10-2、エルフ(種族)のエルフ(くるま)2
扉を開けると、廊下のような場所になっている。
音はない。不気味なほどだ。逆に、この建物の外からは、カンカン、カンカン。金属が音を立てて鳴らされる音が遠く聞こえる。別の工房から聞こえる音だろう。
「受付みたいにはなってないんだな」
「そうですね」
薄暗い廊下を進む。廊下には試作品や書類が溢れかえっているが、一応人とすれ違える程度のスペースはある。いくつか扉があったが、人の気配はない。
途中、黒い服を着た男数人とすれ違った。
彼らはルトナと視線が合うと軽く会釈をして、速やかに消えた。
「……? 従業員さんかな?」
「あれは国の文官が着るような礼服です。アレンジされていましたが。従業員ではないと思います」
「ふうん?」
首をひねりながら、ルトナは工房の奥に到達した。
工房の奥は、応接間のようになっている。作業場はいったいどこにあるのか謎になったが、ルトナはその謎を飲み込んだ。
なぜなら、そこにだらーんと座っていたのは少女だったからだ。
「んぉ? 今日は飛び入りの客が多いな……?」
エルフの。
冒険者ギルドの受付嬢から紹介されて来たというと、問題なく話は進んだ。
汲んできたらしい水の入ったコップを、エルフはトンとルトナの目の前に出した。そして、向かい合う形で配置されたソファに、三人が向かい合って座る。
「こ、ここっ、こんにちは……」
「なんでどもってんだ、お前?」
ルトナは上手く言葉を出すことができず、深呼吸。
ミズリとタルトの雰囲気が独自なもののだけで、なんだかんだでエルフと話すと緊張することが判明した。
「こほん。こんにちは。まさか、こんな流れでエルフと会えるなんて思わなかったから、びっくりして」
「まあそうかもな。私もびっくりだ。“名無しのエルフ”だろ? ラザから噂は聞いてるよ。あんまりぺらぺら同族と話すほうじゃないから、噂だけだけどな!」
エルフの少女は眩しい笑顔をした。ぱたぱたと足をばたつかせて揺らす。子供のような振る舞いだが、部屋の主としての貫禄はある。逆に、子供のような振る舞いこそ、設計図と試作品と完成品見本(だろうか?)に溢れたこの応接間の主にふさわしいのかもしれない。
その振る舞いにふさわしく、体格は小柄だ。タルトよりちょっと下くらいか。
服装は、タルトのものとはちょっと毛色が違うシンプルな白いワンピースに、大きめの法被のようなものを羽織っている。少しぶかぶかしているらしいワンピースの胸元と腋からは、サラシのような包帯のようなものが見えて、胸を下着のようにして覆う。そして、ワンピースの下には、女子テニス部員がスカートの下に下着隠しを仕込むみたいに、ワンピースと同じくぶかぶかしたポケットだらけのズボンを履いていて、ポケットには大量の工具が突き刺さっている。
髪の毛は金色で、ルトナのものと比べて少し赤みがかった色だ。
「勝手に一方的に知ってて悪いな。私の名前はカリャンセ! カーリャとかリャンセって呼ばれてるよ。で、元だけどエルフズスミス。よろしくな!」
「ルトナ・ステファニエです。姓は無し。こっちは奴隷のユノで、付き添いです。よろしくお願いします」
「おう!」
自己紹介を交わす。
「ちなみに、元っていうのは? 何か事情があるんですか?」
「ああ。……あー。まあいいか。派閥については知ってるよな。私は中立派でな。前進派への鞍替えを勧められたんだけど、断ったら姓を剥奪されたんだ」
「お、おお……聞いてましたけど、結構そういうことがあるんですね」
「ルトナ、くすぐったいから敬語は良いよ。まあ、そういうもんだろ。私は技術さえ磨ければいいから、姓なんざどうでもいいしな。前進派がイヤなのも、単に面倒そうだからだ」
「んじゃ遠慮なく。なるほどね」
「ん。よし。どういう関係性と考えても、別に敬語を使うようなもんじゃないだろう。オフィアの連中じゃあるまいしな。さて早速で悪いんだけど、用件は何?」
ルトナは相談をはじめた。
「ペダルを踏むと加速する馬車……? 鞭で叩いたら加速する馬車ならあると思うが、それじゃダメなの?」
五分程度をかけて、ひとしきり説明した。
カリャンセは、どうにもピンときていない様子だ。
「うーん。馬無しで動くんだよ。難しいな、もうちょっと私の言葉が上手けりゃ良かったんだけど」
「馬無しで動く? ……ああ、要するに単独の乗り物か……帆船とか戦車とかあるけど、陸の上で動いて、魔力を動力にしたものってわけか。どっちかというと魔力船のほうが近いかな」
「戦車? それじゃねえ? それって、どう動いてるんだ?」
「基本人力で動かして運用だなぁ。馬で牽かせるケースもあるらしいが」
「ああ……。育ったところだと、戦車っていうのは武装した自動車のことだったんだ。あ、自動車っていうのはさっきから話してるペダルを踏むと加速する馬車のことだ。つまるところ戦車は高速で動く鉄の塊で、戦場を蹂躙する」
「かっけえな、なるほどな…………なるほど」
カリャンセはひとしきり唸った後、ぐでーっとなった。
「難しいとは言いたくないが、実際簡単じゃねーぞ。とりあえず、話を聞かせてくれ。とことんな」
とりあえず長くなりそうだったので、ユノを帰した。
彼女にもやらせるべきことはある。
「あん? 連れ添いってずっと控えさせるための奴隷じゃなかったのか? 変な主従だな」
「自覚はある」
そして、ルトナは自分が知る限りの自動車についての情報を話していく。
