11、健全
生活の基盤は固まり、エルフの女の子の友達(?)もできた。
そろそろ、……築いた基盤を基礎にして、ちょっとずつ、ほんのちょっとずつでいいから動き始めよう。
世界を救って、エルフの女の子をたくさん嫁にする。本気だ。
装備を揃える仕上げに、ルトナは、溜まったお金の中から一山持ち出してアイテムバッグを購入することにした。
最近お金がものすごい速度で溜まる。やけにユノが依頼を受注して稼ぐ金額が高い。
本人にどういうことか軽く聞いても、「依頼主がおまけをしてくれる」としか言わない。
1.5倍くらいならまだしも、通常の中級の依頼の数倍くらいの金額を稼いでくるわけで、おまけで済む問題ではないと思うのだが。
とはいえ、ユノは見るからに華奢な少女である。おまけをしたくなる依頼主の気持ちがわからないでもない。
あまり本格的に調査せず、ルトナはその件については放っておいている。
さてそういうわけでアイテムバッグを買うお金が溜まった。
具体的にどんなものを買うかについては、アコルテにアドバイスを貰ったあと、商業街で実物を見ながらじっくり考えるつもりであったが、その前に。
「あの、一つ訊いてもいいですか?」
「なんでもどうぞ」
この世界に来てから一つ、気になったことができた。
訪れたギルドの受付で、アコルテに、「なんか、あの、変なこといってたらごめんなさい」と前置きしてから口を開く。
「魔力強い人って、頭おかしい人多かったりしますか?」
決定的だったのは不可侵者“戦争を止める戦争”との出会いである。
ヴァインシュタイン一人ならまあ、頂点クラスに強い人間が奇怪な言動をすることもあるかもしれないと流せた。
だが、アレはどうなのか。
その観点で思い返せば、少しばかりミズリやタルトも疑問符がつく。悪口を言うつもりはないが、どちらも、常識的なお姉さんという言葉は似合わない。
あとカリャンセ。
チェリネもどうか微妙だ。まあ……まあ、微妙だ。チェリネを魔力が多いと言っていいかもわからないし。
とにかく、サンプル数はまだまだ多くないが、魔力が強い人って、頭がちょっとアレになってしまうのではないかということを考えたのだ。あるいは、逆の可能性もある。頭がちょっとアレな人は、魔力が強くなる。
そうであるなら、ルトナもこれから先の身の振り方を考えなければいけない。前者なら魔力が強くなったとき、自分がどうなるかとか。後者なら魔力を強くするために、自分の頭を積極的にアレしていく必要性があるのではないかとか。
「冒険者学校で、触れられなかったんですね。その通りです」
アコルテは、否定しなかった。
「大学の法学研究によって、魔力の力は、思念と強く関係することがわかっていたはずです。魔力の強さにはさまざまなものが関係するので、思いが強ければそれで魔力が強まるかと言えばそうではないそうですが、間違いなく、双方向的な繋がりがある、と。
また、冒険者の間では、『魔力で脳が灼ける』という言葉を使います。魔力が成長期に急に大きく伸びたり、順当に伸びただけでもそれが規格外だった場合、本人は脳が焼けるような感覚を覚えるのだとか」
ルトナは率直に言ってビビった。
「脳が焼ける」。ぞっとする言葉の響きだ。
「焼ける、って、痛いんですか?」
「いえ、痛い痛くないではないようです。でも、とにかくそういう感覚なのだとか。まあいくら言葉を重ねて説明しようとしても、そもそも私にはよくわからないのですが……」
そうなんだろうな、と心の中で相槌を打つ。
アコルテは魔力を持っていないらしいからだ。
とはいえ、アコルテが何らかの形で実力者なのは、ルトナを一瞬で無力化したことから明らかだが。
「魔力の力が強まると、思いの力が強くなる。その強まった魔力が逆に思いの力を強める。この合わせ鏡は、一度始まれば本人の限界まで終わりません。フィードバック同士が共鳴して、魔力が異常に増大していき、そんな状態に晒されてしまうと、本人の人格は壊れてしまいます。一瞬でこうなる場合もあれば、年月をかけてこうなる場合もある」
「……あの、聞くだけでヤバい感満載なんですが。よくこの大陸まだ存在してるな」
「大陸? ? なぜ、ってああ、そこかしこで実力者が大量発生するということですか。いえいえ。そうそう起こることではないですから。本当に高い素質と、本当に強い思いが両方揃ってのことです。冒険者学校で教えないのも、多分当然のことなのでしょう」
「じゃあ、ヴァインシュタインとかも」
「……んん……ううん、そうですね。“風切り刻む渓谷”は、強烈な人格も有名ですが、歌われている詩だと相当の……ものを抱えていると思われます。とはいえ、吟遊詩人の詩をどこまで信用するかという問題もありますが」
