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9-2、褒章2

 部屋に一瞬沈黙が走る。

 妥当な話なのだとは思う。だが、ルトナはとりあえず、事情を探ることにした。


「ありがとうございます」


「うんうん」


「でも、アレって別に大したことなかったですよね。シクレーンさんの私兵とかで、なんとかなったんじゃないですか」


 言われた瞬間シクレーンは、にぃっと笑顔を作った。「言うね」という感じ。


「くっくっく、あれを見てなお、衛兵でどうにかなると考えるのなら凄いよ。要は、ルトナ殿にとって、あれはその程度のものだったってことなんだろう」


「……あれ。すいません。不愉快にさせてしまったかもしれないです」


「いや、私は素直に賞賛している。こちらなりに把握してる詳細の報告の限りでは、通常の人族にとっては、あれはどうしようもないものだったと思うよ。私も出ないといけなかっただろうね」


 ルトナはその言葉を聞いて驚いた。


「領主様はマジで戦えるんですね。そんなに魔力量があるわけではないようですが……」


「んー。まあまあね。そもそも魔力量と強さの間に因果関係はない。相関関係はあるけどね。でも、多分死んだと思うよ、アレとやったら」


「そんな平然と……死んだとか言わないで下さいよ」


「でも、やれば死ぬんだから仕方ないだろう? 実際はちゃんと考えて動くけれども」


 シクレーンは言葉を続けて、


「うん、一応いくつか手は打っていたんだ。聖女ミシェルカの招聘は私が行った。彼女は巡回でバルトレイの教会に来るけれど、そのタイミングを私が交渉して合わせた。被害は最小限に抑えられたはずだ。あと、あまり当てにはならないんだが、それでも魔力大龍がこの街を直撃したらほぼ間違いなく応戦するであろう、ヴァインシュタイン卿もね」


 けれど、と肩をすくめる。


「ヴァインシュタイン卿は肝心のタイミングでお帰りになってしまってね。なんでも、この街の娼館の女は食い尽くした、そうで。まさか自分で股を開くわけにも行かず、キリエラにやらせるわけにも行かず、もともとめちゃくちゃな口実で呼び出してそのことも向こうはわかっていて、それでも付き合って頂けたのだからありがたい限りなのだけれど、これは困ったなぁというところだったのさ」


「ヴァインシュタイン……卿……」


「おや、面識が?」


 面識という話には収まらない。

 が、あのやりとりを公開しても自分にとって不利にしかならないので、話を逸らす。


「彼は強いんですか? というか、アレ、人に従うんですね」


「ふむ」


 シクレーンは少し難しい感じの、昔を懐かしむような表情をしている。

 一口カップを口に運んだ。


 お茶は、さっきルトナもシクレーンが飲んだのを見てから飲んだが、紅茶でほとんど間違いないようだった。

 紅茶の味の良し悪しはわからないが、とにかく香りが良い。


「ヴァインシュタイン卿は私より強い。この国でも有数の実力者だろうね。ただ、それなりに前、戦いになって、戦いというか対戦かな、対戦になって、取り決めた一定のルールの下で私が勝った。それ以来、一目置いてくれているみたいでね、彼とはなんだか親しい付き合いのようになっている。別に友人のつもりはないし、向こうもないと思うけれど」


「……」


 ルトナは息を飲み込む。

 ルールがどうあろうと、あれと互角以上の戦いをするというのは、十二分に只者ではない。


 あるいは、今のルトナがヴァインシュタインとやったら、案外勝てたりするのだろうか? 昔の自分が弱かったから強かったように見えただけで、この国にごろごろいる程度の強さでしかなかったのだろうか。


(今この人に攻撃を仕掛けたら俺って犯罪者かな……? 犯罪者だよな……)


 シクレーンは一息ついた。


「ともかく、結構瀬戸際だったということが理解してもらえたと思う。本当に感謝している。そして、その大手柄の目撃者も少なくないと思われる。いや、少なくないというには少なすぎるけれど、気付いてるヤツは気付いてるという感じだね。だから、つまり、……君はなぜか疑念を持っているようだけど、私は君にお礼をしたい」