といっても、別段詳しく知っているわけじゃないが。それでも、エンジンの基本が爆発とピストン運動ということくらいは知っている。あとは、物理の教科書の知識を伝達するくらいはできる。
カリャンセは上着を脱いでソファに放り投げ、ワンピースとズボンだけの姿になった。筆記用具の準備を済ませ、ルトナの話を丹念にまとめていっている。
中でも、カリャンセが特に興味を示したのはクランクだった。
クランクとは真ん中が四角い形に折れ曲がった棒のことだ。ギリシャ文字オメガの大文字みたいな感じ(_Ω_)。
折れ曲がっている部分に、垂直に別の棒を取り付けて全体を回転させると、ぐるぐる廻るのにあわせてその棒が上下運動する。
「これ……スゲエな……こんな簡単な形でこんな……なんでもできるぞ」
「こっちでも、水車とかで使われててもおかしくないんじゃ? あんまり地元自慢みたいなことしてもしょうがないし」
「言われてみればあるかも。だが水車職人は流石に私とは事業領域が違いすぎるからな! 知らん! それに、事業領域云々以前に、私はちょっと違うんだが、基本、職人の技術は門外不出だ」
「そりゃそうか」
カリャンセは基本的になんでも作れるが、冒険者の街の金属加工業者だけあって武器と防具で有名で、持ち込まれる依頼も必然それに沿ったものだったそうで、
「すげえ……マジか……すげえ……」
未知の分野に賞賛の言葉だけをぶつぶつ呟きながら、ざりざりと紙に概念と計算を書き綴っていく。
ルトナはいったん外に出て休憩した。外では日が昇りきった頃だった。
(俺は数時間くらいずっとカリャンセに物理の授業してたわけか)
そのわりには頭は疲れていない。エルフの体の耐久力か、あるいは健康な体の人間は皆こういうものなのか。
カリャンセに至っては全く疲れていないし、話せば話すほど元気が増していくばかりだ。技術者の血が騒ぐのだろう。この休憩も無理を言って取ったものだ。
とはいえ、疲れているか疲れていないかでいえば当然疲れている。甘いものでも欲しい。
「おーい! ここまでの話を纏められた! もうこれ以上は時間のロスだから、戻ってきて他のことを教えてくれよぅ」
カリャンセが扉を開けて、顔だけ出して、ルトナを呼ぶ。
「はっえーよ。頼むからもうちょい休ましてくれ。何度も言ってるが、私は教師でもなんでもないんだから」
「むぅ……」
「雑談でもしよう? ねえ、ここに来るときに黒服とすれ違ったんだけど、あれ誰?」
「ああ? ああ、ルトナの前の客か。ギャリイの手下だ。この街のギャングの最近の元締めで、うちにもみかじめ料よこせっつって来てるんだよ。前のカスと違ってわりと常識的な値段だし礼儀もちゃんとしてるしな、払ったよ」
不平を漏らしながらも、カリャンセも扉から出てきて、工房の前で立ち話をする。
「ギャング? そんなんいるのか。礼儀って、ギャングに礼儀も何もあるのか?」
「私は要らんが、この辺りは微妙に治安も悪いしな。別に、あぶれ者をきっちり締めてくれるのなら多少金取るくらい問題ないよ。礼儀は大事だろ。規律がなけりゃ乞食と変わらん。前のは本当にカスでなあ、職人連中集めて戦争みたいにして、ボスを素っ裸にして川に捨ててやったぞ」
「ふうん。カリャンセ、戦えるのか。……魔力量、凄いな。私と同等くらいか」
「何を偉そうに新米め。なあもういいだろー? 私はルトナがもっと欲しい!」
「勘弁して……頼むから」
ここで、ようやくカリャンセは何かを諦めたように深いため息をついた。
「しょうがねーな! 今茶と菓子を持ってくる。本格的な休憩にしようぜ。ただ、食い終わったらすぐ再開とさせてくれ」
「おお、菓子か。いいね。わかった、話持ち込んだ側だし、私もとことん付き合うよ、こうなれば」
さて、応接間で出されたその菓子と茶であるが、菓子は蜂蜜系の味で凄く美味しいものだったけれど、茶が問題だった。
一口飲んだら体から力が抜け、頭の中身もぐちゃぐちゃになる。
(は!?)
全くの不意打ちだった。領主の館では頑張って出された飲み物に警戒の一つもしたが、同じエルフだし、気が合ったし、完全に油断していた。ユノがいたらこうはならなかったかもしれない。失敗してしまったらしい。
ソファに、ルトナは崩れるようにして体重を預けた。
「なに、なにをのましぇたんだ、かりゃんしぇ……」
(なんだこれ。あたまのなかの、もじがまとまんねえ。ぐねんぐねんする)
複雑なことが何も考えられない。
何か飲まされた。茶が悪かったのかもしれない。何か混ぜてあったのかもしれない。
体から力が抜ける。この嫌な感じの感触は、失禁している。
「ごめんなあ。でも、お前が悪いんだ」
カリャンセはルトナを片手で背負いあげると、肩にかついで、運んでいく。
意識がブラックアウトして復活すると、ルトナは物と物が転がる倉庫らしいところに座らせられていた。
何も考えず立ち上がろうとするが、
(痛っっっっっっって、肩関節が、肩関節が!)
まだ薬が残っていてちょっと頭が回らず、拘束されているルトナの後ろ手はひどいことになりかけた。
ルトナの後ろ手を拘束しているのは金属だ。流石にルトナの力でも、金属をねじ切って脱出等はできない。
その先から床の金具に短い鎖が伸びて、ルトナをここに縛りつけている。
「そろそろ起きたか? ……起きてるな」
カリャンセが声をかけながら扉を開け、ルトナの姿を見ると微笑んだ。




