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8-1、超絶楽しくタルトとデート1

 ぱち、と目が覚めると、パジャマ代わりのガウンを着たユノの体が見えた。


 加藤一拠の頃の寝相は乱数に依存していた。概ね枕に頭を押し付ける態勢で起きたが、たまに上下反転して起きたり、部屋の端から端へ移動したりしていた。

 ルトナになってからの寝相は完璧であり、朝起きて仰向け以外の態勢になったことがない。


 ユノの寝相はまあまあといったところで、たまに主人の頭を抱き枕にしたり主人の腰を抱き枕にしていたりする。

 今日は頭のパターンだ。


(……朝か)


 ユノの体からは石鹸の匂いと、かすかに花の匂いがする。花については、フェアリーの体質なのだそうだ。

 絡みつく体をゆっくりとほどいてから窓を開けると、朝の日差しを感じる。


 そんな一日だった。


「ルトナさん、私と、デートして頂けませんか?」


 タルトからの、この誘いがあったのは。



「今日の話、どうして急に?」


 午前のバルトレイの街中は、賑やかな喧騒に包まれている。

 特に、今二人が歩いているのは中心部の通りで、商店が山のように並んでいる。

 余裕をもたせてある街並みで狭くはないものの、呼び込み、買う側、さまざまな人達がさまざまな声をあげており、ここが「冒険者(が持ってくる素材を使う商人)の街」であることがよくわかる。


「いえ、別に、大した理由ではないんですよ。実は、大した理由もあるんですが。それはさておいて、私とルトナさんって、あまり会話がないでしょう。私はどちらかといえばユノちゃんと会話する立場で、ミズリがルトナさん担当。って感じになってます。誰がそう決めたわけでもないのにね」


 応えるタルトの服装は、今日も白いワンピースだ。ただし、見るたび微妙にデザインが違うので、おそらく何着も持っているのだろう。ミズリの服は「おしゃれ着」というより「装備」らしく、手入れはしているようだがいつも同じ服装だ。それを考えると、タルトは女の子らしいといえる。

 身につけている防具がなければ、であるが。

 はじめて会った時には、膝、肘から手首にかけて、左胸等、全身の要所要所をある程度まで固めていたのに、今は左腕にしか防具をつけていないぶん、オフの服装ということではあるのだと思う。


 じろじろ見ていると、恥ずかしそうに左腕の防具に右手を添えて、


「……ごめんね~、左手のものだけは一応。いつ何があるかわからないので」


「あ、いえ。謝ることじゃ。……デートの理由、確かにそうですね。やっぱ、料理を一緒に作ってるぶんの時間がありますし。良い機会だと思いますよ。お誘いありがとうございます。ま、女の方とデートなんて初めてで、どうすればいいかさっぱりわかんねーんですけどね、私」


「あら、ふふ」


 長い銀髪を歩くのに合わせて揺らしながら、タルトは口に手を当てて上品に笑う。

 ただし、もう片方の手には焼いた鶏肉の串が三本(元いた世界の焼き鳥という感じではない。大きめの鳥をがっつりと、まるで川魚を串に通して焼くみたいに焼いている串だ)。ルトナも一本食べている。


 タルトが有無を言わさず最初に向かったのは、買い食いができる食べ物屋だった。


「初デートの相手とは光栄です~。ミズリに自慢しないと。……私がエスコートいたしましょうか? それとも、どこか面白い場所がありますか? どこか用事がある場所があるなら、そこにも寄りつつ、とかもよいですよ」


