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7-3、いろんな人達3

 まあまあ栄えているこの街にいるといまいち見えにくいところもあるが、今も昔も地方の農村は苦しい生活を強いられている。

 特に、ミカムイが生まれた頃は人族の国同士での戦争の緊張があり(実際にその戦争はミカムイが五歳ごろになると勃発する)、農村からはモノとモノとが絞り取られるばかりであった。


「冒険者学校の歴史の授業でやったな。人族同士の戦争だっけ」


「そうですね。暇なもんです。百歩譲って聖戦ってんならわかるんですが。って、私も生活の保障だけはある身分だったので、あんまり言える立場じゃありませんのですが」


 さて、そういう状況下で、この国のある地方の豪農(貴族の命を受け村を統治するような立場の農民)にはある習慣がある。

 それはシサと呼ばれる習慣だ。あわせて、その習慣によって生まれた者も、シサと呼ばれる。


「シサ?」


「はい。イルマと私は、『シサ』でした」


 シサとは、単純明快な掟。

 長男長女、余裕があれば予備として加えた次男以外には、人格の存在を認めない。


 人格を認めないとは、そのままの意味だ。命を認めないわけではないから、最低限の食事は与える。だが、会話は与えない。

 徹底的にいないものとして扱う。食事の席でも、親族の集まりでも。婚姻などの話においても同じだ。

 普段は下男や侍女と同じ立場で、家の手伝いをさせる。余計な人格が芽生えると困るため、下男も侍女も、一切日常会話を行ってはならないことになっている。


 目を盗んで話しかけてくれた侍女は何人かいた。見つかると大目玉なのだが、やはり同僚が一族から完全無視されているのは、放っておけない人間にとっては放っておけないのだろう。

 けれど、シサの側もどうしようもない。会話を、生まれてからずっと、させてもらえていないのだ。適当に相槌を打つしかない。はいといいえの言葉が基本。世間話をしろと言われればするが、「何をしたい」とか「あれがほしい」とかが一切ない。遊びたいという気持ちも当然無い。

 別にいいですと拒否されることを繰り返せば、やがては世話焼きの彼女たちも飽きる。「なんだあれは、あれじゃあしょうがない」という感情に変わる。シサの側もなぜ寂しそうな顔をさせてしまっているかがよくわからない。場合によって謝る。それが、さらなるすれ違いを生む。


 口減らしをしないだけまだマシなのだ。貧乏な農村の一般的な農民は、子供が増えすぎると何の躊躇もなく殺す。

 けれど、殺すのはさまざまな理由で無理としても、存在を認めてはさまざまな不都合が生じる。主に、結婚相手とか、子供とか。結果、生じるのは精神的村八分。誰も不思議とは思わない。なぜならそれはずっと昔から行われている風習だからだ。


 シサが普通に会話ができるようになるには、年単位の訓練が必要だ。

 年単位の訓練がなければ、人の形をしているのに人の感情と欲求を持たない、よくわからない存在のまま。

 ミカムイとイルマキはある程度の鍛錬と根性とピコの世話で今の状態になっている。けれど、普通の人間とのギャップは未だに存在する。


「ま、そういうわけで、失礼なこととかしたら普通にピコ姉さんにチクってくれてよいのですが、別にイルマは笑顔を作らなくても貴方のことが嫌いなわけじゃないし、私も距離感ミスったらごめんなさいねという話でしたわけです」


 さらっという語り口であったが、想像するだけで壮絶な話に、ルトナは一瞬絶句した。

 誰とも会話されず、会話しないゆえに情意が芽生えないため、誰とも会話できない状況に疑問さえわかない。それは、どういった気分なのだろうか。


「なるほどな」


 けれど、そういうこともあるのだろうと、頑張ってすぐに相槌を打つ。

 まさかかつて暮らしていた前の世界の国にこんな野蛮な風習はなかろうが、世界の何処かには似たようなことをしていた国があってもおかしくないだろう。そもそも彼女の言う通り、どんな国でも中世の農村の生活は厳しい。

