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3-2、ひとり大龍退治2

 魔法の打ち合いが始まった。

 最初はともしびのような炎しか使えなかったエルフも、五発撃つと火球を生み出せるようになった。打ち出す火球はすこしずつ強くなっていき、今では黒い獣の火球に何発もぶつければ相殺できるレベルになっている。大きさでいえば片手を広げたくらいだ。大した威力で、容易く敵を消せるだろう。――今回のように、ぶつける相手が、人間大の大きさの火球でなければであるが。


 与えたダメージはエルフのほうが大きい。黒い影のような魔力大龍が火傷を負っているかわからないが、頭を使って、走って位置を変えて、また数でも押して、少なくとも十発はそれなりの大きさの魔法をぶちこんでいる。当てた相手が怯んでいる以上、ダメージがないとは思われない。


 しかし、魔力の量はエルフが圧倒的に不利だった。この世界の平均は加藤にはわからないが、何百発も打って、まだ底があるというのは十分な魔力量である可能性が高い。けれど、対する魔力大龍は名前の通りの桁外れの魔力量で、また空気中の魔力を背中に生えた機関から取り込んでいる。


(間違いなく先にこっちが息切れする……)


 頼みの魔力が枯渇してしまえば、応戦手段を失ったのちに、いずれ森の精霊の丸焼きができるだけだ。そして、死骸を食べる魔物か何かの餌になるのだろう。炭を食べられる魔物がいるかは別として。


(なら!)


 加藤は決めてしまうことにした。

 数百発の火球を生み出してはぶち当てる。反撃の火球は数によって圧殺した。

 一つ打ち込んでいくたびに、魔力大龍の姿が欠けていくのがわかった。しかし疲労も大きい。これが終われば動けなくなると直感し、そのためにより一層攻撃の手を激しくする。


 最後の一撃として手のひらに浮かべた火球は、これまでで一番強力なものになった。


(何百発も打てばそりゃ上手くなるか。――悪いが、これでとどめだ!)


 着弾の瞬間、燃え上がるように炸裂。その衝撃が決定打となったか、えぐれだらけの影の巨大な体躯は崩れ落ちて、エルフも魔力が枯渇し疲労で倒れ込んだ。



 極端な虚脱感もあわさって、目の前が霞む。ほんの数秒だけ気絶していたようだと気付いた。


(これがMP切れか、ペナルティがあるなんて、思いも……しなかったわけじゃないが……これはまずい……次からは気をつけねえと……)


 あるいは数秒だけではおさまらないかもしれないが、少なくとも数時間ぐっすりしていたというような感覚ではない。


 全く動けず、顔だけを動かして、とどめを刺したはずの魔力大龍を確認する。大きさはこれまでの半分くらいになっている。音はないが、煙が立つようにして魔力と思われる黒い影が霧散していっているのが見えた。


(これで、倒せた……のか?)


 おそらくこの霧散していく影が「次の」魔力大龍に合流し、より次の魔力大龍は強大になるのだろう。何かできるのならしたほうがよいとは思ったが、知識のない今下手に手を出してよくない事態を招いたら問題がある。


(……これでこの辺の街で俺は英雄……になれるかどうかわかんないけどまあちょっと自慢するくらいはできるのかな……)


 一瞬にして思考が巡っていく。なんとか体を持ち上げて、這いつくばるような状態で倒した死体を確認しにいこうとする。


(全然実感わかないというか、……)


 本当に倒したのか?


 その心中での言葉を言い切る前に、倒したはずの影から六本の黒い影が超高速で伸びた。


「がッ!!??」


 全身から、ぶちゅぶちゅという嫌な音が聞こえた。強烈な衝撃を、思いっきり正面から受けてしまう。どちゃどちゃどちゃっと音が聞こえる。自分の体が倒れ伏した音だ。そしてごろん、という音が聞こえた。自分の頭が転がった音だと、遅れて気づいた。


 即死していないことは不幸か幸運か。今、加藤の体は十個程度のパーツに分かれていた。肉と肉との間に、猛烈な速度で赤い血が広がっていく。伸びてきた黒い影に不意を打たれ、その強い打撃によって分断されたようだ。頭は体から五メートルほど離れたところにあるらしい。

 なんで死んでないんだ俺エルフだからか、と思いつつ、仮に人間だったとしても、首が落ちてもある程度の時間意識が持つのかもしれず、わからなかった。


 黒い影から伸びた影は、さっきの「第二形態」時の背中から生えた器官だったようだ。今その本来の形を取り戻し、霧散していっている自分の黒い煙を再び吸収し始めている。


(やべえ……あれ、再生、して……)


 苦労して倒したはずの魔力大龍が、時間をかけてゆっくりゆっくりと、「器官」を通して元の体を取り戻そうとしているのが見えた。流石に数十分で復活することはなさそうだが、死体が再生しようとしている。


 要するに、この二十分程度の加藤の戦いは一切無駄だったわけだ。


「え……そんぁオチで終わりな、ん、おぇ……」


 痛みさえ感じない。痛みを感じる部分がそもそも既に分かたれているからだと思った。首の切断面が猛烈に痛いといえば痛いが、同じくらいふわふわとして、どこか遠くに感じた。


 何もできていない。何もできずに、このまま死んでしまう。


 二度目の死に対して思うことは複数あった。親や、他にアテがあったとはいえ自分を頼った神、それらのことを考えて、最後にたどり着いたのはやはり、せっかくつかめたはずのチャンスのことだった。


「エルフの……女の子と……」


「セックスが……したかっ……」


 言い切る前に、体から光が見えた。パキィ、と音を立てて石か金属が砕けたようだ。どこで? 首元からの音。青い光が発生したかと思うと、その光はどんどん強くなっていく。


(なん……?)