 タルトは、選択肢を提示しているようだ。

 前半二つは、二人のうちどちらかがどちらかをエスコートする形になるのだと思われる。最後の一つは、お互いに少しずつ行きたい場所を提示する形になるのだろう。


「……それなら、……えっと、それなら――」



 ルトナは、基本的にはエスコートをしてもらうことにした。

 ただ一箇所だけ、こちらから行きたい場所を提示する。

 エルフにおいて、どっちかがどっちかのデートをエスコートするということが、どういう文化的意味を持つかわからないが、全くこちらから提案しないよりは安全だろう。


 おあつらえ向きに、用事があって、それでも行こうと思わなければ行かない場所で、デートで行っても問題なさそうな場所の心当たりがあった。

 教会だ。



 二人で食事をしながら、街の中心に向かい歩いていく。

 商業地区には店が山のようにあり、それぞれがそれぞれのメイン商品を誇っていた。タルトとルトナは一つ残らずそれらを食べていく。肉の串もあれば、果物もあった。

 タルトはこの街の美味しい食事についてとても詳しかった。エスコートというより餌付けをされている気分だ。


「エルフの体は何を食べてもいくらでも入るからうれしいですよね」(ってヤベエ、言ってから気付いたけど、この言い方大丈夫か? 怪しくないか?)


「そうですね~。人族の友達と一緒にご飯を食べると、向こうがすぐにダウンするから困ります」


「あはは」(大丈夫みたいだ)


 エルフの体は空腹を感じない。ただ、燃料たる魔力の、原料たる食事(カロリー?)がなくなると、電池が切れたように動けなくなるだけだ。

 また、エルフの体は満腹も感じない。満足感だけを感じる。満腹という概念がないようで、食事を食べると体の魔力量が回復していき、上限まで魔力が戻った後も、いくらでも食べることができる(食べた食事で増強されるはずだった魔力は無駄になってしまうが)。


 つまるところ、やろうと思えばであるが、肉を300kg程度食べることも可能と言えば可能なのだ(と思われる)。実験で確かめたが、少なくとも、鍋いっぱいの食事を数杯くらいなら、完食は容易であることがわかっている。

 美味しいものを、本当にいくらでも食べ放題。


「あとは、……ちょっと汚い話になりますけど、トイレが、かなり不思議なことになってますよね、エルフって」


「本当に汚いですね。でも、そうですね、言われてみれば不思議です。人族のトイレってどういう気持ちなんでしょう?」


 こっちの世界に来てから、ずいぶん経ってからだ。エルフに、大きい方という概念が存在しないらしいと気付いたのは。

 食材は全て魔力に変換されるらしい。


 その流れで同じく、小さい方も、頻度が、水を飲みすぎた日は一日数回、水をあまり飲んでない日は一日一回程度で、色に至っては何を食べようが完全に透明で、非常に違和感がある。


「やけにあれが透明だから、……えっと! 周りと比べてね? 周りと、周りの話と比べてやけに透明だから、何かの病気じゃないかと思ってたところでした」


 危ない。慌てて誤魔化したが、なぜ生まれついてエルフだったはずの者が、自分の尿が透明で驚くことがあるんだ。

 人族の者と見せあいっこでもしたというのか。


「そうですね~。今は食事中ですけれど、今度きっちり体についてのことも教えてあげますね」


「すいません。ありがとうございます」


 ミズリは率直にルトナの過去についての直球を投げてくる。それまでの会話の流れなどがすんなり行っていたぶん、気をつけないと勢いのまま答えさせられてしまう。

 けれど、それをしないタルトも、ミズリとは違った意味で手強い。包容力のある笑顔で、ついついなんでも話してしまいそうになる。


(今のも誤魔化せてねえよなぁ……気をつけねえと……)



 街の中心にある教会は、かつて教科書で見た前の世界の歴史上のものと似ている。


 ただ、いくつも建物があって、それぞれになんらかの機能があるようだ。これから立て看板やらを見て、どこに用事があるかを探さなくてはいけない。メインの大聖堂らしきものもその中に存在しているらしい。


 建物のそれぞれには質素でありながら美しい装飾が施されており、どこか神経が張り詰める感じがする。


「それでは、さっき話した通り、私は私の知り合いのお墓で祈ってきます。ルトナさんはルトナさんで用事を済ませて、用事が終わりましたら、聖堂で」


「はい」


 勝手知ったる、という感じで先にずんずん教会の敷地に入っていくタルト。ルトナはどこに何があるかなどさっぱりわからないので、遅れてタルトの後を追った。



 教会。

 この街の教会は「解放教会」というらしい。この国の国教の教会でもある。

 「解放教会」が祀る宗教の名前はそのまま「解放教」といって、もっと長い正式名称はあるのだが、誰もその正式名称は使わず、教会内でも儀礼のときのみ使われるもの、らしい。