 生まれたばかりの子供はまだ現世に来ておらず殺しても全く罪ではない、なんて理屈が存在したことも歴史の授業かなにかで聞いた。


 部外者が口を出せる話ではない。この風習の善悪を考えられるのは、シサである本人たちだけだろう。あるいはミカムイたちでさえ、客観的な視点になれないから不適格かもしれない。


「無口なイルマキさんが元シサというのはわかった。ともかく、……うーん、まあ、じゃあ変に彼女の無反応をネガティブに取らないようにする。別に言われなきゃわかんないと思うけど。でも、ミカムイさんって別に全然普通に見える、と思うんだけど?」


「そうですかねえ。いや、うれしいですが、実は私の側は結構キツイんですけどねえ。最近はないですけど距離感ミスってお客さん怒らせたり、どっか無理してるみたいで、ああ言わなくても良いこと言っちゃったーって凄い夜不安になったり……」


 しゃこしゃこしゃこ、と洗濯板を服でこすりながら、ミカムイは愚痴る。

 軽い口調と笑顔でさらっと言っているのだが、さっきからいちいちどうにも内容が重い……。

 しかも、


(なんか、俺もそこまで他人事とは思えない感じだなあ……)


 ミカムイと比べるのはよろしくないかもしれないが、ルトナだって対人関係の恥はいくつか抱えている。

 無理に人付き合いをしているという言葉を信じるなら、ルトナが感じる恥や自己嫌悪の衝動の二~三倍といったところなのだろうか。


 何かコメントをしようと思った。

 けれど、真正面から「そんなことないですよ、全然シサに見えません!」みたいな慰めを続けるのは危険だろう。もっと親しかったらそれをやってもいいのかもしれないが、まだまだ知人の領域を超えてない。


「私ができることなら力になりますよ。生まれついての困り事には、私も困らされてるので。いや、過去形か。困らされてたので」


「あは、ありがとうございます。頑張りますよ~」


 苦し紛れの言葉は、きっと正解だったのだろう。

 洗剤の泡に濡れた手でぐっと手を握って笑顔を作るミカムイ。


 どこかたくましさがあった。


「ま、そんな大げさな話ではないのでね。特定の地方の農村に行けば村長やらの屋敷に普通にいますよ。見た目は普通の下働きさんなので、ちゃんと住んで溶け込まないと、そして話しかけてみないとわかりませんが」


 話は続く。


「そんな経緯を持つ私達を拾い上げたのがシェイルマン様、ピコ姉さんの旦那さんなんですよね。イルマ共々頭上がりません。マジ感謝。内心いろいろ思うところはありますが、思うところは抜きにして、とりあえずはマジの感謝です。ま、なんでシサに接客業やらせてんだよって感じはしますが……」


 ミカムイはばっと手を広げたり、やれやれのポーズを取ったりせわしない。


「どういう流れで『拾い上げられた』んですか?」


「十五年前戦争が終わった後、これを好機に商売を広げるにあたって、シサに目をつけたそうです。私達が取り立てられたのは、美人だったから。美人じゃなかった私のきょうだいはほったらかし」


「ひょっとして、ピコさんも?」


「ピコ姉さんも結構同じ流れです。ただ彼女は全くシサとは関係なく、貧民街の出身ですね」


 この場にいない女主人の話も、同じくらいの密度で語られた。


 ピコは、この街の貧民街のアイドルだったらしい。

 アイドルといっても歌って踊っていたわけではない。幼い頃から一つの孤児院を手伝い、取りまとめ、制度化されていない隙間の仕事を作り出して子供たちとともに金策した。

 それも含め、また人助けも重ねて、間接的なものを含めれば彼女に恩を受けた人間は数多く、貧民街の誰もから好かれていた。


「あの人何歳?」


「私も知りません」


 その容姿と有能さに、シェイルマンは目をつけた。「孤児院を買い取ってきっちり運営し、周辺にも金の流れを作って貧民街の経済を多少なりとも改善すること」を条件に、ピコを身請けする。