 魔力の目で見ると、四散した四肢と肩と腹と首の間に、魔力で繋がりができているのが見えた。


「あだだだだだだだ!!!!! 痛ェ!!!!」


 急に痛みを感じた。感覚が繋がったらしい。そして、一瞬にしてどろっと他の体のパーツが魔力として溶けたあと、同じく一瞬にして、加藤の首から体が生えた。魔力が糸をよるみたいにしてひとりでに紡ぎ合わさって、体の部品を形作る。


「痛っっっっっっっっってえ! そして気持ち悪ぅ!!!!」


 痛い。くわえて復活のしかたがキモすぎる。人形にでもなった気分だ。

 しかし、立ち上がれる。魔力も全て戻っている。


 そして、全てが元通りになった代わりに、首から下げているペンダントの先の割れた飾りは、砂になって消えた。

 一瞬だけあっけにとられたが、これは要するに、


(これ、神様がつけてくれたおまけってことか……)


 彼女がつけてくれたという「一度きり」のものとは、この蘇生魔法? だろう。

 神は用意周到なのか、もう少し飛ばす先を考えたほうが良い点でドジなのか。彼女の采配のおかげで、一度きりと思われる蘇生の機会を早々に消費してしまった。


 しかし、今の魔力への熟練度でこっちの来たばかりの魔力量があるのなら、魔力大龍の残りカスを消失させることくらい簡単そうだ。

 呼吸するように脈動している魔力大龍に、歩み寄る。


「本当なら俺が負けてた。……勉強させてもらった」


 いくつか迎撃するために「器官」が飛んでくるが、焼き払って対処した。

 間合いの中に立ち、全ての魔力を熱に変えていく。今度こそ、本当のトドメをさすために。吹き上がる魔力が、魔力を見ることができるものなら恐れおののくような勢いで炎に転じていく。

 ……なんか必殺技の名前があったほうがいいかもしれない。必殺の魔法の名前を唱えながら、


「ファイアストーム・オーバードライブ……?」


 自分でもいまいち自信が持てず、ハテナマークを付けてしまったが、小さな山くらいの質量の火球を、頭上へと伸ばした指の先に作った。それを、勢い良く振り下ろす。


 炎が轟音とともに黒い影のすべてを飲み込んで、焼き尽くして消えた。


 獣型魔力大龍 撃破


 倒した。最初の強敵を。

 視界に映る文字のアナウンスによってそれを確認したエルフは、気を抜いて、改めて膝をついた。



(やったみたいだ)


 神様のおかげで、だけどな、と、心のなかで自嘲した。

 空を見上げると、満天の星のなか、黒いモヤがどこかに飛んでいくのが見えた。少なくない量が世界のどこかに還元され、いずれまたエルフに立ちふさがるのだろう。


(始まりでしかない、ってわけか)



 街はすぐに見つかった。木に登ると発見できた。


 加藤は木登りを一度もしたことがなかったが、身軽さと筋力さえあればどうにでもなるものだと知った。落ちても、頭から落ちなければ痛みは一瞬で消える体であるし。

 街は、魔力大龍を撃破地点から見て、この世界に降りた場所の方角に見えた。つまり、加藤がこっちの世界に来てからすぐ、嬉しさではしゃぎまわって走り回った時、物凄い速度で街から離れていたのであった。


 クソすぎた。


(つまり、アレだな。慎重に動いてたらすぐ街が見つかって、そこを拠点にして、少しずつ力もつけてた。あの魔力大龍が、発生したばっかか、もう噂になってるかはわからないけど、本当なら街に馴染みつつある中で存在を見聞きしてたはずだった。んで、準備万端の状態で、たくさんの仲間と一緒にさっきの大立ち回りを……みたいな感じのを、神様は想定してたってわけか)


 ボロボロの服を着なおして、草原の中で街の方角によろよろと歩きながら、加藤は反省した。

 全て、加藤の責任だった。


(適当なところに飛ばしやがってとか思って本当にスイマセン神様……)


 その上自分のミスで失いかけた命まで救われたとあっては、どうしようもなかった。


(なんか、神殿とかあったら供え物でもしとくか)



 街はもう目の前にあり、街と外とを隔てる壁が見えるようになった。というか正確にはここから見えるのは壁だけだ。


(魔物対策かな……門はこっち側にあるはずだけど……)


 夜は明けつつあり、暗い青の空が、少しずつ白み始めている。

 加藤は、ここまで歩きながら、この世界に来てからの目標を少し修正した。情報を集めるのも大事だし、飯を食っていくことも大事だった。だが、今の戦いで一つわかったことがある。


(俺はいま、相当強いみたいだ。多分……この先の戦いもなんとかなる。きっと英雄になれるし、エルフの女の子といっぱい仲良くなれる。けど、それは……)


 一人では、できないことだ。


 この世界に治癒魔法があるかはわからないが、あるなら治癒魔法使いの仲間。もし治癒魔法使いがいないとか、いても相当レアだったりするのなら、応急処置の技術体系を持つ仲間。それ系の概念が全部なければ、せめて背中を任せられる相手を。つまり、敵を倒したと思って油断したら、危ない気をつけろ、と呼びかけてくれる仲間を。

 一人以上、できれば二人、探す。

 そのことを目標に付け加えた。


 加藤は門を発見した。

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