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10-3、エルフ(種族)のエルフ(くるま)3

「何のつもりだ。どのくらい経った?」


「さあ、流行ってる歌が一つ歌えるくらいかな? 別に、そんなキツイ薬じゃないよ。人族なら即死する量だが、私達ならちょいぐらっと来るくらいだ。そして、何のつもりかって聞かれてもな。わかるだろ?」


「いや、普通にわからないから! 何の冗談か知らないけど、この辺にしてくれない?」


「それはできない」


 薄暗い部屋の中で、カリャンセは断言する。

 そして近づいてくる。

 だぼだぼのズボンが、すりすり擦れた音を立てる。


 至近距離までたどり着くと、カリャンセはルトナの耳元にささやきかけた。


「私はこれでも技術者だからな。目の前に知識の山があるってーのに、ちんたらしてられないんだよ。知ってる限りのことを話してもらう。代わりになんでもしてやるさ。美味しいものをたくさん食べさせてやるし、私が結婚ごっこをしてやっても良い。ただ、逆らったらちょっと痛い思いをしてもらうかもしれないなー?」


 てのひらで頬を撫でられる感触がする。

 カリャンセのふわふわの髪がルトナの耳をこすって、すごく鋭敏な感覚が快感を伝えてくる。

 ひぅ、と漏らした声を飲み込んで、言い返す。


「技術者に謝れ。私の……私を育ててくれた人だって多分お前の言う技術者だと思うが、あの人ならこんなことしねえよ」


「する。絶対にする。必要な時に必要なものが目の前にあって、それでもその必要なものを入手するためのことをしないやつはそもそも技術者ではないんだ。ただそれだけのことだ」


「ぐ……監禁犯のくせに適当な詭弁使いやがって」


 意にも介さない。

 それに、今適当に父親を反論に用いたが、本当はルトナは自分の父親のことを何も知らない。カリャンセの言うことは本当は正しいのかもしれなかった。


 カリャンセはルトナをぎゅっと抱きしめて、笑った。


「いっしょ。これでずーっと一緒だ。お前さえいれば、私は無敵。だから、お前の知識は全部私のもの。私にはお前が必要で、お前にも私が必要なんだよ。一緒にたくさん素敵なもの作ろうな?」


「……」


 カリャンセの体温が伝わってくる。あまり柔らかくない体だが、やっぱり女の子の体で、どこか魅力的だ。

 匂いだって、鉄の匂いと油の匂いにまぎれてるだけで、ちゃんと女の子の匂いがする。


 部屋の外から、カリャンセを呼ぶ女の声が聞こえた。


「リャンセさーん! ちょっと聞きたいことができたんすけどー!」


「あ!? なんだタイミング悪いな……弟子みたいな感じのヤツだな」


 カリャンセは小さく呟く。知り合いらしい。


「まーだですかー?」


「すぐ行くから待ってろー! ルトナ、後でな」


 カリャンセは応えて、部屋を出ていった。

 部屋に静寂が戻る。


「はぁぁぁ……。さて――」


 置いて行かれたルトナは、手枷をじっと見た。金属だ。力づくで壊すことは無理だろう。エルフを拘束するものだから、それなりのものなんだろう。


「帰るか」


 ルトナは魔力を回し、金属の枷を溶かそうとする。溶かすまでもなく、熱せられたことでギリギリだった枷が大きくなったようで、ルトナはすんなり脱出に成功した。


「あっつ! 熱い!!!」


 抜く瞬間の金属は熱かった。だが、エルフの体のためか、それとも魔力がコーティングのようになっているのか、全く問題ない。

 話し声が微妙に聞こえてくる。この建物の構造はよくわからないが、気を取られてる隙に裏口から失礼することにしよう。


 悩む要素がなかったとは言わない。

 エルフに監禁される生活、悪くない。


 だが、残念ながら相手が一人では足りない。足りない。足りなさすぎる!


 ルトナはエルフの女の子をたくさん娶って、それが無理でもせめて普通の夫婦関係を築く。

 たったひとりに監禁されて、それでまあ口車に乗せてエッチなことができるとしても、それじゃ全然足りない。

 エルフ、エルフ、エルフ! 見渡して複数のエルフがいて、いつでもエッチなことができて、自分も相手も全員幸せ。それをやるためにこの世界に来た。それを実現させるためにこの世界を救う。私にはその権利がある。私はそれに値する存在だ。そもそもが人間には相手の合意さえあればそれを求める権利があるのだ。そんな中、非常識なロリエルフを相手にしてられるか。