「お礼とは具体的には?」


「そちらの要求にある程度従える」



 三秒考えて、ルトナはそれに答えを返す。

 褒章が要求できる場合、何を要求するかはユノと話し合って決めていた。


「保留ってことにさせてもらえませんか? 言い換えれば、借りのような形で残しておいて欲しい」


「……ほう?」


「ちょっと厄介事に巻き込まれてて。できれば、ここでお金や財産を貰って終わりという形にはしたくない」


「……なるほど。私の力をいつでも引き出せるようにしたいということか。私は権力の預金口座ではないんだけれどね」


「すみません」


 苦笑するシクレーンに、ルトナは軽く謝罪した。


「謝らなくていいよ。わかったよ。まあ……良いのかな。良いよ。できればこういうのはさっさと済ませたいんだ、考え事は脳を占領するから。けれどお金を払って終わりというのもたしかに嫌な話だ。だから……今度一回君の話に付き合おう。それでいいかな?」


「はい。ありがとうございます」


 無事に話は纏まり、ルトナは気を張っていたぶんをちょっとだけ緩めた。息を深くつく。

 凄く疲れた気がする。

 もちろん、まだ気を緩めきるわけにはいかない。

 遠足は帰宅するまでが遠足であって、ここで失敗をしてはどうしようもない。



 その後、少しだけ雑談をした。

 紅茶と同じくシクレーンが口に運んだのを見てから、菓子を合わせて口に運ぶ。

 小麦粉系の焼き菓子だ。さくさくしていて甘くて美味しい。


「この街って、シクレーンさんが設計したんですか? それとも、家督を相続する前の方が?」


「設計? うん。うーん? うん。大体私かな。そういう感じ……多分。表立ってこの街のトップになったのは十年程度前だ。だから、今こうなってるぶんはそうだといえるし、わりとそうでもないというのも事実だよ」


「え? 十年前? あの、だいぶお若いですよね? 何歳になるんですか」


「今年で五十になる」


「大嘘でしょう」


「あはは、ウソウソ。やるね。混血とかかなと勝手に深読みする相手は結構騙せるんだけれど。私は今年でちょうど二十になるよ」


「行間読んでくれる相手専用のからかいって酷くありません?」


 突っ込んでから考える。

 言葉を信じるのなら、彼女は十歳から街を一つ取り仕切っていることになる。


(チートだ。転生者じゃないだろうな? 試しにちょっと話を振ってみるか……)「ところで、トンカツっていう料理をご存知ですか?」


「は?」


「あ、いえ。ちょっと思い当たることがあったんで、同郷かなって……」


「ほう。その料理は美味いのかな? 食べてみたいなあ」


「知らない、か。そりゃそうか。……美味しいですよ。ただソースの美味しさもあるからどうかな。多分作れなくはないと思うので、今度作り方を料理人の人に話してみますよ、シクレーンさんがそうしてほしいのなら」


「いいねえ! 美味しいものはやっぱり良いものだよね。お腹いっぱい食べて、それだけで一日過ごして、のんびりしたいよね」


「わかります」


 なんだか気が合いそうだ。ぐっと拳を握って同意を表明した。ルトナの場合は、「お腹いっぱい」ということと「のんびり」ということに、付け加えるようにして「エルフのお嫁さんが五十人くらい添い寝している状態で」という条件が付随するが。


 ここで、ルトナはシクレーンが広げている机の上のものに注目した。


「それ……複式簿記……?」


「うん?」


「やっぱり同郷じゃないですか?」


 複式簿記。貸方と借方の二項目に金銭の出し入れを記録し、より厳密かつ可読性が高い形で記録する帳簿の記録方式だ。実物を見たわけじゃないが、ルトナは社会の教科書で複式簿記を見たことがあり、その際に基本理念くらいは知識として覚えている。


「複式簿記……というのはルトナ殿の故郷の呼び方かな? これは覚書メモグラントと言って、千年くらい前からこの大陸にあるものだよ。いや、ちょっとずつ改造されているみたいだけど」


 そう言われて思い返せば、双子星の宿の主人ピコがメガネをかけて格闘していた帳簿も、こんな感じのものだったような気がしなくもなくもない。

 改めて、この世界の文化は中世ではないのだと思った。歴史の授業でさらっと触っただけだが、かつての世界の中世に、「厳密に記録する」という概念はそもそも存在していなかったはずだ。


「そういえば、キリエラとはどういう付き合いなんですか? かなり不思議だったんですけど」


「話飛んだね? キリエラは別の貴族のお抱え冒険者だねえ。そして、今は私の部下でもある。無理は言えないけど、私の指示に従う立場だよ。とりあえず冒険者として活動してもらってる。ちなみに、こちらからも一人出してその貴族の部下ということにして、まあそういう……交流みたいなものをしているのさ」


