10-1、エルフ(種族)のエルフ(くるま)1
「そういえば、元の世界での思い残しとか、お持ちではないのですか? ご主人様」
夜のベッドの中の恒例のお話。その中で、ユノは思い残しはないかとルトナに聞いた。
当然、ルトナにはそういうものはない。
「あー、ないよ。ハードディスクは、父さんがなんとかしてくれると思うし」
「はーど……? 素晴らしいお父様だったのですね」
「本棚にはライトノベルだらけだったけどな」
「らい……?」
不本意ながらユノを置いてけぼりにして、ルトナの回想は進む。
加藤の父親は、いわゆるオタクだった。
そこまで深く語り合ったわけではないから詳細は不明だが、ある程度の年数オタクを続けていたようだ。
だが同時に、一拠がそっちの道に入ってくるまで、その隠蔽は完全だった。
ライトノベルの表紙などは、子供が見るには不適切な部分もあると考えた彼は、自分の趣味を徹底的に、一拠がファンタジー漬けになるまでは隠したのだ。
その無意味有意味についてはさておき、尊敬できる。
(そういえば、父さんの本棚って、喋るバイクに跨る女の子の旅人の話とか、実は神な女子高校生とそれに巻き込まれる「やれやれ系」の話とか、刀持ったメロンパン好きの女の子の話とか、……思い返して並べてみると、どことなーく傾向あるような……)
結局のところ、遠いどこか、あるいは非日常に憧れる体質は、やはり遺伝なのかもしれない。
しかし、そうして考えの翼を広げていくルトナに、一つ、飛来するアイデアがあった。
「あ」
「?」
「くるま」
「????」
加藤一拠は普通の高校生だった。普通の高校生ということで必然、車なんかに興味はない。あんなものはよくわからない大人の遊びで、別に楽しんでいるオッサンに口出しはしないけれど、少なくとも自分には関係ない。
だが、たった一つだけ加藤の興味を強く強く惹く事実があった。
それは自分が好きなモノ(エルフ)と同じ名前の車があるらしいことだった。トラックだ。
当然、加藤はそれに乗るつもりでいた。
車とか全然興味ないし、大工さんじゃあるまいしトラックなんて乗っても仕方がないのだが、それはそれとして車のレンタル等によってとりあえずあのトラックに乗ってみるつもりだったのだ。
どういう気分なのか知りたかった。当時は、結局免許を取得する年齢にすら至れず死ぬことになるとも知らなかったし。
とりあえず、ルトナはアコルテに相談することにした。
全く同名のものは無理でも、心残りといえば心残りなので、車に乗ってみようと思う。
なんか本末が逆転してるような感じはあるが、それでもこれは心残りに違いない。
ユノと連れ立って、ギルドに向かう。
とりあえず今日一日動いてみる。時間がかかりそうならいろいろなことが一段落してからとして完全に保留。ユノとはとりあえず一緒だけど、タイミングを見て依頼に行かせて別行動。
「『くるま』、見つかると良いですね、ご主人様」
「うん。でも、ユノが知らなかったんなら無理かなあ。……なんかそういう自動車みたいなのがある世界かもって思ったんだけどな。魔法とかでさ」
ギルドに到着して、受付に向かう。
ルトナの予想通り、この世界には「ペダルを踏んだだけで加速したり減速したりする車輪で動く乗り物」は存在しなかった。アコルテ曰く、馬車に魔法で補正をかけるほうがよほど自然だからだろうとのことだ。
落胆するルトナ。しかし、アコルテは少し考えた末に、こんな助言をくれた。
「バルトレイの街では、冒険者への需要のために、高度な技術を持った金属加工技術者がたくさんいます。相談してみてはいかがでしょうか?」
アコルテがくれた紹介状を持って、アコルテが教えてくれた道筋の通りに街を歩く。