「筋違いとも思うが、アコルテさんには文句を言っておこう。はぁ。とんでもねえなオイ」


 焦げ臭い匂いがする。枷を放置した床からだ。だが、発火する様子はない。

 それを確かめたら、本日出会った狂人その2の家を、ルトナはとっとと出た。



 後日、ルトナは車の件とは別件でギルドに来ていた。

 冒険者の依頼を受けることが今日の用事だ。戦闘の勘を鈍らせるわけもいかない。

 もちろん、ついでにアコルテにもカリャンセの件の文句を言う。


 だが、意外にも先にその件の話をしたのはアコルテのほうだった。


「私にカリャンセさんから言伝があります。例の件、街の門近くに預けてある、だそうです」



 怪しい怪しいとは思ったが、最後にはルトナはその言伝に従った。好奇心のほうが勝った。


 アコルテに軽く文句はつけた。「あー……」という顔をしていたので、わりと奇行で有名な相手だったらしい。だが、それに見合う腕を持っているし、ちょっとアレなところがあるだけで根が常識人という評判で、同族同士だし、いろいろ考え問題ないと判断、紹介したとのことだ。

 冒険と関係ないことを相談して、厚意でアドバイスを貰った身だ。そう言われてはアコルテを責められない。


(これで謝罪もしねえでまた本人が出てきたら、問答無用でぶっ飛ばしてやる)


 教えられた住所に来ると、そこは倉庫のような厩のような建物があった。商人らしき服装の人々が頻繁に出入りしている。

 中に入って目的のものを探す。預けられていたのは、奇妙な形の物体と、その荷台(たぶん)に乗ったメモだった。


「この前はごめんなさい もし怒っていなければ、また来てくれると嬉しいです カリャンセ」


 ヘタクソな字で、ルトナは毒気を抜かれた。


(怒ってねーわけねーだろっての……ったく……)


 物体は、手押し車の前に、トロッコを繋げてトレーラーのようにした感じだ。トロッコには丸いハンドルと複数のペダル、複数のレバーが備えられている。あわせて小型トラックくらいの大きさがある。



 その二つを背中に背負って、ルトナは街の外から徒歩で十五分程度離れた場所に来た。街道から直接つながる位置なのだが、街から離れているので誰かに見つかることもないだろう。

 正確にはあれを背負って街を出てきた時点で街の人間には見つかっているといえるが、動かない状態のこれを背負っているだけなら手押し車とトロッコにしか見えまい。


 どすんと音を立てて地面に設置する。金具によってはめ込まれた連結を解除して持ってきていたので、もう一度逆の手順ではめ込んだ。そして、運転席(?)に乗り込む。


 車の運転はレースゲームくらいでしか知らないが、謝罪のメモ書きの裏には運転の手順や簡単な原理などが書いてあった。


(だいたいレースゲームと同じだな。……って逆か。俺がレースゲームの通りにカリャンセに教えたんだから、それに向こうが合わせたのか)


 付け加えて火属性の魔力を流し込むことが条件とのことだが、これはルトナだけで済む。


「うら」


 安全装置を外してから、魔力を流してぐっと右足でアクセルを踏み込むと、車の動力部から少々大きすぎる爆発音が鳴り響いた。


「うおおおおおおおおぉォぉあ何だ今のは!!!!!!!」


 ばっと身を翻して立ち幅跳びをして、車から離れた場所に全身を伏せる。

 ……特に何もない。


(って、そもそも本当に爆発してたら爆発した時点で木っ端微塵だよ。ただの動作音だろう落ち着け俺)


 自分を無理に納得させて、もう一度車に乗り込む。ハンドルを握って、右足でアクセルペダルに合わせる。……今度はあそこまでの音にならなかった。ルトナの知る自動車のエンジンのような音が鳴り響いて、車体は前に進む。


「お、おお……」


 ルトナは左足でブレーキペダルを踏み込んで、車の速度を落とした。

 車は無事に止まった。



 その後実験すると、車はわりと縦横無尽に走った。魔力の燃費も悪くない。

 馬より速い速度は出ないし、ぶっちゃけていえばこの車の最高速度よりルトナの短距離走のほうがはるかに速いのだが、それでも農耕具レベルの遅さってわけじゃなくちゃんと風を切って走る。これが前の世界の自動車に準ずる存在であることに間違いはない。


「今日ここで生まれたこの発明に名付けよう。――『魔力動車』……『エルフ』と」


 そうして、ルトナは前の世界での心残りを無事に解消した。



 車は庭に置いた。

 結構スペースを占拠するかに思えたが、ユノのアイデアで荷台の部分を縦置きにして塀にたてかけると、それなりに片隅に収まった。今度日曜大工で雨除けの屋根でも作ろう。

 車は移動道具としてもちょうどいい。もう、馬やらを買うつもりはなかったからだ。


(……まあ、こうして無事完成したわけだし、うやむやで材料費払ってねえし、たまにはカリャンセのところに行ってやってもいいか)


 その際は武器でも強奪していけば、多少知識をやるくらい構わないだろう。次に何かあれば報復して関係を切るだけだ。


 ユノは、ルトナの心残りが解消されたことを、自分のことのように喜んだ。

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