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9-1、褒章1

 ユノが作るこちらの世界の朝食は、まあまあ美味い。


 食事の味付けは基本的に塩で、もちろんクリームやこっちの世界の芋でできたポタージュや胡椒やソース(どこかの地方のものらしい、果物がベース)等もあるものの、スーパーマーケットで死ぬほど多様な調味料を買えた前の世界に比べれば、シンプルな感じだ。けれど、それでもまあまあ美味い。

 料理の腕のおかげだろうと思われた。


「ご主人様のいた世界だと、空を鉄の鳥が飛んで、海を鉄の魚が泳いで、それらが運んでくる世界中の食材や調味料を使えたのですよね。私の料理でご満足いただけているかはわかりませんが……」


「ちょっとファンタジックな表現だけど、まあそう言われればそうなのかな」


 広い食堂で、ユノが持ってきた食事を食べる。

 ユノも、ちょっとだけ濡れ跡が残っている手で、ぱたぱたと歩いてきて、机に座って、食器を取っている。


「全然問題なく美味いよ。こっちにしかない食材だってあるし。ポン酢で食べるハンバーグが恋しくないっていえば嘘になるけど」


「ぽんず……? それは、作れないのですか? 材料が違いすぎるとか? お手伝いいたしますよ」


 ルトナは黙って首を振る。

 基本的に、材料なら問題ない。こっちにはじゃがいもっぽい芋もあるし(だいぶ違うが)、リンゴっぽい果物だってある(結構違うが)。卵はそのまま卵で、塩と砂糖もそのままそれだ。探せば、元の世界のものはなんでも作れるはず。


 けれど、元、ただの高校生であるルトナに、決定的に足りないものがある。

 知識だ。


「製造法、ですか」


「そう。こればっかりはどうにもねえ。……ああ、一応マヨネーズはそれなりに覚えてるんだ」


「あ、やっぱり、覚えているものもあるのですね。まよねーず、はいつかお話ししてくださいましたね。作り方を教えて下さい。ユノが用意しておきます」


「……風魔法が必要なんだけど」


「ご主人様の故郷の世界の調味料なのに魔法が必要なんですか!?」


「あと風呂」


「?????」


 何を言っているのか、ユノはわからない様子だ。実はルトナもわからない。


「何十回も読み返してる作品でも、一言一句暗記してるわけじゃないからなぁ……」


「なるほど、お話の中で読んだ話、ってことですか。厳しいかもしれませんね」


 自分が知るマヨネーズの作り方は、記憶の不足で穴だらけのめちゃくちゃになっている。その上、そもそもが異世界小説で覚えた知識である。元よりまともに機能するとは考えにくかった。

 だから、要するに、ルトナには知識がない。



 調味料の話はその後すぐ別の話題に変わった。食事なんて、ルトナにとっては今さらどうでもいい話だった。

 ただ、落ち着いたらゆっくりいろいろ一緒に作ろうという話にはなった。

 それがいつのことになるのかは、さっぱりわからないが。


 そして最後の一口を食べた後、お互いの予定をすり合わせる。


「今日なんだけど、やることがあるからそっちに行くね。ついてくる必要はないから、そっちの用事を済ませてくれ」


「あ、はい。では私は今日も冒険者の依頼を受注します」


 ユノはぐっと拳を握った。

 今日も気合十分な感じだ。


(俺も見習わねえとな)


 現在、ルトナは少しずつ手持ち無沙汰になりつつある。もちろんやることはたくさんあるし、魔法の戦術の探求、鍛錬、魔物を狩ってお金を稼ぐ、あまり大事じゃないところで行けば家事を習う等、やることは本当にたくさんあるのだが、おそらくそれに慣れつつあるのだろう、余裕が出てきた感じがしている。


 用事がだいたい終わって、この「余裕が出てきた感」が、「余裕がある感」に変わる頃には、次の手を打たなければならないだろう。

 やれることを一つ一つ重ね、全ての余剰時間を重ねて努力しなければ、いつか必ず努力が足りなかったことを絶対に後悔する。そのことはわかっている。


「今日はどちらに?」


「ああ、用事は用事だよ。――ちょっと、領主様の館に出てこようと思って」



 この街バルトレイは、貴族バルトレジオ家が運営している街なのであるが、領の首都というわけではないらしい。

 領の首都はここから少し離れたところにあって、城下町のようになっている。バルトレイより一回り規模が小さい、全く別の町。らしい。


 けれどバルトレジオ家当代当主がこの街に居住している。

 何かしらの事情がそこはかとなく感じられたが、今はそのことは保留としておく。


 今日の用事は、魔力大龍撃破直後のキリエラの伝言に従ってバルトレジオ家当主に会い、褒章についての話し合いを行うことだ。



 領主の館は街の中央から北東に寄った場所にある。

 丘のようになっていて、高所に位置している。それほど起伏のあるわけではないが、見晴らしのいいところだ。街が一望できる。


(でけぇな……10LDK? 20LDK? 私の家はまあまあ大きいけど、やっぱ貴族の家は「まあまあ」じゃ済まねえんだな)