街の一番東のあたり、壁のギリギリに工業系の通りがあるらしい。
ユノもルトナも一点ものの武器や防具には一切縁がなく、そのために鍛冶屋の類にも縁がなかったため、思いつきもしなかったけれど、
「似たようなものの試作品くらいはあるかもしれねーしな」
「きっとありますよ」
そんな感じのことを話しながら、二人で街中を歩いていると、道端で怒号が聞こえた。
☆
「なんだなんだ?」
ルトナは、自分達が向かっている先で二人の男が罵声を浴びせあっているのを見た。
「喧嘩、みたいですね」
ユノも気付く。
男と男がキスでもしそうなくらいの至近距離でお互いにガンを飛ばし合い、一触即発といった雰囲気だ。お互いに冒険者らしく、服装含めて筋肉の自己主張が凄い。
内容は……耳をすませばどうしようもない、些細な事だった。
「じろじろ見られたから喧嘩かよ、今どき。ヤベエなオイ。こんなよく晴れた日に……ってそうか、この辺あんまりガラが良くねえのかもな」
考えれば、このあたりは冒険者が住む場所だ。特にガラの悪い「冒険者スラム」も多分近い。
構ってられないので、ユノの肩を抱いてさっと進路を変えようとする。少女二人で舐められやすい外見というのは理解している。絡まれてはたまらない。
喧嘩をしている二人は、二人とも魔力は皆無だし、強いようにはとても見えないが。
「止めないのですか?」
「なんで。お互い立場とか体格とか似たようなもんなら後は当人の話し合いでしょう。や、私が知らないだけで実力差が凄いとかなら止めるかもだけど……大人なら、強い相手に吹っかけたんならボコられとけって話」
「それはそうですね」
ユノもどうでもいいように相槌を打つ。
だが、ルトナがユノを先導して進路を変えようとした時に、ほんの少し、事情が変わった。
「闘争を止めろ」
現れたのは一人の少女だった。そして、二人を制止する。見た目は若く、前の世界なら中学生くらいかもしれない。ボロキレのような、フード付きの、マントというかポンチョというかなんというかを羽織っていて、砂漠の放浪者といった感じの風貌だ。髪の色は燃えるように赤く、目の色はルビーの原石のようにぎらぎらと黒ずんで光っている。それなりに魅力的だが、なんだか危うい感じがする表情だ。
「ああ???? なんだよ、手前ェェ」
「誰だよテメエは。すっこんどけよカスッッッ」
「繰り返す。喧嘩を止めろ。家族と恋人を大切にしろ」
落ち着いた声だ。だが、語調はともかく声色が微妙に幼く、迫力があるかといえばそうではない。
二人の男は笑いだした。
「ぷっ――ハハハ! なんだよお前は?? 俺家族も恋人もいねぇわ。お嬢ちゃんが俺の恋人になってくれたりするの??」
「ガキはママのおっぱいでもしゃぶってろよ。……おいコラ、よくわからんメスガキはほっといて話の続きだ。興が冷めかけたが、話は全然済んじゃいねェんだからよ」
「はっ、望むところじゃねえか」
止めに入った少女を無視して、なおも喧嘩は続く、かのように見えた。
けれど、少女は二人の中に無理やり割り込んで、喧嘩を止める。
「戦争を止めろ。家族と恋人を大切にしろ」
ルトナは、なにか雲行きが怪しくなってきたように感じた。
一体こんな唐突に喧嘩に割り込んで、何がしたいのだろうと思う。
「変なやつもいるもんだな。さ、行こうぜ、ユノ」
ただ、ユノは止まった。
「……あの子、ヤバいんじゃないですか」
胸ぐらをつかまれ、男二人に囲まれている。また、本当に治安が悪いところだったらしく、ものすごく遠巻きにではあるものの、見物者がちらほら見える(ルトナ達も見物者の一人だが)。
少女本人は平然として「戦争を止めろ」と繰り返すばかりだが、平然としていられる場面とはとても思えない。