 教会でやらなくてはいけないことは二つ。


(まず、神様にお礼を)


 一人ぼっちの神様に、お供え物をする。

 こっちに来た初日、神様の蘇生魔法付きペンダントに命を救われた時に、決めたことだった。


(ずーっと先になっちまったが、遅すぎるってことはねえよな)


 そのためのお供え物は用意してある。解放教は世界の管理者たる神を祀るものらしいので、この教会にお供えをすれば食事がそのまま彼女のもとに届くという寸法だ。少なくともそういうことになっているということのはず。


 次に、


(墓参りだ。ミルと、ヤグル一味の)


 ミルについては言わずもがなだ。

 彼女の墓に顔を出す権利があるのかは知らないが、墓前でこちらの世界の作法をこなすくらいはするつもりだった。


 ルトナは基本的に生死に関しては酷くドライな性格をしていると自覚している。

 いつか誰かに迷惑がかけることを自覚していると、強く強く思わざるを得なかった。――人は死ねばゴミになる。


 けれど、ミルに関しては話は別だ。

 絶大な借りを得て、けれどそれを返せなかった。

 どれだけ彼女のために祈っても、きっと足りない。


 確かにやってもらったことといえば、声をかけてもらって、パン一つ奢ってもらっただけだ。

 それでも、それによって、それが、どれだけルトナの心を助けただろうか、わからない。


(最初に助けてもらった相手のためになりたいというだけで、「傲慢」の「大罪司教」とかいう作中の凄いポジションに至ったキャラクターとかいたしな)


 今自分で思い浮かべた、ハーフエルフがヒロインである作品の真相を、自分が知ることはもうないが。

 見知らぬ土地に放り投げられて、初めて助けてもらった相手に惚れるというのは、やっぱりあるのだと今は思う。


 ヤグルについては、……正直、墓に唾でも吐きかけたいくらいだ。

 でも、魔力大龍を倒し落ち着いて、それなりに考えて考えて考えた結果、いつしか、やっぱり殺しはよくないというように思うようになった。よくない、というのは語弊があるかもしれない。殺しを全肯定というか、人を殺すって楽しいよな、となってしまってはいけないというか。

 もちろん、いざという時に殺すかどうかで日和っていては意味がない。

 だから、


(自分が殺した相手に墓がある場合、墓前で手を合わせよう。それでケジメだ)