「そういうこともあるんですね」
「はい。そういうこともあるのです」
一体どんな背景なのかは、想像さえつかないが、ミカムイ達と同じように、あのあからさまなイカレ野郎にも背景があるということか。
それを詳しく聞くことは今はしないとして、さしあたっては目の前に突如出現した課題を避ける方法を探さなくてはいけない。
そう、それは、ルトナの脳が灼ける可能性である。
「アコルテさん」
「はい。どうされましたか?」
「脳が灼ける現象の回避策を教えてください」
本当に洒落になっていない。ルトナの脳が焼けるとどういったことになるのだろうか。
ヴァインシュタインや“戦争を止める戦争”を見る限り、エルフを見たら片っ端からぶん殴って強姦してまわるような人間になりかねない。
アコルテはしばらく呆気にとられてから、笑顔になった。
「もちろん。いいですよ。努力は必要ですが、ギルド内にちゃんと対処法はありますので」
「やった! ありがとうございます」
ルトナは喜んだ。やっぱり、有名な現象だけあって、対処法は存在するようだ。
あるいは、ぱっとそれを持ち出せるアコルテが有能なのか。
「これ以上ルトナさんの頭がおかしくなっては困りますから」
「…………『これ以上』?」
☆
「“龍熱入水ッッ!!!”」
ユノが自己強化を発動させた。相対するルトナは、どれだけ慣れてもまだ恐ろしいそのプレッシャーに武者震いのような笑みを浮かべる。
「行きます」
「来い!」
今日の鍛錬は夕方に回した。
ピコが早朝やってほしいことができたらしく、早い時間にユノを呼び出したからだ。
だから、今、こうして、夕焼けの中で鬼ごっこをしている。
単純な鬼ごっこも面白いが、最近反撃ありのルールも行うようになった。
反撃し放題だと面倒くさいので、反撃されたら十数える間鬼側が攻撃を休むというルールだ。
本当はここまで来ると審判がほしい。反撃は、鬼からの攻撃の半分のポイント、とかやりたい。だが、誰かそれをやってくれる伝手があるわけではない。ユノのドラゴンインストールは切り札なのだ。アコルテにだって話していない。中級を受注して平然とこなしているユノを見て、何かあるとは思っているだろうが。
「どうしたんですか? そろそろ返さないと私の勝ちですよ、ご主人様!」
「元気じゃない、最近ずっと負け越しだったくせに! じゃあじわじわと間合い詰めてやる」
「ずるいです! 反撃させてもらいます」
だが、それでもユノと鍛錬するのはやはり楽しい。
たった一人で努力するというのは、とても辛いことだ。
少なくとも、加藤一拠にとってはそうだった。
☆
ベコベコになった地面を木属性魔法で召喚した木を動かし均して後始末を終えて、二人で夜の食事を摂る。
そして深夜になると、ベッドの中で二人で寝る。
アイテムバッグは無事手に入った。
値段の問題もあって、難しいところもあったが、サイズと収納力と値段のバランスを考えて、小さな袋に、二メートルの立方体くらいの空間が存在するものを買った。物を手に入れたらとりあえず突っ込むようなことはできないし、大量に商品を突っ込んで交易の真似事をすることもできないが、これだけあれば食料、水、装備辺りは十分に収納できるだろう。十万ジオくらいだった。
これ以上を求めると値段が跳ね上がり、すぐに価格の桁が変わる。とても買えない。ミズリのポーチなんかも、何気なく見ていたが、多分あれは一千万ジオクラスのものだ。今はこれでいい。
明日からは、情報収集のために、動く。
これまでは、与えられた状況下にただ翻弄されて、それを跳ね返すだけだった。
けれど、ここから先は……背後に存在する黒幕を見据えながら動く必要がある。
もっとも、まだバルトレイを基本として動くから、すぐにそう派手なことになることはないだろうが――。
バルトレイはかなり活発な街で、その上に超大都市ではないので目立ちにくいというバランスの取れた立地だ。
神がそれを考えてここに飛ばしたのだろう。
冒険者だって、吟遊詩人だって、旅の商人だって、放浪する聖職者だって、たくさん来る。
国の各地から、だ。あるいは人族世界各地からなのかもしれない。
ルトナは、無言で天井を見た。
星の明かりが窓から入ってくる。
天井の次に右を見ると、ユノが目を閉じて眠ろうとしているのが見える。本格的には寝ていない。彼女がマジで眠っている時は、もう少し呼吸が深く遅い。
普段なら物語をせがんでくるのだが、今日はユノはやけに静かだった。
何か、ルトナの様子で察しているのかもしれない。
ユノ。今同じ場所で眠っている、黒髪の幼い少女のことを考える。
(この先も、一緒に連れてっていいんだろうか)
既に、短期間ではあれ彼女の生活をめちゃくちゃにしてしまっている。
けれど、この先は。