「うっっっっっっっぜええなァ!!! てめえは何なんだよ!?」
「おいガキにキレすぎだ。なぁ、消えろって言ってんのがわかんねぇかなぁ!? 邪魔なんだよお前」
男二人は強く強く罵声を浴びせて、このまま少女の側が立ち去らなければ、間違いなくこのまま暴力沙汰になるように思われた。
「ヤバいかもな。でも、私達に関係ある?」
こう言うと、ユノは非常にびっくりした顔をした。
「え……助けないんですか? 世界を救う……ご主人様が? 女の子一人救わないんですか……。そうですか……悲しいです……」
嫌味ではなく、素で言っているようだ。
だが、嫌味にしか聞こえない。
「なんかユノ、慕ってくれてるを通り越して少し嫌味になったね?」
ルトナは来たる奴隷の反抗期に胸を痛めながら、言葉で言い返そうとして、
「そんなに言うならユノ、お前が行って来いよ、……ってそうか、行けるんだ。前までならちょっとダルかったかもしれないけど、今はもうどうにでもできる力があるわけだし。そうか、私が命令しないからユノが助けらんねえのか……」
自分一人で言葉を完結して、自分自身のせせこましさを思い知らされる。
本質的に、他人の問題に口を突っ込むなんて、余計なお世話だ。
そして、首を突っ込めば今守るべきものが巻き込まれるかもしれない。
それも正しい。
そして同時に、ユノが言うように、助けに入れる時に助けに入らないのがクソダサいというのも正しい。
「……しょうがないな。ちょっと事情聞いてくる。ヒーロー面して止めるつもりはないけど、第三者がいたらなんか変わることもあるだろ。恨み買いそうな流れになったらさっさと逃げよう」
「ご主人様、カッコイイです!」
「そりゃどーも」
ルトナは三人のもとに向かおうとした。
だが、向き直ったルトナが目にしたのは、全く予想だにしない光景だった。
がつッッ! 嫌な音を立てて、少女の拳が片方の男の顔面にめり込む。がべっ、と変な声を出して、後方に吹き飛んだ。
(……は?)
ルトナは困惑した。
同時に、頭の冷静な部分が自動的に事態を把握していく。今の音は、明らかにまずい。かなり致命的な音だった。遠くからではあるが、ルトナの聴力にははっきり聞こえた。
「戦争を止めろ。家族と恋人を大切にしろ。聞こえないか?」
フードで表情を隠したまま、少女は力強い声で呟く。
数歩歩み寄る。
「聞こえなかったみたいだな? 戦争を止めろ。まだ聞こえないか? 戦争を止めろ」
「っ、ひっぃ、なんだ、なんだよお前」
「戦争を止めろ。家族と恋人を大切にしろ」
会話になってない。言葉のやり取りというにはあまりに片方の目が据わりすぎている。
怯えて後ずさる男に、少女は飛びかかった。強烈な膂力で突き飛ばし、馬乗りになり、顔面を何度も殴打する。がつっ、がつっ、ごきゅっ、どちゃっ、どんどん音が凄惨なものに変わっていく。
「戦争を止めろ。家族と恋人を大切にしろ。戦争を止めろ。戦争を止めろ。戦争を止めろ。戦争を止めろ」
筋力がおかしい。ようやく思い至ったルトナは、少女の魔力を見た。
異常な量だ。ルトナや龍を降ろしたユノには劣るものの、冒険者の平均を大幅に逸脱している。その魔力が、体を強化しているらしい。
「て、めええええええええ!! やめろ!! ゴールに何しやがる!!」
喧嘩の酔いを冷ますほどの光景だったのだろう。今の今まで喧嘩してた相手のことを庇って、吹き飛ばされて怯んでいたほうが、だらだらと垂れる鼻血を意に介さず、ダッシュして少女に掴みかかる。少女は今、ゴールと呼ばれたほうの男に馬乗りになっているところだ。隙だらけ、のはずだった。
「遅すぎる。それがお前の戦争か?」
さっと体勢を直した少女が、綺麗に顔面にカウンターのようにして拳を入れる。縦に何回転かして、男は吹き飛ばされた。