 館は非常に大きい。学校くらいはある。豪邸と言っていいレベルだろう。広すぎないが庭園もあって、豪華絢爛な装飾とはいわないが、草花が綺麗に手入れされているのがわかる。

 かつていた世界の常識を引きずっているルトナには、びっくりするくらいの広さだ。


「エルフ様ですか。何か御用ですか」


 男の門番が、ルトナを見かけて声をかけてきた。

 数秒だったがぼーっと館を見ていたので、さぞ不審に見えたことだろう。

 ルトナは頭を掻きながら慣れない公人(の受付)との接し方を模索して、しどろもどろになりながら、


「あっあー、えっと、……ルトナ・ステファニエって言います。キリエラ……キリエラさ……キリエラから呼ばれて参りました。約束とかしてないので、もし必要なんなら今回のこれがその約束ってことで、後日出直すんですが!」


「取り次ぎます」


 こういう場面のこういう門番は、威圧的な態度を取るものだと思っていた。

 しかし、目の前の門番はそういうことはなく、私生活ではチャラいお兄さんなのだろうなと思える口調と見た目ではあったものの、真面目に応対している。


 遅れて出てきたメイド服の女性も、丁寧な態度だった。


「ルトナ様。お待たせ致しました。私は当館の女中でございます。ただいま主の元へご案内致します」



 廊下は長く、薄暗い。外は快晴と言っていいほど晴れているのだが、光をあまり取り入れていない構造になっている。


 メイドは美人だ。スカートが長いタイプの服で、先導する背中を眺めているだけで気分がいい。……はずなのだが、要所要所の高級な調度品と合わせ、ルトナは正直息がつまりそうになる。

 ここに来る前にアコルテから、領主と会う際の態度について最低限の予習はしているのだが、


(無駄に緊張しすぎてるわけじゃないが、なんというか物が私を威圧するんだよなぁ……どことなく気品があるし……貴族ってどんななんだ? 緊張が爆発しちゃってぶん殴ったりしたらどうしよう????)


 冒険者はある種道化と同じような身分にある。既存の身分とは関わらず、細かい礼儀作法の遵守は不要。

 なので、大体の態度は許される。なんなら、敬語を使わずとも構わない。

 ただし、一つだけ絶対にやってはならないことがある。それは剣を抜くことだ。


 自宅の中で武装を構えた時点で、当主はその冒険者をいつでも敵対者ということにできる。別の街まで追いかけて殺しに行くようなことはできないものの、街の中であるならある程度の権限を保持する。つまり総合すると、気に入らない言動をした者が剣を抜いたら、いつでも領主は自分の街の中では指名手配ができるということだ。

 ネチネチした領主は、その場では無礼な冗談を流しつつ、誘導して剣を抜かせて、のちのち部下に命じてさっと殺すようなこともする。


 バルトレジオ家当代当主はそういった理不尽な噂はない人間だが、何があるかがわからない。冒険者は、命を狙われたとき以外、絶対に貴族の館の中では剣を抜くべきではない。


「こちらでございます」


 執務室であるらしいその部屋の扉をメイドが開けた。



 部屋の中は本棚に囲まれている。

 よく見ればそれは本ではなく、記録や書類の束に思われた。

 部屋は長方形であるが、三辺の壁を本棚と書類が埋めている。執務室というよりは書斎にも思われるが、この本棚を埋めているものは本ではないのだから、やっぱり執務室なのだろう。


 メイドが一礼をして下がる。


「よく来たね。忙しい中すまない」


 領主はふかふかの椅子に背中から体重を預け、持っている万年筆をくるりとペン回しした。領主が座っている机には書類が積み上がっている。客に見せて良い物なのかは不明だが、そうも言ってはいられないのだと思われた。

 髪が長い。サイドから髪を垂らし、後ろでもひとまとめにしている。ロングというには短いが。

 女性だ。


「はじめまして、エルフ様。私の名はシクレーン・フォニカ・バルトレジオ。バルトレジオ公爵家当代当主であり、またこの街を取り仕切る立場だよ。今日は来てくれてありがとう」