そして、龍の力なんてわけのわからないものも押し付ける結果になってしまった。
彼女がなぜ、龍に願いを聞いてもらう際、力なんてものを欲したのか、ルトナには想像するしかできないが。
たとえばどこかの貴族が召使として引き取るようなことをしていた場合は、そんなふうなことにはならなかったに違いない。
魔力大龍が異常に発生する現象の、黒幕は一体どんな存在なのか。
人間の倫理観を持った、善良な人物が、仕方ない事情で起こしているような事件ならいい。ルトナもユノも、排除されることはあれ、酷い死に方をするようなことはないだろう。
(ヒャハハハハァ、とか笑う感じの、やべー奴だったら……)
そして、そういうものと渡り合う未来があるようならば。
ユノは、どういった無残な死に方をするのだろう。
……死に方を「させてしまう」のだろう。
もちろん、そうならないための努力はするに決まっているけれど――
奴隷と主人という、果てしないほどに負い目のある関係。
一見都合がいい関係性でありながら、奴隷を自分と対等な存在だと認めれば認めるほど、目の前の存在を人間でないものとみなしているという現状が、主人に絶望的なまでの負い目を課す関係。
これはいつまで続けるつもりなのか。
冥府魚型魔力大龍を倒すため、ルトナはユノに、「もうしばらく側にいろ」と命令した。
もうしばらくというのは、今のことなのではないか。
負い目は、嫌いだ。
「なぁ、ユノ。ちなみに、解放するって言ったら、どうする?」
ルトナは切り出した。
「?」
やはり起きていたようで、ユノは大きな目をぱちりと開いて、すぐに疑問の表情を浮かべる。
「だから、私がユノを解放するって」
「……いや、よくわかりません。どうしたんですか、いきなり急に」
もう少し初めの方から説明する必要があるようだ。
「ユノ。負い目のある関係って、健全じゃないよな」
ルトナは簡単に、負い目とその関係の話をした。
ルトナが、加藤一拠が、たまに思いを馳せていた信念のようなもの。
負い目のある関係は、絶対に健全ではありえない。
ユノは、少し考えてすぐ答えた。
「ご主人様。まさか、自分で貴方の奴隷にもう一度なれというのですか? 一度解放するから、私に、私の意志で、私から貴方の奴隷になれと?」
「え、いや、別にそうは言ってない」
ルトナは戸惑った。何か誤解されている気がする。
「……っ、次の当ては確保済みですか。そちらの方のほうが良いのですね。そして私はむしろ足手まといになる。ご主人様は今、私めに筋を通してくださっているのですね。それなら、」
「え、え。ごめん、全然違う。私は普通に……」
ユノはしばらく経って、ようやく何を言いたいのかを本当に受け止めたのか、本気で呆れた後、超大きな溜息をした。
「どこまで無責任なんでしょうかね。何をお考えになったのか知りませんが。免罪符かなにかがほしいんですか?」
「……や、」
「大体いまさら一人で放り出されて、私にどうなれというんですか。私は、こんな年の子供ですよ。どこで住み込みで働くんですか? 誰か雇ってくれるんですか、子供の、しかもハーフフェアリーを。そうやってどうしようもなくなって反社会的な奴隷商人にでも捕まって、また別の人の奴隷になるんですか。選択肢を与えない選択肢って、どうなんです? たとえですけど、奉仕奴隷に対して死とご奉仕どっちがいいか聞くのって、質問になってるんですか?」
矢継ぎ早に告げられるユノの言葉に、ルトナはうまく言葉を返せず、しどろもどろになってしまう。
「……そっ、れは、いや、中級一人で倒せるじゃん、ユノは。全然問題なくそれで生きていける。代わりにその日一日無防備になっちゃうけど……暮らすだけなら……うう、ほら、アコルテさんとか、いやそうだ、借りにはなるけど、チェリネに世話を任せるよ、私あいつに借り作っちゃうけど、そこはちゃんと責任持つから。あいつなら多分絶対酷いことにはならないし。龍の力を取っておくとしても、キュレアが使えたら、初心者パーティからは重宝されるだろ? だから……」
言えば言うほど、ユノの視線の前にルトナの言葉が消えていく。
見下すような目が悲しい。そんな目しないで欲しい。
当たり前のことだったのかもしれない。奴隷のあり方については、ユノのほうが概念に触れるのは十年速いし、ユノは十年間ずっと奴隷について奴隷として考えてきた立場だ。
沈黙。
ユノは何も言わず、ルトナも何も言わなかった。
超長い沈黙の後、エルフは静かに口を開いた。
「……保留、ってことで」
「はい」
ユノは嬉しそうに微笑んで、ぎゅっとルトナに抱きついた。
健全な関係でなくても、双方が利潤を得る関係はきっとある。
主導権を完全に握られたルトナ。
明日はあるのか。