「冒険者じゃなかったのか……」


 交換留学のようなものだろうか。そしてその交換留学で引き取ったキリエラを、野良冒険者として情報収集させている。

 ……あまりキリエラと深く付き合うべきではなさそうだ。


「さて、こちらが逆に質問してもいいかな? 今回の魔力大龍についてなんだけれどね」


 その後、ルトナは冥府魚型魔力大龍について詳細を聞かれた。

 自分の能力については慎重に隠した。少なくとも、(シクレーンが既に知っていたとしたら悲しいが)二重属性についてはがんばって隠したと思う。カマをかけられるようなこともなく、隠し通せているはずだ。


 どういったふうに自分の能力を用いて情報戦を行うかについては、冒険者学校の教科書に簡単なことだけ書いてあった。

 全てを隠し通すことは無理だが、できるだけ早い段階で自分がどういうような情報戦略を取るかを考えるべきだ、と。可能な限り多くの手のうちを隠す、切り札だけを隠す、他者が真似も対策もできない類の力があるのなら隠匿を考えない、等。基本的には手の内を隠すメリットが大きいが、デメリットがないわけではない。やりづらくなるのもそうだし、隠せば隠すほど信用されづらくなる。


 ルトナは、バレてもいいくらいの感覚で、それでも多くの手の内を隠しつつ、二重属性については本気で隠す方針を取ることにした。ユノも同じはず(龍の力だけ隠す)。

 今のやり方が正しいか、チェリネ辺りに一度相談して考えを聞いてもらう必要があるのかもしれない。


 シクレーンの質問は、魔力大龍についての質問も多かったが、ルトナが取った戦略に対し、「なぜそうしたか」を掘り下げることが多かった。



「ありがとう、参考になった。……実は、この後用事が入っていてね。そろそろリリルを呼んでお見送りさせたいと思っている。私はもう大丈夫だけれど、何かまだあるだろうか?」


 ある程度の聞き取りが終わった後、シクレーンからこう言い出した。

 帰れといわれては帰るしかない。特にない、と言っておく。

 今の人名は多分メイドの誰かだろう。


 そう、と女貴族は笑う。


「じゃあ、これで。ちなみにそちらが良ければなんだけれど、たまにこの屋敷を訪問してくれてもこちらは受け入れられる。月一で来られたら少し多いかなと思うけど、数月に一回くらいは全然問題ないよ」


 一瞬考えて、ルトナはお茶の誘いをされていることに気付いた。


「仕事の邪魔になりません?」


「有力な冒険者とやりとりするのも仕事だよ。むしろ、そちらの邪魔にならないかなと思っている。何か目的があるんだよね? エルフ達の魔力大龍狩りは二人一組。けれど、君は一人で、わざわざ街の外に出て魔力大龍を屠った。さっきの話でも、なぜかエルフに頼る気がないようだった。独立して動いてるんだろう? そして強くなりたいわけでも、名を挙げたいわけでもない」


 そう言って、シクレーンは手元の書類に目をやる。酷く冷徹な眼だったが、それは何か意志のこもった表情のようにも見えた。


「私はルトナ殿の目的の助けになれると思うよ。だから、ここに来ることが目的の邪魔にならないのなら、たまに来ると良い。ある程度の見返りを受け取るけれど、何かできることがあるかもしれないから。見返りとしては、私にも目的があってね。その目的に付き合ってもらうことになる」


「……なんか、打算的ですね」


「打算的だとも。けれど、他人との関係性っていうのはそういうものじゃないかな。私は君と関係性を紡ぎたい」


 シクレーンは笑った。

 その顔には、薄く化粧が乗っている。

 改めて、綺麗な女性だった。雪のような色の光を宿す髪は艷やかで、光が吸い込まれるような黒色の瞳が、ルトナを捉えている。


(ネジが飛んでる。「そういう関係もあり」どころじゃなくて、「関係とはそういうものだ」って、そんなのありかよって気分だ。でも、めちゃくちゃなこと言ってる感じがするのに、笑顔に一切の曇りがなくて、綺麗だ。きっと、街一つを運営していれば当たり前の感覚なんだろうな)



 ルトナは館を後にした。


(かなりの収穫があったが、なんか……すんげぇ疲れた……)


 当たり前だが、かなり緊張した。

 奇妙な言い回しをすれば、打算の関係は楽だが疲れる。

 ルトナは今晩ユノを思いっきり抱き枕にすることを決意した。

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