3-1、ひとり大龍退治1
「ァ……ガ……」
木々を何本か折って、はるか遠くに吹き飛ばされた加藤は、ダメージを負った体を持ち上げながら、動物みたいに呻いた。
(ぐっ……死ぬ死ぬ死ぬ……ヤベエよ、これ……)
正直を言って、泣きわめきたかった。木を折る勢いで後頭部を強打した経験なんて初めてだ。
というか、「後頭部を使って木を折った経験」といったほうが正しい。折れた部分で強く皮膚がえぐられたのか、右肩に深い傷ができていて、とろとろと音を立てて赤い血が流れ落ちていっている。エルフの血も赤いらしい。
衣服は泥だらけになっているが、ボロボロになってないのが逆に怖い。神が作った丈夫なものなのか、布とはもともとこんなものだったか。
(おいおいおい、ふざけんなよ、なんでこんな、強力なボスの目の前に人を、飛ばして)
さっきの文字は間違いなく神によるものだろう。この世界でも日本語が使われているとは思い難い。使われてたらまた別の話かもしれない。この世界に生きている人間全てにあれが見える、とかの可能性もゼロではない。でも、少なくとも今はその可能性は否定していい。
そして、わざわざ目の前のものが魔力大龍であるとわかるようにした、それはこうしていきなりこっちにきた直後に直面させようとする作為によるものに他ならないのではないか。
しかし、口の中でもう一度「ふざけんなよ」と、呟いてからすぐに気付いた。
(別に俺目の前に飛ばされたわけじゃないじゃん。転生してこっちに来てから、こいつが現れるまで、のんびり走ってたり水面を鏡にして自分の姿見てたりしたの、俺じゃん)
この笑える思考と、一周回った感じの酷すぎる怪我が逆に加藤を冷静にさせた。遠くから聞こえる吠え声も、アニメの音響効果かなにかみたいだ。
生き残らなければ、死ぬ。戦わなければ、死ぬ。当然のものすぎて、一足す一は二みたいな文章であるが、ここではそれ以外の何もなかった。加藤は強く傷を押さえる。
(冷静になれば……あんなもんを食らって、まだ俺に意識があるのがおかしいんだ。多分、この体の耐久力だ。さっき実験した通り、エルフの体は筋力もあるらしい。そんで、今みたいに、耐久力も)
自分は今や物語の英雄であり、目の前のあれが魔力大龍であるというアナウンス(?)を信じるなら、あれは超強力な魔物であって、倒せばエルフの女の子からの喝采があるに違いない。初戦闘が魔力大龍の撃破、これも良い感じのトロフィーであり実績だ。
こんな感じの思考が、加藤の覚悟を完全なものにした。
血まみれになりながら寄りかかって立ち上がった木を、敵のいる方角を睨みつけながらぶん殴る。
轟音を立てて木は揺れた。攻撃力は十分だ。体の感覚は鋭敏で、天性の才能かなにかが、加藤により強い打撃の打ち方を、文字通り体で教えてくれている。次は腰を入れればもっと強く打てそうだ。
そして、打てば打つほど、威力は強くなっていく。それは恵まれた肉体によって確定している事実のようだった。
それでも攻撃力が足りないなら逃げる。あるいは、枝を棍棒にしてフルスイングでもしてやる。魔法はまだ使えないが、向こうもまだ使ってきてない。全く問題がない。
(戦う……!)
とどめを刺しに悠然と歩み来る黒い獣――魔力大龍を、血まみれのエルフは殺意を込めて睨んだ。
☆
戦いは驚くべきことに五分五分の力関係から始まった。動体視力の限界を超えたものは後ろに大きく飛んでかわし、目で追えるものはなんとかふところに入ることを試みる。ふところに入れたら思いっきりぶん殴る。魔力大龍とエルフは同じ回数分のダメージを受けた。
状況が変わったのは魔力大龍の攻撃が一旦止んでからだった。
(俺さっきから立ち幅跳びで五メートル十メートル飛びまくってないか? しかも後ろに向かって……。エルフってすごい、改めてそう思っ……)
のんきにそんなことを考えるエルフの眼前に、さっき質問に答える魔力塊と会話していて何度も経験したあの感覚が蘇った。魔力大龍の口のあたりに、それが凝縮され、魔力が熱量に変わり、やがて火の形をかたどる。
ぞわっと、首筋を悪寒がなでつけた。
(絶対ヤバい――――!!)
エルフは二歩助走をつけてその場から大きく飛び上がって離れる。次の瞬間、それまでいた地点を巨大な火炎の塊が通過していった。通過した先で火炎は、着弾した樹を燃やし尽くして樹ごと消滅した。
(……うわぁ。あれ食らったらマジでどうなるんだ)
冷や汗が首筋に流れた。この体は打撃に対してはある程度の耐性があるようであるが、全身火傷したらどうなるかわからない。
もともと火傷が本当に危険な種類の怪我なことは知っている。人間が全身を火傷してしまえばまず助からない。それに、森の種族である(と思われる)エルフが火炎をまともにくらってどうなるかも別の話だ。まったく問題なかった、とかあちち~、で済むかもしれないが、それはまだ知らない情報なのだ。
避けたことをなんとも思ってないように、黒い獣は動かない。そして、一瞬ののちに、遠吠えをして、体から噴出する黒い煙の形を変える。
これまでは蜃気楼のようにゆらめいていた黒い獣の影が、燃える炎のように蠢きはじめる。背中から丸太のような形の複数の翼か、それとも何かの機関かが生えて、水中を漂う古代の深海魚のようにはためく。威圧感がさらに増し、ずっと感じていた背筋のぞわぞわが、さらに強力なものになった。
(なるほど、本気モードってことか)
いわゆる、第二形態だと直感した。
だが、加藤が逃げることを考えることはなかった。
(今のは参考になった。……ああやってやればいいのか!)
魔力の流れを何度も感じ、慣れてきたというのもあった。体の魔力への適正がそれを許したのかもしれない。目に集中すると、自分の体に流れる力や、体の周囲にオーラのようにたゆたう力、世界に満ちる力と、それを吸収し続けている目の前の魔力大龍が、さまざまな光と色の集まりとして感じ取れる。
(これは魔力だ。俺は今魔力を見てる。なら、俺の中に流れてる魔力を指先に集めて……)
(あんな感じで!)
指先に小さな炎が灯った。