 ピコはシェイルマンの第一夫人となり、商人としての技術を学び取ることになった。今もその修業の最中だ。

 また、約束は守られ、今もその孤児院では笑顔が咲いている。


 以下、ピコを褒め称える言葉が続く。

 ピコ姉さんは凄い。ピコ姉さんは貧民街出身なのに文官にだって事務能力や経営能力で負けてない。その上料理も上手い。ミカ達なんて比べ物にならないくらい美人。子供もきっちり育て上げている。

 言葉には熱がこもっている。よほど慕っているのだろう。


 ピコに対する美辞麗句は適当に相槌を打って、ルトナは総合的な感想を述べた。


「美談、ですね。……美談ですよね?」


「いや、聞かないで下さいよ。ルトナさんが判断することです」


 聞いた話を総合して考える。

 ルトナは、んー、と一言呟いてから、


「美談は美談だと思うけど、やっぱ根っこのところは商人だなって感じはあるね」


 美談。なのだと思う。ミカムイとイルマキも救っているし、ピコさえ手に入ればどうでもいいと孤児院をめちゃくちゃにするようなこともしていない。

 ただしミカムイはところどころで刺々しい言葉を漏らすし、ルトナも同じようなところで少し引っかかる。


「はい。ピコ姉さんはそのへんから全部目をそらしてマジ惚れですけどね。結婚して二十年以上経つはずなんですが、凄い惚れてます。お客さんにはやらないようですが、口を開けば旦那さんの自慢話ばかり。ピコ姉さんは素直に尊敬してるけど……ちょっと目ぇ曇ってんなって思いますよ。ペガサスに乗った王子様と思っている。実際にそうなのかもしれませんが、私の姉妹はきっとまだあの村で下働きです。そりゃ不平は言いませんケド。ミカが助けに行くかっていうとそうじゃないデスし? なんだこいつって眼で見られるダケですもんねぇ」


 ミカムイはそこまで一息で話し終わると、目と顔をそらしてぼそっと言った。

 いまルトナ達がいるここは中庭だ。誰にも、漏らす言葉が聞こえないように。


「シェイルマン様と付き合う時は気をつけて下さいね。ま、関わることがあるかは知りませんが」


 実際、関わることはあるのだろうか。どれくらいの規模の商人かも知らないし、何を扱ってるかも知らない。


「ちなみにシェイルマンさんって男? エルフだったりしませんか?」


「男です」



 洗濯が終わって、ぱんぱんとはたきながら洗ったものを二人で干している中。


「ミカ姉さんミカ姉さん、お昼の、……ぁっ」


 まさか一緒に洗濯をしていると思わなかったのだろう、とてとてと小走りで背が高いイルマキが玄関から姿を表した。


「お客様、失礼致しました」


 うつむき、ちょっとだけ長めの前髪の中に視線を隠して、イルマキは騒いだことを謝罪した。

 この表情も、今の話を聞けば少し違う意味を感じる。これまでは「バカ丁寧だな」とか「避けられてる?」とか思っていたが、多分純粋に困っているのだろうし、ヘタをすれば、今のこれは照れていたりするのかもしれない。


 なるほど、少し自分を嫌ってるっぽい背景、くらいに思っていた従業員さんにも、過去があると思えばなんだか違ったものに思えてくる。

 きっと、前の世界のやたら不機嫌な看護師とかにも、何か抱えているものがあったのかもしれない。


(今度、ユノがお世話になってるからってことで、一回くらい三人それぞれに贈りもんとかするかな?)


 ミカムイとイルマキが仕事についての話をしている。

 一人百ジオくらいで、簡単に贈れて、けれど喜ばれるものはないだろうか。

 一回だけなら変に気を使うことにもならないだろう。三人の笑顔が見てみたくなった。


 ルトナはそんなことを考えながら、またちょっとだけ好みのリサーチもしながら、この後夕食の準備を手伝った。

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