 落ち着いた声音で挨拶をする。

 居丈高であるわけでもなく、下手したてに出るわけでもない。ルトナを見据える目は、腹黒さともまた違う、強かさというか、強い意志のようなものを感じさせる目だ。


 魔力は少ない。多分、この場で魔法を何か使えば三秒で殺せると思う。しかしながら、本能が警告する。下腹部がこれに平伏しろと叫ぶ。「彼女を敵に回してはいけない」。


 ただ、その威圧感を除けば、とても綺麗な女性だ。

 座高から窺い知れる身長はそう高くない。女性の平均身長くらいだろうか。首も手首も細い。華奢な印象を受ける。しかし、魔力の質はキリエラのものとちょっとだけ似ている。それは即ち、武術の心得が少なからずあるということだ。それをわかってから見ると、どこか滑らかさのある手首だということに気付く。服装は上品な薄着であることも、その印象を加速させる。

 髪の色は、黒い。しかし、光に透けた部分が、極めて淡い水色になっていて、不思議だ。見えている耳の形は綺麗で白い。


「ルトナ・ステファニエと名乗っています。エルフです」


「うん。聞いているよ。無知で申し訳ないけれど、ステファニエ、というのはかばねかい?」


「姓……ミズリとかの名字かな。違います。勝手に名乗ってるだけです」


「ふむ。まあ姓なら対外的にはエルフズステファニエと名乗るはずだしね。では、騎士準用身分として、ルトナ殿と呼ばせて頂こうかな。そだ、せっかく名字があるのだし、ステファニエ卿とお呼びしたほうがいいかな?」


「いやいや、普通にルトナ殿で大丈夫です」


「そう?」


「あ、でも」


 どうやらシクレーンの話の内容だと、エルフはこの国において特権階級のような身分にあるらしい。どれほどの価値や権限を持つかは不明であるが。

 しかし、ルトナはまだ正式かつ社会的にエルフであるというわけではない。


「? なんだい?」


「その、エルフだからって理由なら、私はまだ本当のエルフっていう身分じゃないと思うので、そこはちょっとアレかもしれないです」


「……? 本当のエルフじゃない?」


 シクレーンの顔に強い疑問の表情が浮かぶ。ルトナは続けて情報を提示した。


「ちょっと、うーん、ややこしいことになってて。あ、別に犯罪して身分を剥奪されたところとかではないです。むしろ、これから身分を貰うところ、みたいな……? ごめんなさい、なんかややこしくしてしまって」


「いやいや、構わないよ。正直に言ってもらわないと、後々トラブルを起こす可能性もあるから。そうか、それであの子は『名無しのエルフ』と……」


 そう言ってじっとこちらを見る。

 心の奥底を覗き込むような目だと思った。


「戸籍……かな? 戸籍だとすると、私生児か、孤児か……これまで登録されていなかったか、あるいはどこかから来た?」


 万年筆で手遊びをしながら呟いている内容に、ルトナはビクッと震えた。反応でも見ているのだろうか。シクレーンの想像はこちらの現在の状況をかなり捉えている。


「ああ、ごめんごめん。尊き方々の内情を詮索するようなことはしないよ。何かの迷惑になってしまってはいけないからね」


 慌てる素振りもなく、にぱっと笑顔を作ってごまかすシクレーン。

 ルトナは、ほとんど詮索していたようなもんじゃねえかと内心で憤る。

 そのことを口には出せないが。


 今の彼女の言う「尊き方々」とは、引っかかる言葉だったからしばらくちゃんと理解することができなかったが、おそらくエルフ全体のことなのだろう。

 かなり前聞いた話だが、ユノによれば、エルフは各宗教で敬意を払われる存在であるとのことだった。が、しかし、まさか貴族にも同等の存在として敬意を払われているとは思わなかった。もう外交儀礼のようなレベルだ。


(……そういえば、魔力大龍を倒す前に借りた本、期限が来たからユノについでで返してもらったけど、結局開いてすらねえや。今さら必要なのかな。必要なのかもしれん)



 お互いの名乗りは順調に終わった。

 メイドの手で運ばれてきたお茶を口に含み、「さて」とシクレーンが口火を切る。


「最近は魔力大龍が増えたね。大昔の教会の記録では数年に一回だったそうだ。それが近現代じゃ魔力大龍が出ない年がない。教会はまあまあ楽しそうであるけれども、騎士にお願いするこちらとしてはたまらない」


「教会……」


「そう、解放教会だよ。彼らは魔族と戦うのが仕事。彼らの思想がなければ、国境警備隊の志願者はなくなるだろうし、とっくに人族は消滅しているだろうね。魔力大龍を使って彼らは……ん……この話は良くて。


 今回君を呼んで来てもらった理由はただひとつだ。――今回バルトレイの近辺に出没した魔力大龍を討伐してくれたルトナ・ステファニエ卿。貴方に、褒章を授与したい」

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