 つまり、用事が三つ重複してることになる。教会には、近いうちに行かなくてはならなかった。


 が。



「あああああ~~~~めんどくさ。誰?」



 意気込んでいたルトナを迎え撃ったのは、ものすっごくやさぐれた表情と声の、シスターというかシスターもどきのようなシスターだった。


「……ええ……」


 つい落胆の声が漏れる。

 墓地聖堂(という名前らしい)一階の詰め所(?)で、カウンターの向こうにいるのはシスターらしい。澄み渡るような青色と白を基調とした、シスターらしい服装をしている。


 けれど、目の下のクマ、枝毛、こけた頬、ぐちゃぐちゃな着こなし、……酷い。酷い以外の言葉がない。


「あの、シスターさんですよね。ちょっと、お参りしたいお墓があるんですが」


「どうぞ~」


「いや、どうぞじゃなくて。調べてほしいんです」


「いいですよ、名前は」


 口ぶりは文字だけを追えば問題なさそうであるが、その上半身は机に突っ伏している。

 前の世界とは違い、こっちの世界ではやる気のない店員もけっこういるのだが、それにしたって教会でこれは酷い。


「ちゃんと接客しろよ……」


 呆れ顔で呟くと、シスターのほうも言い返してくる。


「あんた冒険者でしょう? さっきまで治療所にいたっつったら大変さがわかるんじゃないですかね。しかも君ら冒険者を甲斐甲斐しく治療するところだよ」


 治療所。そう言われてようやくピンときた。

 ユノの時もお世話になっているし、わりかし何度かお世話になっているが、冒険者向けの治療所は街の正門(南門)に近めのところにある。

 そこは、亡者と化した冒険者の地獄になっている。


 以前にこの世界の医者に聞いたことだが、この街の冒険者の人口は登録数で五千人、登録数なので登録だけしているような者も含むのだが、それでも流れの者も合わせれば時期によっては一万人になるかもしれないとのことだ。それが毎日か毎週街の外に出て、一定数が負傷して帰ってくる。戦争だ。戦争以外の何物でもない。当然、治療所は常に戦時中だ。


「やってらんないんだよ~。魔力が回復したら絞られ、魔力が回復したら絞られ、我々は乳牛か? って話でしょ?」


 でも、今のルトナには関係がない。

 いや、関係はあるし、なんならチップの一つも渡してもいいのだが、それは彼女が殊勝な態度を取ったらの話である。こうもぐうたらな態度を取られるとなんだか萎えるし、早く接客を進めてほしい。


「いや私に言われても困るよ」


「ホントはやめる予定だったんだよ。あんなところ。毎日毎日、回復魔法回復魔法休憩回復魔法回復魔法! 冒険者の街の冒険者用の治療所っていくらなんでもクソすぎでしょ? けどさ、まあ回復魔法使えるけど特段の信用やコネがあるわけでもなし、やるとしたら冒険者じゃん? でもさ。私、内獅子ってやつで、教会の中以外だと全然人と話せないし。しかも、凄いなって思っててああなれるかなって思ってた冒険者、中級にやられて死んじゃったんだよね。……やっぱり、冒険者なんてやるべきじゃないんだなって思ったよ……」


「いや知らないし……とりあえず、ちゃんと案内はしてくれ。……えっと、セレンさん?」


 胸に取り付けられた名札にある名前を呼びかけると、シスターは起き上がり、それはそれは美しい笑顔を作った。


「クヒヒぃ。お任せくださいませ。貴方の、死者に対する弔いが、神に届きますように~~~~~」


「クヒヒってシスターがしていい笑いじゃないだろ……」



「はぁ……ヤグル? あんた……アレの関係者?」


「まあ、関係者と言えば関係者。私が殺したんだ。話はついてる。ギルドと」


 あんまりといえばあんまりなやり取りであったが、これを聞くと、何も聞かず、セレンは目録を棚から取り出した。墓の場所を探すのだろう。

 他の二人は申し訳ないが名前を忘れた。


(俯いて本をめくってると普通のシスターっぽいな)


 とはいえエルフでもない少女をじろじろ見つめる趣味もない。

 手持ち無沙汰になったルトナは、周囲を見渡す。


 すると、壁に並ぶ石版の中に、世界地図と思わしきものがあった。


「お、アレは世界地図?」


 セレンもページを捲りながら答える。


「ええ。冒険者ギルドにもあると思いますが。教会が配ってたはずです」


「へえ……全然気にしてなかった」


 「世界」は横長な長方形の大陸だ。いろいろ消したユーラシア大陸か、あるいはオーストラリア大陸そのままといった風情。

 他に形の面で特筆するべきことはないが、強いて言えば地図の左上に大きめの島が点在している。


 ルトナ達がいる国は、どれだろう。どれだ? 本当にわからない。一般常識がなさすぎる。

 ただ、大陸の中には、十個程度の国が存在する。大国は上に一つ、中央上寄りに一つ、左に一つ、右に一つ、下に二つ。


 少しおもしろいのは、真ん中の国だ。ほんのわずかであるが、そして大陸の真ん中からストローのように領土を伸ばしてではあるが、この国も海への出口を確保している。そこまでして港がほしいか、という感じだ。それか、ほしいものは塩か。


 そして、この大陸を取り囲むようにして、島? だろうか? とりあえず彫りました、みたいな感じのものが、大陸を取り囲んでいる。気になって、そのうちの一つを指差して、セレンに尋ねた。


「これは、なんです?」


「魔族の領域ですよ」

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