少女はため息をついて、再び馬乗りになって、ゴールの顔面を殴り始めた。
「止めろ。戦争を止めろ。家族と恋人を大切にしろ。何故聞こえない? 戦争を止めろ。止めろ」
ここで、あっけに取られていたルトナが我を取り戻した。
「た、助けに入るぞ……ユノは控えておいて」
「は、はい」
もはや是非はない。ルトナは魔力を回して声をかけようとした。
「はぁ――っ、はぁ――っ、待てぇぇぇ――! “戦争を止める戦争”!!! はぁ……っ、そこまでだ――っ!!」
息も絶え絶えになって、女性が走ってきた。
女性はいかにも女騎士と言った外見で、髪はウェーブがかかっていて長い。どこからかは知らないが、走ってきたのだろう。鎧をつけて持久走とは頭が下がる。
戦争を止める戦争とは、赤い髪の少女の二つ名だろう。
肩透かしにあったルトナは、この女性は衛兵さんの現場指揮官さん辺りかなとぼんやり思った。
「“騎士見習い”……そしてあのお姉ちゃんは“戦争を止める戦争”でしたか……どうりで……」
ユノは納得したような呟きをしている。
「全然わかんねえから解説してくれ」
「あ、はい、すみません。簡潔に言うと、あの騎士の格好をした方は衛兵の幹部というかトップの一人で“騎士見習い”の二つ名を持つ実力者です。だと思います。アザレアと言います。フルネームは覚えていないです。そして浮浪者みたいな外見の方は“戦争を止める戦争”と呼ばれていて、不可侵者の一人に数えられています」
「不可侵者?」
「はい。この国の全ての一般衛兵と戦闘しても勝てる実力を持って、その上話し合いが通用しない異常者のことです。三人記録されています」
「もはや公害じゃねえの」
確かに魔法がある世界なら、一人でその国全ての行政組織を敵に回しても戦い抜けるような力を持つこともあるのだろう。
というか、ルトナだってひょっとしたら、今から犯罪行為をしてまわれば不可侵者に数えられるのかもしれない。
二人はしばらく睨み合っていたが、後から追いかけてきた馬車が次々と到着し、“戦争を止める戦争”を包囲する。
「私がいる限り、この街にも、この国にもお前の居場所はない。だから、頼むから共和国に帰ってくれないか。共和国でやって下さい。お願いします」
“戦争を止める戦争”は、アザレアの説得に耳を貸す様子こそないものの、状況が悪いと判断したのか、さっと姿を翻して、屋根の上に飛んだ。
「……!! 何だアレは、勘弁してくれぇ……クソ、追え! 追うぞ!!」
“騎士見習い”の声は悲痛だ。
赤髪の少女はそれを意にも介さず、屋根の上を駆ける。
「この国は平和の大切さを教えづらい……」
ぼそっと呟きながら(エルフの聴覚で聞こえた)、ルトナたちのすぐ真上を走り去る(?)不可侵者。
「あの、今彼女何か呟いたような?」
ユノは聞こえなかったようで、訊いてきた。
「この国は平和を布教しづらいってさ」
……。ユノは沈黙した。
ルトナも沈黙した。
狂人だ。
二人で沈黙して一秒経った。ルトナは騒ぎに巻き込まれる前に逃げることを迅速に決意する。
「じゃあ行こうか。死人とかでなくてよかった」
「ですね。騒がしくならないうちに。アレと戦う方は、非常に大変ですね……」
何人かのお供を引き連れて不可侵者を追跡するアザレアから身を隠すように(巻き込まれたら面倒なので)、二人は目的地への道に戻った。
☆
そういうわけで多少のトラブルはあったものの、無事教えられた住所に到着した。
目の前の建物は普通の家だと頑張って意識すれば普通の家とも取れなくもないが、大きすぎる扉や仰々しい煙突、金属と油の匂いがあって、やっぱり工房のように思われた。
「ここだ」
「入りましょう」
「お邪魔しまーす……」「お邪魔します」




