトナの常識ではなっている。

 けれど、知人を選ばなくては、待っているのは自分の性的な部位に対する男達の撫で撫でである。どんなだ。マジで勘弁。


 やるしかないことは、やるしかない。


 ともかく、もう雑談は充分に行ったので、そういうわけで、ルトナは受付に移動した。


 自分の担当受付嬢リーフレッタから判子を貰って、今日のぶんの依頼を受注するために。



「アコルテさんが、ギルドをやめた? ってか行方不明って?」


 アコルテがそういうことになったのを知ったのは、約十五日前のことだった。

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